いつもの放課後。
茜色が街全体をゆっくり染めていく時間帯。
校舎の影が細く長く伸び、風もどこかゆるくて、今日という一日の終わりをゆっくりと告げていた。
悠と遼は、その影の並びの中を、いつものように歩いていた。
……いや、歩いているつもりだったのは悠だけで、実際には遼が半歩ずつ歩幅を合わせてくれているのを、悠はちゃんと分かっていた。
(今日も……なんか距離が近い。ていうか、遼ってこういうとこ自然にやってくるんだよな……)
(でも……嫌じゃないっていうか……いやむしろ……)
考えれば考えるほど、胸の奥がむずがゆくなる。
そんな自分をごまかすように、悠は視線を前に向けた。
そのとき――
「あれ……?」
遼がふっと足を止めた。
反射的に悠も立ち止まり、遼の視線を追う。
通学路の先。
街灯に照らされた影の中に、ひとりの少女が立っていた。
白いブラウスに、風に柔らかく揺れるロングヘア。
制服を着ているだけなのに、どこか舞台の上にいるみたいに整って見える。
桜南高校の、いわゆる学年のアイドル――立花。
(……なんで、立花さんがここに?ていうか、これ完全に待ち伏せじゃない?)
しかも彼女の視線は、悠ではなく、まっすぐ遼に向いている。
その目は遠慮も迷いもなく、まるでそこにいるのが当然というような落ち着いた光を宿していた。
そして次の瞬間には、立花が足元を鳴らして遼へ歩き出していた。
「遼」
透き通った声。
遼は一瞬だけ驚いたように瞬きをしたものの、すぐに平静を装う。
立花は遼の前に立ち、そっと紙袋を差し出した。
「これ……お母さんが遼にって。今日は家に寄れなかったから、私が渡すよう頼まれて」
「……ああ、ありがとう」
短いやり取り。
それだけで、二人の距離が特別な関係なのかもと勝手に錯覚してしまうくらい、息が合って見えた。
(……は?なに、今の。いや、普通に知り合いって感じじゃなくない?)
胸の奥がずきん、と痛くなる。
あまりにも自分らしくない感情が、思わず喉元まで競り上がってきた。
立花は悠の方を一度も見ずに、紙袋を渡し終えると、すぐに踵を返して去っていった。
背筋を伸ばして、迷いなく。
その後ろ姿を、悠は複雑な思いで見送ってしまう。
そして――
「……悠?」
隣から、低く落ち着いた声がした。
遼の声。
その声でようやく、悠は自分がむすっとしていたことに気づいた。
「……一途じゃないじゃん」
口に出した瞬間、
(あっ……やべ……!)
と頭を抱えたくなった。
けれど遼は、それ以上に驚いたような顔で固まった。
「え?」
遼は紙袋を持ち上げ、何度か瞬きをする。
そして――悟ったように目を見開いた。
「ち、違う!違うからな!?あいつはいとこなの!父親の妹の娘だって!」
呼吸が早くなるほどの勢いで説明してくる遼。
焦った低い声が、妙に誠実で、妙に必死で。
だからこそ、嘘じゃないってすぐに分かった。
(……は、恥ずかしい……俺、ガチで嫉妬して……いとこに嫉妬とか……ないわ……!)
耳まで熱くなるのを感じながら、俯いて小さく漏らす。
「……俺って、嫉妬深いのかも」
風に紛れそうな声だったのに、遼はしっかりと拾っていた。
そして、小さく息を飲んでから――
「それ、俺のセリフだろ」
ふっと笑った直後、遼の手がそっと悠の指先に触れた。
ぎゅっと握るわけじゃない。
ただ、確認するように、触れるだけ。
でもその一瞬が――悠の心臓を容赦なく跳ねさせた。
夕暮れの風が頬を撫で、ふたりの影がゆっくり重なる。
遼は握った指を軽く押し返し、穏やかに微笑んだ。
「……帰ろ。俺、お前の隣じゃなきゃダメなんだ」
その言い方があまりにも自然で、あまりにも本気で。
悠は顔を上げられないまま、でも――確かに頬を緩ませていた。
遼の隣で歩く距離は、いつの間にか、さっきより少しだけ近くなっていた。
茜色が街全体をゆっくり染めていく時間帯。
校舎の影が細く長く伸び、風もどこかゆるくて、今日という一日の終わりをゆっくりと告げていた。
悠と遼は、その影の並びの中を、いつものように歩いていた。
……いや、歩いているつもりだったのは悠だけで、実際には遼が半歩ずつ歩幅を合わせてくれているのを、悠はちゃんと分かっていた。
(今日も……なんか距離が近い。ていうか、遼ってこういうとこ自然にやってくるんだよな……)
(でも……嫌じゃないっていうか……いやむしろ……)
考えれば考えるほど、胸の奥がむずがゆくなる。
そんな自分をごまかすように、悠は視線を前に向けた。
そのとき――
「あれ……?」
遼がふっと足を止めた。
反射的に悠も立ち止まり、遼の視線を追う。
通学路の先。
街灯に照らされた影の中に、ひとりの少女が立っていた。
白いブラウスに、風に柔らかく揺れるロングヘア。
制服を着ているだけなのに、どこか舞台の上にいるみたいに整って見える。
桜南高校の、いわゆる学年のアイドル――立花。
(……なんで、立花さんがここに?ていうか、これ完全に待ち伏せじゃない?)
しかも彼女の視線は、悠ではなく、まっすぐ遼に向いている。
その目は遠慮も迷いもなく、まるでそこにいるのが当然というような落ち着いた光を宿していた。
そして次の瞬間には、立花が足元を鳴らして遼へ歩き出していた。
「遼」
透き通った声。
遼は一瞬だけ驚いたように瞬きをしたものの、すぐに平静を装う。
立花は遼の前に立ち、そっと紙袋を差し出した。
「これ……お母さんが遼にって。今日は家に寄れなかったから、私が渡すよう頼まれて」
「……ああ、ありがとう」
短いやり取り。
それだけで、二人の距離が特別な関係なのかもと勝手に錯覚してしまうくらい、息が合って見えた。
(……は?なに、今の。いや、普通に知り合いって感じじゃなくない?)
胸の奥がずきん、と痛くなる。
あまりにも自分らしくない感情が、思わず喉元まで競り上がってきた。
立花は悠の方を一度も見ずに、紙袋を渡し終えると、すぐに踵を返して去っていった。
背筋を伸ばして、迷いなく。
その後ろ姿を、悠は複雑な思いで見送ってしまう。
そして――
「……悠?」
隣から、低く落ち着いた声がした。
遼の声。
その声でようやく、悠は自分がむすっとしていたことに気づいた。
「……一途じゃないじゃん」
口に出した瞬間、
(あっ……やべ……!)
と頭を抱えたくなった。
けれど遼は、それ以上に驚いたような顔で固まった。
「え?」
遼は紙袋を持ち上げ、何度か瞬きをする。
そして――悟ったように目を見開いた。
「ち、違う!違うからな!?あいつはいとこなの!父親の妹の娘だって!」
呼吸が早くなるほどの勢いで説明してくる遼。
焦った低い声が、妙に誠実で、妙に必死で。
だからこそ、嘘じゃないってすぐに分かった。
(……は、恥ずかしい……俺、ガチで嫉妬して……いとこに嫉妬とか……ないわ……!)
耳まで熱くなるのを感じながら、俯いて小さく漏らす。
「……俺って、嫉妬深いのかも」
風に紛れそうな声だったのに、遼はしっかりと拾っていた。
そして、小さく息を飲んでから――
「それ、俺のセリフだろ」
ふっと笑った直後、遼の手がそっと悠の指先に触れた。
ぎゅっと握るわけじゃない。
ただ、確認するように、触れるだけ。
でもその一瞬が――悠の心臓を容赦なく跳ねさせた。
夕暮れの風が頬を撫で、ふたりの影がゆっくり重なる。
遼は握った指を軽く押し返し、穏やかに微笑んだ。
「……帰ろ。俺、お前の隣じゃなきゃダメなんだ」
その言い方があまりにも自然で、あまりにも本気で。
悠は顔を上げられないまま、でも――確かに頬を緩ませていた。
遼の隣で歩く距離は、いつの間にか、さっきより少しだけ近くなっていた。



