小学四年生の夏休み。皆藤家と三枝家で遊園地に遊びに行った。車でだいたい二時間くらいの距離にある遊園地は、県内に唯一ある遊園地でそれなりに広い。ジェットコースターはあるが一回転しかしないので、子どもにはちょうど良いアトラクションだった。
首から下げた一日乗り放題のパスポート。朔夜は優羽とみのりに両手をそれぞれ塞がれていて、右に左にと思いのままに引っ張られていた。
「さっくん、メリーゴーランドのろ!」
「う、うん?」
「朔くん、俺、お化け屋敷がいい!」
「う、うん?」
「「ねえ、どっち⁉︎」」
両耳で同時に問われ、頭が混乱する。正直、どっちでも良かった。順番に回ろうと提案しても、私が俺がと譲る気配もない。どっちを取るかで今後の付き合い方が変わるのだとしたら、いったいどちらを選べば良いというのか。
「えっと俺は、……立体迷路がいいなぁ、なんて」
「「じゃあ迷路いこ〜」」
息ぴったりの双子に引きずられ、立体迷路のある場所を目指す。さっきまでのあれはなんだったんだ? というくらいの切り替え方で、朔夜はどっと疲れた。そんな三人の後ろをそれぞれの両親たちがついて歩く。
「ふたりともそれでいいの? メリーゴーランドは? お化け屋敷は?」
「なんで? そんなのどっちでもいいよ」
「朔くんと一緒ならどこでも楽しいもん」
優羽はにっこりと笑って見上げて来る。
あの頃はまだ、こちらが見下ろす方だったのに。
気付けば見下ろされる側になっていた。
あんなに可愛いかった優羽はいつの間にか高身長のイケメンになり、相変わらず自分の傍にいる。告白され、それを受け入れた身としては……今のこの状況に文句は言えない。
(····言えないけども! これは言ってもいいやつだよなっ)
テスト前で部活も休み。学年は違うが一緒に勉強したいというから付き合っていたのに、いつの間にかこんなことに……。
朔夜の部屋。最初はローテーブルに向かい合ってそれぞれおしゃべりをしながら、真面目にテスト勉強をしていた。けれども今は。
(これってそういう雰囲気ってやつ? 久々に……その、つまり?)
向かい合っていたはずの場所に優羽はいない。
「朔くん、ここ。どうやって解くの?」
優羽は朔夜の真後ろでテーブルの上に広げた教科書のページを指さして、無駄に爽やかないい声で耳元で囁いてくる。全教科の中でも数学が得意なくせに、わからないはずがなかった。朔夜も基本的に苦手な教科はないが、それは優羽も同じ。
背中に優羽の体温を感じる。絶対にわざとだとわかっていても、気付いていないふりをするしかない。朔夜は「こ、これはだな……」とひっくり返った声を誤魔化すように数式を書いていく。それを後ろから楽しげに見つめ、ぎゅっと腹のあたりに腕を回して、右肩に顎をのせて。まるで"待て"をしている大型犬みたいだ。
「朔くんって、教えるの上手いよね」
「そ、そうか?」
「うん。すごくわかりやすい。部活もそう。みんな朔くんが好きみたい」
「……ええっと、それはマネージャーとしての仕事っていうか」
「うん、そうだよね。わかるわかる。でも日上先輩と楽しそうなのはなんかヤダ」
「いや、別に普通だろ? 陽はただの友だちで、お前は俺の……」
言いかけて、もごもごと口ごもる。
「俺は朔くんの恋人だもんね〜」
「ばっ……首はやめ……っ」
首筋に唇が触れてきて、朔夜はわーわー両手をバタバタさせて抵抗する。
「え〜? じゃあ、こっち」
「ふ……っ」
顔を横に向けさせられ、そのまま唇を奪われる。じゃあ、こっち、じゃない‼︎ と朔夜はツッコミたかったが、そのキスはだんだんと深くなっていって。
(なんでいっつも不意打ちなんだよ! しかもなんか上手くなってないか?)
抵抗も虚しく、数分後には完全に絆されていた。
勉強なんて頭に入らない。こんなの反則だ。
「そんなに気持ち良かった?」
「う、うるさい……っ」
「俺としてはそろそろ次に進みたいんだけど、朔くんはキスだけでこんなんなっちゃうしな〜。もうちょっとお預けかもね」
「次ってなに?」
「うーん。内緒」
ぎゅっと後ろから抱きしめられ、朔夜は頭に「?」を浮かべたまま首を傾げる。ハグとキスの先? 男同士だとなにになるんだろうか。
ボケているのか本気なのか絶妙な反応に、優羽はとりあえず「内緒」で押し通した。
「まあ、大学も同じとこ行くし。そしたら同じアパートに住んで、就職したら同棲する」
「大学くらい、自分の行きたいとこに行けよ」
「俺が行きたいのは朔くんがいるとこなんだから、問題ないよ」
問題しかないだろ!
まさか仕事まで一緒がいい、なんて言わないよな? 朔夜はさすがにそれは……と目を泳がせる。朝から晩まで一日中一緒とか、息をどこで吸えばいいかわからなくなりそうだ。
「これからもずっと一緒にいようね」
頬に軽いキスを落として、優羽はじっと横から見つめて来る。それに応えるように、朔夜はもう一度その唇を受け入れた。
この先もずっと、変わることなく続いていく。
その想いは薄れるどころか、日に日に増していくようで。自分でも信じられないくらい、青春《アオハル》してる。
どうやら俺は、隣んちの幼馴染がめちゃくちゃ好き······らしい。
〜完〜

