昼休みのざわめきがようやく落ち着き、教室に柔らかい日差しが差し込む。
午後一番の授業までの、小さなオアシスみたいな時間。

いつものように、悠と遼は向かい合わせで弁当を広げていた。

(……気づけば、本当にいつものようにって言えるくらいになったな、俺たち)

昔はこんな近い距離で座ることなんてほぼなかったのに、今では黙ってても自然に目の前に腰を下ろす。
それが当たり前みたいに馴染んでしまった自分に、悠はちょっとだけくすぐったさを覚えていた。

「……卵焼き、今日も甘いな」

悠がぼそっと呟く。
その声は、教室のざわつきよりも遠く感じるくらい柔らかくて。

「悠が甘いの好きだからだろ」

ぴしっと固まる。

(……やば……その言い方、なんかズルくない?)

(普通に返してるように見せかけて、絶対「俺はお前の好きなもの分かってます」って感じだろ……!?)

悠が動揺して、箸を持つ手を落としそうになったその瞬間。

「おーし、ごちそうさん。戻ってきたぞー!」

空気をぶった切るように、晃が戻ってきた。

彼女と昼を食べ終えたらしく、いつもの軽いテンポで席に戻りつつ、ニヤリ。

悠が心のどこかで「嫌な予感しかしない」と察したのは、ほんの一瞬遅かった。

「なあ、最近の二人、仲良過ぎじゃない?」

いきなり核心。

「前から仲は良い」

遼はそっけなく言い切った。
一切の迷いも照れもなく。

(いやいやいや、そんなキッパリ言う!?)

(クラスの女子とかが盗み聞きしてたら今日中に噂になるぞ!?)

案の定、晃は面白がるように身を乗り出す。

「いやいやいや、前からじゃねぇだろ。……てか、お前らの弁当、やっぱり似てない?このハンバーグとか」

ピシ。

悠の箸が空中で固まる。

(……で、出た……!一番触れてほしくなかった話題……!)

(これ以上核心に近づいたら、俺が死ぬか、遼がブチ切れるかどっちかだ……!)

しかし遼は動じない。

「お前の気のせいだ」

速攻で切り捨てた。

(気のせいかどうかは……いやもう……八割九割、本当だよな……!)

(てか、気のせいで逃げ切る気満々じゃねぇか!!)

雰囲気が少し危なく漂い始めるのを感じて、悠は慌てて口を開く。

「あ~、お前、あの事件のあとに彼女作ったんだよな?どこのクラスの子?」

晃は「あーそれな」と鼻で笑い、

「あー……最近別れた。今は付き合ってねぇけど?」

「は?」

悠は素で声が出た。

晃はさらににやりと笑う。

「でも今いい感じになってる子がいてな~。弁当作ってくれんだわ」

「は?別れたの?早!とっかえひっかえやってるから刺されそうになるんだろ!てか刺されそうになったの俺だし!じゃあ、あのチョコクッキーの彼女は?」

「それももう別れた」

(え、何人と別れたのこの数週間で……?)

悠は俯いて、ぼそっと呟いた。

「最低……」

その瞬間。

遼の視線がぴたりと悠に向いた。
静かな教室の空気が、なぜかひとつ深く揺れた気がした。

「俺は一途だよ」

低く、真剣で、迷いが一つもない声。

(ちょ……お前、その顔……)

(普通に言うなよ……!)

(学校でそんなの言われたら……心臓、死ぬって……!)

晃はへらりと笑い、悪ノリ全開で言う。

「いやぁ~神谷は付き合ったら重そうなタイプだよな~」

ぼすっ。

「ぐっ……!!?」

みぞおちに食らった一撃で、晃は崩れ落ちた。

「ちょ、遼!?なにして……!?」

「事実ではないことを言った」

(いや、絶対図星だよなそれ)

(てか遼って、嫉妬すると力加減分からなくなるの……?)

(怖い……いやちょっと可愛い……いや、怖い……!)

晃は息を整えながら、わざとらしくニヤリと笑う。

「神谷ぁ……お前、悠のこといろいろ知りたいよな?幼馴染の俺なら何でも知ってるぞ?」

遼の肩が、ぴくりと反応した。

「……なんでも……?」

(おい……その食いつき方、本気のやつだろ!?)

(こえぇ……いやちょっと可愛い……いや、こえぇ……!)

晃は楽しそうに続ける。

「そう!例えばな~、悠は朝が弱くて目覚まし三個かけてるとか」

「晃ぁ!!? お前、なんでそんなに情報渡す気満々なんだよ!!」

晃はさらに畳みかける。

「悠が幼稚園のお遊戯会で妖精の役やったとか」

「妖精……」

淡々と呟く遼。
目がどこか遠い。

(なんで俺の情報をそんなに出してんだよ、晃……!)

晃は愉快そうに笑い、

「写真もあるんだよな~」

「……悠が妖精になってる写真……?」

晃はわざとらしく肩をすくめる。

「でもなぁ~、こんな暴力的な男に、可愛い悠の写真は見せられないなぁ。幼馴染としては」

遼は一瞬にして神妙な顔になり、

「……す、すまない」

「よーし!分かればいいんですよ~?」

(え?何これ……晃、遼を手なづけるスキル高くない?)

(うちの幼馴染、いつの間に神谷遼の調教師になったんだ……?)

昼休みの教室で、妙な主従関係が成立してる気がして仕方がなかった。

けれど――

遼が言った一言だけは、悠の胸の真ん中でじわじわと熱を残し続けた。

『俺は一途だよ』

(……ずるい。そんなの、意識するに決まってんだろ……)

日差しより暖かいその声は、午後の授業になっても、まだ耳の奥で響いていた。