霧ヶ丘展望台のお土産屋は、外の霧そのままの空気を店内に引き込んでいるようで、ひんやりした木の香りと、古い鈴のカランという音が混ざっていた。
観光客が一組もいないせいで、逆にふたりきりの世界みたいだ。

棚には、地元キャラのゆるいアクリルキーホルダー、小学生が作ったのかなってレベルのビーズ細工、妙にリアルすぎる木彫りの熊……バリエーションがカオスすぎて、見てるだけで軽く楽しい。

そんな中、俺は自分の鼓動がやたらうるさいのを誤魔化すように深呼吸した。

「……あのさ、遼」

「ん?」

遼は、棚に並ぶストラップを見ていた横顔のまま返事をした。
ほんと、横顔だけでもモテるんだよな、コイツ。

俺はポケットの中の小さな物体をぎゅっと握りしめ――覚悟を決めて取り出した。

「これ……遼にあげるよ」

遼の掌にのせたのは、霧ヶ丘限定のシカのキーホルダー。
先ほどこっそりとお会計を済ませて買っていたものだ。
丸っこくて、ちょっとへにゃっとした笑い顔がたまらなく可愛い。

自分で選んだけど……まあ、悪くないよな?
高校男子が友達に渡すにしては若干あざといかもしれないけど……まあ……うん。

遼の瞳が、ふわっと揺れた。

(……あれ?こいつ、こんな分かりやすいタイプだった?)

驚いたような、嬉しいような、どこか信じられないような顔をして言う。

「……悠が?」

「う、うん。いつも家まで送ってくれるし……その、あの事件の時も助けてくれたし。お礼」

言いながら、自分でもちょっと顔が熱い。

(それと……毎日の弁当のお礼ね)

(絶対言えないけど。言ったら負けな気がするし……いや、そもそもバレたらこの関係が終わる気がする……!)

遼はキーホルダーを宝物みたいに両手で包み込むと、息を吸い込むように柔らかく笑った。

「……ありがとう。すごく嬉しい。大切にする」

その嬉しいの声音が、まっすぐ刺さってくる。

(ちょ……ちょっと待て。この破壊力は反則……!)

(落ち着け俺。気を抜いたら転がされる……!)

そんな俺の動揺など気づかないようで、遼は突然くるっと背を向けた。

そして店内を落ち着きなく歩き出す。

「え、ちょ、遼?どうしたの?」

「俺も、悠に何か渡したくて!」

声に、妙な必死さが混じっている。

「いや、いいって!ほんとに!マジで!」

「ダメだ。俺があげたいんだ!」

(おいおいおい……クールキャラどこいった?)

(落ち着いた天才ってイメージ、今この瞬間全部崩れたぞ?)

遼は棚を真剣な目つきでスキャンし、何かを見つけたらしい。

──そして、なぜか満面の笑みで戻ってきた。

「悠!これどう!?」

ドンッ。

遼が誇らしげに掲げてきたのは――
熊が鮭を咥えている、北海道名物スタイルの巨大な木彫り。

……でかい。
……重そう。
……完全に武器。

(いやいやいや、いらねぇーっっ!!)

(なんでそれチョイスした!?)

(こいつ……壊滅的にお土産センスがない!)

(てかコレ、サスペンスで犯人が殴ってるヤツだろ!?)

(うちの部屋に置きたくない!!)

遼はそんな俺の絶叫を知らず、ほんのり頬を赤くして言う。

「これならさ、部屋に置いた時、大きいからすぐ目に入るだろ。……俺のこと、家に帰ってからも思い出してくれるでしょ?」

(いや重!!)

(置物よりお前の愛情の方が圧倒的に重い!!)

(なんだよその理由!)

(俺を思い出させたいって……そう来る!?)

(愛情が重すぎて熊の木彫りより圧あるんだけど!)

俺は泣き笑いみたいな引きつった顔で、必死に言い訳を絞り出す。

「あ、あ〜……いや、でも……大きすぎるし、飾る場所がないかな……。こういう、ほら、ペンとか……そういうのは?」

「なるほど!」

遼の顔がぱっと輝いた。

「ペンなら持ち運べる!学校でも家でも図書室でも……。悠がどこにいても、いつでも俺のこと思い出せる!」

(はい出ました)

(どこにいても俺を思い出せ理論……!)

(この男、想像以上に重い。深海レベルに深い愛情)

(でも……嫌じゃない自分がもっとヤバい……)

遼は俺の思考など知らず、満面の笑みで言う。

「悠はやっぱ頭いいな!」

「天才のお前に言われても……嫌味にしか聞こえないぞ……」

そう小突き合うように言いながら、遼は今度こそ比較的まともなお土産を探しに行った。

霧の中でゆらぐ店内の灯りのせいか――
いや、たぶん違う。

胸のあたりがずっと、じんわり熱いままだった。