ある日、俺の机に知らない弁当が入っていた

昼休みのざわめきが少しずつ遠のき、教室にはどこか眠気を誘うような午後の光が満ち始めていた。
窓際のカーテンが揺れるたび、机の影がゆらりと動く。

悠は弁当箱のふたを閉じ、箸を揃えて置いたあと、そのまま机に突っ伏しそうな勢いで脱力した。
胸の奥が、じわりと火照ったまま落ち着かない。

(……はぁ。なんで、あんな普通の顔で座っていられるわけ?遼って絶対心臓二つあるだろ。俺だけバクバクしてんだけど?)

頬に手を当てると、まだ少し熱い。
さっきの昼休み、遼が作ってくれた完璧な弁当を食べていた時間。
その余韻が、まったく抜けてくれなかった。

(絶対気づいてるよな、遼。俺の様子見すぎだもん)

(多分、もうバレてる……俺が気づいてるって、遼は分かってる……)

(でも……俺から「知ってる」なんて言ったら……どうなるんだ?)

(嫌われたりしない?距離置かれたりしない?)

(……いや、あいつそんな奴じゃないけど……!でも怖いのは怖い!!)

そんなふうに、頭の中でぐるぐるしていた悠の平和(ある意味)をぶっ壊すように、廊下の向こうから聞き慣れた足音が迫ってきた。

「おーい、悠~~!」

バッ。

勢いのまま扉が開かれ、晃が戻ってくる。
なんでいつもこう、無駄に元気がいいんだこいつは。

片手には透明な袋。中には手作りらしいチョコクッキー。

「……何食ってんの」

「ん?彼女の手作りクッキー。うまいぞ、これ」

ぼりっ、ぼりっ、と音がするたびに、悠の苛立ちは不思議と増えていく。
理由は分からない。分からないけど……なんかムカつく。

晃はその視線に気づいたらしく、ニヤッと悪い笑みを浮かべた。

「んあ?お前……なんか恋する乙女の顔してるぞ?」

「……うるさい」

即答したつもりだったが、晃は目を見開く。

「お?否定しないってことは……図星か?」

「…………」

「おい、マジかよ。どうした?本格的に大丈夫か?」

晃は半分冗談、半分本気の声で言いながら、クッキー袋をひょいと差し出してきた。

「ほら、元気出せよ。クッキー食べるか?美味いぞ?」

「いらない。……クッキーはチョコより、シナモンの方が好き」

「お、おう……そ、そうか……。まあ、元気出せよ?」

(元気出せよって……。俺そんなに落ち込んだ顔してんの?いや、してるか……?どうなんだ……?わかんねぇ……)

晃は首をかしげつつ戻っていき、悠は机に向かって小さく息を吐く。

(……乙女ってなんだよ。俺男だし。いや、乙女みたいだとか言われるのはまぁ……いや違うだろ俺)

気づけば昼休みは終わり、午後の授業もひたすらぼんやりと過ぎていった。
あまり記憶がない。ノートを取ったかもあいまいだ。

そして一日がだらりと終わる。

──翌朝。

悠はいつもどおりの時間に登校し、席に荷物を置く。
眠気でぼんやりしながら机の引き出しに手を伸ばす。

ガサッ。

(……ん?)

息が止まる。

そこには、いつもの手作り弁当。
さらに──その横に、昨日晃が持っていたのと同じサイズの小さな袋。

(え?なにこれ……)

そーっと手に取る。
中にはハート型のクッキーが数枚。

(クッキーだ。いや、待て待て待て……クッキーだよな?てかこれ……もしや……昨日の晃との会話……聞かれてた!?)

背中を冷たい汗がつっと落ちる。

(やばいやばいやばい……!)

パニクる脳とは裏腹に、手は勝手に一枚を取り出し、ぱくりと食べていた。

――さくっ。

(……っっっ!?)

ほのかな甘さのあと、ふわっと広がるシナモン。
香りが柔らかくて、でもしっかり残る。

(うま……なにこれ……うま……)

口の中が幸せで満たされていく。
無意識で二枚目に手が伸びる。

(うますぎる……何これ、お店の味かよ……)

そして唐突に思い出す。
弁当。完璧な味。
切り方も盛りつけもプロかよってレベル。

(もしかして……遼って……お菓子まで作れんの……?)

脳内で、完璧超人・遼の像が爆誕する。

頭→良い
運動神経→バケモノ
弁当→職人
気遣い→神
ルックス→満点
そのうえ──お菓子まで作れる。

(待って。なんか、完璧通り越してない?俺の知ってる高校生じゃないんだけど)

顔が一気に熱くなり、悠は机に突っ伏した。

「~~~~~~っ!!!」

声にならない悲鳴をかみ殺しながら、じたばた。

(シナモンクッキー作れるって……どんだけだよ……!!)

(なんで俺の好み知ってんだよ!!聞いてたんだろ!?いや聞いてたに決まってるだろ!?)

(怖いより嬉しいが勝っている、俺のバカ!!)

周りの生徒は誰も気づかない。

朝の教室の片隅でひとり。

完璧男子の執着じみた過保護に見事に撃ち抜かれて、机の下で密かにのたうつ男子生徒がいることなんて。

悠の小さな悶絶は、誰にも知られないまま続くのだった。