祭りの夜が終わり、海架町は静かな余韻に包まれていた。
 提灯の明かりが一つ、また一つと消えていく。潮の匂いに混じって、まだ焼きそばの香りが漂っていた。
 大芽たちは、裏路地にある小さな休憩所に集まっていた。
 祭の撮影データを確認しながら、次回の構成を話し合うためだ。
 弘喬がノートパソコンを開き、映像のサムネイルをスクロールさせる。
 「うーん……悪くないけど、“話題性”が足りないって言われそうだな」
 「話題性?」優里が顔を上げた。
 「SNSで広めるには、もう少し“ドラマ”がいる。
 たとえば、誰かが助け合う瞬間とか、感動の涙とか」
 その言葉に、大芽は腕を組み、少し考えこんだ。
 「……やらせ、ってこと?」
 弘喬は苦笑する。
 「まあ、“再現”くらいのつもりでな。演出を入れても本質は変わらないだろ?」
 沈黙が落ちた。
 千優はコップの水を見つめ、指で縁をなぞっている。
 優里が静かに口を開いた。
 「その“本質”って、誰のためのものかな」
 「え?」
 「私たちが伝えたいのは、“町の現実”でしょ?
 もし再現が誰かの生活を歪めるなら、それは映えより傷になると思う」
 弘喬はしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめて笑った。
 「……そう言うと思った」
 「でしょ」
 優里の笑顔に、場の空気が少し和らぐ。
 だが大芽はまだ腕を組んだままだった。
 「正直、迷ってた。いい映像を撮ろうとするほど、現実から離れる気がしてさ。
 でも、優里の言うとおりだ。“この町を映す”なら、誠実でいこう」
 そう言うと、大芽はバッグから一枚の紙を取り出した。
 白紙の誓約書だ。
 「“演出を加える場合は全員の同意を得る”ってルールを作ろうと思ってさ。
 ほら、監督としての反省も兼ねて」
 「真面目だなあ」弘喬が笑い、優里が吹き出す。
 「自分に一番厳しいタイプだ」
 「締切より良心を守る方が大変なんだよ」
 千優が、ゆっくりと顔を上げた。
 「……守る、いい言葉」
 彼女はそう言うと、ノートの端に小さな絵を描いた。
 流木の模様をモチーフにした“守りの印”。
 大芽が覗き込み、ふっと微笑む。
 「千優、それ、ロゴに使わせてもらおうか」
 会話が落ち着いた頃、優里がふと思い出したように言った。
 「そういえば、屋台の店主さん。あの唐揚げの人、撮影の件で心配してたよ」
 「どうして?」
 「“自分が映ると常連が減るかも”って。忙しい日に失敗した映像を使われると恥ずかしいって」
 大芽はすぐに立ち上がった。
 「じゃあ、直接話そう。使うかどうかは本人の気持ち次第だ」
 夜の商店街は片付けの音で賑やかだった。
 唐揚げ屋の屋台では、店主がひとりで鉄板を拭いていた。
 「夜分すみません。撮影の件で……」
 大芽が丁寧に頭を下げる。
 店主は驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑った。
 「律儀やな。別に怒っとらんで。ただ、うちの顔より客の笑顔映してくれたらそれでええ」
 「もちろんです。無理に使うことはしません」
 優里が柔らかく答えた。
 その瞬間、店主がふと小さく笑う。
 「そんなん言われたら、逆に映ってもええ気がしてきたわ」
 「えっ」
 「“町の記録”やろ? ならうちも、その一部でええ」
 静かな笑顔だった。
 その背中をカメラが捉えたとき、弘喬がつぶやく。
 「……演出より、この笑顔の方がずっとドラマチックだな」
 「そうだね」優里がうなずく。
 「“映え”より“誠実”のほうが、人の心に残る」
 四人が屋台を離れるとき、通りの奥でカモメが鳴いた。
 その声が、まるで“それでいい”と背中を押してくれるように聞こえた。