幼馴染。
 それは身近すぎる存在。

 ひとによってはただの近所の子。ひとによっては悪友。ひとによっては家族みたいに仲の良い存在。それぞれの環境によって、その関わり方は変化していくものでもある。

優羽(ゆう)くんはいつも朔夜(さくや)にべったりで、本当の弟みたいで可愛いね〜」

 小学生の頃の朔夜は母親のその言葉に大きく頷いた。隣の家の幼馴染。ひとつ下の双子の姉弟であるみのりと優羽は、天使のように可愛らしいと近所でも有名だった。そんな天使たちが高校生になれば当然、美男美女の双子となるわけで……。

「優羽くんみたいなイケメンが本当の弟じゃなくて良かったわね、朔夜」

 いや、どういう意味? これでもクラスではモテる方なんですけど⁉︎ というツッコミは心の中だけで、実際その通りだと思っている。優羽は中学に入るとぐんぐん背が伸びて、朔夜が卒業する頃にはいつの間にか追い抜かれていた。勉強もスポーツもそれなりにできる朔夜であったが、優羽はそのさらに上をいくようなスペックの持ち主だった。

「おばさん、朔くんは俺なんかよりもずっと格好いいよ?」
「そうそう。優羽くんは腹黒イケメンだけど、さっくんはちゃんと爽やかイケメンだもん」
「いや、それは過大評価しすぎだって」

 この双子の姉弟は自分を過大評価しすぎだ、と朔夜は苦笑いを浮かべる。

「まあ、正統派イケメンってやつかしら? 朔夜、母さんと父さんに感謝しなさい。顔面は父さん、器量のよさは母さんのおかげなんだからね!」
「はいはい。どうもありがとうございます」

 とにかく皆藤家と三枝家は家族ぐるみで仲が良い。ふたりの両親は共働きで、夜遅くなることがよくあった。そんな時は朔夜の家で一緒にご飯を食べたり、帰ってくるまで三人で遊ぶのが日常となっていた。それは朔夜が高校生になった今も続いている。

「でも実際、朔くんの弟じゃなくて本当に良かったって思ってるけどね」
「それはそれで悲しいんだけど⁉︎」

 こっちは本当の弟のように思っているのに、ただの近所の幼馴染ってことか……。

 昔は「朔くん、朔くん」と後ろをついてまわっていたくせに、大きくなったらこれだ。しかし今もあんまり変わらない気がするのは気のせいだろうか? 朔夜はうーんと首を傾げる。

「ってか、優羽。なんで俺とおんなじ高校なんだよ。お前ならもっと上の学校に行けたんじゃないか? 東高とか余裕だったろ?」

 すごく田舎というわけではないが、都会というわけでもないこの町で。小学校も中学校も一緒。町には高校はないので、必然的に市内にある高校を受験することになる。市内には五つの高校があり、朔夜が通うのは西校で市内では二番目にレベルが高い。

「そんなことないよ。なに? 朔くんは俺が後輩じゃ不満なの?」

 悪戯っぽく笑みを浮かべて、頬杖をつきながら優羽はこちらを見つめてくる。テーブルを挟んで真正面にいる朔夜は、ワンテンポ遅れて「別に良いんだけどさ」と思わず目をそらした。あまりにもじっと見つめてくるのでなんだかむず痒い。

「来週からよろしくね、朔くん」

 春。卒業式が終わったと思えば、もう入学式だ。朔夜は高校二年になり、優羽とみのりは新入生としてそれぞれの高校に入学する。みのりは女子校に通うので優羽とは別々。似ているところもある双子だが、男女だとやはり違うところの方が多いようで。

「みのりは北高だっけ? あそこの制服マジで可愛いよな〜」
「うん、めちゃくちゃ可愛いんだよ〜。今度見せてあげるね?」
「みのりちゃんは何着ても可愛いもんね〜。朔夜、変な虫がつかないようにちゃんとガードしてあげなさいよ? 三人一緒にいれば大丈夫だと思うけど」
「朔くんにつく虫は俺が蹴散らすから安心してね、おばさん」

 あら、頼もしいわ〜、と母親は優羽の冗談に乗って楽しそうにそんなことを言うが、朔夜にしてみればまったく嬉しくない行為だった。

 優羽が傍にいると確かに女の子が寄ってくるが、そのどれもが優羽のガチ恋勢で、朔夜はいつも端に追いやられる。

 結果、男女問わず友だちは多いが、今まで彼女ができたことはない。気になる子ができても、いつの間にか優羽の方が仲良くなっていたり、付き合っているという噂が流れたり……とにかく、この手の話題で良い思い出がない。

「あ、そろそろ帰ろっか。ママたち帰って来る時間だよ」

 みのりは時計を見て優羽に帰ろうと促す。二十時過ぎ。朔夜の父親もそろそろ帰ってくる頃だろう。ふたりは同時にお辞儀をして、「バイバイ」と朔夜たちに手をふった。朔夜も玄関先で「じゃあな」と手をふり返す。

 ふたりが帰ると、あんなに賑やかだった家にいつもの落ち着いた空気が戻ってくる。朔夜は二階の自室に向かう。優羽が後輩になる。正直嬉しい気持ちの方が強い。けれども中学の時のようにはいかないだろう。部活も学校生活も。中学生と高校生では少し違う。

 ペンを回しながら参考書を読み、ひたすら問題を解いていく。勉強は嫌いではない。まだ気が早いかもしれないが、来年は三年生で大学受験もある。成績は落としたくない。根が真面目な朔夜は学校では勉強なんてしてなさそうな雰囲気を出しているが、裏ではめちゃくちゃ努力していたりする。

「ん? 優羽からだ」

 時計を見て、そろそろ風呂に入ろうと思った時、優羽からスマホにメッセージが届いていることに気付く。三十分前くらいに最初のメッセージ、そこから数分おきに来ていたが、朔夜の既読がつかなかったからか、最後に「勉強頑張って。おやすみ」で終わっていた。

「弟じゃなくて良かった、か」

 あんなに懐いてくれているのに、現実を知ってなんだか傷付いた。こっちは家族だと思っていたのに、そんな風に思っていたとは……。

 朔夜は少しもやっとしたが、本来なら当たり前なのかもしれないと思い直す。しかし優羽は中学生になってからも相変わらず手を繋いで歩きたがったし、休みの日も一緒に遊ぼうと誘ってくる。この前も受験のお守りが欲しいといって、お揃いのキーホルダーを買わされたばかりだった。

 優羽がよくわからなくなった。
 朔夜にとって優羽は、いつまでも手のかかる弟のような存在。大切な家族。けれども優羽にとっては、違うらしい。

 朔夜は「ごめん。今気付いた。おやすみ」とメッセージを送って、さっさと風呂に入ることにした。