キャッ! ドタッ
由愛が目を覚ますかどうか様子を窺っていた俺は、隣に真っ白なベットが出現しているのに気づいた。今、少し上からそのベットに瑞葉が落ちてきたような気がする。
今まではだだっ広い白い空間の部屋に、由愛が寝ているベットしかなかった。いつの間にかもう一つ出来ており、瑞葉が寝ていたのだ。いつ出現したのか、また根本的に、どうして誰もいないのか、普通なら案内係や女神様の声が聞こえてスキルを与えてくれるのじゃないのか。転移トラック運転手や助手の女の子は来てくれないのか。全てが謎だった。
「ん、う~ん……」
「おい瑞葉、大丈夫か?」
瑞葉を揺すってみたが最初の「キャッ!」と「うーん」以外は何も発しない。大丈夫か? 頭を打っていないか? なぜ由愛も瑞葉も寝てしまうんだ? ひょっとして、ここに来た人の夢の中に一人ずつ入って行けというRPGだろうか? (思考飛躍中)
「う~ん、スースースー」
眠ってしまった。……もし小林幹夫や聡がここに来ても、彼らの夢に入る気なんかはサラサラないが、実を言うと瑞葉の夢の中には入ってみたい。ごくり……。そろそろと瑞葉の頭に手を伸ばす。待てよ、今触って夢の中に入っても良いのだろうか? その前に、こっそりキスしたら駄目だろうか? 今ならチャンスでセーフなんじゃないか? 俺は葛藤する。
「えーい、何とでもなれ!」と偉く大きな覚悟をもって頭を撫でる。そうだ、俺は瑞葉の恋人だ。彼氏なんだから堂々とキスすればいいんだ。目がしっかり覚めて普通の状態で。こっそり眠っている恋人にキスしてセーフって何を考えているんだオレ! 考えるな、感じるんだ。この先に何があるのかに集中するんだ!
スーっと瑞葉の頭に吸い込まれていく。視界が歪んだ。
★★★★★
【瑞葉と由愛は俺のモノ? 陰キャ主人公・桜井登場!】
俺の名は桜井徳。やや背が高く、勉強もできる。外見は前髪が垂れている。が、前髪を上げると格好いいとよく言われる。高校二年で引越しをし、昔住んでいたところにやってきた。そこで久しぶりに幼少期によく遊んだ女の子達と再会した。これは正に運命の再会と思った。一人は当時、片想いをしていた西之原由愛ちゃん。一つ下の天使だ。そしてもう一人、学年一の美少女と言われている村越瑞葉ちゃんだった。由愛ちゃんの兄貴である義孝にも会った。みんな同じ学校だったんだな。
「お久しぶり!」という感動の挨拶の後、長年の片想いに終止符を打とうと積極的にアプローチを、うん、仲良くなるために頑張った。
学校帰りに電車に乗るため駅へ向かったところ、チャンスが訪れた。ロータリーに併設してあるカフェを外から覗くと瑞葉ちゃんがいたのだ。俺はさりげなくカフェへ入店した。
「あれ? 瑞葉ちゃん、偶然だね」
「あ、のり君、今帰り? おつかれさまー」
手前の子は友達だな、名前が分からない。奥が瑞葉ちゃんだ。うっ、可愛い。

「おう、俺は転校したてで部活とかどうしようか悩んでいてな。その子は?」
「のり君の知らない子、ハルちゃん。私の親友よ。義孝君の元彼女さんなの」
「ちょ、ちょっと、そんなことバラさないでよ……たった一か月だし……まだ忘れてないし……大好きなままだし、ごめんって、謝るからイジメないで……お願い瑞葉ちん」(耳打ちの小さな声)
「お、そうか、よろしくな、ゆるふわなハルちゃん」
「……うん、ごほん、のり君って言うのね、フルネームは?」
「桜井徳っていうんだ。転校してきたばかりでな。君は?」
「私は稲垣華、ハルって皆に呼ばれてるわ」
「君も凄く可愛いね、素敵な女性だ、よろしく。」
「ははは……ありがと」
「ふふっ……」ニコニコの瑞葉。
「ところで瑞葉、転校してきたばかりの彼に、どうして下の名前で呼んでるの?」
「あ、幼い時にね、よく遊んだのよ。由愛ちゃんや義孝君と」
「へ~、古いお友達なんだ」
「おう、腐れ縁の幼馴染みたいなもんかな。ね、瑞葉ちゃん」
「そうね、旧友って感じかしら」
あー緊張する! こうやって普通の挨拶までは出来るようになったんだよ俺。でも内心は常にビクビクさ。奇麗な女の子、否、女の子全般に対して緊張する。下手すれば男子にもだ。どもってしまい会話が出来なかった。でも俺は頑張って克服しようとした。今、まさにクリアーできた。やったぜ俺。だから俺はここまでが限界だ。
「あ、しまった! 用を思い出した。行かなきゃ。じゃ、お二人さん、お先に。バイ」
「うん、のり君、また明日ね」
「のり君、頑張って!」
俺は、水を持って注文を取りに来た店員さんに用事が出来て帰ることになった旨を伝え、頭を下げて謝りカフェ店の外に出た。
【桜井に唇が奪われそう!】
桜井は瑞葉とハルちゃんに挨拶を済ませた後、歩きながら考えていた。
よし! ばっちりだ。は~緊張した。でも、こうやって長い空白を埋めるように一歩一歩親しくなっていくんだ。これが正解さ。焦るとダメだ。せっかく幼少期に友達になっていたんだ、いわば俺たち幼馴染、負けヒロインには絶対にさせない。俺の方を向いてさえくれれば幸せにして見せるぜ。
そのまま瑞葉と仲良く将来の夢に向かってイチャイチャしている妄想の世界に浸りながら、駅裏の方へ歩いて行った。用なんてない、常に暇なんだから散歩しながら冒険さ。すると路地裏で争う声が聞こえた。ナンパか? 見に行ってみよう。
路地裏を見れる場所からそっと覗くと、なんと俺の天使である由愛ちゃんが男たちに絡まれていた。

「あなたたち、何の用ですか? すみませんが早く帰りたいんですけど!」
男は三人。一人は由愛ちゃんの横にぴったりと寄り添って肩に手を回す直前だった。俺はそれを見て迷わず介入した。
「やぁ、お待たせ、由愛、ごめんな」
「えっ、のり君?」
さりげなく演技に付き合えという俺のメッセージを視線で送った。彼女はピンと来たのか小さく頷いた。
「さぁ、行こうか。手を繋いで帰るよ」と左手で彼女の右手を握る。
「うん、待ってたよ、のり君」
天使と手を繋いだ。うふー幸せだ。柔らかくて小さな手。可愛いなー。怒ってた顔もキリっとしてて。それで且つ可愛いだなんて。神様も罪な女の子をよく作るよなー。恋人つなぎしたいな。
「おい、待てよお前、何してくれんだよ、コラ」
「俺たちが先に約束してんだよ、この子とはよ」
「邪魔すんなボケ」
やっぱりスンナリ行かないか。
「いえいえ、この子は俺の彼女なんで、勘弁してくれませんかね」
そういいながら一旦左手を放して彼女の左肩に回して由愛を抱き寄せる。と同時に右手で彼女の左腕を握り密着、相手共に俺たちが特別な関係だと思わせる。いざという時は強引にでも引っ張っていくつもりだ。
「あ、あの、のり君……抱き締めすぎ……」
「いいから合わせて」
「う、うん」
どうだと相手達を見据える。もし何なら、もっと抱き寄せてもいいんだぞ。熟練の恋人アピールでもしてやろうか。もし恋人と証明しろと言われたら、目の前でキスしたっていい。望むところだ。お前らなんかに決して負けはしない!
「なんだか嘘くさいな。本当に彼氏彼女というならキスして見せろや」
「へっ、わたし、キス?」
「今ここでな」
「キス誤魔化すんじゃねーぞオイ」
「くっ、男三人に言われちゃ断れないか、こんなムードもない所でキスしたくはないが、仕方がないな……」
「ちょ、ちょっと! ちょっと! ちょっとっ! のり君、なにいってるの、キスするなんて冗談だよね……」
「由愛、ちょっと目を瞑れ」
俺は仕方なく、あくまで仕方なく由愛を抱き寄せて逃げられないように腕で囲む。背中をしっかりとだいしゅきホールドし、彼女の可愛く形の整った唇に向けてターゲットスコープ・オープン。
「ま、ま、待って、わたし、私のファーストキスは、キスだけは好きな人……愛しい人としたいの!」
「いいから由愛、目を瞑るんだ。羊でも数えていれば直ぐに終わるさ」
「な、なに言ってるの、のり君、いや、や、いやん、やめっ、ダメよ、お願い、やめてください、やめてっっ、イヤッ、助けてお兄ちゃんっ!」
「いくぞ、こんなに俺たちがラブラブだというのを見せつけて、やつらに敗戦の通過儀礼にしてやろう。天井の染みを数えるのと同じようなものだ。由愛、さぁ、この困難を乗り越えるために、俺に君の唇を自由にさせておくれ」
「ラブラブじゃないし!」
「ああ、あーーー! あーーイヤーーーーっ、お兄ちゃーーーん、おにいちゃーーーん、奪われちゃう、私奪われちゃうよ! お兄ちゃんにあげる初めてのキスが、絶対に他の人にあげちゃダメなのに、イヤーーー! お願いします! のり君、やめてくださいっ、止めて、お願いヤメッ、おにーちゃーーん助けてーー! イヤーーっ! のり君! のり! ヤメッ、ヤメロォ~~~~~~~~~~~~~!!!」
「おい待て! 男の方! のりとやら。女の子が嫌がってるだろうが!! まるで俺らが女の子イジメてるみたいじゃねーか」
「ちっ、なんかひどい彼氏だな」
「女の子ちゃんさぁ、恋人と別れた方がいいんじゃね?」
「悪かったよ。邪魔したな。お前ら行くぞ糞。まぁカップルで幸せにな。女の子の方、ほんと悪かったな、ごめん、じゃーな」
しぶしぶと彼らは去っていった。(よしっ!)俺は心の中でガッツポーズした。しかし裏では心底ビビっていたせいで足が震えている。このことは由愛ちゃんにはバレてはいけない。
「ふぅ~良かった。由愛は……怖かったろ?」
「怖かった。のり君は大丈夫? 助かったわ、ありがとう。本当にありがとう」
「俺は全然大丈夫。無事で良かったな。俺がいなかったら危なかったところだった」
「う、うん、あの……手を……手が……」
「あーごめんごめん由愛、俺も緊張しちゃってさ。手を離すのを忘れてたよ。ハハハ……小さくて柔らかかった。ありがとう、もっと触っていたかったけどな」
「う、うん……」
(いつの間に私を呼び捨てに? 私の初めての唇奪おうとした……)
★
「じゃ、わたし帰るね。お兄ちゃんが家で待ってるから。さっきは本当にありがとうね」
「あ、待って由愛。さっき怖かったろ、帰宅は心を落ち着かせてからにした方が良いよ」
「でも……でも……お兄ちゃんが」
「カラオケで少し休まないか? 歌を歌うんじゃなくて、防音だから寧ろ静かに過ごせるよ。食べ物もあるしさ、俺は休憩したいなって思ってる」
「わたし……お兄ちゃんが……」
「義孝だって子供じゃないんだから、独りで何とか出来るさ」
「でも、のり君……私、家に帰らないと……」
「さ、行こう」
さっと由愛の右手を左手で握る。
「あ……ダメ……いや……」(小声)
手を繋いで暫く経った。振り解かれなかったぞ。これなら恋人つなぎも大丈夫だと確信、素早く握った手の指を絡ませる。いわゆる陰キャ界の憧れの技だ。やったぜ、俺もとうとう恋人つなぎをしたぜ!
「イヤ、のり君、手を放して、お兄ちゃんじゃないとイヤ……イヤなの」(小声)
・・・・・・・・・・
「さぁ、ここがカラオケだよ。注文は何にしようかな。飲み物はドリンクバーか」
「隣においでよ由愛。座って。由愛は子供の頃から変わらず可愛いなぁ。俺安心したよ」
「腰に手を回して一緒に歌おう。相手を愛するって感情込めて歌うんだよ。腰は駄目って?」
「手を繋ごうか。指はこうやって絡ませるんだよ。で指をふにふに触るんだ。えっ、いやか?」
「なんだ照れちゃって、由愛はカワイイな~、頭なでちゃおう。あ、頭避けるなよ」
「ハグしようか、こっちおいで。腕の中に。あーー柔らかいなぁ由愛は、あ、逃げないで」
「き、キスしてみない? ええ……ダメか、遠慮しなくてもいいぞ。ディープキスの方が好い?」
ナンパから救った恩を笠に着てカラオケ店で由愛に迫る卑劣な男。まさにナンパ師と遜色ない桜井徳ことのり君であった。由愛は心の中で「お兄ちゃん助けて!」と何回も叫んだ。しかし義孝は助けに駆け付けることはなかった。ナンパから助けてもらった義理を感じて我慢し続けた由愛も限界に達し、とうとう泣き出してしまった。
「帰ります! のり君ひどいっ、ひどいです!!」
「ごめんなさい、私……今すぐ帰る、それじゃ、さよなら!」
「え~~~ん、お兄ちゃん以外の男性に触られちゃったーーーっ、え~~~~ん」
自宅で待つお兄ちゃんに抱っこして貰おうと、由愛は走って、走って、走り続けるのであった。
★★★★★
桜井は、小学生のスカート捲りなど悪戯と同じ事(以上)をやっていただけだった。一旦は逃げた由愛を追いかけようとしたが「由愛は照れているだけだよな」と前向きに解釈し、時間が来るまで独りカラオケを歌い続けた。この妙なズレが陰キャとして王道を歩むことになったとは、もちろん本人は気づいていない。
自分は陰キャでしゃべりが下手、などと思っているが、行動は非常にアグレッシブであり、他から見れば行動的、つまり自分の認識と他人からの認識に大きなズレが生じているのである。そして次の桜井のターゲットは瑞葉に移る。
由愛が目を覚ますかどうか様子を窺っていた俺は、隣に真っ白なベットが出現しているのに気づいた。今、少し上からそのベットに瑞葉が落ちてきたような気がする。
今まではだだっ広い白い空間の部屋に、由愛が寝ているベットしかなかった。いつの間にかもう一つ出来ており、瑞葉が寝ていたのだ。いつ出現したのか、また根本的に、どうして誰もいないのか、普通なら案内係や女神様の声が聞こえてスキルを与えてくれるのじゃないのか。転移トラック運転手や助手の女の子は来てくれないのか。全てが謎だった。
「ん、う~ん……」
「おい瑞葉、大丈夫か?」
瑞葉を揺すってみたが最初の「キャッ!」と「うーん」以外は何も発しない。大丈夫か? 頭を打っていないか? なぜ由愛も瑞葉も寝てしまうんだ? ひょっとして、ここに来た人の夢の中に一人ずつ入って行けというRPGだろうか? (思考飛躍中)
「う~ん、スースースー」
眠ってしまった。……もし小林幹夫や聡がここに来ても、彼らの夢に入る気なんかはサラサラないが、実を言うと瑞葉の夢の中には入ってみたい。ごくり……。そろそろと瑞葉の頭に手を伸ばす。待てよ、今触って夢の中に入っても良いのだろうか? その前に、こっそりキスしたら駄目だろうか? 今ならチャンスでセーフなんじゃないか? 俺は葛藤する。
「えーい、何とでもなれ!」と偉く大きな覚悟をもって頭を撫でる。そうだ、俺は瑞葉の恋人だ。彼氏なんだから堂々とキスすればいいんだ。目がしっかり覚めて普通の状態で。こっそり眠っている恋人にキスしてセーフって何を考えているんだオレ! 考えるな、感じるんだ。この先に何があるのかに集中するんだ!
スーっと瑞葉の頭に吸い込まれていく。視界が歪んだ。
★★★★★
【瑞葉と由愛は俺のモノ? 陰キャ主人公・桜井登場!】
俺の名は桜井徳。やや背が高く、勉強もできる。外見は前髪が垂れている。が、前髪を上げると格好いいとよく言われる。高校二年で引越しをし、昔住んでいたところにやってきた。そこで久しぶりに幼少期によく遊んだ女の子達と再会した。これは正に運命の再会と思った。一人は当時、片想いをしていた西之原由愛ちゃん。一つ下の天使だ。そしてもう一人、学年一の美少女と言われている村越瑞葉ちゃんだった。由愛ちゃんの兄貴である義孝にも会った。みんな同じ学校だったんだな。
「お久しぶり!」という感動の挨拶の後、長年の片想いに終止符を打とうと積極的にアプローチを、うん、仲良くなるために頑張った。
学校帰りに電車に乗るため駅へ向かったところ、チャンスが訪れた。ロータリーに併設してあるカフェを外から覗くと瑞葉ちゃんがいたのだ。俺はさりげなくカフェへ入店した。
「あれ? 瑞葉ちゃん、偶然だね」
「あ、のり君、今帰り? おつかれさまー」
手前の子は友達だな、名前が分からない。奥が瑞葉ちゃんだ。うっ、可愛い。

「おう、俺は転校したてで部活とかどうしようか悩んでいてな。その子は?」
「のり君の知らない子、ハルちゃん。私の親友よ。義孝君の元彼女さんなの」
「ちょ、ちょっと、そんなことバラさないでよ……たった一か月だし……まだ忘れてないし……大好きなままだし、ごめんって、謝るからイジメないで……お願い瑞葉ちん」(耳打ちの小さな声)
「お、そうか、よろしくな、ゆるふわなハルちゃん」
「……うん、ごほん、のり君って言うのね、フルネームは?」
「桜井徳っていうんだ。転校してきたばかりでな。君は?」
「私は稲垣華、ハルって皆に呼ばれてるわ」
「君も凄く可愛いね、素敵な女性だ、よろしく。」
「ははは……ありがと」
「ふふっ……」ニコニコの瑞葉。
「ところで瑞葉、転校してきたばかりの彼に、どうして下の名前で呼んでるの?」
「あ、幼い時にね、よく遊んだのよ。由愛ちゃんや義孝君と」
「へ~、古いお友達なんだ」
「おう、腐れ縁の幼馴染みたいなもんかな。ね、瑞葉ちゃん」
「そうね、旧友って感じかしら」
あー緊張する! こうやって普通の挨拶までは出来るようになったんだよ俺。でも内心は常にビクビクさ。奇麗な女の子、否、女の子全般に対して緊張する。下手すれば男子にもだ。どもってしまい会話が出来なかった。でも俺は頑張って克服しようとした。今、まさにクリアーできた。やったぜ俺。だから俺はここまでが限界だ。
「あ、しまった! 用を思い出した。行かなきゃ。じゃ、お二人さん、お先に。バイ」
「うん、のり君、また明日ね」
「のり君、頑張って!」
俺は、水を持って注文を取りに来た店員さんに用事が出来て帰ることになった旨を伝え、頭を下げて謝りカフェ店の外に出た。
【桜井に唇が奪われそう!】
桜井は瑞葉とハルちゃんに挨拶を済ませた後、歩きながら考えていた。
よし! ばっちりだ。は~緊張した。でも、こうやって長い空白を埋めるように一歩一歩親しくなっていくんだ。これが正解さ。焦るとダメだ。せっかく幼少期に友達になっていたんだ、いわば俺たち幼馴染、負けヒロインには絶対にさせない。俺の方を向いてさえくれれば幸せにして見せるぜ。
そのまま瑞葉と仲良く将来の夢に向かってイチャイチャしている妄想の世界に浸りながら、駅裏の方へ歩いて行った。用なんてない、常に暇なんだから散歩しながら冒険さ。すると路地裏で争う声が聞こえた。ナンパか? 見に行ってみよう。
路地裏を見れる場所からそっと覗くと、なんと俺の天使である由愛ちゃんが男たちに絡まれていた。

「あなたたち、何の用ですか? すみませんが早く帰りたいんですけど!」
男は三人。一人は由愛ちゃんの横にぴったりと寄り添って肩に手を回す直前だった。俺はそれを見て迷わず介入した。
「やぁ、お待たせ、由愛、ごめんな」
「えっ、のり君?」
さりげなく演技に付き合えという俺のメッセージを視線で送った。彼女はピンと来たのか小さく頷いた。
「さぁ、行こうか。手を繋いで帰るよ」と左手で彼女の右手を握る。
「うん、待ってたよ、のり君」
天使と手を繋いだ。うふー幸せだ。柔らかくて小さな手。可愛いなー。怒ってた顔もキリっとしてて。それで且つ可愛いだなんて。神様も罪な女の子をよく作るよなー。恋人つなぎしたいな。
「おい、待てよお前、何してくれんだよ、コラ」
「俺たちが先に約束してんだよ、この子とはよ」
「邪魔すんなボケ」
やっぱりスンナリ行かないか。
「いえいえ、この子は俺の彼女なんで、勘弁してくれませんかね」
そういいながら一旦左手を放して彼女の左肩に回して由愛を抱き寄せる。と同時に右手で彼女の左腕を握り密着、相手共に俺たちが特別な関係だと思わせる。いざという時は強引にでも引っ張っていくつもりだ。
「あ、あの、のり君……抱き締めすぎ……」
「いいから合わせて」
「う、うん」
どうだと相手達を見据える。もし何なら、もっと抱き寄せてもいいんだぞ。熟練の恋人アピールでもしてやろうか。もし恋人と証明しろと言われたら、目の前でキスしたっていい。望むところだ。お前らなんかに決して負けはしない!
「なんだか嘘くさいな。本当に彼氏彼女というならキスして見せろや」
「へっ、わたし、キス?」
「今ここでな」
「キス誤魔化すんじゃねーぞオイ」
「くっ、男三人に言われちゃ断れないか、こんなムードもない所でキスしたくはないが、仕方がないな……」
「ちょ、ちょっと! ちょっと! ちょっとっ! のり君、なにいってるの、キスするなんて冗談だよね……」
「由愛、ちょっと目を瞑れ」
俺は仕方なく、あくまで仕方なく由愛を抱き寄せて逃げられないように腕で囲む。背中をしっかりとだいしゅきホールドし、彼女の可愛く形の整った唇に向けてターゲットスコープ・オープン。
「ま、ま、待って、わたし、私のファーストキスは、キスだけは好きな人……愛しい人としたいの!」
「いいから由愛、目を瞑るんだ。羊でも数えていれば直ぐに終わるさ」
「な、なに言ってるの、のり君、いや、や、いやん、やめっ、ダメよ、お願い、やめてください、やめてっっ、イヤッ、助けてお兄ちゃんっ!」
「いくぞ、こんなに俺たちがラブラブだというのを見せつけて、やつらに敗戦の通過儀礼にしてやろう。天井の染みを数えるのと同じようなものだ。由愛、さぁ、この困難を乗り越えるために、俺に君の唇を自由にさせておくれ」
「ラブラブじゃないし!」
「ああ、あーーー! あーーイヤーーーーっ、お兄ちゃーーーん、おにいちゃーーーん、奪われちゃう、私奪われちゃうよ! お兄ちゃんにあげる初めてのキスが、絶対に他の人にあげちゃダメなのに、イヤーーー! お願いします! のり君、やめてくださいっ、止めて、お願いヤメッ、おにーちゃーーん助けてーー! イヤーーっ! のり君! のり! ヤメッ、ヤメロォ~~~~~~~~~~~~~!!!」
「おい待て! 男の方! のりとやら。女の子が嫌がってるだろうが!! まるで俺らが女の子イジメてるみたいじゃねーか」
「ちっ、なんかひどい彼氏だな」
「女の子ちゃんさぁ、恋人と別れた方がいいんじゃね?」
「悪かったよ。邪魔したな。お前ら行くぞ糞。まぁカップルで幸せにな。女の子の方、ほんと悪かったな、ごめん、じゃーな」
しぶしぶと彼らは去っていった。(よしっ!)俺は心の中でガッツポーズした。しかし裏では心底ビビっていたせいで足が震えている。このことは由愛ちゃんにはバレてはいけない。
「ふぅ~良かった。由愛は……怖かったろ?」
「怖かった。のり君は大丈夫? 助かったわ、ありがとう。本当にありがとう」
「俺は全然大丈夫。無事で良かったな。俺がいなかったら危なかったところだった」
「う、うん、あの……手を……手が……」
「あーごめんごめん由愛、俺も緊張しちゃってさ。手を離すのを忘れてたよ。ハハハ……小さくて柔らかかった。ありがとう、もっと触っていたかったけどな」
「う、うん……」
(いつの間に私を呼び捨てに? 私の初めての唇奪おうとした……)
★
「じゃ、わたし帰るね。お兄ちゃんが家で待ってるから。さっきは本当にありがとうね」
「あ、待って由愛。さっき怖かったろ、帰宅は心を落ち着かせてからにした方が良いよ」
「でも……でも……お兄ちゃんが」
「カラオケで少し休まないか? 歌を歌うんじゃなくて、防音だから寧ろ静かに過ごせるよ。食べ物もあるしさ、俺は休憩したいなって思ってる」
「わたし……お兄ちゃんが……」
「義孝だって子供じゃないんだから、独りで何とか出来るさ」
「でも、のり君……私、家に帰らないと……」
「さ、行こう」
さっと由愛の右手を左手で握る。
「あ……ダメ……いや……」(小声)
手を繋いで暫く経った。振り解かれなかったぞ。これなら恋人つなぎも大丈夫だと確信、素早く握った手の指を絡ませる。いわゆる陰キャ界の憧れの技だ。やったぜ、俺もとうとう恋人つなぎをしたぜ!
「イヤ、のり君、手を放して、お兄ちゃんじゃないとイヤ……イヤなの」(小声)
・・・・・・・・・・
「さぁ、ここがカラオケだよ。注文は何にしようかな。飲み物はドリンクバーか」
「隣においでよ由愛。座って。由愛は子供の頃から変わらず可愛いなぁ。俺安心したよ」
「腰に手を回して一緒に歌おう。相手を愛するって感情込めて歌うんだよ。腰は駄目って?」
「手を繋ごうか。指はこうやって絡ませるんだよ。で指をふにふに触るんだ。えっ、いやか?」
「なんだ照れちゃって、由愛はカワイイな~、頭なでちゃおう。あ、頭避けるなよ」
「ハグしようか、こっちおいで。腕の中に。あーー柔らかいなぁ由愛は、あ、逃げないで」
「き、キスしてみない? ええ……ダメか、遠慮しなくてもいいぞ。ディープキスの方が好い?」
ナンパから救った恩を笠に着てカラオケ店で由愛に迫る卑劣な男。まさにナンパ師と遜色ない桜井徳ことのり君であった。由愛は心の中で「お兄ちゃん助けて!」と何回も叫んだ。しかし義孝は助けに駆け付けることはなかった。ナンパから助けてもらった義理を感じて我慢し続けた由愛も限界に達し、とうとう泣き出してしまった。
「帰ります! のり君ひどいっ、ひどいです!!」
「ごめんなさい、私……今すぐ帰る、それじゃ、さよなら!」
「え~~~ん、お兄ちゃん以外の男性に触られちゃったーーーっ、え~~~~ん」
自宅で待つお兄ちゃんに抱っこして貰おうと、由愛は走って、走って、走り続けるのであった。
★★★★★
桜井は、小学生のスカート捲りなど悪戯と同じ事(以上)をやっていただけだった。一旦は逃げた由愛を追いかけようとしたが「由愛は照れているだけだよな」と前向きに解釈し、時間が来るまで独りカラオケを歌い続けた。この妙なズレが陰キャとして王道を歩むことになったとは、もちろん本人は気づいていない。
自分は陰キャでしゃべりが下手、などと思っているが、行動は非常にアグレッシブであり、他から見れば行動的、つまり自分の認識と他人からの認識に大きなズレが生じているのである。そして次の桜井のターゲットは瑞葉に移る。



