五対三の試合(ゲーム)が始まった。都合の良いことに三年生が遅れて来るらしく、事情を知らない他の部の生徒や二年生たちが面白そうという理由だけでコートの端で観戦をしている状態だ。女子バスケ部も片面で練習をしつつもこちらが気になるのか、ちらちらと視線が向けられる。

 もちろん、その目的は入学当初からなにかと注目されていた三枝(さえぐさ)優羽(ゆう)だろう。イケメン俳優並みの顔面偏差値。高身長。人当たりの良さ。なによりも爽やかな笑顔と心地好い声。田舎には貴重な目の保養的存在といえよう。

 そんな注目の的ともいえる優羽と、いつも横にいる明るく元気系の相澤(あいざわ)(すなお)、まったく関係値のわからない二年の日上(ひかみ)(はる)もまた女子の間で密かに人気があるクール系男子なので、その三人を相手にする五人はいったいどういう奴らなんだという、色んな意味での注目を浴びてしまっていた。

「皆藤、このままやらせていいのか?」
「いいわけないだろ。けど、止めろって言ったら止めると思うか?」
「うーん無理かぁ。しかも観客も集まっちゃってるから止める方が空気読めってなるしな」

 まあな、と朔夜(さくや)はため息混じりで肩を竦めた。

「先に二十点取った方が勝ちってことで」
「ホントに三人だけでやる気なのかよ……なめすぎだろ」
「いやいや。単純にこっちの味方がいなかっただけなんですって……」

 そもそもひとりでやるつもりだったようだし、と直は誤解を解こうと口を開くが逆に睨まれる。なにも知らない者から見れば、この構図は昨日入ったばかりの一年ふたりが二年のレギュラーに喧嘩を売っているようにしか見えないが、その一年側に二年の陽がいるせいで余計にややこしいことになっているだけで……。

「さっさと始めてくれ」
「お前らが先攻でいいぜ?」

 陽がいつもの無表情で呟き、二年で朔夜の代わりにレギュラーになった鈴木(すずき)快斗(かいと)が挑発するように口の端を上げて嫌味な笑みを浮かべた。

「はあ。じゃあ俺が審判するよ」

 朔夜の横にいた同じ二年の桜田(さくらだ)(りょう)が頭を掻きながらコートに入る。それによって自動的に朔夜は得点係になった。優羽たちが先攻でボールを回す。真ん中が直、右が優羽、左が陽というポジション取り。三対三(スリーオンスリー)ならそれでいいだろうが、ハーフコートとはいえ五対三は分が悪すぎる。 

 朔夜の心配をよそに、試合(ゲーム)は始まってしまった。

(優羽も直も流石の連携だし、そこに陽が入ればさらに機能するだろうけど……)

 元々、小中でコンビを組んでいただけに、パスからシュートまでの繋ぎもスムーズだ。陽はシューティングガードだからフリーになればさらに得点力も活かせるだろう。

(鈴木も他の四人も口だけじゃないし、優羽や直とは経験値が違いすぎる)

 五人の内三人がレギュラー。他の二人も三年生が引退すれば確実にレギュラーになるだろう実力者だ。五人とも同じ中学でチームとして組んでもまったく違和感がない。朔夜の不安は約十分後に的中してしまう。

(……五点差か。まだ巻き返せるかもだけど)

 得点差よりも体力の差が顕著に出始める。十五対十。相手側はあと五点で勝ちという状況で、絶対的に不利だというのに……。

(なんでか楽しそうなんだよな……本来の目的忘れてるだろ)

 直はともかく優羽や陽まで。

 追い込まれているというのに笑ってる。あの中に混ざれない自分が悔やまれた。けれども、今はそんなことはどうでもいい。陽のスリーポイントが連続で決まり逆転したかと思えば、相手チームも無難に二点でさらに差をつける。

 どちらのシュートが決まってもその度に観客と化した生徒たちの声が上がった。気付けばめちゃくちゃいい勝負になっていて、お互いに一歩も譲らないという試合に発展していた。両チームとも肩で息をしながらお互いに向かい合う。十七対十六。どちらが勝ってもおかしくなかった。

「優羽!」

 直がドリブルで切り込んで相手を翻弄し、優羽にパス。優羽はシュートをする動作からフェイントを入れ相手を故意に飛ばせると、フリーになった陽にパスを出した。そこからワンモーションでのスリーポイントが決まり、再び逆転する。

 だが鈴木たちも負けていない。人数を活かしたパス回しで体力が限界に近い優羽たちを翻弄し、確実に二点を狙っていく。そして両チーム共にあとワンゴールで勝負が決まるという絶妙なタイミングで、神谷部長の声が響いた。

「ストップ、ストーップ! お前ら勝手になにやってるんだ」

 当たり前だ。練習もしないで試合をし、観客まで集まってきてしまっているこの状況。怒られないわけがない。コートの中の二年生たちや直は「まずい」という顔をし、陽はいつもの如くなにを考えているかわからない感じで、この試合を持ちかけた張本人である優羽は不服そうな顔をしていた。

「皆藤····、お前がいてなんでこんなことになってるんだ?」
「ちが……っ」
「すみません。新入部員の実力を見ておきたくて。鈴木たちに頼んで相手をしてもらっていたんです。あ、陽には一年生側に入ってもらって不利な状況でどれだけやれるか試してました。結果、いいデータが取れました」

 すらすらとまるで本当のことのように話す朔夜に対し、

「そうか、俺はてっきり……まあ、お前がそういうならそうなんだろう」

 と安定の信頼に、逆に朔夜の心が傷んだ。

「みんなも解散。ほら、自分のとこに戻って」

 最後まで見たかったのになぁ、と集まっていた生徒たちも不完全燃焼という感じだった。一番はコートの中の八人だろう。勝負はお預けという形で幕を下ろすことになる。その後の練習は部長の言う通り通常通り行われ、終わる頃にはさすがにぐったりしていた。

 三年生たちが帰った後、鈴木たちに混ざって優羽と直がモップがけをしており、朔夜は陽と一緒にボールを拭きながらその光景を眺めていた。

「余計なことしちゃったかな?」
「皆藤のおかげで結果的に丸くおさまった」
「けど、見てみたかったな……、」
「俺たちが勝つところを?」

 陽は当然のように言い切った。真面目な顔でそんなことを言うので、朔夜は思わず「ぶっ」と吹き出してしまう。

「あはは! 陽ってたまに冗談なのか本気なのかわからなくて面白いよなっ」
「本気で言ってるんだがな」
「わかってるって。カッコよかったよ、みんな」

 あのまま勝負がついていたら逆にギクシャクしていたんじゃないかと思う。

(なんか仲良くなってるし、)

 まあ、そういう奴だよな、と朔夜は優羽の横顔を見つめて自然と笑みがこぼれた。