翌日。いつも通りの朝。いつも通りの双子のお出迎え。しかし優羽(ゆう)の様子が少しおかしい。なんだか珍しくしゅんとしていて朔夜(さくや)は「なんか元気ないみたいだけど?」とみのりにコソコソと訊ねる。いつもなら三人並んで歩くのに、ふたりの少し後ろを暗い顔でついてくる優羽。

「うーん。なんか昨日あったっぽいんだけど、訊いても教えてくれなくて。さっくん関係なのは間違いないんだろうけど」
「なんで俺関係なんだよ。他にもあるだろ、」

 と、言いつつも、思い当たることはいくつかある。昨日の部活での出来事。勝負をふっかけておいて勝敗がつかなかったこと。本来の目的を果たせなかったこと。自分から喧嘩を売ったはずなのに、何故か最後は鈴木たちと仲良くなって和解したこと、とか? そもそも優羽の"お願い"とはいったいなんだったのか。

 (はる)からの又聞きのせいで、とりあえずわかっていることといえば、鈴木たちの陰口に対して優羽がキレて勝負を持ちかけたんだとか。陽は巻き込まれた感があるが、朔夜がマネージャーとして残ることを決めた理由を知っていることもあり、さすがに黙っていられなかったらしい。

(別に陽が気にすることじゃないんだけどな……ホント、いい奴だよな)

 優羽は優羽なので通常運転というか。昔から朔夜のことになると予想もしないようなことをしでかすことがあって、少し暴走しがちなのだ。反省しているなら、こちらからあえてなにか言う必要はないのかもしれない。

 駅でみのりと別れ、優羽とふたりになる。同じ制服の生徒たちが学校の方へ向かう姿が視界に入る。女子生徒たちの視線はもちろん優羽に向けられており、朔夜は慣れたと思っていたがやはり肩身が狭い気持ちになる。

「昨日の試合、めちゃくちゃ良かったよ」

 自分でも唐突すぎたと思ったが、なにか会話をしなきゃという気まずさを覚えて、なるべく明るい口調を心がけて話す。思いついたネタがそれしかなかったため、優羽の反応を待つことにした。

「……昨日は本当にごめん。結果的に朔くんに迷惑かけた」
「あー……あれか。別に気にしてないけど?」

 あの時、神谷部長に問われたことに関して、優羽が否定しようとしたやつだろうか。朔夜が上手く誤魔化してやったわけだが、部長越しに見えた表情はものすごく落ち込んでいるように見えた。帰る頃には特にそんな素振りはまったく見せなかったが、内心は違ったのかもしれない。

「陽から聞いた。理由はどうあれ鈴木たちはお前の先輩なんだから、今後は考えて行動すること。どうにもならない時は、俺か陽に相談するんだぞ?」
「……なんで日上先輩?」
「俺が信頼する友だちのひとりだからだよ。陽は言葉数は少ないけど、ちゃんと的確なアドバイスくれるし、優羽だってそう思ったから、あの時自分でシュートせずに陽にパスを出したんだろ?」

 部長に止められる直前。(すなお)からのパスを受け、優羽がシュートを決めようと構えた時のこと。マークふたりをフェイントで飛ばせ、陽にパスを出したあのシーン。あれは、自分よりも陽が確実に点を入れてくれると信頼したから出したのだと朔夜は思った。

「……候補に入れとく」
「そうしとけ。あと、ちゃんと鈴木たちとは和解したでいいんだな?」
「和解っていうか……あっちが謝ってきた。でも謝る相手が違うって言っておいた。俺は俺でちゃんと謝ったけど」
「そっか。エライじゃん」

 よしよしと、いつもの癖で少し高い位置にある頭を撫でて褒めてやる。優羽は不意打ちでもされたかのような顔で一瞬だけ動揺したが、すぐに柔らかい笑みをその端正な顔に浮かべる。

 その笑顔を直視してしまった朔夜は混乱し、時間をかけてセットしてきたのだろうワックスのついた優羽の髪の毛を、くしゃくしゃと両手でめちゃくちゃに乱して誤魔化した。

 ぼさっと所々寝癖のようになってしまった優羽の頭は、それはそれで格好よかった。


□□□


 教室に入って席に着くと、数人が朔夜のところへやってきた。

「昨日は助かった!」

 鈴木と他ふたりが朔夜の机を囲んで拝むように手を合わせる。そこに陽がやって来て、何事だろうと眉を顰めて様子を窺いつつも、朔夜の後ろの席に座った。

「助けるもなにも、」
「俺は皆藤にずっと嫌がらせをしてた。陰口言ったり、わざとボール投げたり」
「知ってるけど、」
「それもこれも、またお前とバスケがしたかったから……でもできないってのもわかってて。勝手にむしゃくしゃして、お前は悪くないのに……、」

 本当に勝手な話だな……と朔夜はツッコミたかったが我慢する。

「……俺は、昨日の試合ワクワクしたけど? 三年生が引退したら、鈴木たちが主体になるわけじゃん。そこに優羽たち一年を加えてって考えてたら、色々な作戦が浮かんで楽しくなったし」
「皆藤……、」

 朔夜はこれ以上ややこしくなるのは御免だと、部長と陽以外には話していなかったことを鈴木たちにも話すことにした。

「俺がマネージャーになったのは、みんなが練習に集中してもらうためだけじゃなくて。俺自身のためでもある。怪我してバスケ諦めて、はじめて思い知ったことがあって」

 今までずっと応援される側だった朔夜。ベンチで控える人間の気持ちなど全然知らなかった。試合に出られないという悔しさ。もどかしさ。それでも大きな声で声援をくれていた仲間たちの期待。それを当たり前のように受け取っていた自分を恥じた。

「……俺はこのチームが好きだ。だからチームのために頑張ろうって思ったんだ」
「お前……、」
「自信持っていいよ。鈴木は俺の代わりなんかじゃないってこと」

 朔夜の言葉で、自身がずっと心の中で葛藤していたものが解消された鈴木は、すっきりした顔で隣の教室へと戻って行った。後ろからはなにか言いたげな視線が注がれていたが、朔夜は振り向くことはなかった。

(あれくらい言っとけば、もう面倒臭いことにはならないだろうし)

 鈴木たちはああ見えて単純でわかりやすい。欲しい言葉を貰えば、それをくれた人間を心から信頼するはずだ。朔夜はもちろん本音で話したつもりだが、胸の内はいかに効率的に今の状況を好転させるかを考えていた。

(これで優羽たちも上手くチームに馴染めるよな)

 いざこざはあったものの、逆に絆は深まったというやつだ。お互いに良い影響を与える関係になったのなら、大成功といえる。一番面倒臭い相手を攻略してしまえば、他は基本的に楽というやつだ。

(……けど、本当は、)

 そんな面白いしかない仲間たちと一緒に、バスケがしたかった。

 朔夜は机に頬杖をつき、窓から見える青空をぼんやりと見つめ目を細めた。