昼休みのざわめきが、まるで分厚いガラス越しの音みたいに遠かった。
視線の先では――立花が、遼の前で柔らかく笑っていた。
黒髪がつやりと揺れて、伏せた睫毛が長く影を落とす。
どこを切り取っても、漫画のヒロインそのものだ。
そして、その真正面で立っているのが、よりによって遼。
いつもは無表情に近いくせに、今日はほんの少しだけ口元が緩んでいる。
立花が何か言うたび、遼は相槌を返し、視線をそっと合わせていた。
……その距離の近さに、胸がきゅっと縮まる。
(そりゃ、立花みたいな美人と話すなら……ああいう顔にもなるよな)
自分でも嫌になるほど、卑屈な声が胸の内側で響いた。
そのタイミングで、近くの席の男子たちがひそひそ声を立てる。
「なあ、神谷と立花って、やっぱ付き合ってんの?」
「昨日も一緒にいるの、見たやついるぞ」
「まあ、あれはお似合い……いや、優勝カップルだろ」
昼休みの空気は、のんびりしてるくせに――俺にだけ冷たかった。
(……遼はやっぱり、俺のこと、何とも思ってないよな)
胸の奥から、重たい溜息がせり上がる。
遼が作ってくれた弁当。
遼の低い声。
そっとかけてくれた気遣い。
全部、俺が勝手に「特別」だと思い込んでただけなんじゃないか。
そう思った瞬間、視界が少し滲んだ。
昼休みの間、遼の方を見ることができなくなった。
視線が合ったら、自分の嫉妬が全部バレる気がして――怖かった。
放課後。
教科書を抱えたまま廊下を歩いていたとき、見慣れたシルエットがこちらへ向かってくるのが見えた。
遼だ。
(……やばい)
心臓がひどい音を立てる。
逃げ場を探すように、とっさに教科書で顔を隠して、別方向にくるりと向きを変える。
その瞬間、遼の声が背中を貫いた。
「……悠?」
低くて、落ち着いた声。
いつもなら、その声を聞いただけで安心できたのに。
今日だけは違った。
「ご、ごめん!ちょっと用事……!」
自分でも驚くほど高い声が出た。
そのまま足を早めて、校舎の脇の階段へ逃げ込む。
階段を降りるたび、心臓が痛いほど跳ねて、呼吸が乱れる。
(なんで……こんなに苦しいんだよ)
下駄箱を抜け、校門を飛び出す。
夕暮れの風が頬に触れた瞬間、ふ、と力が抜けた。
遼と帰るのが当たり前になっていたせいなのか、ひとりで歩く道は妙に広くて、寒かった。
(別に、俺ら……付き合ってるわけでもないのに)
(勝手に期待して、勝手に落ち込んで……何やってんだ俺)
自嘲気味の笑いが喉にひっかかる。
だけど胸の重みは、笑ったくらいじゃ消えてくれない。
家の近くまで来たときだった。
スマホが、ぶる……と震えた。
見る前から分かった。
遼だ。
でも――怖い。
見たくない。
でも、見ないほうが……もっと怖かった。
意を決して画面を開く。
『明日、少し話せる?』
たったそれだけなのに、息が詰まる。
(……話すって、なに?)
(まさか立花のこと……?)
(それとも――弁当のこと……?)
(いや、どっちにしても……怖い)
心臓が暴れたまま、夜の気配が部屋に滲み込んでくる。
布団にもぐり込み、スマホを胸の上に置いたまま、天井を見つめる。
寝返りを打つたび、胸の奥がチク……と痛む。
(明日……何言われるんだよ、俺)
瞼を閉じても、遼の横顔と、立花の笑顔が交互に揺れ続けて、眠気なんて来るはずもなかった。
不安なのに――ほんの少しだけ、期待している自分がいる。
期待してはいけないと分かっていても、止められなかった。
明日の朝が来るのが、少し怖くなった。
(……ああもう、俺ってほんと面倒くさい)
そんな愚痴を心の中でつぶやきながら、夜がゆっくりと更けていく。
視線の先では――立花が、遼の前で柔らかく笑っていた。
黒髪がつやりと揺れて、伏せた睫毛が長く影を落とす。
どこを切り取っても、漫画のヒロインそのものだ。
そして、その真正面で立っているのが、よりによって遼。
いつもは無表情に近いくせに、今日はほんの少しだけ口元が緩んでいる。
立花が何か言うたび、遼は相槌を返し、視線をそっと合わせていた。
……その距離の近さに、胸がきゅっと縮まる。
(そりゃ、立花みたいな美人と話すなら……ああいう顔にもなるよな)
自分でも嫌になるほど、卑屈な声が胸の内側で響いた。
そのタイミングで、近くの席の男子たちがひそひそ声を立てる。
「なあ、神谷と立花って、やっぱ付き合ってんの?」
「昨日も一緒にいるの、見たやついるぞ」
「まあ、あれはお似合い……いや、優勝カップルだろ」
昼休みの空気は、のんびりしてるくせに――俺にだけ冷たかった。
(……遼はやっぱり、俺のこと、何とも思ってないよな)
胸の奥から、重たい溜息がせり上がる。
遼が作ってくれた弁当。
遼の低い声。
そっとかけてくれた気遣い。
全部、俺が勝手に「特別」だと思い込んでただけなんじゃないか。
そう思った瞬間、視界が少し滲んだ。
昼休みの間、遼の方を見ることができなくなった。
視線が合ったら、自分の嫉妬が全部バレる気がして――怖かった。
放課後。
教科書を抱えたまま廊下を歩いていたとき、見慣れたシルエットがこちらへ向かってくるのが見えた。
遼だ。
(……やばい)
心臓がひどい音を立てる。
逃げ場を探すように、とっさに教科書で顔を隠して、別方向にくるりと向きを変える。
その瞬間、遼の声が背中を貫いた。
「……悠?」
低くて、落ち着いた声。
いつもなら、その声を聞いただけで安心できたのに。
今日だけは違った。
「ご、ごめん!ちょっと用事……!」
自分でも驚くほど高い声が出た。
そのまま足を早めて、校舎の脇の階段へ逃げ込む。
階段を降りるたび、心臓が痛いほど跳ねて、呼吸が乱れる。
(なんで……こんなに苦しいんだよ)
下駄箱を抜け、校門を飛び出す。
夕暮れの風が頬に触れた瞬間、ふ、と力が抜けた。
遼と帰るのが当たり前になっていたせいなのか、ひとりで歩く道は妙に広くて、寒かった。
(別に、俺ら……付き合ってるわけでもないのに)
(勝手に期待して、勝手に落ち込んで……何やってんだ俺)
自嘲気味の笑いが喉にひっかかる。
だけど胸の重みは、笑ったくらいじゃ消えてくれない。
家の近くまで来たときだった。
スマホが、ぶる……と震えた。
見る前から分かった。
遼だ。
でも――怖い。
見たくない。
でも、見ないほうが……もっと怖かった。
意を決して画面を開く。
『明日、少し話せる?』
たったそれだけなのに、息が詰まる。
(……話すって、なに?)
(まさか立花のこと……?)
(それとも――弁当のこと……?)
(いや、どっちにしても……怖い)
心臓が暴れたまま、夜の気配が部屋に滲み込んでくる。
布団にもぐり込み、スマホを胸の上に置いたまま、天井を見つめる。
寝返りを打つたび、胸の奥がチク……と痛む。
(明日……何言われるんだよ、俺)
瞼を閉じても、遼の横顔と、立花の笑顔が交互に揺れ続けて、眠気なんて来るはずもなかった。
不安なのに――ほんの少しだけ、期待している自分がいる。
期待してはいけないと分かっていても、止められなかった。
明日の朝が来るのが、少し怖くなった。
(……ああもう、俺ってほんと面倒くさい)
そんな愚痴を心の中でつぶやきながら、夜がゆっくりと更けていく。



