同じ週末の昼下がり。海架町の商店街は、秋祭り前の準備でにぎわっていた。軒先では焼きイカの香りが漂い、通りを渡る子どもたちが「お祭りいつ?」と声を上げる。
その喧騒の中で、大芽たちはカメラとマイクを抱え、一本の通りをゆっくり歩いていた。
「今日は“街の声”を撮ろう」
大芽がカメラを構えながら言った。
「昨日の“余計な一言”が気になってるしな。あの流木、なんなのか聞き歩いてみよう」
弘喬は潮風にさらされたメモ帳をめくり、撮影計画を確認した。
「順番は、まず魚屋の伊佐さん、次に浜カフェの店主さん。あと観光客インタビューは午後三時の日差しが一番いい」
「了解!」と優里が手を挙げた。
「声かけるの、私が行くね。地元の顔見知りの方が話しやすいし」
四人の中で、優里が最も自然に人の懐へ入る。笑うタイミングも、相手に合わせる間も絶妙だった。
最初のインタビュー相手は、氷の箱を並べていた魚屋の伊佐だった。
「伊佐さん、この流木、見覚えありますか?」
優里が写真を見せると、伊佐は目を細めた。
「おお、それな。昔うちの親父が“神社の御神木が流されたやつかもしれん”て言うとったな」
「御神木……?」
「嵐のときな。社の木が一本折れて、それが浜へ流れ着いたって噂や」
その言葉を聞きながら、大芽は「神聖な話として扱うか、それとも伝説として面白がるか」を頭の中で整理していた。
「貴重な証言、ありがとうございます!」と彼は笑顔で締め、録音を止めた。
すると伊佐が、にやりと笑って一言。
「けどまあ、どう使うかはあんたら次第やな。下手にホラーにしたらバチ当たるで」
その軽口に、優里がすぐさま応じた。
「ホラーじゃなくて、ハートフルでいきます!」
言い切るその声が、通りに明るく響いた。
次に訪ねたのは浜カフェ。ガラス戸を開けると、コーヒーの香りが漂い、カウンターでは店主が豆を挽いていた。
「流木の模様? あぁ、外国の土産じゃないか?」
店主は笑いながら答える。
「去年、観光客が持ってきた“サーフウッド・アート”ってやつに似てる。SNSで流行ってたんだよ」
弘喬は即座にメモを取りながら首を傾げる。
「国内外、どっちの可能性もあるってことか……」
「ま、うちの看板より映えそうだね」
冗談めかした店主の声に、優里がすかさず応じる。
「でも、このカフェの“流木プレート”も映えますよ!」
その一言に店主が苦笑し、「じゃ、撮ってけ撮ってけ」と笑った。
通りの最後で、彼らは観光客親子に出会った。
男の子が折り紙の船を作って、海へ流そうとしている。
「うわぁ、上手!」と優里がしゃがみこんだ。
「何の船?」
「流木の海賊船!」
子どもの答えに四人が笑う。大芽はその様子を撮りながら、小声でつぶやいた。
「……この自然な会話、カットしたくないな」
午後、弘喬がカフェの一角に座り、撮影素材をノートパソコンで確認した。
画面には、漁師の言葉、店主の冗談、子どもの笑顔――どれも“浜の物語”の一部としてつながりかけている。
だが、編集すればするほど整合性が崩れていく。
御神木の欠片、外国の土産、海賊船の残骸……どの証言も食い違い、まるで別の町の話を寄せ集めたようだった。
「どうする? どれも違うし」
弘喬が頭をかくと、優里が明るく答えた。
「違っていいんじゃない? “町の人がいろんな物語を信じてる”って素敵だよ」
「なるほど、“真実より豊かな多様性”ってやつか」
大芽が感心したように笑い、千優が静かに口を開いた。
「……どれも、この町の音」
それだけ言って、彼女はイヤホンを差し込み、録音を聞き直した。
そのとき、イヤホンからふと、風に混じるような低い声がした。
誰かが笑うような、囁くような――。
千優はすぐに再生を止めた。
「今……誰か、笑った?」
「俺らじゃないよな?」
全員が首を横に振る。
弘喬は波の音に重なる“ズレ”を確認するため、波形を拡大した。
しかしそこにあったのは、風切り音と、どこか楽しげな笑い声の断片だけだった。
「まあ、編集のノイズってことで」大芽が苦笑した。
「偶然が面白い方に転がるなら、それも“現実”の味だ」
その言葉に、優里は少し考えこみ、笑顔を戻した。
「じゃあ次は、“消える線”を撮りに行こっか。あの流木、また見に行きたい」
彼女の声に呼応するように、カフェの扉が風で軽く鳴った。
四人は再び浜へ向かう。
太陽が傾きはじめ、路地の影が長く伸びていた。
その道の先に、昨日の流木が――まるで待っていたように――転がっていた。
その喧騒の中で、大芽たちはカメラとマイクを抱え、一本の通りをゆっくり歩いていた。
「今日は“街の声”を撮ろう」
大芽がカメラを構えながら言った。
「昨日の“余計な一言”が気になってるしな。あの流木、なんなのか聞き歩いてみよう」
弘喬は潮風にさらされたメモ帳をめくり、撮影計画を確認した。
「順番は、まず魚屋の伊佐さん、次に浜カフェの店主さん。あと観光客インタビューは午後三時の日差しが一番いい」
「了解!」と優里が手を挙げた。
「声かけるの、私が行くね。地元の顔見知りの方が話しやすいし」
四人の中で、優里が最も自然に人の懐へ入る。笑うタイミングも、相手に合わせる間も絶妙だった。
最初のインタビュー相手は、氷の箱を並べていた魚屋の伊佐だった。
「伊佐さん、この流木、見覚えありますか?」
優里が写真を見せると、伊佐は目を細めた。
「おお、それな。昔うちの親父が“神社の御神木が流されたやつかもしれん”て言うとったな」
「御神木……?」
「嵐のときな。社の木が一本折れて、それが浜へ流れ着いたって噂や」
その言葉を聞きながら、大芽は「神聖な話として扱うか、それとも伝説として面白がるか」を頭の中で整理していた。
「貴重な証言、ありがとうございます!」と彼は笑顔で締め、録音を止めた。
すると伊佐が、にやりと笑って一言。
「けどまあ、どう使うかはあんたら次第やな。下手にホラーにしたらバチ当たるで」
その軽口に、優里がすぐさま応じた。
「ホラーじゃなくて、ハートフルでいきます!」
言い切るその声が、通りに明るく響いた。
次に訪ねたのは浜カフェ。ガラス戸を開けると、コーヒーの香りが漂い、カウンターでは店主が豆を挽いていた。
「流木の模様? あぁ、外国の土産じゃないか?」
店主は笑いながら答える。
「去年、観光客が持ってきた“サーフウッド・アート”ってやつに似てる。SNSで流行ってたんだよ」
弘喬は即座にメモを取りながら首を傾げる。
「国内外、どっちの可能性もあるってことか……」
「ま、うちの看板より映えそうだね」
冗談めかした店主の声に、優里がすかさず応じる。
「でも、このカフェの“流木プレート”も映えますよ!」
その一言に店主が苦笑し、「じゃ、撮ってけ撮ってけ」と笑った。
通りの最後で、彼らは観光客親子に出会った。
男の子が折り紙の船を作って、海へ流そうとしている。
「うわぁ、上手!」と優里がしゃがみこんだ。
「何の船?」
「流木の海賊船!」
子どもの答えに四人が笑う。大芽はその様子を撮りながら、小声でつぶやいた。
「……この自然な会話、カットしたくないな」
午後、弘喬がカフェの一角に座り、撮影素材をノートパソコンで確認した。
画面には、漁師の言葉、店主の冗談、子どもの笑顔――どれも“浜の物語”の一部としてつながりかけている。
だが、編集すればするほど整合性が崩れていく。
御神木の欠片、外国の土産、海賊船の残骸……どの証言も食い違い、まるで別の町の話を寄せ集めたようだった。
「どうする? どれも違うし」
弘喬が頭をかくと、優里が明るく答えた。
「違っていいんじゃない? “町の人がいろんな物語を信じてる”って素敵だよ」
「なるほど、“真実より豊かな多様性”ってやつか」
大芽が感心したように笑い、千優が静かに口を開いた。
「……どれも、この町の音」
それだけ言って、彼女はイヤホンを差し込み、録音を聞き直した。
そのとき、イヤホンからふと、風に混じるような低い声がした。
誰かが笑うような、囁くような――。
千優はすぐに再生を止めた。
「今……誰か、笑った?」
「俺らじゃないよな?」
全員が首を横に振る。
弘喬は波の音に重なる“ズレ”を確認するため、波形を拡大した。
しかしそこにあったのは、風切り音と、どこか楽しげな笑い声の断片だけだった。
「まあ、編集のノイズってことで」大芽が苦笑した。
「偶然が面白い方に転がるなら、それも“現実”の味だ」
その言葉に、優里は少し考えこみ、笑顔を戻した。
「じゃあ次は、“消える線”を撮りに行こっか。あの流木、また見に行きたい」
彼女の声に呼応するように、カフェの扉が風で軽く鳴った。
四人は再び浜へ向かう。
太陽が傾きはじめ、路地の影が長く伸びていた。
その道の先に、昨日の流木が――まるで待っていたように――転がっていた。


