ある日、ホームルームで一枚のアンケートが配られた。

『貴方の好きな言葉は何ですか? 理由も教えて下さい』

 提出期限は明日までだと先生は話して、教室を出て行く。いつか来る就活とかの面接の練習? いやいや、私たちまだ高校一年生だし。

「なっちー!」

 一限までの5分休みという短い時間なのに、親友の佐江(さえ)は私に話しかけに来てくれた。

「先生のアンケートなんて答える? ていうか、何に使うんだろ?」
「さぁ。私は適当に『感謝』とか書いとこうかな」
「感謝って良い言葉だし全然良いじゃん」
「よくありそうだしね。五人くらいと被りそう」

 苦笑いしながらそう答えた自分はやっぱり捻くれているタイプだと思う。

「佐江はなんて書くの?」
「うーん、『親友のなっち』って書いちゃおうかな!」
「はいはい、ふざけない」
「あー、さてはなっちってば照れてるな!」

 そんな会話をしているうちに一限目の始まりを告げるチャイムは鳴ってしまう。佐江が自分の席に戻って一人になった私は、授業を受けながらもう一度アンケートのことを考えていた。


 良かった。案外、みんな適当じゃん。まぁ、こんなの真剣に悩んで書く意味ないよね。


 でも昼休みになって、佐江の机にお弁当を持って向かったら佐江はいなくてアンケートだけ置いてあった。


『疲れた』


 そう書かれた紙を見ないフリをする出来た人間になれなかった。席に佐江が戻ってきても、私はアンケートから目が離せなかった。

「なっち?」

 しかし、佐江は全く動じていなかった。

「佐江、疲れてるの……?」
「なんで?」
「え、だって、アンケート……」
「ああ! 違う違う! 普通に『疲れた』って言葉が好きなの!」
「はぁ!?」

 意味が分からない私に佐江がアンケートの下の理由を指差す。



『理由:疲れた時に言える言葉があるのが嬉しいから』



「佐江、意味が分からないんだけど」
「あははっ、だよね。だって疲れたって表現がなかったら、表現出来ないんだよ?」
「何言っているの!?」
「言葉にするの難しいんだけど、疲れた時に『疲れたー!』って叫ぶの好きなんだよね。疲れが取れる気がする」

 佐江の言葉は何となく意味が分かったような、意味が分からないような、そんな感じだった。不思議そうな顔をしたままの私を見て、佐江が「ふはっ」と吹き出している。


「まぁ、好きな言葉なんて好きに書けば良いんだよ」


 やっぱり意味が分からないけど、このアンケートの答えは何でも良さそうだなと思ってしまった。だから私はお弁当を食べた後に少しだけ考えて……いや、5分くらい考えてアンケートを提出した。


 翌日のホームルームで先生はこう言った。


「単純に先生がみんなの好きな言葉が気になったからアンケートしてみたが、みんなの好きな言葉が知れて楽しかったぞ」


 その時、クラスの人気者が軽く先生に聞く。

「一番多かった言葉は何ですかー?」
「似た言葉はあったけど全員バラバラだったよ。そうだよなぁ、好きな食べ物だって人それぞれなくらいな」
「ちなみに先生が好きな言葉はどれなんですか?」
「うーん、『生徒』かなぁ」
「うわ、格好つけてる!」

 クラスメイトと先生の会話を聞きながら、私は昨日のアンケートの自分の回答を思い出していた。




『好きな言葉:なっち(あだ名)』

『理由:親友にあだ名で呼ばれるとなんか嬉しいから』




 こんなホームルームのアンケートなんて好きに書けば良い。好きに答えれば良い。
 ありきたりでも良い。何でも良い。自分しか分からないような意味不明な理由でも良い。
 たまには恥ずかしがらず素直に好きな言葉を考えてみても良い。
 その好きな言葉が頭の中で自分の声で再生されたら、その時はいっぱいその言葉を使っても良い。
 その好きな言葉が頭の中で誰かの声で再生されたら、その誰かが好きな言葉を使ってくれた時に思いっきり笑ってみても良い。


 今日も佐江は私に話しかけに来てくれる。


「なっち!……ってなんで笑ってるの!?」



 今日、家に帰ったら家族にも聞いてみようかな。ただただ気軽に。


『貴方の好きな言葉は何ですか?』


fin.