【桜井、次は瑞葉狙い】

 ふふふ、やったぜ。陰キャの俺が学校の美女(ゆあい)がナンパで絡まれているのを助けて、何故か惚れられて学校でも積極的に来られてラブコメがスタートするんだろ、読んでるぜラノベ。前髪を伸ばしてる俺が髪を上げれば別人のように格好いいんだぜ。ふふ、由愛かわいいよ、由愛。

 ミッションが偶然にも成功し、俺は満足していた。

【桜井の自宅】

 瑞葉ちゃんも可愛いよな。今は誰かと付き合ってるのかな? 彼女、昔は義孝と仲が良かったけど、義孝はハルちゃんというゆるふわな可愛い子と付き合っていたみたいだし、瑞葉ちゃんも公認してたな。他には彼氏の気配はなかった。よし、いける!

 昨日、入手した野外活動の写真だ。



 うーん、可愛い。瑞葉とても可愛い。由愛が天使なら彼女は女神だな。

 作戦はこうだ。スマホで連絡し、明日の放課後に着替えた上でロータリーで待ち合わせる。そして一緒に思い出の森の高台にある秘密基地に行く。誰もいない寂れた場所だ。そこで二人きり。語り合い、親密になり、よければキスとハグをしたい。

 ★★★★★

「お待たせ、瑞葉」



「あ、のり君、全然待ってないよーっ」

「今日は一段と奇麗だね、瑞葉は良いことがあったのかな?」

「褒めたって何も出ませんよーっ!」
(いつの間に私呼び捨て? 簡単に呼び捨てする人って信用できないわ)

「何だよ~、本当に瑞葉は美人さんだって、俺は正直な気持ちを伝えただけだぞ」

「うん、いいよ。早く行こ。移動に時間が掛かるから、ゆっくりすると帰りが遅くなっちゃう」

「秘密基地までは登るからな。付き合ってくれてありがとうな」

「そんな遠慮しなくていいよ。昔馴染みだもん。さ、行こ」

・・・・・・・・・・

「ふぅ~身体が熱くなっちゃった。けっこう運動してるわね」

「そうだな、瑞葉の羽織ってる緑の上着を持とうか。その方が熱が逃げやすい」

「ほんと? でも悪いわ。腰に巻くから」

「そうか」

「他にも高台だから寒くなるかもって服持ってきてるよ」

・・・・・・・・・・

「あ、少し歩くだけで緩んで落ちそう」

「服、持つぜ」

「うーん」
(のり君なんだか変なのよね)

「遠慮するなって。これからも()()合わせるの俺だしな」

「場所に()()合うの間違いよね?」

「こまけーこと気にするなよ瑞葉」

「……うん、じゃ上着お願いするね」

「ああ任せろ」

 俺は瑞葉の上着を入手した。ふふ温かい。軽くて柔らかい、いい香りがする、瑞葉に似合う服だな。今度は俺が服の代わりに包み込んでやろう。瑞葉喜ぶかな。きっと喜んでくれるな。

「足が心配だろ、手を繋ごうかい?」

「だいじょーぶ。心配無用よ」
(私身体が弱いから……義孝君なら直ぐ手を繋いだけど)

「こっちこっち! のり君こっち。もう直ぐよ」



「ここ懐かしいね、よく遊びに来たよね、遠征だぁ~って」

「そうだな懐かしいな、写真撮って良いかい?」

「どうぞご自由に」

「それじゃ、はいチーズ」

「えっ、建物や風景じゃなくて私を撮るの?」

「ダメかな?」

「う、う~ん、ダメじゃないけどさ……」
(愛する義孝君に悪い気がするの。それに彼、目が少し怖くなってるわ)

「瑞葉の可愛くて奇麗な写真を残したくてさ、頼むよ」

「まぁ、写真ぐらいなら……。あ、少し体温が戻ってきたみたい。服返してくれる?」

「はい、これ」

「ありがとう。感謝、感謝よ」
(嫌な予感がする、掴まれたら服を犠牲に逃げるわ……)

「義孝君、今何してるんだろうな、一緒に居たかったな。ふぅ隅っこで座っちゃお」



・・・・・・・・・・

「懐かしくて泣けるなぁ、ちょっとそこのベンチに座ろうか」

「うん。私も疲れたよ」

「……あのさ、瑞葉。実はな俺、お前の事『あ、凄くお腹空いたかも』……」

「のり君ごめん、続きは駅のロータリーでカフェかパスタ屋さんで食べながらで如何?」

「そ、そうだな」

 それから何故かのり君は会話をしなくなった。私も話しかけることはせず、私たちは無言で移動し続けた。実は私は何となくだけど危険を感じたのだ。それはまるで義孝君が守ってくれているような気がして、温かい気持ちになった。

 結果としてスムーズに危機を乗り越えたと思う。あそこからでは逃げ切れないし、走っても体力のない私は途中で倒れてしまうだろう。きっと賭けに出るより、場所を駅にするように女神様が誘導してくれたんだわ、と強く思った。……瑞葉はNTR前段階で(かわ)すことを覚えた。

 ・・・・・・・・・・

「のり君、秘密基地で話しかけたでしょ、話を折ってごめんね、何だったかしら?」

「ああ、瑞葉は彼氏がいるかい?」

「うん! 義孝君だよっ! しかも婚約状態!」

「それでね、由愛ちゃんもお兄ちゃん大好きなの!」

「……」

「……」

 桜井(セ、セーフ!!!)

(#義孝は普段は大人しいが怒ると怖くて強いことを徳は知っている)

 ★★★★★

 義孝side

 なんだかいつもの夢の世界と違うぞ、ふわふわ霊体になったように空中で漂っていて動かない。それに俺は何を見せられているんだ……どんな場面でも頭の中に入ってきやがる。まるで寝取られてる気分じゃないか。最後は二人とも俺のこと想っていてくれてるが、途中なんかは気が気じゃなかった。

 由愛、カラオケに二人で行くのは駄目だ。でもよく躱し続けた。お兄ちゃんは見届けたぞ。桜井にはナンパから救って貰えたのだけは感謝しよう。プリンとイチゴのショートケーキかってくからな。

 瑞葉、NTRになる前に上手く処理できるようになったな。誇りに思うぞ。でもな、正式な婚約は未だだぞ。こんなに愛されてて俺は嬉しい。

 ところでハルちゃんはまだ俺のこと好きなのか? ふふっ

【白い部屋に戻る】

 しくしくしく……しくしくしく……

(お兄ちゃんに前の夢を忘れて貰おうと次の夢に期待したのに、どうして最後の最後で()()()の家族ハグ()()()ってアナウンスが流れてるのよ……上書きにならないじゃない、ループして繰り返したら余計に記憶が深まるじゃない、ひどい……。

 それに瑞葉ねえちゃんの夢で、のり君にキスされそうになった……ひどすぎる……今度はおねえちゃんに頼んでお兄ちゃんとファースト・キスさせてもらおう……だって無理やり奪われるギリギリだったんだよ、おねえちゃんはあっさり回避したくせに、ずるいわ、ずるいよ、おねえちゃん……)

 シクシクシク……シクシクシク……

(私、ひょっとして深層心理で、男の子から迫られたいって願望があるのかしら……今まで大切に身体を守ってきたのに、愛する義孝君でも断ってきたのに……こんなの観られちゃったから、私の言ってたことが疑われそう、義孝君に嫌われたら生きていけない……。

 それに……由愛ちゃん、ごめんなさい……私も夢の中はコントロールできないの……なぜかしら? 私だって義孝君とデートをしたかったわ……どうしてイジメっ子のり君とデートしてたのかしら、ひどいわ……)

 シクシクシク……シクシクシク……

 目を覚ました二人は、会話をすることなく体育座りをして顔をうずめ泣き続けている。何があったんだろう? 俺が見ていた限りでは、そんなに酷い出来事は無かった気がするが。

 こういう女性心理が分からないから俺はダメなんだろうか。解せぬ。同じ人間だろ、どうして泣く彼女らの気持ちが分からないんだ俺。分からないから素直に聞いても応えてくれないし。しかも瑞葉の夢のラスト、俺がナレーションっぽく登場して彼女ら二人の行動を褒めてるぞ?

 それにしても夢の違いって何だろう? 瑞葉の夢の時は、俺は動けずフワフワと漂うだけで、まるで幽霊みたいだった。彼女たちからも見えていなかったらしい。

 思考を巡らせていたら三十分ほど経過した。そして、ようやく彼女らは泣き止んだ。

 ★★★★★

【白い部屋に置かれている状況の分析】

「お前ら大丈夫か?」
「うん、わたしは元気よ、お兄ちゃん」
「私も大丈夫。ねぇ義孝君、ここはどこかしら?」
「ああ、俺にもよく分からん」

「私の夢の世界には由愛ちゃんだけでなく義孝君も来てくれたのよね?」
「ああ、助けようとしても動けずに漂っていた。悪かったな」

「うう……しくしく」

「由愛はちゃんとカラオケで頭撫でとか拒否してただろ、それにナンパに絡まれキス迫られて勇気要っただろ、泣くなよホラ、こっちおいで」

 俺は由愛を優しく抱擁する。頭もしっかりと撫でる。

「うう……お兄ちゃん、ごめんね……ごめんね……しくしく」
「そんなに何が悲しいんだよ?」

「だって第一話の家族ハグに戻れアナウンスとか、ナンパ時に思いっきり叫んだのも、お兄ちゃんは聞いていたんでしょ? きっと嫌いになったでしょ、わたしのこと……」

「ああ、聞いてたけど何か都合の悪いことでも言ってたか? お前を嫌いになんてなるわけないだろ。目の中に入れても痛くない俺の可愛い妹だぞ」

「そ、それなら、な、なんでもない、思い出さなくていいの、わたし元気出たかも!」
(これがお兄ちゃんがよく言うギリギリ・セーフってパターンなのかな?)

「あ、そういやバストトップを優しく口に含んでとか、バストトップってどこなn」


 パァァーーーン!


「……そ、そうか、由愛に元気が出たなら、お兄ちゃん嬉しいぞ」
(痛くはなかったが、鼻血を出しながら風)
「うん! 絶対に思い出さないでねっ!」

 何がそんなに嬉しいのか、由愛は俺に抱き着き、腕の力を強めた。俺の胸の中で顔をスリスリして本当に嬉しそうだ。「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と小さく呟いている。可愛い妹だよ、お前は。ふふ、なでこ、なでこ、いいこ、いいこ。

 瑞葉は俺の方を向き、モナリザの微笑みを作っていた。「私も抱き締めて貰いたい」と小さく呟いたので「あとでな」と口パクで返事をした。流石、以心伝心の幼馴染、後でじっくりと抱き合おう。以前、瑞葉は、家族ハグは良いけど、恋人ハグは駄目って言っていた。ひょっとしたら今回なら恋人ハグの許可がいけるかもしれん。試みよう、今夜チャンスかな。自宅に帰られたら、だけど。

「ところで瑞葉が今座ってるベットな、コレいきなり出現したんだ。そして、お前は空中から落ちてきた感じがした」

「え、こんなに頑丈なベットが? 私もテレポーテーションしてきたの? 魔法が使えるのかしら」

「ああ、そもそも最初、俺と由愛がベットに寝ていて、俺は由愛の夢の中に吸い込まれていた」

「私はその後からここに来たのね」
「そうだ。時間感覚もない。夢を見ている時間はけっこう長いんだが、ここでは朝になったり夜になったりは、していないようだな」

「お兄ちゃん、ここ出口はないのかな?」
(おっ由愛が再起動したな。俺に抱き着いたままだが)
「出口ねぇ、見回しても何もないからなぁ」
「お風呂もないわね。誰もいないし」

「瑞葉、由愛、ここに来るときの記憶はあるか? 俺は()()()()()()に跳ねられて目が覚めたらここにいた」

「ううん、私は記憶がまだ定まっていないみたい。何も思い出せないわ。転移トラックの件は由愛ちゃんから聞いて唖然としてたわ」

「わたしはお兄ちゃんを恋焦がれて泣いてた……ぐすん」

「トイレは大丈夫か?」
「私は大丈夫かな」
「デリカシーがないよ、お兄ちゃん」

「うむ、真面目な話をするか」
「今まで真面目じゃなかったの? 義孝君」

「空間に物が出現すると空気が瞬間に押し出されて衝撃波が生まれる。瑞葉のベットが出現した時、その衝撃はなかったな」

「わたし気絶してたから分かんないや」と由愛。
「つまりは、物理的な法則が生きてないってこと。ここすらも夢の中みたいだな」

「えーーっ」
「まさか、またお兄ちゃんの夢の中?」

……その時、何者かが出現する気配が漂ってきた。