祭の熱気が去った翌週。
 海架町公民館の編集室には、夕陽が斜めに差し込み、机の上の紙束を黄金色に染めていた。
 窓の外では、波の音がゆっくりと届く。まるで編集のリズムを刻むように。
 大芽はモニターに向かい、映像を何度も巻き戻しては止めていた。
 その背中を、弘喬がコーヒー片手に覗き込む。
 「そろそろ決めないとな。どこまで“再現”って明記するか」
 「そうだな……今回は“虚構”と“現実”の境を曖昧にしないって方針だし」
 優里がプリントを並べながら言った。
 「だからこそ、ルールを言葉にして残したい。“誰のための映像なのか”を見失わないように」
 「ルール?」弘喬が眉を上げる。
 「うん。再現・編集の基準。例えば――」
 優里はホワイトボードにペンを走らせた。
 一、演出がある場面は明記する。
 二、被写体の合意を得る。
 三、迷ったら守秘する。
 四、映像より生活を優先する。
 文字が並ぶたびに、室内の空気が少しずつ引き締まっていく。
 大芽はしばらく黙って見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。
 「……いいな。これを“制作方針テロップ”として入れよう」
 弘喬が苦笑した。
 「テロップにそんな真面目な文章、誰も読まないぞ」
 「いや、読むさ。少なくとも俺たちは」
 大芽はキーボードを叩きながら言った。
 画面下部に白地で文字を流す。
 《この作品は町の記録であり、演出を含む場面には明示を行っています》
 《登場する人物は全員、撮影および公開に同意しています》
 《私たちは“現実”を変えることより、“現実”を伝えることを選びます》
 優里がその文字を見て、ふっと笑う。
 「硬いけど、嘘がないね」
 「俺の誠実さが滲んでるだろ」大芽が胸を張る。
 「いや、“硬すぎるテロップ案”で賞もらえそう」弘喬が茶化した。
 千優も小さく吹き出す。
 「でも、こういう硬さ、好き」
 そんな笑いの中にも、四人の表情には安堵があった。
 どんなに細部を磨いても、誰かを傷つける“誤解”は生まれてしまう。
 けれど、少なくともこの作品では、真実と嘘の線引きを自分たちで決めた。
 それだけで胸の奥が少し軽くなる。
 編集は夜まで続いた。
 窓の外の空は群青に沈み、浜辺の街灯が一つずつ灯る。
 画面には、千優が縫い上げた刺繍の模様が映し出されていた。
 その下に、さっきのテロップを重ねる。
 《今日の模様――海がくれた祈りを、町に返す》
 弘喬がモニターの明るさを下げる。
 「……完成だな」
 「いや、まだ一行残ってる」
 大芽がホワイトボードにペンを走らせた。
 五つ目のルール。
 五、嘘と真実の境に、人の善意を残す。
 その言葉を見て、優里が小さくうなずく。
 「それなら、“虚構”も悪くないね」
 「うん。善意でできた嘘なら、現実を少しやさしくできる」
 外からカモメの声が聞こえた。
 夜風が入り込み、白いカーテンがゆらめく。
 その布の模様が、刺繍の線と重なって揺れた。
 大芽は画面を保存し、PCを閉じた。
 「次は上映会だ。町の人たちに見てもらおう」
 「最終回、いよいよだね」優里が笑う。
 「明日、浜カフェで“明日の模様”を撮ろう」
 四人の視線が交わった。
 モニターの電源が落ちると、暗闇の中で、夕陽の残光だけがボードの文字を照らしていた。