中学三年の夏休み。その日、優羽は直と一緒に市内にあるショッピングモールに買い物に来ていた。スポーツ用品店で目当てのものを見つけ購入し、ラッピングをしてもらう。
夏休みが明ける頃、朔夜の誕生日がくる。これは誕生日プレゼントで、高校でもすぐにレギュラーに抜擢されて、活躍している朔夜のために選んだものだった。
優羽も朔夜の影響で小学校の頃からバスケを始め、中学でもバスケ部だった。今は三年生なので部活は引退したが、たまに後輩たちに頼まれて直と一緒に練習相手をすることもあった。
朔夜と同じことをやりたいという気持ちだけで始めたバスケだったが、背がぐんと伸びたこともあって意外と向いていることに気付く。スポーツは基本的になんでも得意だったが、バスケはその中でも好きな部類だとわかった。
「あれ? みのりちゃんから着信入ってる」
「なんだろ、急ぎの用なんじゃないか?」
「なにか欲しいものでもあるのかも」
双子の姉であるみのりには、直とショッピングモールに出かけるということを伝えてある。両親は夏休みなど関係ない仕事なので、特にどこに行くとまでは言っていなかった。
「もしもし?」
『優羽くん……よかった、繋がって……お、落ち着いて聞いてね?』
優羽はみのりの震えながらも必死に我慢している声に、只事ではないとすぐに気付く。その内容をスマホ越しに黙って聞いていた優羽の顔がだんだんと青ざめていく。唇が震える。指先が背中が全身がひんやりと冷たくなるのを感じた。
「……うん、うん。わかった……俺も今から行ってみる……うん、そこで合流しよ」
「……どした? なんかあったのか?」
直は優羽の様子が明らかにおかしいことに対して、心配そうに訊ねてきた。スマホをズボンのポケットにしまい、一見冷静そうに振る舞っているが動揺は隠しきれていない。ひと呼吸おいて、自分に言い聞かせるように優羽は口を開く。
「朔くんが……事故に巻き込まれたって……それで今、病院……俺も行かなきゃ」
「え? 朔夜先輩が⁉︎ 事故って、無事なんだよな……?」
「意識はあるって……詳しくは、みのりちゃんもわからないって」
「病院行くんだろ? 俺も一緒に行く」
直は優羽の手を取って、返事を待つ。優羽がプレゼントが入った小さな紙袋を落とさないように、ぎゅっと握って支えてくれているようだ。
「……とにかく、行ってみよう」
ふたりはショッピングモールを後にして、バスに乗って病院に向かった。
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病院の待合室でみのりと合流した。朔夜の母親が先生に呼ばれて話を聞いているらしい。
「もしかしたら、手術しなきゃいけないかもって……詳しくはわからないけど、あんまり良くないのかも」
「……そっか。でも意識はあるってさっき言ってただろ? 手術って、大きな怪我でもしなきゃしないよな? どこ怪我したの?」
「わかんない。私もたまたまさっくんの家の前でおばさんに会って、すごく慌ててたから。心配で一緒についてきたんだけど、」
みのりはまだ朔夜には会えていないようだ。
「とにかく、俺たちが騒いでも仕方ないんじゃないか? おばさんが出てきて少し話を聞いたら、帰った方がいいかも……」
直の言う通りで、皆藤家とは家族同然の付き合いだが、踏み入って良いことと悪いことがある。朔夜のことは心配だが落ち着いた頃に教えてくれるはずだ。十数分後、朔夜の母親がこちらに気付いてゆっくりとやって来た。見たことがないくらい元気のないその様子に、優羽もみのりも言葉がなかなかでなかった。
「ごめんなさいね。みのりちゃんも付き添ってくれてありがとう。おかげで少し冷静でいられたわ。今から色々と必要なものを用意しないとだから、一旦帰りましょう」
「おばさん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。手術をすれば日常生活には支障ないって先生も言ってらしたし、リハビリも大変かもだけど、きっと大丈夫よ」
「手術……リハビリ? 朔くんの怪我、そんなに酷いの?」
「……打撲とか擦り傷とか以外に、膝の靱帯を損傷してるらしくって。これから精密検査をするんだけど、スポーツは当分無理かもって」
三人が三人とも言葉を失った。朔夜は自分たちのひとつ上で高校一年。バスケ部のエースだ。手術をすれば入院も必要だし、リハビリはいったいどのくらいの期間必要なのだろう。たとえ日常生活が送れるようになるとして、同じクオリティでやれるのかどうか。
(朔くん……)
優羽は唇を噛み締めて、手に持ったままだった小さな紙袋を黒いトートバックに押し込む。プレゼントの中身はリストバンドだった。朔夜が好きな青色のリストバンド。どうなるかもわからない今、このプレゼントは安易に渡せない気がした。
□□□
二週間ほど経った頃。朔夜が退院してきた。お見舞いも最低限だけ。なるべくいつも通りにして、朔夜が気を遣わないように長居はしないようにして。
夏休みはすでに終わっていて、誕生日もとっくに過ぎてしまって。あの時買ったプレゼントは引き出しの奥にしまったまま、渡すことなく時間だけが過ぎていった。
朔夜はバスケ部を辞めることはなく、マネージャーとして残ることにしたらしい。リハビリも頑張っているが、激しい運動は再発してしまう可能性があるため推奨しないと言われたようだ。それでも「全然平気だよ」と笑う朔夜に対して、優羽はいつもみたいに上手くは返せなかった。
冬。高校受験。優羽は西校を受けることにした。直も同じ。受からない未来は存在しないとわかっていたが、朔夜に我儘をいってお揃いのキーホルダーを買ってもらった。
ずっと朔夜だけを見てきた。小さい頃から朔夜の隣を占領したくて。背中を追うなんて嫌だったから、横に並んでも恥ずかしくないように勉強もスポーツも常にトップをキープして。
春からはまた一緒の学校に通うことになった。
いつかタイミングが来たら告白しようと誓っていたわけだが、まさかあんなタイミングですることになるとは思ってもみなかった。帰り道、繋いだ手はあつくて。なにを話したのかもよく憶えていない。とにかくいつも通りに、とただそれだけを意識していたつもりだが、ちゃんとできていただろうか。
「優羽くん、顔ヤバすぎ」
「……なに? 別に普通でしょ?」
「なにかあったの? もしかしてさっくんに嫌われた?」
「……別に、」
「わかった! さっくんに勢いで告白したんでしょ! で、めちゃくちゃ自己嫌悪してるとか? あたり? 正解?」
「……完全に面白がってるでしょ、みのりちゃん」
「そっか。ついに告っちゃったかぁ。私はいつだって優羽くんを応援してるよ!」
いつも三人でいたのだ。双子で弟である優羽のことなどお見通しなのだろう。
「ずっと見てたもんね、さっくんのこと」
「うん、誰よりも見てたよ」
自分には朔夜だけなのに、朔夜は違うのだと思い知る。それでも想いはどんどん暴走して、伝わらない気持ちに勝手に苛立ってみたり。
「ふふ。私にも嫉妬したりしてね?」
「カッコわる」
「別にいいんじゃない? 男の子だって、本気で恋したらカッコわるくもなっちゃうよ」
それが恋だというのなら、出会った瞬間からずっと恋してる。
弟なんかじゃなくて、恋人になりたい。
あのキスはそういう意味のものだって、朔夜はちゃんと理解してくれただろうか?
「じゃあ、始めよっか」
優羽はボールを弾ませながら、目の前に立つ二年生たちに対して、にっこりと不敵な笑みを浮かべた。

