第22話「陶土丘陵――甘い火と泥の契約」
 夜の底がほどける頃、王都北東の丘陵は灰色の背中を露わにした。
 土肌はむき出しで、ところどころに黒い筋。掘り返された斜面からは、雨でもないのに泥水がしみ出して、谷の小川を濁らせている。
鼻の奥に、土と鉄のにおい。朝霧が低く流れ、旗の先に白い輪ができた。
 王弟の隊は静かだった。護衛が十、書記官ギルドの監察筆が二、歌読み職が一人、そして《旅する大釜隊》の面々。最後尾には、白の調理服――ジルベルト。氷の背筋だが、昨晩より気配がやわらいでいるのは、俺の錯覚じゃないはずだ。
「今日は契約を歌の前で読む」142
 王弟は簡潔に言い、丘の上の掲示所を顎で示した。
「採掘の紙に、どれだけ“重さ”が仕込まれているか、公開で確かめる」
 掲示所の前には、すでに白幕。商会の檻のような小屋。扉の上に掛けられた札には、黒い文字。
《陶土丘陵採掘契約・要旨》
採掘権は商会の倉庫へ直納する者に限る。土の等級は鑑定所が判定。印のない土は搬出不可。鑑定料銀貨三枚。違反は没収。
 ……いつものやつだ。まずは入口を押さえ、次に重さで息を詰まらせる。カルドの手癖。
̶ 先に“場”を立てる」「
 俺は荷車の幕を上げた。土の地図板、透明筒、焼成秤、火色鏡、灰試し皿、そして小ぶりの移動窯。
 リーナが白布を張り、若者たちが杭と縄を走らせる。歌読み職は琴の弦を軽く弾き、節を探る。
 板に題を書いた。
【陶土丘陵・土章(どしょう)】
見る・測る・焼く・記す。誰でもどうぞ。
「今日の手順は四つ」 俺は指を立てた。
̶「一、握り試験 土団子を握って、耳元で割れる音を聞く。雪の音に近いほど“甘い火”向き。
̶ 二、沈降試験 透明筒に泥を溶かして層を見る。軽い粒の層が厚ければ軽器向き。
̶ 三、火色鏡 炎の色を鏡に映して“甘い火”の帯を確認。
̶ 四、焼成秤 乾燥前後、焼成前後の重さを読む。重さで火を守る」
 ジルベルトが横で小さく頷いた。
「“甘い火”を秤で語る。悪くない。厨房でも、火は音と重さで見る」
 丘の斜面から採った土が、木鉢に盛られて運ばれてくる。採掘人の男たちの手はひび割れて、爪に赤茶の筋が食い込んでいる。
 俺は土をひとつまみ、指先で丸め、耳元でつぶした。
 しゃり、でもない。ざり、でもない。す、と割れて、空気が逃げる音。
「……甘い火の入口だ」 リーナが透明筒に泥を落とし、砂時計を返す。層が分かれ、上に淡い乳白、下に重い灰。
「上の層、厚い。薄器向き」
 書記が板に刻む。
 焼成秤に土団子を載せ、移動窯の口にそっと置いた。火は弱め。
昨夜ジルベルトが言っていた“甘い火”。
 火色鏡に炎が映る。赤でも黄でもない、桃がかった白。
 王弟が目を細めた。
「戦では、あの色は“休め”の合図だ。急がぬ火は、足を残す」
 そこへ、白い扇。
 カルドは相変わらず、冬の光の角度で現れる。後ろに鑑定官、書写の男、役人。
「見事な“公開”だ。だが、秩序には倉庫が要る。土は脆い。倉庫が守る」
「倉庫が守るのは土か、印か」
 俺は移動窯の口を半歩閉じ、火の“息”を整えた。
「土章を作る。四者印の土印。倉庫印は並存。倉庫だけが秩序じゃない」
 カルドは扇を傾けただけで、笑わない。
「土は“混ぜられる”。ここで見た土と、倉庫に届く土は別物だ。
秤のない場では、声は軽い」
「なら、秤を持ち歩く」
 俺は焼成秤の片方に、乾燥させた土団子を載せ、もう片方に標準壺ひと口ぶんの水を吊った。
「水一口ぶんの重さで、土の“息”を測る。乾燥量と焼成収縮。誰の背中でも読める重さだ」
 歌読み職が笑い、短い節を落とす。
♪ 水ひと口 土の息
 軽いなら 火で歌える
̶ そこで、違和感。 
 土団子の一つが、指で割ったときにしょっぱい匂いをした。
 リーナが眉を寄せる。
「……塩、混ぜた?」
 透明筒に溶かした泥が、泡を細かく吐く。灰試しの泡じゃない。
 カルドは扇を閉じた。
「混ぜ物は、君たちの十八番だろう?」
「鍋は人を裁かない。でも、土は舌を持ってる」
 俺は唇に泥をひとしずく落とし、舌に乗せず、喉の手前で消した。
 砂の重さが残る。
 ジルベルトが肩で息をして言った。
「この塩は、焼成で泡を荒くする。薄器が割れる」
 監察筆が眠そうな目を細め、指で合図。護衛が採掘人の一人を連れてくる。袖口に白い粉。
「……鑑定所の人に言われた。土が“軽すぎる”と減点だって。だから、重くしろって」
 男の声は震えていた。
「重さで秩序を作ると、重さを偽る人間が出る」
 俺は土団子を焼成秤からどけ、移動窯の火をぐっと落とした。
「重さを守るのは、段取りだ。混ぜ物があれば、歌が先に見破る」
 歌読み職が、さっきより太い声で歌った。
♪ 砂は舌で 石は歯で
 塩は喉で 嘘は泡で 群衆の空気が変わる。見える言葉は、混ぜ物を追い出す。
 王弟が前に出た。
「条項の朗読を」
 監察筆が契約書を開き、歌の前で読み上げる。
 「……“等級は鑑定所の裁量による”。“倉庫補修費は土主の負担”。“沈降槽の灰は鑑定所の所有物”」
̶ 最後の一行で、ジルベルトの目がかすかに揺れた。 
「“灰は鑑定所の所有物”?」
「釉薬の灰だ」
 彼は低く言った。
「甘い火には“甘い灰”が要る。灰を握るのは、釉を握ることだ」
 カルドの扇が、初めて音を立てた。
「火は君の得意だろう? なら灰も扱えるはずだ」
「鍋の灰と窯の灰は違う。君はそれを知ってる」
 俺は移動窯の脇に灰の小皿を並べた。
 リーナが薄い粥を炊いて作った火消しの糊を少量混ぜ、皿の上で灰の“甘さ”を舌で、喉で試す。
 甘い灰は喉の奥で静かに消える。苦い灰は舌の先で騒ぐ。
「灰も歌にする」
 歌読み職が頷き、節を刻む。
♪ 甘い灰 喉で消えて 火を守る
 苦い灰 舌で騒いで 器を割る
 王弟は契約書をじっと見つめ、短く告げた。
「“灰の所有”条項、一時停止。本日の“灰章(はいしょう)”採択までは、灰は共有とする」
 カルドの唇がわずかに歪む。
「共有は責任の不在を生む」
「だから公開で縛る」
 監察筆が札をがんと打ち込んだ。
「灰章・仮運用。甘さ試験・喉試し・焼成秤の三点で記録。四者印
“灰印”を付す」
̶ 午前は、**土と灰の“入口”**を押さえた。 
 午後は、焼く。その場で。
 移動窯に火が入り、薄器の小皿が三十。落下蓋用の小片も数十。
 火色鏡が桃白を映す。
 焼成秤の片側がゆっくり軽くなる。水一口ぶんの錘と、針が並ぶ瞬間。
̶ いま」「
 窯口を半歩開き、皿を出す。
 ちん、という、薄い音。甘い火で焼いた器は、音まで軽い。
 老女の陶工が皿の縁を指で撫で、頷く。
「甘い」
 商会の標準壺土で焼いた皿は、音が低い。重くて、厚い。割れにくいが、声を運ぶ軽さがない。
 秤に載せる。軽い方が、同じ量の水を遠くへ運べる。井戸街で証明した理屈が、ここでも通る。
 王弟が槌を置いた。
「“土章・灰章”を仮採択。四者印の土印・灰印を共同運用。倉庫印は並存、鑑定料は公開場では無料。倉庫は公開秤を常設せよ」
 広場――いや、丘全体が揺れた。採掘人の男たちが目を見開き、老女の陶工は目尻に皺を寄せ、子どもが跳ねる。 カルドは扇を閉じた。
「結構。ならば次は、倉庫規格だ。保管の重さは、秩序だ。湿りを失った土は死ぬ。印のない倉は、泥に戻す」
 すぐ出すね、次の網。
 俺は喉の奥に雪を落とし、言葉を整えた。
「倉庫は要る。だから、倉章(そうしょう)を作る。露天土床と風の窓、水章板の連結、焼成秤の巡回。乾きすぎもしない、湿りすぎもしない。倉庫印は倉庫の重さでなく、土の呼吸で与える」
 歌読み職が楽しそうに弦を鳴らす。
♪ 風の窓 土の息
 乾きすぎず 湿りすぎず
 秤読んで 歌で守る
 ジルベルトが口の端をわずかに上げた。
「“風の窓”は厨房でも使う。湯気を逃がして、温度を残す。倉庫に入れても、鍋だ」
 そこへ、丘の向こうから地鳴り。
̶ 嫌な音。 
 採掘が深すぎる斜面が、雨もないのに崩れた。泥の舌が道へ伸び、作業小屋を飲み込もうとしている。
 人々の声がいっせいに鋭くなり、走る足音が絡まる。
̶「 土嚢(どのう)の歌だ!」
 俺は叫び、井戸街で使った浮き樽橋の縄をほどいて投げ、薄器の落下蓋を袋の口に流用する。
 リーナが灰と糊で目止めを作り、若者たちが節釘のリズムで袋を結ぶ。
♪ いち・に・さん 袋を開けて 土を入れ
 し・ご・ろく 口を甘く 灰で止め
 なな・はち・きゅう 節で結んで 水を切る
 王弟の護衛が列を作り、土嚢を歩く橋に載せて渡す。舟じゃない。歌で歩く。
 崩れは完全には止まらないが、流れが鈍る。小屋の前に灰色の壁が積み上がり、泥の舌がそこへ息を吐いて止まった。
 泥に膝を取られた作業員の腕を引き上げ、リーナが薄茶で喉を潤す。
 男は咳をして、土の味を吐き、うわずった声で笑った。
「……生きてる」
「声が戻ったら、秤で呼吸を整える」
 俺は焼成秤を彼の掌に載せ、重さで“今”を測らせた。重さを感じた瞬間、人は自分の体に戻ってくる。
 泥流が収まり、丘の空気が一つ、大きく吐かれた。
 カルドは、扇を閉じたまま沈黙していた。
 やがて、淡く言う。
̶「君は、やりすぎる。百返し、橋、歌、土。 だが、過剰は美徳でもあるらしい」
 それは敗北宣言じゃない。次の計算の予告。
「倉庫は逃げない。夜に動く。紙は、火より静かで速い」
 扇がくるりと回り、白は冬の雑木林にまぎれた。
 日が傾き、丘の影が長くなる。
 《土章》《灰章》の板が並び、喉の雪が午後の冷えをやわらげる。
 老女の陶工は新しい薄器に水を注ぎ、ちんと鳴らして笑った。
「甘い火は、遅い。遅い火は、続く」
「続くものが、秩序になる」
 王弟は短く言い、護衛に合図を出した。
「本日の結語。
一、土章・灰章の仮運用を王命で定める。
二、倉章の草案を七日でまとめ、公開審問に付す。
三、鑑定所費用は当面、歌と秤で支払う。歌読み職と秤番に王家から手当を付ける」
 拍手。土の上で、手のひらの音は柔らかい。
 ジルベルトが俺の隣に来た。
「カルドは、次に**倉庫の“夜”**を使う。夜目札を用意しろ。
火の色が見えなくても、重さで夜を読む札」
「作る。夜秤(よるばかり)。砂時計の代わりに、音で刻む」
 歌読み職が弦を爪弾いた。
♪ 夜は音 火は息
 秤は指で 節を刻め
 リーナが肩で息をしながら笑った。
「今日だけで、“章”が三つ増えたよ。土章・灰章・倉章」
「多すぎるくらいがちょうどいい。公開は“過剰”の中で安定する」
 監察筆が大あくびをひとつ。
「掲示、追加。
̶ “土は歌で焼け。 
̶ 灰は喉で読め。 
̶ 倉は風で守れ。 
̶ 夜は音で刻め。” 
 ……長いが、まあ字数は足りる」
 札はがんと打ち込まれ、丘の風に揺れた。
 黄昏。
 移動窯の火を落とす前に、俺たちは薄い粥を一鍋だけ炊いた。
 土の匂いのする丘で食べる粥は、喉の奥にまっすぐ落ちる。
 作業員の頬に色が戻り、子どもが湯気をつかもうとして笑う。
 ジルベルトは小さな器を傾け、目を閉じ、ひと言。
「眠りの入口、今日も開いた」
 氷の人間が、火の言葉を口にする。温度は、伝わった。
 夜。丘の向こうで、倉庫の扉が静かに閉じる音。
 カルドの“夜”が始まる。紙と鍵の時間。
 でも――こっちにも“夜”の段取りはある。夜秤、夜目札、火消しの糊。
 そして、歌。夜は音がよく通る。声は軽い。だから速い。
「明日の段取り、確認」
 俺は星明かりの下で指を立てた。
「一、夜秤を三台作って、倉庫街に回す。
二、倉章の条文を“設計歌”に落とす。風の窓/露天土床/湿り札/鍵の公開手順。
三、灰章の喉試しを“数”に結び、眠りの入口との関係を記録。
四、土印を押す窯を三箇所増やす。図と秤と歌を持って」
 リーナが大きく頷く。
「“公開百返し”、まだ続けるんだね」
「続けるほど、火は甘くなる」
 喉の奥で雪がひとつ鳴って、静かに溶けた。
 遠く、王都の北門広場の板の森が風に鳴っている気がした。
 火は小さく、でも続く。
 明日の舞台は、倉庫街の夜。
 鍋は叫ばない。だから俺たちは、椀で答える。 声は温度になり、重さは秩序になる。
 その二つを食べられる形にするまで、歩く。

第23話「倉庫街の夜――夜秤と鍵の歌」
 夜は、紙の音がよく通る。
 王都の倉庫街は、昼より静かで、昼より重い。石畳に溜まった湿りが靴底で鳴って、扉と扉の隙間からは米とも土ともつかぬ匂いが
̶滲む。奥の方で風鈴のような音 いや、違う。鎖のこすれる音だ。
鍵が動いている。
̶ 段取り、もう一度」「
 俺は荷車の覆いを上げ、夜具の代わりに道具を並べた。
 夜秤(よるばかり)三台。皿の縁に小さな響き鈴が付いていて、針が合う瞬間だけちりと鳴る。
 夜目札の束。湿りで色がわずかに変わる灰塗りの薄札。
風の窓枠。開口部の外に取り付ける、羽根板つきの枠で、風が通れ 153
ば羽根が回り、拍の穴が光る。
 鍵の輪。焼き締めた薄い陶の輪で、四者印の小さな刻みが入っている。
̶ 火消しの糊、そして霧壺。灰と塩で調整した霧を吐く薄壺 乾きすぎた土床に一口だけ湿りを戻すためのもの。
「今日やることは四つ」
 俺は指を立てる。
「一、倉章(そうしょう)の夜運用。風の窓・露天土床・湿り札・夜秤。
 二、鍵の歌で鍵会を(キーセレモニー)公開手順化。
̶ 三、夜の混ぜ物の摘発 “紙の速度”に対抗する“音の速度”。
 四、灰章と連結。釉用の甘い灰棚を倉に作って、灰の横流しを止める」
「了解。リズムは三拍子?」
 リーナが小声で確認してくる。
「鍵は四拍。歩きは三。火は二。拍をずらして、嘘が入る隙間を潰す」
 暗がりで、吟遊詩人が指先で弦を撫でた。音は小さいが、よく跳ねる。
̶ 倉庫街の最初の倉 第七土床倉。扉に商会の白印と王家の古い刻印。
 王弟の隊が左右を固め、監察筆(インスペクター)が眠そうな目で扉を叩いた。
「夜間公開閲覧令。四者立会いのもと、鍵を歌の前で回す」
 中から灯が揺れ、やがて鎖の音が近づいた。
「夜に開けるのは……」
 若い番頭の声。躊躇。
「夜が紙の時間だって、カルドが言ってたぞ」
 俺は独り言のように呟き、鍵の輪を高く掲げてみせる。陶の輪が ̶月光を受ける。割れやすいが、嘘に強い 焼き物は、そういう性質だ。
「鍵会を始める」
 俺は輪を四つ、扉の前に置いた。王家・ギルド・自治・大釜隊。それぞれの小印がちいさく刻まれ、音で違いが分かるよう薄く厚みを変えてある。
 輪を持つ者は四人。王弟の護衛長、監察筆、井戸街の自治代表、そして俺。
 吟遊詩人が四拍を刻む。
♪ ひと・ふた・み・よ
 輪を合わせ 鍵を鳴らせ 四つの輪が、扉の鍵座に嵌まる音が重なった。ちり、ちり、ちり、ちり。
 金属鍵のくぐもりとは違う、焼き物の乾いた音。音色が混ざれば合図。
 番頭が震えを押し殺して鎖を引き、扉がすうと開いた。
 中は乾きすぎていた。
 土床の表面が白粉を吹いている。
 棚の灰壺は蓋が湿っておらず、灰が軽すぎる。
 風の窓の羽根は止まっていて、拍穴に光が入っていない。
̶ 夜秤」「
 俺は秤を据え、土床から一掴みの土を紙に包んで載せ、反対側に水一口の錘を吊るす。
 針がちりと鳴って止まる位置が、甘い火を保つ湿りの目安だ。
 針は……軽すぎた。鈴は鳴らない。
「霧壺、一口」
 リーナが霧を吐かせる。灰と塩で作った薄い霧が、土床の表面に白い息を残す。
 もう一度、秤。ちり。
 針が理想の位置で鳴った。
「湿り札」
̶ 灰塗りの薄札を土床に挿す。札の端が一段暗くなった 合図は夜でも見える。
「……こっちもだ」
 ジルベルトが灰棚の前に立ち、指で灰を撫で、喉で消して、目を細める。
「苦い。灰が若い」 若い灰は釉を荒くし、器を重くする。倉が命を急がせると、火が甘くならない。
 監察筆が札を打ち込む。
「灰棚・若灰混入。甘灰の比率、公開場で補正。灰章連結運用」
 番頭は額に汗を浮かべ、震えた声を出した。
「……昼の間に、紙が来たんです。“灰は鑑定所へ”“土は倉庫に直納”“湿りは券で買え”って。夜に倉を開けるなとも」
 カルドの手だ。夜で紙を走らせ、重さで息を止める。
「倉は夜に呼吸する。呼吸を止める規格は、鍋で言えば蓋の釘だ」 俺は風の窓枠を外へ取り付け、羽根がかちり、かちりと四拍で回るよう調整する。
「風を見る。“夜目札”を窓にも付ける。羽根の下に札を下げて、風の滴で色が変わるように」
 歌読み職が節を弾く。
♪ 風の窓 かち・かち・かち・かち
 札が濡れたら 夜は息してる 第一倉、整った。
̶ が、外で走る足音。 
 衛兵が駆け込み、息を切らす。
「第三倉で鍵の差し替え! 陶の輪じゃない、紙鍵だ!」
 紙鍵。
 紙で作った許可証を鍵代わりにして、金属の鍵穴に挿す“書式”。
音を持たない鍵だ。夜の“速度”で来る。
̶ 行く」「
 俺は柄杓の代わりに響き鈴を握り、第三倉へ走った。
 扉の前では、書写の匂いの若い男が紙束の鍵を掲げて叫んでいる。
「規格だ! 倉庫印だ! 夜間の開閉は紙でのみ!」
 彼の背後、扉の隙間からは酸い匂い。湿り札の色が抜けている̶ ̶ 乾かしすぎた合図。
「鍵は音で読む」
 俺は彼の手から紙束を取る代わりに、夜秤の皿を扉の鍵座に当て、軽く叩いた。
 鍵座の中の金属がちりと鳴る。
̶「紙は通る。輪は歌う。 鍵会だ」
 護衛長、監察筆、自治代表、俺。四つの輪がひと・ふた・み・よでちりと鳴り、扉がすうと開く。
 内側の番人が顔を出し、怯えた目で俺たちを見た。
「紙が……昼に来たんです。夜は誰にも開けるな、と。湿り札は色が変わると罰金だと」
「色は呼吸だ。罰金は窒息だ」
 リーナが霧壺を一口、土床に吐かせる。ちり。夜秤の鈴が答えた。
 監察筆は紙束の鍵を受け取り、札をがんと打ち込んだ。
「紙鍵は補助。音鍵が上位。鍵会は公開。夜の開閉は四者で」
 若い書写は肩を落として立ち尽くす。
 俺は言った。
̶「鍋は人を裁かない。 君の声を、歌に残そう」
 吟遊詩人が短い節を受け止める。
♪ 紙の鍵 音がない
 声を載せずに 夜を塞ぐ
 音の輪 ちりと鳴って
 呼吸を返す
 第三倉、整った。
 続けざまに第四倉へ。ここは灰棚が大きい。 扉を開けた瞬間、ジルベルトが嗅ぎ分けた。
「甘い灰が……減ってる」
 棚の奥に空白。灰の匂いが薄い。
 番頭は顔を青くした。
̶「昼に鑑定所の者が来て、“灰は所有物”だと。 王弟の命が出
る前の紙でした」
 紙の速度。王弟の速達より、半刻だけ早かったのだろう。
「戻せとは言わない。歌で補う」
 俺は甘い灰の試薬歌をすぐに作った。
♪ 甘い灰 喉で消えて 火を守る
 苦い灰 舌で騒いで 器を割る
 混ぜたなら 泡でばれる
 公開の場で、灰を喉で読む。砂の嘘が混ざれば泡で出る。
 灰棚の側木に、穴を数個開けて風を通し、若灰を寝かせるための棚歌も刻む。
♪ 灰は寝かせ 風で起こせ
 若を甘に 夜で変える
 監察筆の札がまたがん。
「灰棚・寝かし欄を新設。寝かし日を刻め」
 第五倉。
 ここで、問題がはっきり**“人”の形を取った。
 扉の外に徴税台**。夜でも徴をとる台。
 台の上には、**“湿り券”**という紙。
《湿り札の色を戻すには鑑定料。霧壺使用には許可。》
 息を金にする仕組みだ。
 カルドの扇の匂い。姿は見えないが、やり口が見える。
「券は歌で読み替える」
 俺は台の横に白布を張り、**“呼吸板”**と書いた。
【呼吸板】
今夜の風:何拍/夜秤:何鳴/霧壺:何口だれでも書けます
 番人や運び手が自分の倉の呼吸を書き始める。
 呼吸の数が増える。紙の枚数より速い。
 徴税台の男は顔をしかめ、紙束を持って後ろへ下がった。歌は、徴税の入口をすり抜ける。
̶ 一方で、影は諦めない。 
 倉と倉の間の露台で、小さな炎が上がった。
 火だ。
 ただ、今夜の板はすでに糊で薄灰色。燃え上がる前に黒へ沈む。 吟遊詩人が火消しの歌を短く弾き、子どもたちが灰の皿を運んでぱさと降らせる。
♪ 黒の上に 白で書け
 今夜の風 いまの湿り 影が走り、衛兵が追い、二つの足音は遠ざかった。
 残ったのは黒の板に白い字。
 火さえ、今夜の演目に変わる。
̶ 半分、終わり」「
 リーナが息を整えながら言う。額に汗、指に灰。
「あと七倉」
 俺は頷き、夜秤の鈴を確かめる。ちり。まだ、鈴は元気だ。
 第九倉。
 ここは薄器の窯と直結している。
 中の空気が熱い。
 風の窓が閉じられている。
 棚の器は汗をかいて、釉が泣き出している。
 番頭は震えた。
「昼に“渇”の紙が……『湿り札が暗い倉は、倉庫税を上げる』」
 渇。つまり、乾かせという命令。
「渇に渇で返すと、器が泣く」
 ジルベルトが、短く言った。
「甘い火は、湿りと風で支える。窓を四拍で開け閉めしろ」
 俺は風の窓に拍の穴を増やし、いち・に・さん・よの四拍で角度を切り替える手順札をぶら下げた。
 夜秤。ちり。
 泣いていた釉が、静かになった。
 第十二倉。
 鍵箱が壊されていた。
 紙鍵が詰め込まれ、音鍵が抜かれている。
 番頭が泣きそうな顔でこちらを見る。
「直せる?」
 俺は鍵座を覗き、焼き輪の欠片を拾い、落下蓋の革紐で応急結びした。
「鍵会に来い。四人で鳴らせば、音が記憶を戻す」
 四人でちり、ちり、ちり、ちり。
 鍵座は音の形を思い出し、紙鍵がするりと抜けた。
 監察筆が札をがん。
「鍵座・音記憶。紙鍵のみの運用、無効」
 第十四倉まで来たときだった。
 白い扇。
 倉と倉の影の間に立つカルドは、相変わらず冬の顔だった。
「夜に鍋を持ち込むとは。新しい秩序だ」
「呼吸は、秩序の“手前”にある」
「手前を支配するのが、本物の規格だ」
 カルドの扇は閉じたまま、言葉だけが冷たい。
̶「君は公開で“火”を生む。紙は閉じることで“型”を作る。
今夜は君の勝ちだろう。だが、明日は港だ」
 港。舟の次の章。
「船荷規格。封緘(ふうかん)の印。開封は罪。歌は海で散る」 扇が一度回り、影の中へ消えた。
̶ 港、か。 
 橋は渡った。舟も橋にした。船荷は……封だ。封には歌を混ぜにくい。けれど、音は混ぜられる。
「港なら、封の歌だ」
 俺は夜空に息を吐き、喉の奥に雪をひとかけ落とした。
「封緘は破って確かめるものじゃない。鳴らして確かめる。封音(ふうおん)の細工で、開けずに“開けた音”が出たら偽物」 ジルベルトが、目を細めて笑った。
「君の単純、ほんと複雑。でも、鍋はいつもそうやって、蓋の音で中身を読む」
 監察筆は眠そうに札を打つ。
「掲示:倉章・夜運用、王都全域に試適用。
 “鍵会は四拍。鍵は音で読む。
 湿り札は夜で読む。
 灰棚は寝かしを刻む。
 霧壺は一口まで。”」
 ……相変わらず字数はギリギリだが、届く。
 最後の倉を終えたときには、東の空が薄白くなっていた。
 夜秤の鈴はよく働き、風の窓の羽根は鈍くなり、湿り札は色を保ち、鍵の輪はちりで夜を締めた。
 王弟が短くまとめる。
「本夜の結語。
一、倉章・夜運用を正式採択、鍵会は四者必須。
二、紙鍵は補助とし、音鍵が上位。
三、灰章は倉に棚を持つ。寝かしの公開。
四、明朝より港の封について公開検見を行う。封音の採用を検討」
 拍手は小さいが、深い。夜は声を飲む。でも、音は残る。
 人が散り、倉の扉がちりと鳴って閉じ、羽根板がかちりをゆっくりやめたころ。
 リーナが腰を落として笑った。
「カイ、夜の鍋は眠くなるね」
「眠くなるのは、入口が開いた証拠だ」
 俺は柄杓を立て、小釜に薄い粥を仕掛ける。
 眠りの入口は、いつも喉から始まる。 番人も運び手も、書記官も、護衛も、ひと口ずつ、喉に雪を鳴らしていく。
 ジルベルトは器を傾け、目を閉じ、短く言った。
̶ 港は風が強い。歌を重くしろ。音を軽く。封を鳴らす細工、「薄器で作る」
「老女、薄器いける?」
 老女の陶工が杖を鳴らし、胸を張った。
「甘い火、続けてきた。海の風でも泣かん器、焼いて見せる」
 監察筆が欠伸をひとつ。
「掲示、最後。 “封は鳴らせ。
封は割るな。鍵は歌え。
夜は読め。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、夜の最後の音になった。
 空が白む。
 倉庫街の屋根が青く、薄く光り始める。 夜に仕掛けた段取りは、朝に強くなる。
 紙は日中に走る。歌は夜に覚える。
 音は境目を越えて、封に届く。
「段取り、確認」
 俺は指を上げた。
「一、封音の薄器を焼く。薄い輪に微細な溝。偽の開封で濁音が出る細工だ。
 二、港の検見を三拍子でやる。封の音・樽の重さ・水の地図の三点。 三、鍵会の日中運用。四者のうち一者が欠けても回る代理歌を作る。
 四、呼吸板を港にも。風の窓と湿り札の連結」
 リーナの目がキラリと光る。
「公開百返し、まだ行けるね」
「過剰なくらいが、ちょうどいい」
 王都の東から、港の鐘が遠く鳴った。
 カルドの“封”が待っている。紙の最前線。
 でも、鍋は知っている。
 蓋の音で、中身を読む方法を。
 喉の雪で、眠りの入口を開く方法を。
 そして、歌で、秩序を“食べられる形”にする方法を。
̶「行こう。封を 鳴らしに」
 湯気は細く、まっすぐ、朝の空へ伸びた。
 次の舞台は、港の封緘。
 鍋は叫ばない。だから俺たちは、鍵を歌い、封を鳴らす。

第24話「港の封緘――封を鳴らす日」
 港は、風が最初に喋る。
 王都の東端、石の堤と木の桟橋が網の目に走る湾に、朝の風が低く這った。水面はまだ眠そうに青く、帆縄の影が揺れてはほどける。
遠くでカモメが笑い、近くで鎖が鳴り、樽の帯金が小さく歌った。
̶ 段取り、確認」「
 俺は荷車の覆いを外した。
 中には、昨夜焼き上げた封音(ふうおん)輪が布で包まれて並んでいる。薄く、軽く、微細な溝を刻んだ陶の輪。封蝋の上に嵌め、開封未遂の歪みがあれば濁音で鳴る仕組みだ。
 封音盤。輪を載せ、四拍で軽く叩くための木盤。
 樽秤。肩載せ・二人担ぎ・台車、それぞれの運搬で同量の樽がど 165
う重さを返すか読む秤。
 水章の携行板と透明瓶。港の外海・内湾・荷揚げ堀の三点を同時に見せる。
 代理歌札。四者のうち一者が遅れても歌で穴を埋める手順札。
 そして、火消しの糊。港の掲示は燃えやすい。黒の上に白で書くための準備だ。
「今日やることは三つ」
 俺は指を立てる。
「一、封音の公開検見。開けずに鳴らして読む。
̶ 二、三拍子検見の拡張 封の音・樽の重さ・水の地図の三点で船荷を読む。
 三、封章(ふうしょう)の草案をここで作る。四者封と代理歌を採用」「歌の重さは?」
 リーナがマフラーを引き上げて尋ねる。港の風は喉を冷やす。
「封は重い歌。四拍で低く。風に負けない重さで、音は軽く」
 ジルベルトが顎を引いた。
「薄器は鳴る。だが、鳴らせ過ぎると風で嘘が混ざる。鳴り止む隙を作れ。四拍のうち二拍は黙る」
「承知」
 吟遊詩人が弦を撫で、ゆっくりドン・ン・ドン・ンの拍を刻む。
 港の検見所前に白布を張り、板題を書く。
【港検見場・封章試運用】
封の音・樽の重さ・水の地図。見て・鳴らして・量る。
 王弟の一隊が後ろを固め、書記官ギルドの監察筆(インスペクター)が舟名簿を手に眠そうな目を細める。その上の石段には、リヴァンス侯と侍医長、オルダン総料理長。
̶ そして、白い扇 カルド。
 彼は相変わらず冬の空の角度で立っていた。今日は封緘規格の正式告示を持っているはずだ。
「本日の船、最初は北湾塩舟〈白潮〉」
 監察筆が紙に目を落とし、短く告げる。
̶「商会印の封蝋、三重。封切りは鑑定所に限る 告示案」
 カルドの扇が一度だけ動いた。
「封は割れば死ぬ。開けずに読む、などと?」
「鳴らして読む」
 俺は封音輪を高く掲げ、封蝋の上にそっと載せた。輪の微細な溝が蝋の表面に軽く食み、封の息を拾う。
̶ 封音盤を足元に置き、四拍で叩く ドン・ン・ドン・ン。
̶ 輪が答える ちん・……・ちん・……。
 濁らない。
「開けてない封は清音。濁音が混ざったら、どこかで息が詰まってる」
 書記が耳を澄まし、板に「白潮:清音」と刻む。
 次、樽秤。同量の塩樽を肩と台車で動かし、揺れとこぼれを読み取る。
 秤は、肩運びの方が汗が少なく、こぼれも少ないと示した。台車は角で息が止まる。
 リーナが水章の瓶を掲げる。外海:青。内湾:黄。荷揚げ堀:黄と赤の間。
「堀に鉱が混じりかけ。昨日の灰が流れ込んでる」
 吟遊詩人が短い節を落とす。
♪ 封の輪 ちん・……・ちん・……
 樽の息 肩で運べば 笑い出す
 水の地図 堀に赤寄り 灰を止め
 最初の検見は通る。
 人垣からため息と拍手。
 カルドの扇は、動かない。
「封音は、濡れに弱い」
 彼はぽつりと言い、港風の中に一枚の紙を掲げた。
《封緘規格告示案》
・封の検見は鑑定所に限る。
・封蝋は商会配合に限る。塩風対策として油分を増す。
・封笛その他の鳴り物は混乱の恐れがあるため使用禁止。
…… 「濡れに弱い封音輪なら、油で封を滑らかにしてしまえば、全部清音になる、って算段か」
 俺は肩を回し、輪を手のひらで転がした。輪の溝は油で塞がれると、確かに鈍る。
「なら、二段で読む。清音と立ち上がりの速さ」
 ジルベルトが袖口で風を拭い、短く言う。
「鳴り始める前の沈黙が、油で伸びる。封は黙る」
「いける」
 俺は封音盤に指を添え、最初の一打の前に耳を置く。
 静。
̶ 油封は、最初の一瞬を誤魔化せない。微細な粘りが遅れを作 る。
 書記が「封音:清音/遅れ小」と刻む欄を増やす。油封なら遅れが大になる。
̶「次 南海香草舟〈金羅〉」
 封蝋は美しい。艶があり、香がある。
 輪をかけ、ドン・ン・ドン・ン。
̶ ちん 間が、長い。 濁りはないが、遅い。
「油多め。遅れ大」
 樽秤は?
 台車で揺らすと香が揮う。肩だと揮いが少ない。
 水章は外海:青、内湾:青、堀:黄。港の風が良い。
 吟遊詩人が節。
♪ ちんの前 間がのびたら 油の封
 香は肩で 運ぶのがよい
̶ いい。封音は、“鳴らすだけ”で開封未遂と油封を分けられ る。
 検見所の空気が軽くなる。封を割らずに読む世界が、今日はじまった。
 そのときだ。
 桟橋の向こうで、白い扇がひらり。カルドが短く手を挙げる。
「封緘規格・臨時告示。本日より“封の破壊は重罪”。封音輪や封笛の不正使用は罰金。
̶ 封を守るには、封を触らないことだ」 
 場の空気が凍る。
 俺は喉の奥に雪を落とし、息を整えた。
「触らない。鳴らす」
 封に触れずに輪をかける小枠を取り出し、封音輪を枠越しに浮かせて共鳴だけ拾う。触れていない。
 カルドの扇は止まった。
 エリク(書記官長)が眠そうな目で見下ろし、短く言う。
「封章・仮運用。封音の非接触検見を検討。四者封の輪を採用。代理歌を許す」
 監察筆ががんと札を打ち込む。
「封音:清音/濁音/遅れ。記録欄増設」
̶ 午前は、港が鳴り始めた。 
 午後、港は吠えた。
 公設施食舟が入ってきたのだ。
 帆には王家の小印、甲板には大釜。貧民院向けの麦と根菜と塩と薄い肉。
̶ 封蝋は 割れている。
 封音輪を載せるまでもない。目で分かる。
 人垣の空気が尖る。
 カルドの扇が閉じたまま、動かない。
̶ 誰が、いつ、どこで」「
 俺は柄杓を握り直し、三拍子で段取りを組む。
「一、封景(ふうけい)を作る。船の来歴を音と絵で。
二、樽秤で重さの欠損を読む。
三、水章で舷側の汚れを見る」
 白布に素早く船の絵を描く。外海↓内湾↓堀へ入る矢印。
 封音輪を、舷側の刻印に当てて鳴らす。
♪ いち港 ちん・……
 に港 ……・ちん
 さんの堀 ……・……(沈黙)
 堀で鳴っていない。封が途中で****換わっている。
 樽秤は同量のはずの樽が軽い。
 舷側の下、汚れが新しい。
「堀で乗り移り。封蝋は温めて剥がし、油封で見かけだけ戻した」
 リーナが小声で吐く。
 王弟の護衛が動き、堀の端にいた小舟を押さえる。 書写の匂いの男、油の匂いの男、鑑定所の印の袖。
 監察筆が札をがん。
「封緘違反:堀内換封。封音・樽秤・水章の三証拠、記録。公開審問へ」
 場が沸騰する前に、鍋を火にかけた。
 公開施食。大釜に火を入れ、港に集まった人に喉の雪を配る。 歌が短く落ちる。
♪ 封は鳴らせ 封は割るな
 重さは秤で 水は歌え
 腹が減れば 怒りが過ぎる
 喉に雪を 先に落とせ
 怒りは正しい。でも、段取りが先だ。
 人々の息が整い、公設施食舟の乗組員から順に事情が語られる。
̶「堀に入ったら、鑑定所の者が来て、封の再押印を 」
 カルドが初めて口を開いた。
「堀は秩序の入口だ。封は港基準で揃える。“再押印”は秩序だ」
「再押印の料金はいくら?」
 俺が問うと、カルドは扇を下にゆっくり振った。
「銀貨一枚。公益のための最低限」
̶ 銀貨一枚。一日の施食が消える額。  王弟の声が、海風に乗って低く落ちた。
「本日の結語まで、堀内再押印を停止。封章の審議を先に行う」
 封章・公開審問は、そのまま港の上で始まった。
 俺は封音輪を並べ、四者封の鍵会を昼の四拍で示す。
̶ 商会・王家・ギルド・自治 四つの輪がちん・……・ちん・…
…と鳴り、間を揃える。
 代理歌は、一者欠けた場合の重ね歌。
♪ ひと欠けても ふたで回す
 みで支えて よで締める
 カルドは黙って聞いていたが、最後に封笛禁止だけは譲らなかった。
「笛は遠くまで届く。偽も遠くまで届く」
「輪は近くで聴く。公開で近くを増やす」
 エリクが眠そうに、でもはっきり言う。
「封章・仮採択。非接触封音・四者封・代理歌・封景板・堀内再押印停止。再押印が必要な場合は、封景と樽秤と水章の三点で無料検見」
 札ががん。港が一度、静かになり、次の瞬間にどっと沸いた。
 ……そこで、風が変わった。
 雲が急に降り、海の色が暗く、突風。
 桟橋の封景板が一枚、もぎれ、白布が海へ飛んだ。
 港は風が最初に喋る。今日は、風が大声で喋り始めた。
「封音輪、保護! 板は糊を塗って黒に! 白で上書き!」
 俺は叫び、若者たちが輪を布で包み、板に火消しの糊を薄く塗る。
 吟遊詩人は四拍の重い歌を短く、間を長く、風の隙にだけ声を差し込む。
♪ ドン・ン・ドン・ン
 鳴る輪 息を合わせ
 ドン・ン・ドン・ン
 風の間(ま)に 音を置け
 ジルベルトが桟橋の継ぎ目に布を挟み、鳴り止む隙を作る。音が定まる。
 封章は風にも負けない。鳴る時だけ鳴らす。
 夕刻。
 風は落ち、海は再び青く、鈴は遠く、港の鐘は近く。
 王弟が結語を述べた。
「本日の結語。
一、封章の仮採択を宣す。四者封・非接触封音・封景板・代理歌の運用を即日開始。
二、堀内再押印は停止。必要時は無料検見で代替。
三、封音輪の焼成を公設窯と自治窯で分担。設計歌は公開。
四、樽秤は港に常設。運搬手順を肩優先に改める」
 拍手。索具が軽く鳴り、海がふうと息を吐いた。
 カルドは、扇を閉じたままこちらを見た。
「封を鳴らす。君はいつも、過剰で勝つ。
̶ 港の次は、 艀(はしけ)だ。陸から海へ渡す小舟。誰のものだ?」
 艀。税と所有の灰色。
「歩く水路で港まで来た。なら、歩く艀を」
 俺は即答した。
「浮き樽橋を艀に変える。節釘と落下蓋と封音輪。橋章と封章の連結だ。
̶ 名付けて、 艀章」(はしけしょう)
 カルドの目が、初めて楽しげに細くなった。
「やってみたまえ」
 扇は、海の色にまぎれて消えた。
 夜。
 港の片隅に、薄い粥を一鍋。
 寒い風の喉に、雪を落とす。
 港の人足も、船乗りも、鑑定官も、書記も、ひと口ずつ。
 ジルベルトは器を傾け、短く言った。
「封は鳴った。次は渡すだ」
 リーナが笑って力こぶを作る。
「艀章、やろう。三拍で歩いて、四拍で鳴らす!」 監察筆が眠そうに札を打つ。
「掲示:
 “封は鳴らせ。開けずに読め。
  輪は四拍、二拍は黙れ。
  樽は肩で。堀は歌で。
  港は秤で。風は間で。”」
 港の灯が遠く連なり、波に千の小さな道が描かれる。
 封は割らずに読める。封は鳴らせば伝わる。
 重さで塞がれた道は、秤でほどける。
 紙で塞がれた口は、歌で開く。
 風に千々に乱れる港でも、間を掴めば音は座る。
「段取り、締め」
 俺は指を上げる。
「一、艀章の試作。浮き樽橋に封音輪を載せる封台を追加。歩く艀を港に一本。
二、封景板を桟橋ごとに常設。封音/遅れ/水章/樽秤の四欄。
三、封音輪の設計歌を三種(海塩用・香草用・麦酒用)に分ける。
̶ 四、代理歌の昼運用 四者の一角が商会に抑えられても三角で回る歌」
 リーナが指を折って数え、顔を上げた。
「多いけど、いつもどおり」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトが苦笑し、しかし薪を足した。氷が火を、火が氷を、少しずつ真似る。
 月が昇り、海風は柔らかく、港は眠りの入口に差しかかる。
 俺は柄杓を立て、ゆっくり息を吐いた。「鍋は叫ばない。だから、封を鳴らす。」
 湯気はまっすぐ、海の上に漂い、星の底へ吸い込まれていった。
 次の舞台は、艀章・歩く艀。
 声は温度になり、封は音になる。
 その二つを食べられる形にするまで、まだ歩ける。

第25話「艀章(はしけしょう)――歩く艀、四拍の渡し」
 港の朝は、鍋の蓋みたいに鳴りやすい。
 波の下から小さくドンが来て、桟橋の継ぎ目がンで答える。ドン・ン。
 その**間(ま)**に声を置ければ、港はだいたい味方だ。
̶ 段取り、最終確認」「
 俺は荷車の覆いを外し、歩く艀(はしけ)の心臓を並べた。
 浮き樽橋の改造版。
 踏み板ごとに節釘を打ち、手すりに四拍の目印。
̶ 樽枠の二箇所に封台(ふうだい) 封音輪を固定できる薄器の座をつけ、運搬中でも非接触で封を鳴らせる。
 樽の口には落下蓋。176
 先頭と最後尾には代理歌札をぶら下げ、四者の一角が不在でも三角で回る歌をすぐ掲げられる。
「今日やることは三つ」
 指を立てる。
「一、艀章の公開通行試験。歩く・鳴らす・量るの三点。
̶ 二、封景板の常設 桟橋ごとに封の音/遅れ/樽秤/水章を同じ枠に。
 三、相互扶(きょうじょ)助鍋の立ち上げ。保険規格が来る前に“火の基金”を公開で作る」
「拍は四拍、二拍は黙る」
 ジルベルトが確認し、手すりの節印を撫でる。
「鳴らすのはこことここ。鳴らさない二拍で、風を受け流す」 リーナがうなずき、喉役の薄茶を両手で抱えた。
「喉の雪、今日はちょっと厚めだよ。海風、骨にくるから」
 検見所前に白布。板題を書く。
【港・艀章試運用】
歩く艀:四拍/節釘/落下蓋/封台
封音:非接触/清音・濁音・遅れ
樽秤:肩・二人担ぎ・台車
水章:外海・内湾・堀
 王弟の隊が背を預け、監察筆(インスペクター)が舟名簿を小脇に眠そうな目で立つ。
 石段の上にはリヴァンス侯と侍医長、オルダン総料理長。
̶ そして白い扇 カルド。
 冬の顔。港の色に似合わないのに、馴染んで見えるのは速度が同じだからだ。
一幕:歩く艀、鳴る封
「通行一番。“公設施食舟”への直送」
 王弟の声が落ち、鈴が三つ跳ねる。
 若者が肩で樽を取り、節釘のいち・に・さん・よで踏み出す。
 手すりの四拍印が指に触れ、二拍は黙る。
 封台に載せた封音輪は浮かせたまま、ドン・ン・ドン・ンでちん・
……・ちん・……。
 清音。遅れ小。
 樽秤の記録は肩優先が正解と示し、水章は内湾青、堀は黄。灰の流入は弱くなった。
 桟橋の脇で、子どもが節を口にした。
♪ いち・に・さん・よ 釘で歩け
 ちん・……・ちん・…… 輪で読め
 艀は舟じゃない。橋の短い一本。
 歩くから橋。鳴らすから封。量るから秩序。
̶ うん、座った。 
 白い扇が、音もなく角度を変えた。
「雇用規格、告示案」
 カルドの声は低く、よく通る。
「港の水上作業は、公認の舟子のみ。歩く艀は水上運搬とみなす。
許可と保険が要る。許可料は銀貨三枚。保険は商会印のみ有効」
 人垣がざわめく。保険。来た。
 “安全”を金で囲い、入口を絞るやつだ。
̶ 相互扶助鍋を立てる」「
 俺は即答した。
「事故の記録を公開で集め、秤で原因を分解。節釘/落下蓋/喉役
の三点を満たす艀に“共助印”。掛け金は椀一杯。支払いは鍋から。
歌も付ける」
 吟遊詩人が目を輝かせ、短い節で落とす。
♪ 倒れたら 鍋で起こせ
 傷には粥 札には歌
 共助印 椀で支える
 監察筆が眠そうに札をがん。
「相互扶助鍋:仮運用。事故録(秤・封音・水章)公開を条件に給付」
 王弟がうなずき、侍医長が手袋の端を引いて言う。
「喉役を正規職に。眠りの入口は治療の基礎だ」
 カルドは扇を閉じ、代わりに紙を二枚掲げた。
《港組合専管の告》
艀は組合の管理下。非組合の橋は撤去。
《損害賠償規約》
封音輪による封の破損は使用者負担。
 攻め手が二枚抜きだ。
 所有と賠償。港のグレーの心臓を突く。
̶ 非接触だ」「
 俺は封台の浮き座を高く掲げた。
「触れずに鳴らす。輪は清音、遅れ小。破損は起きない」
 ジルベルトが手すりの**“鳴り止む隙”を指して補う。
「ここで黙る二拍を入れろ。風が嘘を混ぜるのを防げる」
 エリク(書記官長)が眠そうな声で、しかしはっきり告げる。
「艀章・仮採択。橋章・封章の連結。組合独占はしない。相互扶助の記録を公開掲示**」
 人の息が戻る。拍が港に座り直す。
二幕:艀を折る影、音で拾う
 艀が三往復したころ、嫌な音がした。
 きぃという細い軋み。節釘の一本が抜かれかけている。
 踏み板の影を覗くと、油がほんの一滴落とされ、釘が緩んでいた。 影の中、袖口に黒。書写の匂い。
「鳴らせ」
 俺は封音輪を手すりの中骨に軽く当て、四拍で叩く。
 ちん・……・ちん・……だった音に、一箇所だけ濁りが混ざった。
 濁りの位置=緩みの位置。
 若者がすばやく釘を打ち直し、落下蓋を確認。
 吟遊詩人が節。
♪ 鳴りの濁りは 釘の嘘
 油の滴は 音で拾え
 衛兵が影をさらう。
 捕まった三人は、鑑定所袖・書写袖・港組合の袖と見事にバラバラ。
 カルドは扇を動かさない。
̶ いいさ。動かない時ほど、次が速い。 三幕:保険(重さ)の網、鍋(段取り)で切る
 正午の鐘が鳴った頃、カルドの紙がもう一枚増えた。
《海上損害保険規格》
適用は商会印の舟と組合艀のみ。歩く艀は対象外。
事故時は封の損失基準で支払う。人の疲労は算定外。
 人の息が冷える音がした。
 “疲労は算定外”。つまり背中の重さは無視、という宣言。
̶ 秤で戻す」「
 俺は樽秤の横に、背秤(せばかり)を据えた。
 肩当てに鈴を仕込み、一歩ごとの揺れでちりと鳴る。
 鳴数と溢れを数字で結び、“背の疲労”を秤の言葉に落とす。
「共助印の給付は、封の損失+背の鳴数。人を入れて秩序にする」
 監察筆ががん。
「背秤・鳴数採用。共助鍋、背の給付を含む」
 王弟が短く加える。
「公設鍋からも拠出する」
 カルドの扇が初めてわずかに開いた。
「“人”は偉大だ。だが一様ではない。背の鳴数はさじ加減だ」
「歌で均す」
 吟遊詩人が歩歌のテンポを定数化する。
♪ 肩の鈴 今日は八十
 明日は八十 港は同じ
 拍を固定し、歩幅を揃えれば、鳴数は比較できる。
 人の主観を、歌で測る。これが俺たちのやり方だ。
四幕:潮(しお)の段取り
 午後、空の底が急に暗くなった。
 さっきと同じ風じゃない。潮の風だ。
 桟橋の下で逆向きの水が唸り、歩く艀の腹が一度だけ沈む。
 港は機嫌がいいときも悪いときも間で喋る。今日は悪戯だ。
「潮章を(ちょうしょう)仮立てする」
 俺は透明瓶を八の字で結び、外海↓内湾↓堀↓艀下の順で同時に満たす。水の芯がどう動くか、見えるように。
 桟橋の脚に潮目札。
 風の窓みたいに穴を刻み、水が上がると濃くなる灰塗り。
 吟遊詩人が二拍の潮鐘を打つ。
♪ ドン・ドン 潮は下
 ドン・ドン 潮は上
 潮の二拍に、艀の四拍を重ねる。
̶ 二×二の畳み。黙る拍が噛み合えば、艀は酔わない。 
 ジルベルトが両手で息を整え、短く言う。
「鳴らせ。潮の二拍に、わざと外す黙拍を一つ」
 手すりの節印がひとつだけ黒。そこは黙る。
 艀は歌に座り直し、潮の舌をまたぐ。
 石段の上で、オルダンがぽつり。
「台所も同じだ。鍋が騒ぐ拍に、黙拍を置くと、甘い火が戻る」
五幕:艀章・公開審問
 夕刻。
 板は潮風で黒に塗られ、白で上書きされ、掲示の列は森になった。
 王弟が結語を述べる。
「本日の結語。
一、艀章の仮採択。橋章/封章/潮章を連結し、歩く艀を港の公路とみなす。
二、相互扶助鍋を設け、背秤の鳴数を給付に含める。
三、封景板を桟橋ごとに常設し、非接触封音を標準化。
四、雇用規格は独占にならぬよう四者の座を設ける」 拍手。索具がさらりと鳴る。 その拍手を、白い扇が横切った。
 カルドが珍しく、正面に立つ。
「過剰は、君の美徳だ。今日も勝った。
̶ だから明日は、少なさで来る。“器の数”、“席の数”。人 は溢れる」
 席。
 食べる場所、待つ場所、寝る場所。
 数を絞れば、秩序は簡単に作れる。声は簡単に詰まる。
「席章(せきしょう)、だな」
 俺は喉の奥に雪を落とし、短く頷いた。
「椀の半分で席を倍にする。立ち粥と回転の歌。眠りの入口は短い
̶椅子で開く。 場所は、歌で広げられる」
 リーナが笑い、器を掲げる。
「薄椀、増やそう。甘い火でね」
 老女の陶工が胸を張る。
「甘い灰、寝かせてあるよ」
 ジルベルトは苦笑して、薪を足した。
「君の単純、やっぱり複雑。……でも席は台所の戦だ。やる」
 監察筆が眠そうに札を打ち込む。
「掲示:
 “艀は歩け。封は鳴らせ。
  潮は二拍、艀は四拍。
  二拍黙れ。
  背は鳴らせ。椀は薄く。”」
 港の灯が連なり、波の筋は道になった。 歩く艀は、海の上に橋を描く。封音は、封の上に声を描く。
 秤は、重さの上に言葉を描く。
 その全部を食べられる形にするために、鍋は黙拍を覚える。
夜の仕込み
 《旅する大釜隊》は港の端で薄い粥を一鍋。
 喉の雪をひとかけ落としながら、明日の仕込みを声にする。
「段取り、締め」 指を上げる。
̶「一、席章のひな形 立ち粥の動線・薄椀の回転・眠り椅子。待ちの秤を作る。
̶ 二、艀章の補強 黙拍印を手すりに追加、濁り拾いの輪を一本予備。
̶ 三、共助鍋の帳面 背秤の鳴数を歌で記録し、偽りを節で弾く。
 四、潮章の板を三枚、堀口に。潮の二拍を子どもに渡す」
 リーナが指を数え、笑う。
「また多い。でも、いつも通り」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトが器を傾け、目を閉じて言う。
「眠りの入口、港でも開いた。席でも、開ける」
 王弟の遠い影が手を上げ、石段の向こうに消えていく。明日の許しは、もう降りている。
 港風が、今度は優しく喋った。
 ドン・ン・ドン・ン。
 その間に、俺たちは歌を置く。「鍋は叫ばない。だから、席を増やす。」
 湯気は細く、しかし迷わず、港の夜空へ昇っていった。
̶ 次の舞台は、席章 薄椀と立ち粥。
 声は温度になり、席は拍になる。
 過剰を怖れず、黙拍を信じて、まだ歩ける。

第26話「席章――薄椀と立ち粥、拍で広げる場所」
 港から戻ると、王都の四広場はもう人の熱でふくらんでいた。
 施食の列、倉庫帰りの荷車、井戸札をぶら下げた子ども、そして眠り目の大人たち。
 風は軽いが、席は重い。座る場所、食べる場所、待つ場所。少なさで秩序を作ろうとすれば、いちばん簡単に人の喉が詰まる。
̶ 段取り、いくよ」「
 俺は荷車の覆いを外し、今朝焼き上げた薄椀をずらりと並べた。 甘い火で焼いた、軽くてよく鳴るやつだ。縁に返し(かえし)の微細な段を刻んで、歩きながらでも波が立ちにくい。
 立ち粥台は拍で区切った踏み印がついた細長い卓。流れを塞がないように三拍進む・一拍止まるの黙拍を混ぜる。186
 回転秤。客の滞留を鈴の鳴数で読む。椀を受け取ってから最初の “ちり”までの秒を拾い、喉の雪が落ちるまでの呼吸を重さに落として計る。
 眠り椅子。膝より少し高い短い腰掛けで、一息ぶんの仮眠のための角度に調整した。横になれない。起きやすく、座りすぎない椅子だ。
 そして待ちの秤。行列の折れを、節釘のリズムで波に変える板。
三拍進む、一拍止まる。黙拍で押し合いを潰す。
「今日やることは三つ」
 指を立てる。
「一、席章の公開通行。立ち粥・薄椀・眠り椅子・回転秤の四点。
二、回転歌を場に落とす。三進一止で列を拍にする。
三、相互扶助鍋と連動する**“席の共助”。椀一杯で誰かの眠り椅子一息**を支える」
 吟遊詩人が弦を鳴らし、回転歌の拍を落とした。
♪ いち・に・さんで 受けて進め
 ひと拍黙って 雪を落とせ
 椀は薄く 返しで守れ
 席は拍で 広げよう
 人垣が、わずかに呼吸を揃えた。見える言葉は、押し合いを拍に変える。
 俺は柄杓を立て、薄椀に粥を注いだ。湯気は軽く、喉の雪は早く落ちる粥。立ちで飲むときは、喉を先に通すのが肝心だ。
 そこへ、いつもの白い扇。
 カルドは冬の顔で、今日は数の紙を持って現れた。
《席規格・告示案》
・公共の場での飲食は着席のみ可。
・椀口径は一律に重口(厚縁)とする。火傷防止のため。
・席は広場当たり定数。滞留は最低三十分。
・行列形成は管理者責任。違反は罰金。
 少なさを規格にする紙だ。
 立ちを禁じて、重口で飲み速度を落として、席数を固定して、滞留を増やす。
 人は溢れ、怒りは溜まる。……それが狙いか。
「席は“座る”だけじゃない」 俺は即答した。 ̶「立つ、寄る、一息眠る。 三つで席になる。だから席章を定義する。
一、立ち粥:喉優先。薄椀・返し縁・三進一止。
二、寄り席:壁寄りの拍。踏み印で一呼吸立ち止まる。
三、眠り椅子:一息・角度規定・起きやすさ。
̶ この三つを満たす場を席と認め、着席のみにあらずと公開で 
定める」
 エリク(書記官長)が眠そうな目でこちらを見て、短く言う。
「席章・試運用。滞留は**“喉の雪が落ちるまで”を基準とする。
三分を目安。三十分は不採用**」
 監察筆(インスペクター)が札をがんと打ち込む。
「席章:立ち粥・寄り席・眠り椅子。回転秤・回転歌を併用」
 カルドは扇を閉じ、代わりに重口の椀を掲げた。
「重い縁は安全だ。薄椀は割れ、零れ、火傷を招く」
 老女の陶工が一歩出た。
「薄いから鳴る。鳴るから守れる。返しを見な」
 彼女は薄椀を指先でちんと鳴らし、返し縁の段を示した。
 俺は落下蓋の薄革を椀にも応用した**“返し蓋”を取り出す。
「歩くときは返し蓋**。一拍黙るで湯が落ち着く。
 重口は遅さを秩序にする。薄椀は段取りで守る」
 試験する。
 重口椀と薄椀+返し蓋で同量の粥を三拍で運び、一拍で止め、踏み印で曲がる。
 零れ量は、薄椀が少ない。理由は簡単。黙拍で湯が落ち着くからだ。
 回転秤は、薄椀の方が喉の雪が早く落ち、滞留が短いと示す。 歌が落ちる。
♪ 薄い縁 返しで守れ
 黙拍ひとつ 湯が座る
 重い縁 遅さで守る
 段取りなら 薄でも守る
 人垣の空気が温を取り戻す。
 だが、影は来る。いつも同じだ。
一幕:押し合いの影、黙拍で解く
 列の真ん中で、突然のどん。
 誰かがわざと肩をぶつけ、薄椀の一つが床に落ちた。
 割れない。返し蓋が抱えて、湯は最小。
 影は二回目を狙った。
 俺は回転歌の節を低く張る。
♪ いち・に・さんで 受けて進め
 ひと拍黙って 手を開け
 いち・に・さんで 足を置け
 ひと拍黙って 肩を戻せ
 黙拍に合わせて肩がほどけ、押し合いが拍になる。
 衛兵が影を押さえる。袖口に黒。書写の匂い。
 監察筆が札をがん。
「押し合い扇動:一名拘引。回転歌で回復、記録済み」
 カルドは扇を横に払っただけで、何も言わない。動かない時は、次が速い。
二幕:席税の紙、椀で払う
 正午前、カルドの紙がもう一枚。
《席税・告示案》
広場の飲食席には一席あたり銅貨一枚の税。立ち席・寄り席も席とみなす。徴税は組合が代行。
 席を数に変え、銅貨を通す紙だ。
 声は、こういう紙で簡単に詰まる。
「椀で払う」
 俺は相互扶助鍋の板を立てた。
【席の共助】
椀一杯=眠り椅子一息
椀を誰かに譲ったとき、銅貨一枚を鍋が肩代わり。
回転秤の記録=給付の証。
 税は取られる。なら、支払いの入口を椀と歌に移す。
 “席税”を“席の共助”に読み替える。
 監察筆が札をがん。
「席税:鍋肩代わりを認める。回転秤の記録を公的証憑とする」
 王弟は短く加える。
「公設鍋からも拠出。眠り椅子は医療の入口だ」 カルドは初めて、唇だけで笑った。「支払いを歌で包む。面白い。では、時間で来よう」
 彼は新しい紙を掲げる。
《静謐令(せいひつれい)》
食の場での歌唱は夕刻以降禁止。眠り椅子周辺では拍を立ててはならない。違反は没収。
 歌を止めれば、拍が消える。拍が消えれば、押し合いが戻る。
 狙いはそこだ。
「声は下げる。歌は残す」
 俺は拍の代替を出した。
 “息札(いきふだ)”。
 指二本で挟む薄札で、三進一止の穴が開いている。声を出さずに、呼吸だけで拍を合わせられる。
 薄椀の縁にも微細な刻み。親指でなぞると三進一止になる。
̶ 静謐でも、拍は立つ」「
 リーナが囁き歌で補う。音ではなく口形で伝える短い節。
 子どもがまねをし、行列が静かに動き出す。
 エリクが眠そうな声で結論を落とした。
「静謐令は採択せず。眠り椅子周辺の囁き歌は可。息札と縁刻みの無声拍を標準に」
 札ががん。夕刻の前に、夜の入口を拍で守れた。
三幕:眠りの入口、椅子の角度
 午後、倒れが出た。
 痩せた男が、立ち粥の列で膝を折って額を打った。
 偽装か、本物か。場の空気が固くなる。
̶「鍋は人を裁たない。 眠り椅子」
 俺は男を椅子へ誘導し、角度札を二刻み倒した。
 一息ぶんの角度。喉が自然に開く角度。
 リーナが薄茶をひと口、喉に落とす。
 回転秤は、彼の息が整うまでの秒を刻む。
 三十と八。
 三十分じゃない。三十八呼吸で整った。
̶ 席章の滞留は呼吸で測る その根拠が、今、目の前で数字になった。
 侍医長がそっと頷き、眠り目の男の額を指で撫でる。
「角度四。喉が落ち着く。薄椀の喉と同じだ」
 歌が短く落ちる。
♪ 椅子は角で 喉を守る
 薄で鳴らせば 息が座る
 男は立ち、椀を受け取り、微笑した。偽装なんて、ここでは育たない。公開は、演目から嘘を追い出す。
四幕:椀を燃やす影、黒の上に白
 日が傾き始めたころ、焼けが出た。
 薄椀の箱に火。
 ぼっと黒が立ち、白い灰が舞う。
 だが、火消しの糊はもう塗ってある。
 黒に落ちて、白で上書き。
 吟遊詩人が低い節で、火を演目に吸い込む。
♪ 黒の上に 白で書け
 今日の席 明日の拍
 衛兵が影を押さえる。袖に組合の印。
 監察筆が札をがん。
「薄椀焼却未遂:一件。返し縁は無事。公開百返し継続」 カルドは遠くで扇を一度だけ回し、消えた。
̶ 動かない。 次が必ず来る。
五幕:公開審問・席章
 夕刻。
 回転秤の板には鳴数と滞留秒が並び、眠り椅子の角度札には喉が整った呼吸が刻まれた。
 薄椀はちんと鳴り、返し蓋は湯を抱え、息札は穴で拍を伝える。
 王弟が結語を述べる。
「本日の結語。
一、席章の仮採択。立ち粥・寄り席・眠り椅子を席とみなす。
二、回転歌と息札を標準とし、三進一止の黙拍で列を守る。
三、薄椀は返し縁・返し蓋・落下黙拍の三点で安全規格に合致。
四、席税は鍋肩代わりを認め、回転秤の記録を公的証憑とする」
 拍手。押し合いは拍に、滞留は呼吸に、税は椀に変わった。
 その拍手の中で、白い扇が戻ってきた。
 カルドは、今日は珍しく正面から笑った。
「数で締めたら、拍で広げられた。
̶ では、 値(ね)で来よう。値札規格だ。
 椀一杯の値、眠り椅子一息の値、歌一節の値。上限と下限。 自由は、値の枠で形を与えられる」
 値。
 椀の値、喉の値、拍の値。
 それを紙で囲えば、過剰は罰になる。
 俺は、喉の奥に雪をひとかけ落として、熱を落とした。
「値章(ねしょう)を作る。
一、上限は鍋の“一釜で何人眠れるか”の実測で。
二、下限は相互扶助鍋の共助率で。“椀一杯=眠り一息”の交換歌を基準に。
三、歌の値は距離で。“届いた距離”を歌柱に刻む。遠くへ届くほど薄く、多くへ届くほど軽く」
 吟遊詩人が弦を弾き、値の歌を走らせる。
♪ 一釜で 眠りは幾人
 椀は何歩 歌は何町
 届いた距離で 値は座る
 エリクは眠そうな目で、しかしはっきり頷いた。
「値章、明朝から審議。上限は鍋、下限は鍋。歌は距離。値札は黒に白で上書きできるものとする」
 監察筆が札をがん。
「掲示:
 “席は拍で、椀は薄く。
  税は鍋で、眠りは角で。
  歌は息で、夜は黙拍で。
  値は距離で、紙は黒に白。”」
 広場の呼吸が、夜に向けて長くなる。 薄椀はちんと鳴り、眠り椅子は角で人を返す。
 相互扶助鍋の帳面には、背秤の鳴数と眠り一息が並び始めた。
 小さな火で、俺たちは薄い粥をもう一鍋。
 喉の雪を一口ずつ落としていく。
 リーナが笑う。
「席、広がったね」
「場所は、歌で広がる。
̶ でも、値は 紙が速い」
 ジルベルトが器を傾け、目を細めた。
「値は厨房でも戦場だ。高すぎても安すぎても、火が死ぬ。甘い火の値を秤で言葉にするんだ」
 老女の陶工が薄椀をちんと鳴らし、胸を張る。
「薄は軽い。軽さの値を決めるときが来たね」
 王弟は短く手を上げ、明日の許しを残して去った。
 夜風が、優しい拍で広場を撫でた。
 いち・に・さん・(黙)。
 鍋は叫ばない。だから俺たちは、席を増やし、値を拍に落とす。
 声は温度になり、席は拍になる。
 値さえ、距離で読める。秤と歌があれば。
「段取り、締め」 指を上げる。
̶「一、値章のひな形 一釜・一息・一町の換算を黒に白で板に。 二、回転秤の記録と共助鍋の帳面を結び、“椀=眠り”の交換歌を三節に分ける。
三、薄椀の返し縁を二型増やす。子ども用と老いた手用。
四、息札を井戸街にも配る。拍は静謐でも残る」
 リーナが「多い」と笑い、すぐに「いつも通り」と肩をすくめた。「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトが薪を一つ足し、器を鳴らす。
「眠りの入口、今夜も開いた」
 湯気は細く、まっすぐ、星の底へ。
 次の舞台は、値章――距離で読む値。
 紙は速い。
 だが、歌は遠くへ行く。
 そして、鍋はいつでも食べられる形に直してから、世界に出す。

第27話「値章(ねしょう)――距離で座る値、黒に白の札」
 翌朝の広場は、紙より先に声が立っていた。
 夜のうちに打った黒板が四辺を囲み、上から白で「値章・試運用」と書き足してある。
̶ 板の脇には三種の柱 鍋柱(なべばしら)/息柱(いきばしら)/歌柱(うたばしら)。
 鍋柱は一釜の眠り人数を、息柱は一息の長さを、歌柱は届いた距離を、それぞれ黙拍で読む。
̶ 段取り、いくよ」「
 俺は荷車の覆いを外し、薄椀と返し蓋、回転秤の帳面、値札(ねふだ)の束を出した。値札は黒に白で上書きできる薄札だ。
「値は三つで座らせる。
一、一釜(いちがま):鍋一杯で何人が“眠りの入口”へ入れたか。197
二、一息(ひといき):眠り椅子一息の角度と秒。
三、一町(いっちょう):歌がどれだけ遠くへ届いたか。
̶ この三つを秤と歌で記録して、値札に落とす」 
 吟遊詩人が拍を探り、低い二拍で場の息を整える。
 ジルベルトは鍋の蓋に手を置き、短く言った。
「値を決める歌は短く、間が長い方がいい。急ぐ歌は嘘を呼ぶ」
一幕:柱を立て、値を読む
 まず鍋柱。
 柱の胸に小さな共鳴皿が埋め込まれ、喉の雪が落ちたときの呼気でちりと鳴る。
 薄粥を配り、眠りの入口へ入った人数を三刻ごとに刻む。
 次に息柱。
 眠り椅子の脇に立ち、角度札を四に合わせ、一息の長さを鈴で読む。
 最後に歌柱。
 広場・大通り・門前・井戸街・港へと五本。
 柱の頭には黙拍窓。歌の三進一止が合えば白が透け、ズレれば黒のまま。反響では白が出ない。
 歌読み職が値の歌の基礎節を置く。
♪ 一釜で 眠りは幾人
 一息いくつ 角は四
 一町いくつ 柱で読む
 黒に白で 値を置け
 記録が回るあいだ、回転秤は滞留の鳴数を刻み、鍋柱は一釜の眠り人数を増やしていく。
 昼前には、最初の値札が三枚、白で上書きされて板に貼られた。《薄椀一杯》:上限=一釜/必要薪穀×係、下限=椀一杯=眠り一息の交換歌
《眠り椅子一息》:上限=一町以内(近場)で無償、下限=共助鍋より肩代わり
《囁き歌一節》:上限=歌柱三本に届くまで無償、以降は鍋への寄進で相殺
 人垣にざわめき。
 紙の値ではなく、柱の値。遠くへ届くほど薄く、多くに届くほど軽い。
 “高すぎる/安すぎる”は、黒に白で更新する。声は固まらない。二幕:値札規格、紙の罠
 そこへ、白い扇。
 カルドは冬の角度で板の前に立ち、値札規格の紙を掲げた。
《値札規格・告示案》
・上限・下限は鑑定所の査定に限る。
・歌柱は反響誤認の恐れあり、参考にとどめる。・値札の改定は月一回。黒に白の上書きは無効。
・“椀=眠り”の交換は施食のみに限定。
 速度を抑え、間を潰し、距離を参考に格下げしてくる。
 人の息が重くなり、冬が一歩近づいた。
「紙で速さを奪えば、間が死ぬ」
 俺は即答した。
「値章は公開で動く。一日に幾度でも黒に白で上書きする。鑑定所の査定は並存。
 反響は黙拍窓で弾く。歌柱は“輪唱”で確認する。先の柱が一拍遅れて返す印を、次の柱に刻む」
 吟遊詩人が輪唱を走らせた。
♪ 広場いち・に・さん・(黙)
 大通りいち・に・さん・(黙)
 門前いち・に・さん・(黙)
 順送りの黙拍が、反響の一斉返りを潰す。
 歌柱の黙拍窓が白に変わり、距離が正直に座った。 エリク(書記官長)が眠そうに、しかしはっきり言う。
「値章・仮採択。黒に白の即時改定を許す。歌柱輪唱・黙拍窓を標準に。鑑定所は併記」
 監察筆が札をがん。
「値札は“黒に白”。上限=鍋、下限=鍋。距離=歌柱。公開掲示」
 カルドは扇を閉じ、別の紙を出した。
《不足(サージ)料規約》
混雑時には不足料を加算。値札に赤札を貼付。歌柱は混雑の証拠にならない。
 ……来た、時間差の罠。
 不足を口実に赤を足す。値は上へ、人は下へ。
「赤は歌で黒にする」
 俺は回転秤と呼吸板を結び、混雑を**“拍の崩れ”で定義した。
「三進一止が崩れた回数=不足**。息札で崩れを減らせたら、赤は消える。
̶ 不足は人のせいではなく、段取りのせい」 
 歌読み職が節を落とす。
♪ 赤を黒へ 黙拍ひとつ
 崩れ数 歌で減らせ
 王弟が頷き、侍医長が短く足す。
「不足料は治療の外で徴すな。眠り椅子周辺は免除」三幕:歌柱の影、反響箱
 昼、門前の歌柱が変な白さを見せた。
 届き過ぎている。風も味方しない角度で、白が揺れ続ける。
 柱の根を覗くと、木箱。
 中に反響板と油紙。一拍遅れの偽白を出す細工だ。
「黙拍で切る」
俺は箱を外へ引きずり出し、黙拍窓の穴を一つ増やした。
̶ 三進一止に加えて、“逆黙” 黙・いち・に・さん。
 輪唱は逆にも回る。
 反響箱は逆黙に追いつけず、窓は黒に戻った。
 衛兵が箱を押さえ、袖の印を剥ぐ。鑑定所。
 監察筆の札。
「反響箱押収。黙拍窓を二系統化。輪唱・逆輪唱の交互運用」
 カルドの扇は、なおも動かない。
 動かない時、次が深い。
四幕:値の審問、黒に白
 夕刻前、公開審問に入った。
 鍋柱は一釜で百十二人の眠りを記し、息柱は三十八呼吸と二十四呼吸の分布を並べ、歌柱は広場↓港へ四柱届いたことを示す。
 俺は値札の上限・下限を黒に白で示した。
《薄椀一杯》
上限=(薪+穀+塩+器章の薄器補修)÷一釜の眠り人数 ×拍整率下限=椀一杯=眠り一息(共助鍋が不足分を肩代わり)《眠り椅子一息》
上限=近距離(歌柱二本)まで無償/遠距離は共助鍋から
《囁き歌一節》
上限=歌柱三本まで無償/四本以上は距離値に応じ鍋へ寄進 ジルベルトが補う。
「甘い火の値は時間でも測る。“鍋が静まるまで”を一と置く。急かせば値は上がる」
 吟遊詩人が節。
♪ 鍋が静まる それが値
 急がぬ火なら 薄で足りる
 エリクが結語を落とした。
「値章・仮採択。
̶ 黒に白の即時改定、輪唱・逆輪唱、不足=拍崩れの定義、共 助鍋連結。
 赤札は黙拍で黒に戻せ。月一は不採用」
 拍手。値が距離に座り、距離が歌に座った。
 その拍手を、白い扇が横切った。
 カルドは静かに笑い、ゆっくり扇を閉じた。
̶「値を距離に乗せ、歌で運んだ。 見事だ。
 では次は、灯(あかり)だ。夜は歌が強い。灯の規格で夜を切る。
̶ 灯台・燭台・竈(かまど) 炎の数と影の長さ。影税も付けよう」
 灯。
 火の数で声を狭めるつもりだ。影を税に? 夜を紙で切り取る気か。
「灯章(とうしょう)、やろう」
 俺は喉の奥に雪を落とし、呼吸を整えた。
̶「灯は数じゃない。間で座る。黙拍の暗を許す灯り 跳ね芯と影札。
 歌は光でも走る。灯を語る歌を、薄椀の返し縁に刻む」
 ジルベルトがにやりと笑う。
「明るすぎる厨房は味が死ぬ。灯の黙拍、わかってるよ」
夜の仕込み:値から灯へ
 日が落ち、板は黒に、上書きは白に、風は低い二拍で街を撫でる。
 《旅する大釜隊》は薄い粥を一鍋。
 鍋柱がちりと鳴り、息柱がすうと伸び、歌柱が白を小さく灯す。
「段取り、締め」
 俺は指を上げた。
̶「一、灯章のひな形。跳ね芯(はねしん) 二拍燃えて一拍静まる芯を作る。
̶影札 影の長さで灯の過剰を読む札。
二、値章の帳面化。黒に白を時刻で束ね、月一ではなく一刻一に。
三、輪唱・逆輪唱を港・倉庫街にも展開。反響箱の先回り。
四、共助鍋の“椀=眠り=一息”歌を二節増やし、子どもと老いた手の返し縁を別ける」
 リーナが笑って、薄椀をちんと鳴らす。
「多いけど、いつも通り」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトは薪を一つ足し、目を細める。
「灯は甘い火の親戚だ。眠りの入口、今夜も開ける」
 遠くで、王都の灯台が最初の灯を点した。
 影が伸び、黙拍が街に落ちる。
 紙は速い。
 でも、距離は歌のものだ。
 夜は灯のものだ。
̶ そして鍋はそのどちらも、食べられる形にする。 
「鍋は叫ばない。だから、値を黒に白で、灯を黙拍で。」 湯気は細く、まっすぐ、灯の下へ昇った。
̶ 次の舞台は、灯章 暗をゆるす灯、影を読む札。 声は温度になり、値は距離に座り、灯は間になる。
 まだ歩ける。まだ、歌える。

第28話「灯章――暗をゆるす灯、影を読む札」
 日が傾く前の王都は、まだ紙の速度で走っている。
 でも、夜は灯の速度だ。間(ま)が増え、拍が見える。歌がよく通る。
 だから今夜は、灯で拍を守る。
̶ 段取り、いくよ」「
 俺は荷車の覆いを外した。
 跳ね芯、影札(はねしんかげふだ)、灯秤(ひばかり)、影錘(かげすい)、うつろ灯、黒幕、影窓、そして火消しの糊。
 跳ね芯は二本撚りの芯に欠け橋の小さな切り込みを入れ、二拍燃えて一拍休む。
 影札は灰塗りの薄札で、影が通った長さだけ黒が深くなる。風では薄い。光では濃い。205
 灯秤は蝋滴(ろうてき)の落ちる間と油の減りで**“灯の重さ”を読む道具。
 影錘は糸の先に小さな陶の錘**。影が揺れで拍を返す。
 うつろ灯は遮光の羽を持つ携行灯で、黙拍で羽が半分閉じる。
 影窓は壁に立てかける黒い枠。そこは暗くていいと街に伝える札だ。
「今日やること、三つ」
 指を立てる。
「一、灯章(とうしょう)の試運用。跳ね芯/影札/灯秤/影窓の四点。
二、灯景板(とうけいばん)を広場と大通りに立てる。灯の間取りを黒に白で記す。
三、影配(かげくばり)の仕組み。暗の窓を均等に配り、影税を影の権利に読み替える」
 吟遊詩人が低い二拍で弦を鳴らす。ドン・ン。 ジルベルトはうつろ灯の羽を摘み、短く言った。
「光にも黙拍が要る。明るすぎる厨房は味が死ぬ。二拍燃えて一拍黙るなら、甘い火は残る」
 広場の中央に白布を張り、板題を書く。
【灯章・試運用】
跳ね芯:二燃一黙/影札:影長測/灯秤:蝋滴・油減影窓:暗の許し/灯景板:黒に白
 王弟の一隊が静かに背を預け、書記官ギルドの監察筆が欠伸を噛み、眠そうに立つ。
 石段にはリヴァンス侯と侍医長、オルダン総料理長。
 そして、白い扇――カルド。冬の角度のまま、灯の夜に来た。
一幕:灯を鳴らす、影を読む
「まず、跳ね芯」
 俺はうつろ灯の蓋を開け、跳ね芯に点火した。
 炎はふっと立ち、すぐにちいさくなる。
 二拍燃えて、一拍黙る。
 その黙りを、影錘がちりと知らせる。
 影札にも、二拍の筋と一拍の濃い黒が走る。
̶「黙拍の暗を、灯が自分で許す。 これが、暗の窓」
 次に、灯秤。
 蝋滴の間を息柱の鈴で拾い、油の減りを秤の針で読む。
 二拍一黙の灯は、燃え急がない。油の減りは三割抑えられ、眩しさは四割落ちるが、手元の線は途切れない。
 ジルベルトが頷く。
「甘い火は、休む拍でうまくなる」
 そこで、白い扇が開く。
 カルドは紙を掲げた。
《灯規格・告示案》
・広場・大通りの燭数を一定以上に。
・影税:影長一尺ごと銅貨一枚。
・黙拍灯(跳ね芯)は不安を招くため禁止。
・油は商会配合に限る。明度保証つき。
 数で押し、影を税に変え、黙拍を禁にする紙。
 ……夜を紙で切る気か。
「灯は数じゃない。間で座る」
 俺は影窓の黒枠を掲げ、広場の四隅と屋台の背に黒を立てた。
「ここは暗くていい。影税じゃなくて影配だ。
̶ 影配の定義。 
一、影窓:広場・通りごとに一定面積の**“許された暗”を確保。
二、輪唱灯:跳ね芯を四基で輪唱し、暗が連続しないよう拍で回す。
三、影札:影の長さを記録し、黒に白で今日の灯**を上書きできる」
 吟遊詩人が灯の輪唱を落とす。
♪ ドン・ン (北)
 ドン・ン (東)
 ドン・ン (南)
 ドン・ン (西)
̶ 黙 
 暗は回るが、闇にはならない。
 影札の黒は濃すぎず、歩幅は見える。
 眠り椅子の角度札は四で、喉は落ち着く。
 エリクが眠そうに言う。
「灯章・試運用。影配を税ではなく枠として採用。跳ね芯は禁止せず、輪唱を条件に」
 監察筆の札ががん。
「灯景板:黒に白で上書き可。影札・灯秤を併記」 人垣の息が降り、広場は柔い暗を得た。
二幕:影を罰に変える紙、逆手の歌
 カルドは扇を傾け、別の紙を出した。
《夜警規約・臨時告示》
・影窓付近の滞留を違反とする。
・灯景板の黒上書きは夜警のみ可。
・影札の掲出は鑑定所承認を要す。
 ……暗を滞留にすり替える気か。上書きを封じ、影を鑑定所で囲む。
 俺は喉に雪を落とし、リズムを低くした。
「滞留は呼吸で読む。回転秤の鳴数で。 三進一止が崩れなければ、そこは滞留じゃない。
̶ 影は休む拍。呼吸が整う場所だ」 
 息札が配られ、黙で拍が伝わる。
 呼吸板には崩れがなく、夜警は紙を立てかける場所を失くした。
 監察筆が黒に白で上書きをし、夜警独占を剥がす。
「上書き:誰でも可。灯秤と影札の記録を添えよ」
 カルドは扇を閉じ、油の壺を指さす。
「明度保証油は均質を生む。黙拍は不均質を生む。秩序は均質だ」 ジルベルトが冷たく笑う。
̶「料理は均質だと死ぬ。 揺れが甘さを運ぶ」
三幕:閃の(ひらめき)影、瞼(まぶた)の札
 夜が深まる頃、閃粉が飛んだ。
 灯の間(ま)を切る白。
 跳ね芯の黙拍に合わせ、目潰しを狙ってきた。
 ……影を罰にできなければ、今度は光で罰にする。
「瞼札(まぶたふだ)!」
 俺は薄灰の札を配り、目の上に軽く貼る。
 札は三穴。三進一止の黙拍で、一穴ずつ開く。
 閃が来た瞬間、黙拍は閉じている。
 光は通らない。
 歌は耳と足で続く。
♪ いち・に・さん 目は細め
 ひと拍黙って 足で読む
 閃粉は空振り。
 衛兵が袋を押さえる。袖には鑑定所。
 監察筆が札をがん。
「閃粉散布:押収。黙拍具“瞼札”の使用を許可」
 広場の呼吸は乱れず、跳ね芯は二燃一黙を守った。
四幕:反射鏡の罠、影の跳び
 門前の灯景板に、白が過剰に乗った。
 見に行くと、通りの高窓から反射鏡。跳ね芯の黙を埋める光が上から降りる。
 地面の影札は縮み、影錘は暴れる。
̶ 暗の窓が潰れる。 
「跳び影で見破る」
 俺は影札に**“飛び分”の目盛りを刻み、跳ね芯の黙に合わせて影を飛ばす**。
 反射は遅れる。一拍。
 影札の飛び分に遅れが残り、鏡の角度がバレる。
 若者が高窓の鏡を降ろし、夜警が受け取る。
 監察筆の札。
「反射鏡での黙拍潰し:禁止。飛び分標準を追加」
 カルドは扇をくるりと回し、黙った。
 動かない時、次は根にくる。
̶五幕:灯章・公開審問 影は税ではなく、呼吸の席
 広場に人が集まり、灯景板の前で公開審問が始まる。
 板の上には、灯秤の油減曲線、影札の濃淡、影窓の位置、輪唱灯の拍図。
 眠り椅子の角度札は四、喉に雪がよく落ちる。
 俺は短くまとめた。
「灯章の骨子。
一、跳ね芯で二燃一黙。輪唱で暗を回す。
二、影配で暗の窓を枠として保証。
三、影札・灯秤・影錘で見える言葉に落とす。黒に白で上書きできる」
 ジルベルトが補う。
「台所も同じ。黙があるから味が座る。黙拍は秩序だ」
 侍医長が言う。
「眠りの入口は暗にある。影税は病を増やす」
 エリクが結語を落とした。
「灯章・仮採択。
̶ 影税は廃案。影配として暗の窓を必置。 
̶ 跳ね芯は輪唱条件で承認。 
̶ 灯景板は黒に白で即時更新可。夜警独占は無。
̶ 閃粉・反射鏡の使用は禁止。瞼札・飛び分を標準化」 
 札ががん。
 広場の息が深くなる。暗は罰ではない。呼吸だ。
 その拍手の中、白い扇が近づいてきた。 カルドは、珍しく扇を閉じたまま笑った。
「暗で秩序を守る。面白い。
̶  では、版(はん)で来よう。地図と歌。灯景板・水章板・封景板板は増え、歌は広がる。
 版権規格。刷る権利と歌い写しの許可。黒に白は無効に」
 版。
 板を紙に畳んで独占する気だ。歌まで許可制にするつもり。
̶ 公開の火の地そのものが狙われる。 
 俺は喉に雪を一粒落とし、熱を削いだ。
「版章(はんしょう)を作る。
一、版の秤:刷りの重さ・煤の薄さ・黒の密を灯秤で読む。
二、歌写(うたうつし):輪唱・逆輪唱の印を刻んだ歌版を誰でも彫れるように。
三、黒に白の上書き権は版の端に**“空き縁”を残して保証する。縁は誰のものでもない**」
 吟遊詩人が細い節を落とす。
♪ 黒の中に 白を置け
 縁を空ければ 歌が増える
 カルドは扇をひらりと返し、冬の顔に戻った。
「やりたまえ。夜は君の時間だ。紙は朝に走る。朝で会おう」 扇は灯の外へ溶け、足音だけが石畳に残った。
夜の段取り:灯から版へ
 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。
 跳ね芯は二燃一黙を刻み、影札は黒を育て、灯秤は油を静かに減らす。
 眠り椅子の角度札は四。喉は落ち着く。
 王弟は短く手をあげた。
「本夜の結語。
一、灯章を七夜の試運用とし、影配の配置を街路図に記す。
二、版章の審問を明朝より開催。灯景・水章・封景の刷りを公開に。
三、共助鍋から灯油に一釜分の拠出。黙拍灯を子ども路に優先」
 拍手は小さく、深い。夜は声を飲むが、拍は残る。
 リーナが薄椀をちんと鳴らし、笑った。
「暗って、落ち着くね」
「暗は怖いものじゃない。休む拍だ」
 ジルベルトがうつろ灯の羽を撫で、目を細める。
「甘い火は、暗で守る。版も同じだ。黒の縁を残せ」
 老女の陶工が跳ね芯の欠け橋を見つめ、胸を張った。
「芯は細いほど、歌がよく通る」
 監察筆は大きな欠伸をひとつ。
「掲示、最後。
“灯は黙拍。影は席。
 黒に白、縁は空け。
 歌は輪唱。版は誰の手にも。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、夜の最後の音になった。
 空は濃く、星は少なく、跳ね芯は静か。
 影窓が黒く口を開け、灯景板の白が細く残る。
 紙は速い。
 でも、間は灯のものだ。
 版は手のものだ。
̶ そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出 す。
「段取り、締め」
 指を上げる。
「一、版章のひな形。版の秤/歌版/空き縁。黒に白を刷りでできるように。
二、灯章の記録を朝の紙に渡すため、“黒に白の写し”を今夜中に三百枚。輪唱印を押す。
三、影配の地図を水章板と連結。夜の道を昼の紙に。
四、跳ね芯の設計歌を二節増やす。子ども路用と老いた足用」
 リーナが「多い」と笑い、すぐに「いつも通り」と肩をすくめる。
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトが薪を一つ足し、器を鳴らす。
「眠りの入口、今夜も開いた」
 湯気は細く、まっすぐ、灯の上へ。
 次の舞台は、版章――黒を刷り、白を残す。
 声は温度になり、灯は間になり、版は手になる。
 まだ歩ける。まだ、歌える。

第29話「版章――黒を刷り、白を残す」
 朝の薄寒さが指に刺さる。紙は冷えると鳴きが悪い。だからまず、鍋の縁に手をかざして指先を温める。
 広場の端には新しい版台(はんだい)が三台、歌版(うたばん)の箱が二つ、版の秤が一式。
夜のうちに作った空き縁つきの刷り板は、角だけ白を残して乾かしてある。角の白は“上書き権の座席”だ。黒は主張、白は入口。
̶ 段取り、いくよ」「
 俺は荷車の覆いを外し、道具を声で並べる。
 版の秤:
 - 墨量秤……刷り一枚あたりの煤の重さを読む。
- 黒密鏡……黒の密を灯の黙拍で透かす鏡。
- 紙秤……紙の息を測る。折って広げたときの黙の戻り方を見る。 215
 歌版:
 - 輪唱印(りんしょういん)の刻まれた浅い陶板。四拍で擦ると微細な波が出る。
ひとりでは出ない波だ。
 空き縁:
 - 版の四隅に一指幅の白。ここだけは誰でも黒に白で上書きできる。版章の心臓。
 吟遊詩人が指を鳴らし、四拍二黙のテンポを落とす。
「刷りは急ぐと嘘になる。黙で座らせろ」
 ジルベルトは鍋の火を弱め、刷り台の脇に置いた薄い粥の小鍋を指で叩く。
「手を温める粥。一口飲んで、喉の雪を落としてから刷れ。声が揃う」
 板題を書く。
【版章・試運用】
版の秤:墨量・黒密・紙息歌版:輪唱印/逆輪唱印空き縁:黒に白の上書き権
 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに欠伸を噛む。監察筆は札袋をぶら下げ、老女の陶工は歌版を膝で抱いた。
 そして、石段の影から白い扇。カルドだ。冬の角度。今日の紙束は、やけに厚い。
一幕:版の秤、黒の座り
 最初の刷りは水章・朝版。外堀三点の色を一枚に。
 歌読み職が四人で輪を作り、輪唱印の節で版面を刷毛で撫でる。
♪ ドン・ン・ドン・ン(擦)
̶ 黙(置く) 
 ドン・ン・ドン・ン(持ち上げる)
̶ 黙(乾く) 
 出てきた黒は、うねが美しい。ひとりでは出ない深み。
 俺は墨量秤で重さを読み、黒密鏡で黙拍ごとの濃淡をのぞく。
 密は均(なら)しすぎない。波がある。波があるから、白の文字が呼吸できる。
 紙を一度折ってから広げ、紙息を聴く。すう、と戻る。固すぎない。
̶ 良し。黒に白が息をしてる」「 刷り上がりの右上、空き縁に今日の上書きを短く落とす。
「外海=青/内湾=青/堀=黄。灰=小。喉の雪、鳴る」
 小字が白に座り、黒が抱く。
 そこへカルドの紙。
《版権規格・第一告示》
・公的掲示の刷りは鑑定所承認の版のみ有効。
・輪唱印は許可制。四者以外の輪唱を禁ず。
・空き縁による第三者の上書きは改竄とみなす。
・刷りの責は**版主(はんしゅ)**が負う。
 囲い込みの常套。輪を壊し、縁を塞ぐ紙だ。
「版主は鍋だ」
 俺は即答した。
「版章の“版主”は、四者ではない。公開鍋。
 輪唱印は手の数を証明するもの。許可ではなく人数で決まる。
 空き縁は改竄ではなく続き。黒の縁は白の席」
 エリクが眠そうに頷く。
「版章・試運用。空き縁は上書き権として承認。輪唱印は“四つの手”の証明と定義。許可はいらん」
 監察筆ががん。
「版の秤・歌版・空き縁。公開掲示で運用開始」 人垣の息が戻る。黒が座った。二幕:差止めの紙、歌で刷り抜け
 昼前、カルドがもう一枚。
《差止令》
水章・封景・灯景の刷りを一時停止。鑑定所の審査が終わるまで手写のみ可。
手写は**“責任者名”**の記入を要す。
 朝の速度で入口を塞ぐ紙。手写へ戻して責任の一点化。
 俺は喉に雪を落とし、鏡を一度伏せた。
「歌写で抜ける。輪唱写だ」
 歌読み職を四人ずつ五組に分け、一節ずつ交代で書く。
 筆圧が均されないから、筆の波が輪唱印と同じ相を作る。
̶ 手写だが、ひとりの責任に落ちない。四の責 四者封の姉妹。
 空き縁には責任者名の代わりに「四筆」の輪印を押す。
 監察筆ががん。
「輪唱写:手写に準ずる。責任の一点化を回避」
 カルドの扇は動かない。いい。動かない時、次は底に来る。
三幕:酸の影、陶版で受ける
 版木倉の裏で、酸の匂い。
 鉄胆汁だ。版木の黒に染み込ませると木目が死ぬ。
 影の手が瓶をひっくり返しかけた瞬間、老女の陶工の杖ががつと男の足を払った。
 瓶は割れて、黒土に染みる。
 俺は陶版(とうばん)の箱を開けた。歌版の母。焼いた版は酸に強い。「陶で受ける。木は夜に乾かし、昼は陶で刷る」
 ジルベルトがうなずく。
「甘い火で焼いた版は、薄くてもしなる。波を殺さない」
 版の秤を陶版へ。墨量は少し増えるが、黒密は崩れない。
 カルドの紙が、遠くで一枚めくれた気がした。……でも、版は立った。
四幕:朝と夜の刷り合戦・前哨
 昼下がり。
 鑑定所の朝刷りが出回り始めた。均一な黒、余白なし。
 早い。多い。口当たりが硬い。
 こっちは輪唱版の夜刷り。黙が入るから、黒に呼吸がある。
 見比べた群衆が目を細め、喉で読み、椀を持つ手を少し緩めた。
 速度は向こう。座りは、こっち。
「版景板を立てる」
 俺は掲示の脇に新しい板を立て、刷りの履歴を刻む。
《今日の刷り》
・歌版:四唱×六回=三十六枚/陶版:二唱×四回=八枚
・黒密:歌版=中波/陶版=細波
・空き縁上書き:十七件(井戸札/喉役報告/灰の甘さ)
 刷りを公開で数える。数え方を歌にする。
 吟遊詩人が版の歌を短く置く。
♪ 黒の波 黙で座れ
 白の縁 声を載せ
 輪の手で 紙を起こせ
五幕:版章・公開審問
 夕刻、広場の息が深くなったところで、公開審問。
 鍋柱は今日一釜で九十八人の眠りを記し、歌柱は広場↓港↓堀へと三柱届いた。
 版の秤は、歌版の黒が黙拍で濃淡を保ち、鑑定所版の黒が過密で呼吸を詰まらせると示した。 俺は掲示の前でまとめる。
「版章の骨子。
一、版の秤で黒の座りを読む(墨量・黒密・紙息)。
二、歌版は輪唱印で“四つの手”を証明。逆輪唱印で反響写しを弾く。
三、空き縁は上書き権。黒に白で即時更新。責は四筆。」
 エリクが眠そうに、しかしはっきり告げる。
「版章・仮採択。
̶ 輪唱印は人数であり許可ではない。 
̶ 空き縁の上書きを改竄と見なさず。 
̶ 陶版/木版の昼夜併用を許可。 
̶ 差止令中でも輪唱写を公示とする」 
 監察筆が札をがん。
「掲示:黒に白、縁は空け。四筆責、輪唱印。版景板、常設」
 拍手。黒が呼吸し、白が話し始める。
 そこへ、白い扇。
 カルドは珍しく、扇を閉じたまま近づいた。
「きみは“版は手のもの”と言った。
̶ では次は“口”で来よう。告げの規格。口上を許可制に、物 
売りの声に税。輪唱は“演目”として興行税に」
 口。
 歌柱を税で囲むつもりだ。声そのものを紙で束ねる。
 俺は喉の奥に雪を落とした。
「告章(つげしょう)を作る。
̶ 一、距離税 声は届いた距離で値を決める。近い声は無償。遠い声は鍋へ寄進。
̶ 二、囁き権 静謐でも拍が伝わる息札の権利を保障。
̶ 三、輪唱帳 四つの口で言ったことは個人の過失に落とさない。
四口責」
 吟遊詩人が笑い、短い節を落とす。
♪ 声は距離で 値が座る
 囁きは権 拍で渡す
 四つの口で 責は軽く
 王弟が言う。
「告章・審問は明朝。版章の刷りを夜のうちに百枚。空き縁は広く」
 ジルベルトが鍋の火をひと刻上げ、器をちんと鳴らした。
「甘い火は、口の隣にある。鍋も声も、黙で座る」
夜の仕込み:版から告へ
 広場の端で、俺たちは夜刷りに入った。
 跳ね芯の二燃一黙が版台の上で息を刻み、輪唱印が黒を揃えすぎない。 空き縁には、子どもが描いた喉の雪のマーク、井戸街の婆さまの水色の点、港の人足の背鳴数。
 版景板の列は森になっていく。
 リーナが薄椀を配りながら笑った。
「刷りながら飲む粥って、喉にすぐ座るね」
「黒と白の間に、湯気がよく通る」
 老女の陶工が歌版を指で撫で、胸を張る。
「手で刷ると、声が紙に残るよ」
 監察筆は欠伸をひとつ。
「掲示、最後。
“版は手で、縁は空け。
 黒は黙で、白は息で。
 四手で刷り、四口で告げよ。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、夜の最後の音になった。
「段取り、締め」
 俺は指を上げた。
「一、告章のひな形。距離税/囁き権/四口責。
二、輪唱帳を作る。四人が交代で同じ文句を言い、距離と回数を歌柱に記す。
三、版章の刷りを百枚。黒に白を太めに残し、明朝の審問に配る。
四、鑑定所版との見比べ台を設ける。黒密鏡と紙息を誰でも触れるように」
 リーナが「多い」と笑い、すぐに「いつも通り」と肩をすくめた。
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトは薪を足し、目を細める。
「眠りの入口、刷りの匂いでも開く」 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
̶ 次の舞台は、告章 声の距離、囁きの権利。
 紙は速い。
 でも刷りは手、声は距離。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第30話「告章――声の距離、囁きの権利」
 朝いちばんの広場は、空気がまだ“紙の高さ”で冷たい。
 でも今日は口の番だ。声で温度を上げる。
̶ 段取り、いくよ」「
 荷車の覆いを跳ね上げる。並べた道具は、見慣れない形ばかりだ。
声尺(こえじゃく):棒の途中に薄い響き輪。届いた声が輪をちりと鳴らす。輪は三つ、近・中・遠。
距離札:歌柱の黙拍窓と同じ穴が空いた札。三進一止が合った時だけ白が透ける。224
囁き札:唇の前で指二本で挟む薄札。声ゼロ・拍だけを運ぶ。
輪唱帳:四人が交代で同文を言った記録帳。**四口責(よんこうせき)**の印を押せる。
声幕(こえまく):反響を殺す黒布。角に空き縁の白。
声秤(こえばかり):声を急がないほど針が安定する秤。黙拍が入っているかどうかが一目でわかる。
 吟遊詩人が軽く弦を撫でて、三進一止のテンポを落とす。
 ジルベルトは薄い粥の小鍋の蓋を指でちんと鳴らし、短く言った。「喉の雪を先に落とせ。告げは熱で嘘を焦がす」
 板題を書く。
【告章・試運用】
距離税=届いた距離で値が座る/囁き権=無声の拍を保障/四口責
=責任の一点化を避ける
 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうな目で頷く。監察筆は札袋を肩にかけ、老女の陶工は囁き札を子ども達に配りはじめた。
̶ そして 白い扇。
 カルドは冬の角度のまま、口上許可証の束を持って現れた。
《告げ規格・第一告示案》
・口上は許可制。
・輪唱・掛け声は興行税の対象。
・拡声具(笛・輪・板)は混乱の恐れにつき制限。
・囁きであっても群衆を動かす意図があれば違反。
̶ 声の入口を紙で塞いで、税で息を止める。いつものやつだ。 
「告は商いでも芸でもない。道具の取扱説明書だよ」
̶ 俺は輪唱帳を掲げ、四人 リーナ、吟遊詩人、井戸街の婆さま、 ̶王弟の若い護衛 を並べた。
「今日の文句は一つ。“港の封は鳴らせ。封は割るな”
 四口責で回す。ひとりが倒れても、言葉が倒れない」 テンポ、三進一止。
̶「港の封は 」
「鳴らせ」
̶「封は 」
「割るな」
 輪唱帳に四つの口印が刻まれ、歌柱の黙拍窓が白に変わっていく。
 声尺の輪は近・中がちり、遠はかすかに震えただけ。
 距離税の基準が置けた。近い声=無料。中距離=鍋への寄進小。
遠距離=寄進中。興行税の出番はない。
「囁き権を宣言」
 俺は囁き札を唇の前に立て、声ゼロで拍を送る。列の肩がふっと緩み、立ち粥の動線が自然に回る。
 静謐でも拍は伝わる。禁止の紙より、道具の方が速い。
 カルドの扇が半歩だけ傾いた。
《告げ規格・第二告示案》
・輪唱は演目とみなす。興行税の対象。
・四口責は責任逃れに当たるため無効。代表を一点とする。
「じゃあ、演目と告の境目を置こう」
 俺は声幕を広げ、角の空き縁に白で書く。
『空き縁がある告げ=誰でも上書き可能=告』
『空き縁がない掛け声=上書き不可=演』「興行税が欲しいなら演目から取りな。告は空き縁で公開する。
 四口責は“逃げ”じゃない。倒れないための仕組みだ」
 エリクが眠そうに、でもはっきり言う。
「告章・試運用。空き縁のあるものを告と定義。興行税の対象外。
四口責は採用」
 監察筆ががん。人の息が明るくなる。
̶一幕半:告章の実証 “探し物”
 その時、広場の外から泣き声。
 女の声がかすれた。
̶「こどもが うちの 」
 告の出番だ。
 俺は輪唱帳を開き、四人が交代で短文を回す。
̶「名はトト。赤い紐の 」「手は小さく、目は大きい」
「最後に見たのは水章板の前」
「歩く癖は右寄り」
 歌柱が白を三柱灯し、声尺の遠輪がちりと鳴った。
̶ 門前 遠距離。
 距離税は鍋が肩代わり。共助の出番。
 囁き札が静謐の路地に拍を渡し、声幕が反響を殺す。
 五十拍で、子は戻った。 母親は礼を言い、薄椀に顔を落として泣いた。
 告章は人を動かした。税じゃなく、距離で。
二幕:鳴り砂と声奪い飴
 昼前。
 広場の真ん中で、砂がしゃらと鳴った。
̶ 鳴り 砂。(なりすな)
 踏むと高い音を出し、黙拍を壊す。
 同時に、屋台の隅で配られていた飴が喉を締めた。渋い。
 喉奪い飴。声を折る仕掛け。
「足を黙らせろ」
 俺は息札を足首に移し、足拍を逆に回す。
 逆輪唱。
 鳴り砂は遅れに追いつけず、ちりが止む。
 リーナが喉奪い飴を薄茶で割り、喉の雪を落とす。
 ジルベルトが短く言う。
「過剰の味だ。甘に戻せ」
 衛兵が袋を押さえ、袖は鑑定所。
 監察筆ががん。
「鳴り砂散布/喉奪い飴配布:押収。逆輪唱の足拍運用を追記」 カルドは扇を動かさない。動かないとき、次は紙の根だ。
三幕:口上許可と太鼓令
 午後、カルドが太鼓を持って現れた。
 紙にはこうある。
《朝告示令》
・告げと刷りは朝刻のみ有効。
・夜の告げは太鼓(夜警)を通してのみ。
・輪唱帳は夜間無効。
・囁き札は夜間携帯禁止。
̶ 来た。朝と夜の戦の前触れ。 
 夜は俺たちの時間。灯と拍で積んだものを、太鼓で囲いにくる。
「太鼓も拍だよ、カルド」
 俺は太鼓の枠に黙拍穴を抜いた。
 二打一黙。
 夜警の太鼓は黙が取れず、反響で狂う。
 黙拍穴太鼓なら、暗の間に音が座る。
 王弟が短く言う。
「太鼓の運用は夜の四者で。黙拍穴を標準に」
 エリクが結語を整えた。
「告章・仮採択。
̶ 距離税=鍋寄進。興行税は演目のみに。 
̶ 囁き権の保障。静謐でも拍を運べ。
̶ 四口責を採用。責任一点化を避ける。
̶ 太鼓は黙拍穴で夜運用。朝告示限定は不採用」
 札ががん。
 広場の呼吸が夜に向けて深くなる。四幕:小さな敗北と、大きな続き
 審問が終わる前、鑑定所の朝刷りが大量に流れ込んだ。
 太鼓令の草案が裏面に刷られ、夜の掲示を**“無効”と言い張る文字が躍る。
 群衆の一角がざわついた。
 今日の小さな敗北**だ。紙は速い。
 でも、目の前の輪唱帳には、四つの口印が並ぶ。
 空き縁には、子どもの絵、婆さまの一言、港の人足の背鳴数。
 声幕の角は白い。上書きは続けられる。
 カルドが久しぶりに、正面から扇を閉じた。
「口は取れなかった。
̶ だから次は朝で来る。印刷を朝に固定する。“夜刷りは没収 
”。
 きみの夜を昼で洗う」
 俺は喉に雪を落として、熱を削いだ。
「朝と夜の印刷戦だね。
̶ 夜は黙で刷る。朝は距離で配る。 
 版章と告章、灯章で挟む」
 ジルベルトが薄椀をちんと鳴らす。
「甘い火は夜に座る。朝には湯気で運べ」
 王弟が結語を落とす。
「本日の結語。
 一、告章・仮採択を宣す。距離税/囁き権/四口責。 二、太鼓運用は黙拍穴を標準。夜警は輪唱に従う。
 三、明朝より**“朝と夜の印刷戦”**の公開検見。夜刷り百枚、朝配り五路」
 拍手。声が拍に変わり、紙が手に戻る。
夜の仕込み:声から印刷へ
 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。
 輪唱帳に今日の短文と四口責を綴じ、版台に歌版と陶版を並べる。
 跳ね芯は二燃一黙。灯景板は黒に白で更新済み。
 息札はポシェットに、囁き札は袖口に。
「段取り、締め」 指を上げる。
一、夜刷り百枚。
 黒に白を広く残し、空き縁に“朝の拾い”用の座を刻む。
二、朝配り五路。
 歌柱沿いに配り距離を測り、距離税は鍋寄進で肩代わり。
三、太鼓の黙拍穴を三種。
 子ども路/老いた足/港風で穴数と黙を変える。
四、輪唱帳の“四口責”と版章の**“四手責**”を連結。倒れないを二重に。
 リーナが笑って、囁き札をひらり。
「多いね」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトは薪を一つ足し、器を傾ける。
「眠りの入口、声でも開いた」
 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
 次の舞台は、朝と夜の印刷戦――夜刷りと朝配り。
 紙は速い。
 でも夜は間を育てる。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第31話「朝と夜の印刷戦――夜刷りと朝配り」 夜は黙で刷る。朝は距離で配る。
̶ それが今朝の勝ち筋 と、鍋の縁に手をかざしながら自分に言い聞かせた。指が温まるまでが、戦の第一拍だ。
̶ 段取り、最終確認」「
 版台には歌版と陶版が二列。跳ね芯は二燃一黙の呼吸で灯り、黒密鏡は黒の波を薄く映す。
 刷り上がった夜刷りは百枚。右上の空き縁には“朝の拾い”座を広めに残し、左下に輪唱印、左上に四手責の小印。
 脇の鍋では薄い粥が小さくちりと鳴り、喉の雪はよく落ちる温度で待機。233
「配り五路、確認」
 リーナが配り歌の板を掲げる。
【朝配り五路】
北路(門前)/東路(港)/南路(窯筋)/西路(井戸街)/中路
(広場̶ 王城)
̶ 距離税は鍋寄進。囁き札で静謐運用。太鼓は黙拍穴。  ジルベルトは太鼓の縁に黙拍穴を三種空ける。
̶「子ども路は短黙。老いた足は長黙。港風は交互黙。 鳴らしすぎないが肝心」
 王弟が頷き、監察筆(インスペクター)が札袋をがんと揺らした。「没収に来たら、四口責で口上を打て。告は演じゃない」
一幕:夜刷り・湯気印
 配りの前に、夜刷りへ最後の座を与える。
 薄椀の返し縁に刻んだ微細な段で、紙の空き縁に湯気印を落とす。
 返し縁の輪郭が白の上に薄い水紋を作り、偽刷りと区別がつく。
触れずに残せる非接触印。
「封音と同じ。鳴らさずに読むの反対、触れずに刻む」
 リーナが湯気印をひとつ眺めて笑う。
「かわいい……ううん、速いね」
 輪唱帳には短い文句を一つ。
『灯は黙拍、影は席』
̶ 四口責の印も完了。 
二幕:朝配り・距離で座る
 夜が明け、鐘が二つ。朝。
 歌柱の黙拍窓が白を灯し、声尺の近輪が小さくちり。
 配り手は五路に散る。胸に息札、腰に囁き札、背に声幕。荷車は薄椀と湯気印を積んで中路を行く。
̶ 中路、行くよ」「
 広場から城へ向かう中路は、紙の風がもっとも強い。
 案の定、角を曲がった瞬間、白い束が雨のように降った。鑑定所の朝刷りだ。
 太鼓が乱拍で鳴り、没収隊の網棒がひゅっと空を切る。「黙拍穴、子ども路!」
 ジルベルトが太鼓に短黙を入れ、配り手が三進一止で脇へ散開。網棒は黙を掴めない。
 俺は荷車を止め、声幕を上げる。反響を殺し、囁き札で拍を渡す。
 湯気印は、味方の夜刷りにしか座らない。没収隊の手元にある朝刷りには水紋が出ない。
 空き縁の白には、その場で拾いを入れる。
「今朝の港:封音=清・遅れ小。堀の赤=薄」 ̶ 追記は白の仕事。黒は抱くだけでいい。 
 距離税は鍋寄進。配り距離を歌柱が数え、鍋の板に白で刻む。
 監察筆の札ががん。
「“没収隊、反響太鼓の乱打”:記録。黙拍穴太鼓で回避」
三幕:港路・封の束
 東路(港)から封の束が運ばれてきた。
 朝刷りは紙袋に入れられ、封蝋が三重。“鑑定所承認の印刷”と誇らしげだ。
 俺は封音輪を浮かせ、非接触で四拍。
̶ ちん・……・ちん・…… 清音、だが遅れ大。
「油が重い。輸送中に剥がし直し」
 封音輪の遅れを白に刻み、空き縁に追記。
̶ 封の勝手な差し替えは、夜に濁る。 
 王弟の隊が封景板を持ち込み、堀での乗り換えを公開で示す。
 朝刷りの束は静かになり、配り手は輪唱写で夜刷りの要点を追い書きした。
 速度は失わない。座を増やしていく。
四幕:紙の梁(はり)と、影の穴
 西路(井戸街)では、道の上に紙の梁が渡されていた。
 通行のたびに梁役が通行許可を掲げ、夜刷りだけを上から抜き取る仕掛け。
 梁の上には反射鏡。跳ね芯の黙を埋め、道を白に灼く。
̶ 影を罰に変える、昨日の延長戦。 
「影窓を梁の下に」
 俺は黒い枠を置いて**“ここは暗でいい”を下から立てる。
 飛び分目盛りつきの影札で、反射の遅れを記録。
 梁役が上から白を押し込むたび、影は穴に逃げる。
 配り手は穴を踏み石**にして進む。黙拍が守られる。
 監察筆の札ががん。
「紙梁による上方没収:影窓・飛び分で回避。梁の反射鏡、押収」
五幕:見比べ台と、喉の雪
 広場へ戻ると、見比べ台の前に人垣。
 左に夜刷り、右に朝刷り。
 黒密鏡で覗き、紙息で触り、空き縁の拾いを読む。
 夜刷りの黒は黙で休むから、白の文字が呼吸できる。
 朝刷りの黒は密で詰むから、小字が窒息する。
 子どもが指で空き縁の湯気印をなぞり、婆さまが拾いに井戸の水位を書き足す。 見比べは演目じゃない。台所だ。喉がそれを決める。
 リーナが薄椀を差し出す。
「喉の雪、落ちる?」
 見比べ台の前で粥を一口。喉がすうと通り、目が黒白を見分け始める。
 告と版は鍋の隣にある。いつもそうだ。
六幕:白い扇、朝の宣戦布告
 日がのぼりきる前に、白い扇が正面に立った。
 カルドは冬の顔のまま、紙を二枚掲げる。
《朝刷り特例》
・夜刷りは朝刻に再承認を要す。承認なきものは没収。
・空き縁の拾いは上書きと見なす。版主以外の筆は違反。
《紙商規格・草案》
・紙(しか)貨の流通を開始。値章は紙貨基準へ。
・“黒に白”は紙貨額面で固定。即時改定は無効。
̶ 昼で洗う。夜を朝に通させる。 
 そして紙貨。値を紙に閉じ込める狙いだ。
 黒に白の息を額面で止める気か。
「二段で返す」
 俺は版景板に朝の輪唱を追加すると同時に、値章の板を引き寄せた。
「一、夜刷りの承認は**“四手責+四口責”で代替。版主=鍋。 二、紙貨には“距離札”を貼り付け**、額面ではなく届いた距離で薄くする。『一町=一薄』の交換歌を走らせる」 吟遊詩人が短く節を置く。
♪ 紙の値 距離で薄め
 黒の息 朝で拾え
̶ エリクが眠そうに けれど、はっきりと結語を落とす。
「本日の結語。
一、夜刷りは**“四手責+四口責”をもって朝承認に代える*
*。
二、空き縁の拾いは上書きにあらず、続きと定義。
三、紙貨の流通は否。距離札連結を検討。
四、朝と夜の印刷検見を三日継続。見比べ台は常設」
 札ががん。
 群衆の息が戻る。小さな勝ちだ。
 カルドは扇を一度だけ回して言う。
̶「三日。紙貨は引っ込めよう。 代わりに、“版主責任の厳格化
”で戻る。夜は責が散る。責を一点に寄せる」
 一点化。
 四手責と四口責の逆。
 倒れない仕組みを、倒しやすい形へ。
「総章の準備を始めよう」
 俺は喉の奥に雪を落とし、熱を最低まで落とす。
̶「水・橋・封・艀・席・値・灯・版・告 全部を一本に束ねる。
“倒れない責”を章にする」
 ジルベルトが薄椀をちんと鳴らした。
「甘い火を一つに。多すぎるくらいを、ひと鍋に」夜の仕込み:三日の合戦へ
 夕刻、見比べ台は森になり、版景板は黒に白で厚みを増す。
 跳ね芯は二燃一黙、太鼓は黙拍穴で静かに道を刻む。
 《旅する大釜隊》は薄い粥を一鍋。喉の雪を一口ずつ落とす。
「段取り、締め」
一、夜刷り百枚×三夜。
 湯気印と四手責を標準。空き縁広め。
二、朝配り五路×三朝。
 距離税は鍋寄進、声幕と囁き札で静謐運用。
三、見比べ台の黒密鏡・紙息を市内十ヶ所に増設。
四、総章の骨組み(倒れない責)を板に起こす。四手責×四口責の連結図。
 リーナが笑って頷く。
̶「多いけど いつも通り」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 監察筆は大きな欠伸を一つ。
「掲示、最後。
“夜は黙で刷れ。朝は距離で配れ。
 黒は息し、白は拾え。
 責は分け、倒れない。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、今日の最後の音になった。 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
 次の舞台は、朝と夜の印刷戦・二日目。
 紙は速い。
 でも、拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第32話「印刷戦・二日目――一点責と四手責」
 朝の手前、空気が紙の刃みたいに細くなる。
 夜はまだこちらの時間だが、紙の風はすでに角を曲がって待っている。
 鍋の縁に指をかざし、喉の雪を一口。指が温まるまでが第一拍だ。
̶ 段取り、いくよ」「
 版台は歌版・陶版が二列、跳ね芯は二燃一黙。
 刷り上がった夜刷りは予定どおり百枚。空き縁は広く、湯気印は薄い水紋で座る。
 左下に輪唱印、左上に四手(よんてせき)責の小印。
 太鼓は黙拍穴を三種(子ども路/老いた足/港風)。241
 配りは五路、見比べ台は今朝から十ヶ所。
 ジルベルトが太鼓の縁をこんと叩き、短く言った。
「鳴らしすぎるな。黙拍で運べ」
 そこへ、白い扇。
 カルドは冬の顔で、今日は封蝋つきの巻紙を二本持っていた。
《版籍令・臨時告示》
・版主責任の一点化。公示物には版主名と押印を単独で明記。
・四手責・四口責による責任分散は無効。
・空き縁上書きは改竄と見なし、版籍抹消の対象。
・一枚ごとに押判税(銅貨一枚)を課す。
《没収執行状》
・夜刷りは朝刻の再承認印なきもの没収。
・湯気印等の非接触印は承認外。
̶ 一点責。 
 倒れやすい形に集めるやり口。押判税まで乗ってきた。
「分けて持つから倒れない」
 俺は荷車から新しい箱を出し、布をめくった。
̶ 響き輪印(ひびきわいん) 四つの薄い陶輪が一枚の座に組まれた印で、四拍で四人が同時に押すと、輪がちりと鳴き、紙に細かな花割(はなわ)の微裂紋を刻む。
 ひとりでは鳴かない。三人でも濁る。四でしか清音が出ない。
 印影は薄く、湯気印の水紋と交わって座る。
̶「分責印(ぶんせきいん)を公示印にする。 四手責×四拍。
 版主は鍋。版籍は輪唱帳に分けて載せる」
 吟遊詩人が四拍二黙で軽く節を落とす。
♪ いち・に・さん・よ(押)
̶ 黙(座る) 
 紙は花割 黒は息 ̶ 黙(冷ます) 
 響き輪印がちりと鳴き、印面に花割が咲いた。
 一点責の丸印よりも、薄くて強い。剥がせないのではなく、剥がしても“鳴き癖”が残る。
 ジルベルトが黒密鏡で覗いて頷く。
「薄いほうが座る。甘い火と同じだ」 エリク(書記官長)は眠そうに、しかしはっきり言った。
「分責印、試運用を許可。押判税は**“四手一押=一回”の数え。
四手責は無効にあらず**」
 監察筆ががん。
「空き縁は続き。改竄にあらず。版籍は輪唱帳に併記」
 カルドは扇を閉じ、口角だけで笑った。
「剥がせない印はない。一点は複製しやすい。四は揉めやすい。
 ……揉める場を朝に置く」
̶ 戦場の移動。予告どおり、朝に寄せてくる。 
̶一幕:中路 一点押印の網 中路(広場̶ 王城)。
 紙梁の下に新しい網台。一点押印のみ通す穴が開き、分責印ははじかれる仕掛け。
 没収隊が棒印で判読し、**“単独の押印なし”**と叫ぶ。
「黙拍穴太鼓・子ども路」
 ジルベルトの太鼓が短黙で刻み、配り手は三進一止で左右に散る。
 俺は網台の前に見比べ台・小を置き、一点押印と分責印の**“ 剥がし癖”の違いを公開で示した。
 一点は反響板で押圧を真似できる。
 四は四指の微妙な遅れ(呼吸の位相)が印影に残る。
 黒密鏡で見ると、花割の片弁が四つの位相で薄濃に揺れる。
 観衆がすうと息を揃え、網台の棒印**は役目を失う。 監察筆が札をがん。
「一点押印網:印影の再現性で否定。分責印の位相差を採用」 没収隊は退きぎわに酸の小瓶を空き縁へ振りかけた。
̶ 今度は上書きを狙うか。 
「塩雪(しおゆき)」
 リーナが小壺を傾け、塩と薄灰で作った雪粉を空き縁にひと振り。
 湯気印の水紋がすっと立ち上がり、酸の黒がほどける。
「返し縁、よく働くね」
 老女の陶工が胸を張った。
̶二幕:港路 封の束と“一点責票”
 東路(港)。
 朝刷りの束に、新しい票が貼られていた。
̶ 一点責票 版主名と大きな朱。封蝋の上にも朱が二重に押してある。
 俺は封音輪を浮かせ、四拍。
̶ ちん・……・ちん・…… 清音、しかし立ち上がり遅れ・大。
「油多めで艶を出して、朱の押し直し。堀で換封したな」
 封景板に**“堀:黙(沈黙)”の記号を入れ、空き縁へ追記。 分責印で束の表紙を花割にして、封音の遅れを見比べ台**へ持ち帰る。
 港の人足が背秤を背負って近づいた。
「遠路(とうろ)二町、鳴数八十六。背、重め」 ̶ 距離税は鍋寄進。遠には薄く。 
 歌柱の白が二本灯り、配りが軽くなる。
̶三幕:窯筋 “塗り直し墨”と指の凍え
 南路(窯筋)は煙が低い。
 鑑定所の配下が**“塗り直し墨”を刷り上に薄く塗り**、湯気印の水紋だけを消す細工をしていた。
 さらに、冷水噴きで配り手の指を凍えさせ、四手責を崩す。
「指を温める粥」
 ジルベルトが鍋の蓋を少し開け、配り手に小椀を回す。
 喉の雪を落として、指も温める。四指の位相が戻る。
 俺は黒密鏡の側鏡で“塗り直し墨”の艶を拾い、小楔(こげつ)で空き縁の端に髪の毛ほどの欠けを作る。
̶ 湯気印はそこで集まる。水紋が一点で濃くなるから、塗り直 しでは消し切れない。
 老女の陶工が目を細める。
「薄の勝ちだね」
 監察筆の札ががん。
「“塗り直し墨”対策:側鏡・小楔を追加。指温粥を標準」
̶四幕:井戸街 囁き封鎖と“耳飴”
 西路(井戸街)では、囁き札の配布そのものが禁止され、代わりに**“耳飴”が無料で配られていた。
 甘いのに耳が詰まる飴。拍が奥へ届かない**。
「足拍に回せ」
 俺は囁き札を足首に移し、逆輪唱で三進一止を足で渡す。 耳が塞がれても、足は塞げない。隊列が静かに回る。
 リーナが薄茶で耳飴を溶かし、子どもたちの耳を温で開ける。
 声幕を高めに張って反響を殺し、歌柱の白を二本灯す。
 監察筆ががん。
「囁き封鎖:足拍で回避。耳飴、押収」
̶五幕:王城前 一点責の審問台
 正午、王城前に審問台。
 カルドは一点押印の金印を掲げ、“責任の所在が明確だ”と宣言した。
 俺は見比べ台・大を横に置き、一点と四手を同時に剥がす実演をした。
 一点は熱で浮く。
 四手は浮いても鳴き癖が残る。
 黒密鏡に位相のズレが現れ、陶輪の鳴きが観衆の耳で再生される。
「一点は命を奪えば押せる。
 四は暮らしが支える。誰かが倒れても、残り三で押せる。
̶ 倒れない責は、一点では立たない」 
 王弟が小さく頷き、侍医長が補う。
「医の署名も二手以上で回す。一点は事故を増やす」
 エリクが結語を落とした。
「一点押印の独占は不採用。
 分責印(四手責)は公示印として有効。
 押判税は四手一押=一回の扱い。空き縁は続きと定義」
 札ががん。
 群衆の息がほどけ、太鼓は黙拍穴で静に戻る。
 カルドは扇を一度だけ回した。
「二日目、きみの勝ちでいい。
̶ 三日目は**“ 版籍(はんせきぼ)簿”で来る。
 版主を戸籍につなぎ、夜の四手を“無主の刷り”と呼ぶ。紙は人を束ねる**」
̶ 版籍簿 帳簿の戦。個人を紙で釘打ちするつもりか。
「じゃあ、総章(そうしょう)を出す」
 俺は黒板に白で大きく書いた。
【総章・草案】
水/橋/封/艀/席/値/灯/版/告
̶ 四手責×四口責=倒れない責 
̶ 黒に白=続きの権 
̶ 距離/拍/間で税を鍋寄進に読み替え 
̶ 夜=座/朝=配の二段運用 
 そして、分責印の座に小さな穴をあけた。
 空き縁の**“総章へ続く”用の縁穴**。
 誰でも白で差し込める入口だ。
夕景:見比べ台・十ヶ所
 日が傾く。
 見比べ台は十ヶ所で黒密鏡と紙息を見せ、湯気印と花割を触らせる。
 井戸街の婆さまは空き縁に井戸の水位を、港の人足は背鳴数を、子どもは喉の雪の絵を描く。
 告は演じゃない。続きだ。
 版は手で、声は距離で、灯は黙で座る。
̶ 三日目に束ねる。 
 リーナが薄椀を差し出す。
「喉の雪、まだ落ちる?」
「多すぎるくらい落として、ちょうどいい」
 老女の陶工は響き輪印の輪を撫で、誇らしげに言う。
「四つで鳴るものは、一つでは黙るのさ」
夜の仕込み:総章の骨格を火のそばで
 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。
 跳ね芯は二燃一黙、太鼓は長黙に切り替わり、声幕は低く垂れる。
 黒板の総章に、細骨を足していく。
「段取り、締め」
一、総章の図
 四手責×四口責の位相図を花割で刻み、分責印の鳴き癖を章印に昇格。
二、版籍簿への返し
 個人名の一点化を避けるため、“四筆名+鍋名”の連記を標準。
輪唱帳を簿に写経。
三、帳薄対策
 空き縁の縁穴に**“続き札”を差し込めば、項目を夜のうち* ̶*に増やせる 月一ではない、一刻一。
四、朝の受け口
見比べ台を十二に増設。黒密鏡・紙息・湯気印を触れる教室に。
 王弟が短く頷き、エリクが眠そうに結語を落とす。
「明朝、三日戦の最終。版籍簿を公開審問。
 総章・仮案を板に掲げ、“倒れない責”を章として試す」
 監察筆は欠伸をひとつ。
「掲示、最後。
“一点で急ぐな。四で座れ。
 黒は息し、白は続け。
 夜で座り、朝で配れ。
 責は分けて、倒れない。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、二日目の最後の音になった。
 空は濃く、灯は低く、花割は静か。
 白い扇の影は、明日の帳簿に向けて薄く笑う。
 だが、鍋は知っている。
̶ 声は温度になり、版は手になり、責は 分ければ倒れない。
 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
 次の舞台は、印刷戦・三日目――版籍簿と総章。
 紙は速い。
 でも拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第33話「印刷戦・三日目――版籍簿と総章」
 夜明け前、空気は紙の刃みたいに薄い。
 でも刃は黙で鈍る。鍋の縁に手をかざし、喉の雪を一口落とす。
指が温まるまでが第一拍だ。
̶ 段取り、いくよ」「
 版台は歌版・陶版が二列、跳ね芯は二燃一黙。
 夜刷り百枚、湯気印は水紋で座り、左下に輪唱印、左上に四手責。
 黒板には昨夜起こした総章・草案。
【総章・草案】水/橋/封/艀/席/値/灯/版/告250
̶ 四手責×四口責=倒れない責 
̶ 黒に白=続きの権 
̶ 距離/拍/間で税を鍋寄進へ読み替え 
̶ 夜=座/朝=配の二段運用 
 ジルベルトが太鼓の黙拍穴を長黙に切り替え、短く言う。
「今日は帳簿が相手だ。鳴らしすぎるな。黙で座らせろ」
 吟遊詩人は四拍二黙の低い節で、輪の呼吸を整える。
 リーナは薄い粥と薄茶を二鍋。喉と指の両方を温める支度だ。
 石段の向こうから、白い扇。
 カルドは冬の顔で、黒い背表紙の大冊を抱えて降りてきた。表紙には大きく**《版籍簿》**。
《版籍簿・告示》
・版主は戸籍に連ねること。公示物は版主名・単独押印を必須とする。
・四手責・四口責は代表者(筆頭)を立てること。筆頭は一人。
・空き縁上書きは改竄として版籍剥奪の対象。
・夜刷りは**“無主の刷り”とし、朝刻承認なきもの没収。
・分責印・湯気印は承認外**。
̶ 一点化の帳で縛るつもりだ。倒しやすい責に集めて、朝で洗 う。
「主(あるじ)は人じゃない。置き場だ」
 俺は荷車から新しい板を出す。タイトルは**《置主(おきぬしぼ)簿》。
「版主=鍋/板/場。人は四手四口で“持ち回り”。
 筆頭は立てない。代わりに“位相札”**を立てる」
 老女の陶工が取り出したのは、細かい刻みのある位相札。四辺に花割の微裂紋、角に小穴。
 四人が同時に章印(昨夜組んだ響き輪印+囁き穴の複合印)を押すと、札がちりと鳴き、時刻と呼吸の位相が印影に残る。
̶ 誰が筆頭かではなく、この場で四人が一度に息を合わせたと いう事実を記す札だ。
 板題を書き足す。
【本日・公開検見】
一、版籍簿 vs 置主簿
二、一点責印 vs 章印(四手)
三、朝承認 vs “四手責+四口責”即時承認 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷き、監察筆が札袋をがんと揺らす。
̶一幕:帳の戦 押印ではなく“息”を証す
 最初の審理は王城前。
 カルドは版籍簿を高く掲げ、筆頭欄を指した。
「責の所在を一点にする。人は名で束ねるのが秩序だ」
「名は紙に残る。息は場に残る」
 俺は置主簿を開き、位相札を示す。
 章印を四人で押す。ちり。花割の薄濃が四相で揺れ、湯気印の水紋と交わる。
 黒密鏡を覗いた群衆の喉がすうと通る。
 一点責印は強い。けれど、再現できる。脅しで押せる。
 章印は薄い。けれど、再現できない。ひとりでは鳴かない。
 吟遊詩人が短い節を落とす。
♪ 一の朱は 熱で浮く
 四の花は 息で座る
 エリクが眠そうに、しかしはっきり言う。
「章印(四手)、置主簿への貼付を公示印として仮承認。筆頭欄の一点化は採用せず」
 監察筆の札ががん。
 群衆の息が一拍ほど深くなった。
̶二幕:偽章 薄グロの罠 広場の端で、章印そっくりの偽印が見つかった。
̶ 薄グロ 墨と油に胆汁を混ぜた鈍い黒。
 花割は似せてあるが、鳴かない。位相札が黙のままだ。
「喉で見ろ」
 俺は見比べ台に**“喉鏡”を足した。
 薄椀の一口を飲んで喉を整え、章印の文字を小声で追う。
 本物は息が乗る**。偽は喉が詰まる。
 リーナが笑って言う。
「味でもわかるよ。薄グロは舌に残る」
 老女の陶工が響き輪印を指で撫でる。
「鳴かない輪は、輪じゃない」
 衛兵が偽章を押収、袖は鑑定所。
 監察筆の札。
「**偽章(薄グロ)**押収。喉鏡・位相札で鑑別」
 カルドは扇を動かさない。動かないとき、次は深い。
三幕:筆頭抹消と、四口責の穴
 正午前、版籍簿の追告が届く。
《筆頭抹消規定》
・筆頭が不在の場合、公示は抹消。
・四口責は補助的責にすぎず、代替しない。
 人を一点に縛り、倒れを全体の死に直結させる規定。 カルドは静かに言う。
「誰も責を取らない秩序は、無秩序だ」
「誰か一人が責を背負う秩序は、折れる」
 俺は輪唱帳と置主簿を紐で結び、四口責×四手責の連記頁を開いた。
 四人の口印と手印が同頁に交差し、章印が中央に薄く座る。
 筆頭の欄は空白。代わりに**“場主:鍋/板/灯/橋”が縦書き**で佇む。
 吟遊詩人が囁くように節。
♪ ひと欠けても みで支え
 よで締めれば 息は座る
 エリクが結語を落とす。
「筆頭抹消規定は不採用。四口責×四手責の連記頁を公示簿の標準に。場主=置主と定義」
 札ががん。
 人垣の肩がほどけ、太鼓は黙に戻る。
四幕:帳薄の襲撃、白で返す
 午後、帳薄が襲われた。
 置主簿の白頁に薄灰が撒かれ、上書きの入口が鈍くなる。
 空き縁が濡れると、“続き”は死ぬ。
̶ ここを殺しに来たか。 
「白は息で乾かせ」
 俺は灯章のうつろ灯を低にし、跳ね芯の黙に合わせて白頁に息を流す。
 湯気印を縁穴に落とし、白を立たせる。
 子どもたちが息札で三進一止の風を送る。
 白は戻る。続きは死なない。
 監察筆ががん。
「帳薄への灰散布:灯の黙/湯気印/息札で回復。灰瓶押収」
 袖は組合と鑑定所の混成。
 カルドは扇をひらり。
「白は弱い。黒は強い。
̶ だから私は黒で書く」 
「白は入口だ。黒は抱くだけでいい」
 老女の陶工が黒に白の刷りを高く掲げる。
 空き縁の白が陽で透け、花割が薄く歌う。
̶五幕:総章・公開審問 倒れない責を章にする
 夕刻、広場の見比べ台が輪になり、総章審問が始まった。
 板の前には、水章の瓶、橋章の節釘、封音輪と封景板、艀章の手すり、席章の薄椀と回転秤、値章の三柱(鍋・息・歌)、灯章の跳ね芯/影札/灯秤、版章の歌版/黒密鏡、告章の輪唱帳/声尺。
̶ 全部だ。 
 中心に置主簿、その上に章印。
 俺は短くまとめた。
「総章の骨。
̶ 一、倒れない責 四手責×四口責。一点ではなく位相で証す。
̶ 二、黒に白 空き縁を入口と定義。上書きは改竄にあらず、続き。
 三、税は距離/拍/間で鍋寄進へ。紙貨額面で固定しない。
̶ 四、夜=座/朝=配 夜で座り、朝で距離に乗せる。
̶ 五、置主 主は場にあり、人は持ち回り」
 ジルベルトが補う。
「甘い火は黙で座る。厨房では一点より持ち回りが事故を減らす」
 侍医長が続ける。
「署名は複数で。筆頭は倒れる。病も夜に静め、朝に配る」
 吟遊詩人が輪唱で結ぶ。
♪ 黒は抱け 白は開け
 四で押せば 倒れない
 夜で座り 朝で届く
 エリクが結語を落とした。
「総章・仮採択。
̶ 四手責×四口責を章印として承認。 
̶ 置主簿を公示簿に連結。筆頭欄は廃す。 
̶ 黒に白の即時上書きを権と定義。
̶ 夜刷り=章印即時承認/朝配り=距離承認の二段。 
̶ 版籍簿は参考簿として併記。一点化は採らず」 
 監察筆の札ががん。
 広場の息が深くなる。夜の黙が街に落ち、紙の刃は鈍った。
 カルドは白い扇を閉じたまま、こちらを見た。
「三日の戦、君の設計で決まったな。
̶ だが、帳は明日も生きる。名前は明日も要る。 
 私は朝に戻る。大審問を王城で開く。
 総章が秩序か、煽動か。四が責の薄めか、倒れない型か」 決着の合図だ。紙と声、黒と白、一と四。全部の審理。
「大審問、受ける」
 喉に雪を落とし、熱を最低に落とす。
「章印と置主簿、見比べ台と喉鏡、花割と湯気印。
̶ 食べられる形で全部持って行く」 
 ジルベルトが薄椀をちんと鳴らす。
「甘い火は言い訳をしない。味で座らせる」
夜の仕込み:章印を束ね、審問へ
 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。
 跳ね芯は二燃一黙、灯景板は黒に白で更新。
 章印の輪を磨き、位相札を束ね、置主簿の縁穴に続き札を差し込む。
 見比べ台は十二に増やし、黒密鏡・紙息・喉鏡を並べる。
「段取り、締め」
一、章印一式を王城搬入。四手責×四口責の実演台を用意。
二、置主簿↓公示簿への連結。“筆頭欄廃す”の白を太く。
三、見比べ台・移動版を車に積む。喉鏡/黒密鏡/紙息を審問席に。
四、鍋柱・息柱・歌柱の三柱を王城前に立て、“値章の距離承認”で朝の配り口を作る。
 リーナが笑い、囁き札を指で弾く。
「多いね」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 老女の陶工は花割を見つめ、胸を張る。
「薄い黒は、長く残る」
 監察筆は大きな欠伸をひとつ。
「掲示、最後。
“主は場に。名は続きに。
 四で押して、四で告げよ。
 夜で座り、朝で配れ。
 倒れない責で、審問へ。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、三日戦の最後の音になった。
 空は濃く、灯は低く、章印は静か。
 白い扇は、王城の石階の上で薄く笑う。
 でも、鍋は知っている。
̶ 声は温度になり、版は手になり、責は分ければ 倒れない。
 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
 次の舞台は、大審問――紙と声の裁き。
 紙は速い。
 だが拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第33話「印刷戦・三日目――版籍簿と総章」
 夜明け前、空気は紙の刃みたいに薄い。
 でも刃は黙で鈍る。鍋の縁に手をかざし、喉の雪を一口落とす。
指が温まるまでが第一拍だ。
̶ 段取り、いくよ」「
 版台は歌版・陶版が二列、跳ね芯は二燃一黙。
 夜刷り百枚、湯気印は水紋で座り、左下に輪唱印、左上に四手責。
 黒板には昨夜起こした総章・草案。
【総章・草案】水/橋/封/艀/席/値/灯/版/告259
̶ 四手責×四口責=倒れない責 
̶ 黒に白=続きの権 
̶ 距離/拍/間で税を鍋寄進へ読み替え 
̶ 夜=座/朝=配の二段運用 
 ジルベルトが太鼓の黙拍穴を長黙に切り替え、短く言う。
「今日は帳簿が相手だ。鳴らしすぎるな。黙で座らせろ」
 吟遊詩人は四拍二黙の低い節で、輪の呼吸を整える。
 リーナは薄い粥と薄茶を二鍋。喉と指の両方を温める支度だ。
 石段の向こうから、白い扇。
 カルドは冬の顔で、黒い背表紙の大冊を抱えて降りてきた。表紙には大きく**《版籍簿》**。
《版籍簿・告示》
・版主は戸籍に連ねること。公示物は版主名・単独押印を必須とする。
・四手責・四口責は代表者(筆頭)を立てること。筆頭は一人。
・空き縁上書きは改竄として版籍剥奪の対象。
・夜刷りは**“無主の刷り”とし、朝刻承認なきもの没収。
・分責印・湯気印は承認外**。
̶ 一点化の帳で縛るつもりだ。倒しやすい責に集めて、朝で洗 う。
「主(あるじ)は人じゃない。置き場だ」
 俺は荷車から新しい板を出す。タイトルは**《置主(おきぬしぼ)簿》。
「版主=鍋/板/場。人は四手四口で“持ち回り”。
 筆頭は立てない。代わりに“位相札”**を立てる」
 老女の陶工が取り出したのは、細かい刻みのある位相札。四辺に花割の微裂紋、角に小穴。
 四人が同時に章印(昨夜組んだ響き輪印+囁き穴の複合印)を押すと、札がちりと鳴き、時刻と呼吸の位相が印影に残る。
̶ 誰が筆頭かではなく、この場で四人が一度に息を合わせたと いう事実を記す札だ。
 板題を書き足す。
【本日・公開検見】
一、版籍簿 vs 置主簿
二、一点責印 vs 章印(四手)
三、朝承認 vs “四手責+四口責”即時承認 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷き、監察筆が札袋をがんと揺らす。
̶一幕:帳の戦 押印ではなく“息”を証す
 最初の審理は王城前。
 カルドは版籍簿を高く掲げ、筆頭欄を指した。
「責の所在を一点にする。人は名で束ねるのが秩序だ」
「名は紙に残る。息は場に残る」
 俺は置主簿を開き、位相札を示す。
 章印を四人で押す。ちり。花割の薄濃が四相で揺れ、湯気印の水紋と交わる。
 黒密鏡を覗いた群衆の喉がすうと通る。
 一点責印は強い。けれど、再現できる。脅しで押せる。
 章印は薄い。けれど、再現できない。ひとりでは鳴かない。
 吟遊詩人が短い節を落とす。
♪ 一の朱は 熱で浮く
 四の花は 息で座る
 エリクが眠そうに、しかしはっきり言う。
「章印(四手)、置主簿への貼付を公示印として仮承認。筆頭欄の一点化は採用せず」
 監察筆の札ががん。
 群衆の息が一拍ほど深くなった。
̶二幕:偽章 薄グロの罠 広場の端で、章印そっくりの偽印が見つかった。
̶ 薄グロ 墨と油に胆汁を混ぜた鈍い黒。
 花割は似せてあるが、鳴かない。位相札が黙のままだ。
「喉で見ろ」
 俺は見比べ台に**“喉鏡”を足した。
 薄椀の一口を飲んで喉を整え、章印の文字を小声で追う。
 本物は息が乗る**。偽は喉が詰まる。
 リーナが笑って言う。
「味でもわかるよ。薄グロは舌に残る」
 老女の陶工が響き輪印を指で撫でる。
「鳴かない輪は、輪じゃない」
 衛兵が偽章を押収、袖は鑑定所。
 監察筆の札。
「**偽章(薄グロ)**押収。喉鏡・位相札で鑑別」
 カルドは扇を動かさない。動かないとき、次は深い。
三幕:筆頭抹消と、四口責の穴
 正午前、版籍簿の追告が届く。
《筆頭抹消規定》
・筆頭が不在の場合、公示は抹消。
・四口責は補助的責にすぎず、代替しない。
 人を一点に縛り、倒れを全体の死に直結させる規定。 カルドは静かに言う。
「誰も責を取らない秩序は、無秩序だ」
「誰か一人が責を背負う秩序は、折れる」
 俺は輪唱帳と置主簿を紐で結び、四口責×四手責の連記頁を開いた。
 四人の口印と手印が同頁に交差し、章印が中央に薄く座る。
 筆頭の欄は空白。代わりに**“場主:鍋/板/灯/橋”が縦書き**で佇む。
 吟遊詩人が囁くように節。
♪ ひと欠けても みで支え
 よで締めれば 息は座る
 エリクが結語を落とす。
「筆頭抹消規定は不採用。四口責×四手責の連記頁を公示簿の標準に。場主=置主と定義」
 札ががん。
 人垣の肩がほどけ、太鼓は黙に戻る。
四幕:帳薄の襲撃、白で返す
 午後、帳薄が襲われた。
 置主簿の白頁に薄灰が撒かれ、上書きの入口が鈍くなる。
 空き縁が濡れると、“続き”は死ぬ。
̶ ここを殺しに来たか。 
「白は息で乾かせ」
 俺は灯章のうつろ灯を低にし、跳ね芯の黙に合わせて白頁に息を流す。
 湯気印を縁穴に落とし、白を立たせる。
 子どもたちが息札で三進一止の風を送る。
 白は戻る。続きは死なない。
 監察筆ががん。
「帳薄への灰散布:灯の黙/湯気印/息札で回復。灰瓶押収」
 袖は組合と鑑定所の混成。
 カルドは扇をひらり。
「白は弱い。黒は強い。
̶ だから私は黒で書く」 
「白は入口だ。黒は抱くだけでいい」
 老女の陶工が黒に白の刷りを高く掲げる。
 空き縁の白が陽で透け、花割が薄く歌う。
̶五幕:総章・公開審問 倒れない責を章にする
 夕刻、広場の見比べ台が輪になり、総章審問が始まった。
 板の前には、水章の瓶、橋章の節釘、封音輪と封景板、艀章の手すり、席章の薄椀と回転秤、値章の三柱(鍋・息・歌)、灯章の跳ね芯/影札/灯秤、版章の歌版/黒密鏡、告章の輪唱帳/声尺。
̶ 全部だ。 
 中心に置主簿、その上に章印。
 俺は短くまとめた。
「総章の骨。
̶ 一、倒れない責 四手責×四口責。一点ではなく位相で証す。
̶ 二、黒に白 空き縁を入口と定義。上書きは改竄にあらず、続き。
 三、税は距離/拍/間で鍋寄進へ。紙貨額面で固定しない。
̶ 四、夜=座/朝=配 夜で座り、朝で距離に乗せる。
̶ 五、置主 主は場にあり、人は持ち回り」
 ジルベルトが補う。
「甘い火は黙で座る。厨房では一点より持ち回りが事故を減らす」
 侍医長が続ける。
「署名は複数で。筆頭は倒れる。病も夜に静め、朝に配る」
 吟遊詩人が輪唱で結ぶ。
♪ 黒は抱け 白は開け
 四で押せば 倒れない
 夜で座り 朝で届く
 エリクが結語を落とした。
「総章・仮採択。
̶ 四手責×四口責を章印として承認。 
̶ 置主簿を公示簿に連結。筆頭欄は廃す。 
̶ 黒に白の即時上書きを権と定義。
̶ 夜刷り=章印即時承認/朝配り=距離承認の二段。 
̶ 版籍簿は参考簿として併記。一点化は採らず」 
 監察筆の札ががん。
 広場の息が深くなる。夜の黙が街に落ち、紙の刃は鈍った。
 カルドは白い扇を閉じたまま、こちらを見た。
「三日の戦、君の設計で決まったな。
̶ だが、帳は明日も生きる。名前は明日も要る。 
 私は朝に戻る。大審問を王城で開く。
 総章が秩序か、煽動か。四が責の薄めか、倒れない型か」 決着の合図だ。紙と声、黒と白、一と四。全部の審理。
「大審問、受ける」
 喉に雪を落とし、熱を最低に落とす。
「章印と置主簿、見比べ台と喉鏡、花割と湯気印。
̶ 食べられる形で全部持って行く」 
 ジルベルトが薄椀をちんと鳴らす。
「甘い火は言い訳をしない。味で座らせる」
夜の仕込み:章印を束ね、審問へ
 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。
 跳ね芯は二燃一黙、灯景板は黒に白で更新。
 章印の輪を磨き、位相札を束ね、置主簿の縁穴に続き札を差し込む。
 見比べ台は十二に増やし、黒密鏡・紙息・喉鏡を並べる。
「段取り、締め」
一、章印一式を王城搬入。四手責×四口責の実演台を用意。
二、置主簿↓公示簿への連結。“筆頭欄廃す”の白を太く。
三、見比べ台・移動版を車に積む。喉鏡/黒密鏡/紙息を審問席に。
四、鍋柱・息柱・歌柱の三柱を王城前に立て、“値章の距離承認”で朝の配り口を作る。
 リーナが笑い、囁き札を指で弾く。
「多いね」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 老女の陶工は花割を見つめ、胸を張る。
「薄い黒は、長く残る」
 監察筆は大きな欠伸をひとつ。
「掲示、最後。
“主は場に。名は続きに。
 四で押して、四で告げよ。
 夜で座り、朝で配れ。
 倒れない責で、審問へ。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、三日戦の最後の音になった。
 空は濃く、灯は低く、章印は静か。
 白い扇は、王城の石階の上で薄く笑う。
 でも、鍋は知っている。
̶ 声は温度になり、版は手になり、責は分ければ 倒れない。
 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
 次の舞台は、大審問――紙と声の裁き。
 紙は速い。
 だが拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第34話「大審問――紙と声の裁き・前篇」 王城の大広間は、紙の高さで冷えていた。
̶ 床は大理石、天井は高く、声は反響で甘くなる設計。 つまり、黙が死にやすい。
 だから俺たちは、まず黙を持ち込んだ。
̶ 段取り、いくよ」「
 荷車から降ろす順はいつも通り。
 見比べ台・移動版(黒密鏡/紙息/喉鏡)。
 章印一式(響き輪印+囁き穴)。
置主簿と位相札。
 鍋柱/息柱/歌柱の三柱。268
 黙拍穴太鼓(子ども路/老いた足/港風)。
 うつろ灯と跳ね芯。
̶ そして、薄い粥 喉の雪を基準化する、ここだけは絶対に外せない器。
 王弟の隊が静かに背を預け、リヴァンス侯は眉を上げず、侍医長は指先で脈を取る仕草のまま立つ。
 エリク(書記官長)は眠そうな目でうなずき、監察筆(インスペクター)が札袋をがんと鳴らした。
 石段の上、白い扇が開く。カルド。冬の角度、いつも通り。
《起訴趣意書》
・無主の刷り(夜刷り)による秩序攪乱
・四手責/四口責による責任逃れ・黙拍運用(灯・太鼓・囁き札)による夜間統制の欠落
・空き縁上書きの改竄常態化
 紙の刃は、言葉の上にまっすぐ置かれた。
 俺は喉に雪を一粒落とし、温度を最低に落とす。
「主(あるじ)は人ではなく場。責は一点ではなく位相。
̶ 総章の解釈で応じるよ」 
一幕:口火――“言葉”は一人で、事実は四人で
 開廷の太鼓がどん、黙、どん。
 カルドの弁は速さで押す。
「一点で責を取れば、明快で迅速。
 四で割れば、曖昧で遅滞。夜は薄闇で煽動を生む」
 返しは遅く、短く。
「言葉は一人で切れる。
̶ 事実は四人で支える。 章印」
 章印を四人で押す。ちり。
 花割の薄濃、湯気印の水紋、位相札の微細な遅れ。
 黒密鏡に息が映り、喉鏡に通りが座る。
♪ 一で切り 二で測り
 三で運び 四で座る
 審問官たちの視線が、刃から椀へ、椀から紙へ移る。 ̶ 薄い粥を一口 喉が基準に戻る。ここが入口だ。
二幕:証拠一――“橋の事故”は一点で起きた
 カルド側の証拠は、橋章の事故記録。
 夜の無主掲示が混乱を呼び、二名が落水した、と。
「見比べ台・橋」
 俺は事故当夜の節釘、封音輪の遅れ、背秤の鳴数を並べ、置主簿の頁を開く。
 一点押印の臨時札が挿まっている。
̶ その夜は、一点責で運用されていた。 
「四口責が欠けていた。
 喉役の口上が省略され、黙拍が取れていない。
 四手責の位相がないから、封音の遅れを誰も拾えない」
 黒密鏡の波が暴れ、喉鏡に小さな詰まりが映る。
 侍医長が静かに言う。
「声は血圧だ。四で緩む。一で上がる」
 監察筆の札ががん。
「当夜:一点押印/喉役口上なし。黙拍未設定。四口責・四手責の運用不在」
 広間の紙の高さが一枚ぶん下がる。
三幕:妨害――“無音布”と“吸墨紙”
 反撃は速かった。
 壁に無音布が掛けられ、天井からは吸墨紙。
 反響が死に、黒が沈む。
 章印の鳴きが耳に届きづらい。
̶「黙拍穴太鼓 老いた足」
 ジルベルトが長黙で床に拍を刻み、うつろ灯が跳ね芯で二燃一黙。
 音ではなく、間で印を座らせる。
 位相札がちりと応える。
 吸墨紙には湯気印。水紋が黒の上で白を立てる。
 リーナが囁き札を掲げる。声はゼロ、拍だけが回る。
♪ いち・に・さん・(黙)
 椀で座り 紙で息す
 審問官たちが、耳から足へ、目から喉へと理解の筋を移す。
 紙の土俵に、拍を持ち込めた。
四幕:カルドの素顔――“冬の角度”の由来 短い休廷。
̶ 白い扇がわずかに傾き、カルドが 珍しく自分を語った。
「飢饉の年、紙しか残らなかった。
 名前で配った粥は遅かった。秩序だけが速度だった。
̶ 私は遅れが嫌いだ」 
 冬の角度は、寒さの記憶か。
 俺は薄い粥を一椀差し出す。「遅れは悪じゃない。黙に座る時間だ。
 四は遅いけど、倒れない」
 カルドは椀を受け、一口だけ飲んだ。表情は変わらない。
 ただ、扇の縁がほんの少し下がった。
五幕:論点整理――“改竄”か“続き”か
 午後の部。
 争点は空き縁だ。
 カルドは改竄と呼び、俺たちは続きと言う。
「黒は抱く、白は開く」
 俺は版景板の夜刷りを掲げ、空き縁の拾いを指す。
̶ 井戸の水位、背鳴数、封音の遅れ 上書きではなく追記。
 黒密鏡で覗けば、白は呼吸を残し、黒は波で抱え込んでいる。
 紙息で折り、広げる。すうと戻る。死んだ余白じゃない。
♪ 黒は声を抱え
 白は道を開ける
 エリクが眠そうに結語の草案を置く。
「空き縁=続きの権。改竄と見なさず。章印/位相札と連署を条件に」
 監察筆ががん。広間の空気がほどける。
六幕:公開実験――“一点 vs 四”の再現性
 結びは実験だ。
 一点押印と章印(四手)、同条件で剥がし/再押しを三回。 一点は二回目で濃すぎ、三回目で滲む。
 四は薄濃が揺れるが、位相が戻る。鳴き癖が再現する。
 侍医長が笑わずに言う。
「再現性は治療の母だ。四は戻る」
 王弟が短く頷く。
「倒れない責は四に宿る。一点は早いが、折れる」
̶ ここまで、こちらが押した。 
 だが、白い扇は閉じない。カルドは最後の紙を掲げる。
《大審問・続行決定案》
・総章は二十四刻の公開運用を経て本採択の可否を決する。
・王城前に三柱(鍋・息・歌)、見比べ台十二、置主簿を常設。
・一点責/四手責の混合運用を一度だけ許可。倒れの差を比較する。
̶ 勝ち逃げはさせない、ということだ。  上等だ。運用なら、段取りで勝つ。
夜の段取り:審問二十四刻へ
「段取り、締め」
一、夜座り/朝配りの二段を王城前に展開。章印即時承認↓距離承認の往復を刻ごとに記録。
二、混合運用の設計
 一点責の箇所を意図的に一点で回し、倒れを章印側で受け止める ̶ **“肩替(かたが)え表”**を置主簿に挿入。
三、喉基準の維持
 薄い粥/薄茶を審問台の脇に常備。喉鏡の前に一口を条件化。
四、妨害対策の先回り
 無音布には床拍、吸墨紙には湯気印+小楔、耳飴には足拍。一覧表を白で掲示。
 リーナが囁き札を指で弾き、笑う。
「二十四刻、長いよ」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトは太鼓を撫で、長黙に落とす。
「甘い火は長いほど座る」
 カルドは扇を閉じ、背を向けた。
 冬の角度は揺れない。ただ、歩幅が一拍だけ伸びた気がした。
 湯気は細く、まっすぐ、王城の石へ。
 次の舞台は、大審問・後篇――二十四刻の公開運用。
 紙は速い。
 でも、拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第35話「大審問――紙と声の裁き・後篇(にじゅうよ刻の公開運用)」
 王城前の石は朝露で冷たい。
 けれど拍は火のそばにある。鍋の縁に手をかざし、喉の雪を一口落としてから、俺は第一拍を置いた。
̶ 段取り、いくよ」「
 章印(響き輪印+囁き穴)/置主簿/位相札/見比べ台・移動版
(黒密鏡/紙息/喉鏡)/鍋柱・息柱・歌柱の三柱。
 黙拍穴太鼓は子ども路/老いた足/港風の三種を並べ、うつろ灯は跳ね芯(二燃一黙)へ。
 そして、薄い粥と薄茶。審問は喉を基準にする。
 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうにうなずき、監察筆が札袋をがん。
̶ 石段の上、白い扇がひらく。カルド 冬の角度。
《公開運用の条》
・二十四刻のあいだ、一点責と四手責を併走。
・倒れ(事故・混乱・遅延)を記録し、責の型ごとの受け皿を検見。
・承認は朝、章印は即時。
・白上書きは許可のもとに行う(改竄の有無を審査)。
 紙の刃は相変わらずまっすぐだ。
 だからこちらは段取りで曲げる。
かたがえおもて
初刻「肩替え表」
 俺は置主簿に新しい頁を挟んだ。題は肩替え表。
 一点で回す箇所を明記し、倒れが出た瞬間、四手へ肩替えする図面。
 四口責は口上を輪唱で回し、章印の位相と同時刻で縫い止める。
「倒れは敗けじゃない。続きの入口だ」
 吟遊詩人が四拍二黙を低く落とし、運用が走り始めた。
三刻「紙鳶(かみとび)と“早字(はやじ)”」
 一点責で回している王城脇の回覧板に、空から紙鳶。
̶ 早字 活字だけを先に撒く札だ。白がない。
 群衆が一瞬速さに引っ張られ、黙拍が崩れた。
「声幕! 囁き札!」
 反響を殺し、拍だけを渡す。
 肩替え表に従って四手責へ即時移行。
 章印をちりと鳴らし、空き縁の白で拾いを入れる。
「早字=距離不明。鍋寄進の対象外」
 紙息で折って広げると、早字は戻りが悪い。死んだ白だ。
 見比べ台に並べ、黒密鏡で差を見せる。速さは残っても、座りは置けない。
 監察筆ががん。
「紙鳶(早字):白欠損により告に非ず。四手責へ肩替え、混乱解消」 カルドは扇をわずかに引いた。速度だけでは押し切れない、と知っている顔だ。
六刻「薄氷と“墨冷え”」
 城門前の一点責区画で、墨冷えが出た。
 寒気で黒が脆くなり、一点押印の朱が浮く。
̶ 章印に切り替える判断が遅れ、列が硬直。 倒れ。
「甘い火を寄せろ!」
 ジルベルトがうつろ灯を長黙で運び、湯気印を空き縁に二滴。
 位相札を章印で刻み、四手の微妙な遅れで黒を落ち着かせる。
̶ 喉鏡の前で薄い粥を一口 通りが戻り、列が再開。
 侍医長が短く言う。
「冷えは一点を割る。四は息で戻る」
九刻「沈句(しずく)と逆輪唱」
̶ 王城裏路に沈句 黙を潰す韻だけの短詩がばら撒かれた。
 口にすると拍が早まるやつだ。
「逆輪唱で返す」
 俺たちは囁き札を足へ移し、いち・に・さん・(黙)を(黙)・いち・に・さんに反転。
 沈句が追いつけない。拍は戻る。
 章印は鳴き、置主簿に位相が座る。
̶十二刻「昼の審査 白は改竄か、続きか」 王城回廊で白上書き審査。
 カルド側は白を改竄だと主張。俺たちは続きだと返す。
 空き縁の拾いには鍋柱/息柱/歌柱の記録が並ぶ。
 黒密鏡で覗き、紙息で触り、喉鏡で読む。
 白は呼吸を持ち、黒は抱えている。
 審問役が二例で白=改竄を試みるが、位相札の同時刻が矛盾を指す。続きだけが矛盾しない。
 エリクが眠そうに草案を置く。
「白上書きは**“続きの権”。章印/位相札の連署を要す」 監察筆ががん**。
̶十五刻「封の罠 “濁蝋(だくろう)”」
 封景台で濁蝋。
 封蝋に油灰を混ぜ、封音を濁らせて**“遅延”の偽装を作る細工だ。
 一点責の路は封を割り、中身を差し替え**かねない。
「鳴らせ。割るな」
 俺たちは四口責の輪唱帳を開き、“港の封は鳴らせ。封は割るな
”の文句を四人で回す。
 封音輪が清に戻り、濁蝋は座れない。
 章印が封の肩を受け、一点路は肩替えされた。
十八刻「帳薄(ちょううす)焼きと“黒の雨”」
̶ 夕刻、帳薄の白頁に墨混じりの霧 黒の雨が降った。
 白が狭くなれば、続きは死ぬ。 跳ね芯を長黙に落とし、うつろ灯の羽で光を半分。
 湯気印を縁穴へ置き、子どもたちが息札で風を運ぶ。
 白が戻る。
 老女の陶工が花割を高く掲げる。
「黒は抱け。でも、白を塞ぐな」
二十刻「港風と“背鳴数”」
 港風が強くなり、声が散る。
 黙拍穴太鼓・港風に切り替え、交互黙を増やす。
 港の人足が背鳴(せなりかず)数を読み上げ、距離税を鍋寄進へ流す。
 一点路の配りは遅延を出すが、肩替え表で四手へ受け止める。
 倒れが倒れにならない。続くだけだ。
̶二十三刻「最後の仕掛け “無主の貼札(はりふだ)”」
 終盤、一点側の掲示柱が丸ごと剥がされ、“無主の刷り”と書かれた貼札が貼られた。
 章印の鳴きも位相も無視して、言葉だけで無主と決める札だ。
「主は場だ」
 俺は置主簿の頁を広げ、置主=鍋/板/灯/橋の連記を王城前に掲げる。
 章印を押し、位相札を添え、空き縁へ白で続きを書く。
 貼札は紙だ。場には勝てない。
̶ 喉鏡の前で薄い粥を一口 通りが戻る。
̶明(あけ) 判(わか)つ
 鐘が二つ。二十四刻が満ちた。 見比べ台には倒れの記録、肩替え表には受け止め率、置主簿には連記頁、章印には花割の揺れ。
 王弟が前に出る。
 エリクが眠そうに、しかし一語ずつはっきりと結語を置いた。
「判。
一、総章・本採択。
̶   四手責×四口責=倒れない責を章印として常設。
̶   置主=場。筆頭欄を廃す。
̶   夜=座/朝=配の二段運用を標準。
二、白上書き=続きの権。
̶   空き縁は入口であり、改竄にあらず。章印/位相札の連署を要す。
三、一点責の併走は限定。
̶   緊急出火等の即応に限り、肩替え表に従って章印へ即時移行。
四、紙の刃は見比べ台に置く。
̶   黒密鏡/紙息/喉鏡を常設し、誰でも触れてよい」
 監察筆ががん。
 広間の紙の高さが一段下がり、拍が座った。
 白い扇は閉じられたまま。
 カルドはゆっくりとこちらへ来て、薄い粥を受け取った。
 冬の顔のまま、一口、飲む。
「遅れは悪じゃないのかもしれない。
̶ だが、冬は来る。名前は要る。帳は死なない」 
「場も死なない。続きは誰のものでもない」 カルドは何も言わず、扇をわずかに回し、石段を上がった。
 終わりではない。続きだ。
夜の仕込み:百返し統合へ
 《旅する大釜隊》は王城前の端で薄い粥を一鍋。
 章印の輪を磨き、位相札を束ね、置主簿に**“百返し統合”の頁を差し込む。
̶ 水/橋/封/艀/席/値/灯/版/告 九章に総章を冠して十**。
̶ 百返しとは、黒に白、白に黒、歌に黙、黙に歌 往復で座りを作る運用百手のこと。
̶ 段取り、締め」「
一、百返し統合表を起こす。九章×二手(往/復)×五路=九十、+章印/置主簿/見比べ台/三柱/太鼓で百。
二、章印の“冬位相”を追加。寒冷時の黙を長に、湯気印を二重にする。
三、白上書きの“続き札”を規格化。子ども路/老いた足/港風の三型。
四、“肩替え表”を各区の板に複写。太鼓と歌柱に連動。
 リーナが囁き札を指で弾いて笑う。
「百って、気持ちいい数だね」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトは太鼓の穴を撫で、長黙に落とす。「甘い火は、百回でも座る」
 監察筆は大きな欠伸をひとつ。
「掲示、最後。
“主は場に、名は続きに。
 四で押して、四で告げよ。
 黒に白、白に黒。
 百返しにて、座りを作る。”
 ……寝る」
 札はがんと打たれ、審問の夜の最後の音になった。
 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
̶ 次の舞台は、総章(百返し統合) 街を一冊に。
 紙は速い。
でも拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第36話「総章――百返し統合、冬位相の街」
 夜明けの王都は、紙の刃の冷たさをまだ少し残している。
 でも今日は、章で温める日だ。九章+総章を百返しで束ね、街そのものを一冊にする。
̶ 段取り、いくよ」「
 荷車から降ろす順は、もう身体が覚えている。
 章印一式(響き輪印+囁き穴)/置主簿/位相札/百返し統合表。
 見比べ台(黒密鏡/紙息/喉鏡)×十二。
 鍋柱・息柱・歌柱の三柱。
 黙拍穴太鼓は子ども路/老いた足/港風の三種。
 跳ね芯とうつろ灯。283 ̶ そして、薄い粥と薄茶 喉の雪の基準器。
 板題を書く。
【総章・百返し統合】
九章(水/橋/封/艀/席/値/灯/版/告)×往復(二手)×五路=九十手
+章印/置主簿/見比べ台/三柱/太鼓=百
冬位相(長黙+二重湯気印)を併用
 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷き、監察(インスペ)筆(クター)が札袋をがん。
 老女の陶工は響き輪印の輪を磨き、ジルベルトは太鼓の穴を触って長黙を確かめる。 リーナは配り籠に囁き札と息札を詰め、子ども達が空き縁の白に「続き札」を差す練習をしている。
̶一幕:地図を一冊に 黒に白、白に黒
 最初の統合は版×告。
 版景板に輪唱帳を直接縫い込み、“黒に白=続きの権”を口でも追えるようにした。
 見比べ台の横に小さな筆台。空き縁の白へ拾いを落としたら、四口責で文句を回し、章印で位相を留める。
 言ったことが刷りに戻り、刷ったことが口に帰る。
 往=版↓告/復=告↓版。一返し。
 次に灯×席。
 跳ね芯(ニ燃一黙)の黙を、眠り椅子の一息角に合わせる。
 往=灯で暗をゆるし席を増やす/復=席の滞留を黙で測り灯へ返す。
̶ 二返し。 
 水×橋は封音輪を間に置き、橋の節釘の拍と堀の清音の遅れを行き来させる。
 往=水で清/復=橋で拍。
̶ 三返し。 
 ……艀×封/値×鍋柱/歌柱×太鼓。
 往復の線が王都の地図を縫い始め、黒と白が一冊に座る。
̶二幕:昼の往、夜の復 五路の稽古
 中路(広場̶ 王城)は版↓告で往、告↓版で復。 東路(港)は封↓艀/艀↓封。
西路(井戸街)は席↓灯/灯↓席。
南路(窯筋)は値↓鍋柱/鍋柱↓値。
北路(城門)は橋↓水/水↓橋。
 配り歌を短く置く。
♪ 往で抱け 復で開け
 黒に白 白に黒
 四で押して 四で告げよ
 リーナが囁き札で拍を落とし、子ども達が息札で**(黙)を運ぶ。
 百返し統合表の枠が白で埋まりはじめ、章印の花割がページの隅で薄く歌う**。
̶三幕:冬位相の試験 初雪、凍橋、遅れる喉
 昼過ぎ、初雪。
 橋は薄氷で滑り、封音は遅れを増し、喉は細くなる。
̶ 冬位相の出番だ。 
「長黙、二重湯気印。冬の段取り、いくよ」
 黙拍穴太鼓を長黙に切り替え、跳ね芯の黙を一拍延ばす。
̶ 章印は花割の外縁にもう一周の薄線 冬縁(ふゆべり)を刻む仕様に。
 湯気印は二重。空き縁の白に二つの水紋が重なり、冷でも黒を抱え込める。
 橋×水は、
 往=橋の節釘に長黙を入れて足拍をゆるやかに、
 復=水は封音の遅れを白に刻んで橋へ返す。
 席×灯は、
 往=席で眠り椅子の角度を四から四半へ浅く、
 復=灯で影窓を広げ、暗の息を増やす。 喉鏡の前で薄い粥を一口。通りが戻る。
 侍医長が短く言う。
「遅れは悪ではない。冬は黙で座る」
̶四幕:噂の黒雨 “誰かが上書きしている”
 夕刻、噂が走った。
 「夜刷りの空き縁、誰かが勝手に上書きしてる」
 広場の一角に黒の雨。白が濡れると、続きは死ぬ。
 見比べ台を引き寄せる。
 黒密鏡で覗くと、噂文の黒は過密で呼吸がない。
紙息で折ると、戻りが鈍い。
喉鏡で読むと、喉が詰まる。
̶ 章印と位相札の同時刻が噂文の単独押印と矛盾を示し 改竄ではなく**“貼付け”**と判る。
 監察筆が札をがん。
「噂文:改竄に非ず。貼付け黒。白上書き=続きの権は維持」 リーナが空き縁に拾いを一行。
̶「黒雨の場所 灯景板の影窓を二つ増やす」 噂は白で減衰する。続きで薄まる。
̶五幕:百返し・公開稽古 小さな手の学校
 夜。
 王城前の端で、百返し稽古。
 子ども達と老いた手のために、章印・小と囁き札・子、太鼓・短黙を用意した。
 四手責の位相は**“指の歌”**で教える。
♪ 親(いち)指で置いて 人(に)差で支え
 中(さん)で押して 薬(よ)で座る
̶ 黙、小指は、続きのために空けておく 
 小さな手が花割を押し、ちりと鳴く。
 老いた手は長黙で位相を合わせ、湯気印がやわらかに座る。
 往=学ぶ/復=教える。
̶ 百返しの一番好きな返し方だ。 
六幕:白い扇、遠い拍
 人垣の向こう、白い扇が一度だけ傾いた。
 カルドは近づかない。遠い拍で、こちらを測っている。
 明滅する跳ね芯の黙に合わせて、扇がわずかに上下する。
̶ たぶん 彼は遅れを数えている。冬が深まる前に、もう一度紙で来る気だ。
 王弟が短く言う。
「百返し統合、今夜で街に馴染んだ。
̶ 明日、章印と置主簿を各区へ常設。王城前は審問の広場から 
**“座りの学校”**へ変える」
 エリクが眠そうに、しかしはっきり書き置く。
「掲示:
 “主は場に、名は続きに。  四で押し、四で告げよ。
  黒に白/白に黒。
  冬の黙に二重の湯気。”」
 札ががん。
 紙の高さは一段下がり、拍が街に座った。
夜の仕込み:百返しを日常へ
「段取り、締め」
一、百返し統合表の冊子化。
 往/復を見開きで見せ、空き縁を広く。続き札を差せる縁穴つき。
二、冬位相の標準化。
 長黙/冬縁/二重湯気印を子ども路/老いた足/港風の三型に最適化。
三、置主簿の分冊。
 場主=鍋/板/灯/橋を区ごとに連記。筆頭欄なしは太字の白で。
四、審問広場の転用。
 見比べ台を教室へ。黒密鏡/紙息/喉鏡は触って覚える道具として常設。
 リーナが囁き札を指で弾き、笑う。
「学校、いい響き」
「多すぎるくらいが、ちょうどいい」
 ジルベルトは太鼓の穴を撫でる。
「甘い火は、日常で座るといちばんうまい」
 老女の陶工は花割を掲げ、胸を張った。
「薄い黒が、長く残る街になってきた」
 空には細い雪。跳ね芯は二燃一黙で白を育てる。
 湯気はまっすぐ、黒と白のあいだへ。
̶ 次の舞台は
第37話「判の歌、冬の扇――カルド決着・上」
 紙は速い。
 でも、拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第37話「判の歌、冬の扇――カルド決着・上」
 翌朝の雪は、音より先に白で降った。
 王城前の石は冷え、紙の刃はさらに薄い。……だから、まず黙を置く。
̶ 段取り、いくよ」「
 荷車の覆いを上げる。今日は裁(さば)きそのものに座りを作る日だ。
 出した道具は、いつもと似ていて、少しだけ違う。
判柱(はんばしら):鍋柱・息柱・歌柱の三柱を束ね、“言った・聞いた・見た・残した”の位相を一枚で記す柱。
判鼓(はんこ):黙拍穴を四周に持つ小太鼓。四口責でしか正しい音が出ない。
証綴(あかしとじ):章印の花割と位相札を紐で綴じる薄冊。白の縁が広い。
雪帳(ゆきちょう):冬位相用の帳。二重湯気印のために縁穴が二重。
判の歌(短律):四役輪唱で言い渡す裁きの定型。一で切り/二で測り/三で運び/四で座る。
 リーナが薄い粥を二鍋、ジルベルトは跳ね芯(二燃一黙)を長黙寄りに調整。老女の陶工は響き輪印の輪を、雪で冷えない程度に温める。
 エリク(書記官長)は眠そうに頷き、監察筆が札袋をがん。
̶ 石段の上、白い扇がひらく。カルド いつもの冬の角度だが、扇の骨に凍の細い筋が見えた。
《裁断告示・先刻》
・判は朝に限る。夜の申し立ては無効。
・筆頭名のない申請は却下。四手責/四口責は補助。
・空き縁上書きは改竄とみなす。
・判鼓や囁き札などの黙拍具は混乱の恐れにつき入廷制限。
̶ つまり、速度で切る、一点で縛る、黙を嫌う。いつものカル ドだ。
「**判章(はんしょう)**を置く」
 俺は黒板に白で書いた。
【判章・試運用】
̶一、判の歌 四役輪唱(言(こと)/聞(きく)/観(みる)/留(とどめ))
̶二、判柱 鍋・息・歌の三柱を束ね、位相で事実を記す
̶三、証綴 章印+位相札+空き縁の続きで判を成す
 王弟が短く頷き、侍医長が「喉の雪を基準に」とだけ添える。
 喉鏡の前で、全員、薄い粥を一口。喉を同じ高さに揃える。ここが判の入口だ。
̶一幕:最初の申立て 「凍橋(いてばし)の落氷」 最初の案件は北門の凍橋。
̶ 夜明けの渡りで滑落が出た、誰の責か 橋守か夜警か。
「判の歌、輪唱」
言「橋の節釘、長黙にしたか」
聞「太鼓は老いた足の穴で鳴ったか」
観「封音輪、遅れは白に記したか」留「章印の花割、四で揃ったか」 判柱の窓が開く。
̶ 鍋柱 薄い粥の配り回数が足りない。
̶ 息柱 黙が短い記録。
̶歌柱 輪唱の一拍崩れ。
 置主簿の頁には、当夜だけ一点押印の臨時札が挟まっていた。
「四が欠けていた。倒れない責が回っていない」
̶ 俺は判鼓を四人で一打。どん・(黙) 花割がちり。
 判は夜警の一点運用を是正し、橋守と夜警と喉役の四口で冬位相を回すよう続きを置いた。
 罰ではなく、運用変更。黒は抱き、白は開く。
 カルドが扇を傾ける。
「罰がない判は、判と呼べるのか?」
「倒れを継ぎへ変えるのが判だよ。紙は切るのが速い。場は直すのが速い」
 喉鏡の前で、群衆の喉がひとつ通る。
̶二幕:扇の一刀 「無主の訴え」
 次はカルドからの逆申立て。
 夜刷りの空き縁に書かれた「堀の赤は薄」という一行を改竄だと訴える。
̶ 筆頭名がない、と。 
「主は場だ」
 俺は証綴を開き、章印・位相札・空き縁の三点を示す。
 位相札には四口責の同時刻。章印には四手責の花割。
̶ 空き縁は白で 拾いが**“堀”↓“井戸街”へ続きとして写っている。
 名がなくても、息と拍がある。場が主**だ。
♪ 名は紙に 主は場に
 四で押して 白で続く 判柱の歌窓が白。
̶ 改竄ではなく続き 採用。
 白は入口、黒は抱。
 カルドの扇がきいと鳴り、骨が少ししなる。
̶三幕:冬の刺(とげ) 凍筆(いてふで)と沈声(ちんせい)
 審問の半ば、凍筆が入った。
 冷墨で書いた文字は喉鏡では読めるのに、声にすると凍って拍を奪う。
̶ さらに、沈声 低すぎる合唱が黙を潰す仕掛け。
「瞼札、逆輪唱」
 俺は瞼札の三穴を黙拍に合わせて閉じ、沈声に**(黙)を挟んで逆転させる。
 判鼓は老いた足の長黙で床へ拍を刻み、うつろ灯は羽を半分閉じる。
 凍筆は湯気印の二重で黒を起こし、凍の艶を紙息で剥ぐ。
 証綴の雪帳に、冬位相の追記が白**で滑り込む。 監察筆ががん。
「凍筆/沈声:瞼札/逆輪唱/二重湯気印で回復。継ぎを優先」
 カルドは扇を閉じ、ひと呼吸だけ長く黙った。
 その黙りは、冬の黙りだった。
̶四幕:判の歌 “罰科(ばっか)ではなく、座(ざ)”
 午後、俺は判の歌を正式に掲げた。
 裁くのではなく、座らせるための四行。
♪ 一で切り(言)
 二で測り(聞) 三で運び(観)
 四で座る(留)
 四が揃わない判は声にできない。
 四が揃えば、罰科は科ではなく座に変わる。
 橋の遅れは長黙で、封の濁りは鳴らしで、値の揺れは距離で、それぞれ座る。
 王弟が短く言った。
「王判(おうはん)も、この歌で輪唱する」
 侍医長が続ける。
「医判も同じ。一点で切らない。四で座らせる」
̶ 判章は、紙の上だけでなく、暮らしの筋で採用されはじめた。 ̶五幕:扇、わずかに解(ほど)ける カルドの冬
 審問の終わり、カルドが自分の冬を語った。
 飢饉の年。粥は名前で配られ、遅れは人を剥いだ。
 彼は扇で風を作り、紙で列を作り、速度を秩序と呼んだ。
「遅れが嫌いだ」
 カルドはそう言って薄い粥を一口飲み、目を閉じた。
 ジルベルトが静かに返す。
「甘い火は遅れで座る。急いだ火は煽り風で消える」
 カルドは扇を少し低く持ち替えた。
 冬はまだ冬の顔だが、骨がわずかに緩んだ。
̶六幕:宣(の)り合い 「扇を置け」「扇で返す」
 そこで彼は紙を一枚掲げた。
《扇置(おきおうぎ)の決》
・三日後、王城北門において最終の裁。
・判章か扇令か、どちらか一つを街の標準に。
・判は同刻に起きる二つの事故で試す。
̶ 凍橋の再渡りと、港の封の濁り。 
・扇は紙で、判は歌で。速さと座りの実地を見せる。
̶ 決着の場所と時が置かれた。 
 紙と歌、一点と四、罰と座。
 負けられないのは、こちらだ。
 なぜなら、鍋は食べられる形に直してからしか世界に出さない。「受ける」
 喉に雪を落として温度を最低に落とし、俺は言った。
「北門には橋×水×席の三返し、港には封×艀×灯の三返し。
 判柱二基、判鼓四台、雪帳を百冊。
 四手責×四口責の位相で同刻を座らせる」
 エリクが眠そうに、しかしはっきりと掲示を置く。
「掲示:
 “扇置(おきおうぎ)まで三日。
  判の歌を稽古し、雪帳を配る。
  四で押し、四で告げ、白で続け。
  冬の黙に、二重の湯気を。”」
 札ががん。
 紙の高さは、一拍だけ下がった。
夜の仕込み:扇置まで三日
「段取り、締め」
一、判柱二基の常設(北門・港)。鍋柱/息柱/歌柱の統合記録を白で補助。
二、判鼓四台の配列稽古。言/聞/観/留の位相を短黙↓長黙で切り替えできるように。
三、雪帳百冊の配布。続き札を三型(子ども路/老いた足/港風)で付録。四、見比べ台・移動版を各路に搬入。黒密鏡/紙息/喉鏡で即時の見極めを街に任せる。
五、輪唱の稽古を朝夕二座。判の歌を誰でも回せるように。
 リーナが囁き札を指で弾き、笑った。
「扇置、名前かっこいいね」「名前は紙で、座りは場だ」
 ジルベルトは太鼓の穴に指を置き、長黙を確かめる。
「甘い火は、三日でちょうど座る」
 老女の陶工は響き輪印を掲げた。
「薄い黒が、判には向いてるよ。鳴きで残るからね」
 雪は細く、跳ね芯は二燃一黙で白を育てる。
 湯気はまっすぐ、黒と白のあいだへ。
̶次回 第38話「扇置(おきおうぎ)――判の歌、冬を渡る(決着)」
 紙は速い。
 でも、拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第38話「扇置(おきおうぎ)――判の歌、冬を渡る(決着)」 雪は、音より先に白で降った。
̶ 北門の凍橋と、東の港。同刻に置かれた二つの試し 扇令(一点の速度)か、判章(四で座る)か。
 勝ち負けは紙で決めない。場で決める。
̶ 段取り、いくよ」「
 荷車の覆いを上げる。
 判柱二基(北門/港)/判鼓四台(言・聞・観・留)/章印一式
/位相札/雪帳百冊。
 見比べ台・移動版(黒密鏡/紙息/喉鏡)を五路へ散らし、黙拍穴太鼓を長黙寄りに。298
 跳ね芯(二燃一黙)は芯を細く、湯気印は二重。
 そして、薄い粥。喉の雪を基準化する、審判より先の審判だ。
 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷き、監察筆が札袋をがん。
 老女の陶工は響き輪印の輪を焙り、ジルベルトは太鼓の穴を撫でて言う。
「鳴らしすぎない。黙で渡る」
 石段の上、白い扇が開いた。カルド。冬の角度。
 彼は二枚の紙を掲げた。
《扇令》
・筆頭名による一点指揮。太鼓は均拍。・橋は通行線一本化、港は封割り迅速。
・上書きおよび四口輪唱は混乱の恐れにつき禁止。
《判章選用規程(臨)》
・判の歌での四役輪唱を許可。ただし遅延二刻を超える場合、扇令に切替。
̶ 速度の逃げ口は用意済み、ということだ。 
「判柱に刻む。同刻で始めて、同刻で終わる」 俺は歌柱の拍窓を開き、判鼓に長黙を取る。
̶ 喉鏡の前で全員が薄い粥を一口。喉の高さを揃える ここが入口だ。
♪ 一で切り/二で測り/三で運び/四で座る 四口責の輪唱で合図。扇置、開幕。
̶一幕:北門・凍橋 「滑りは速度で治るか?」
 橋は薄氷の上に薄く雪。紙の刃が敷かれたみたいに白い。
 扇令側は均拍太鼓で列を速め、通行線一本で押し流す。
̶ 速度は出た。 が、足拍が揃わない。黙がない。
 一人が足を取られ、二人目が肩で受けて、一瞬で三に広がる。速度は支えにならない。
̶「判柱 冬位相!」
 俺は判鼓を老いた足に切り替え、長黙を一拍足す。
 跳ね芯は黙で羽を閉じ、橋の影窓が間を作る。
 雪帳の二重湯気印が、白の上に二輪の水紋を座らせ、視が呼吸に追いつく。
̶ 四人の喉役が輪唱で**「一で切り 氷、二で測り 踏み幅、 ̶三で運び 手を、四で座る 黙」。
 章印がちりと鳴き、位相札に四相が刻まれる。
 崩れていた列が椀みたいに丸くなる。押しではなく受け**で渡す。
 カルドの扇が、遠くでわずかに下を向いた。速度の解は、ここでは浅い。
̶二幕:東港・封の濁り 「割れば速い、鳴らせば座る」
 港は潮が重い。封の束には昨日より濃い濁蝋。
 扇令は即割り。封を裂いて中身を目視、筆頭名で一点承認。
 確かに速い。だが濁りの由来が消える。誰が、どこで濁したか、続きが死ぬ。
「鳴らせ。割るな」
 俺たちは封音輪を四人で回し、輪唱帳を開く。
 “港の封は鳴らせ。封は割るな”
 四口責で言い、章印で肩を受け、置主簿の白に遅れを刻む。
 濁蝋は封音の立ち上がりに遅れを置く。数字でなく、息で残る。 喉鏡の前で、一口。通りが座る。割るより早いものがある。続く速度だ。
̶ カルドは扇を横にした。風を作る姿勢 だが、今日は振らない。
̶三幕:紙鳶と早字、耳飴と沈声 「妨害は“黙”で溶かす」 三刻目。空から紙鳶、早字だけが散る。白がない。 扇令の列が一瞬で文字へ吸い寄せられ、凍橋の黙が欠ける。
 判柱は声幕で反響を殺し、囁き札で拍だけ回す。
 足拍逆輪唱で早字を追い越し、雪帳の白に拾いを落とす。
「早字=距離不明、鍋寄進の対象外」
 白が速度を薄め、場が列を戻す。
 港では耳飴が配られ、沈声が黙を潰す。
 瞼札を黙に合わせて閉じ、判鼓を交互黙に。
 声が塞がれても、拍は足で行く。封音は揺れず、輪唱は切れない。
̶四幕:氷裂(ひわれ)と落水 「罰ではなく、座りで掬う」
 中刻。凍橋の縁がひびを吐いた。
 扇令の一本列の先頭が足を落とし、次いで二人目が肩から滑り込
̶ 落水。み
̶ 扇が一度だけ風を起こす。速さで列を反対側へ押し戻す だが、水に風は届かない。
̶「判鼓 留(とどめ)!」
 俺たちは四人で判鼓を打ち、留を中央に置いた。
 言は「割るな」を切り、聞は助けの数を測り、観は足拍で橋の節を運び、留は黙で列を座らせる。
 艀章の短手(みじかて)を吊り、長黙の拍で体を引き上げ、湯気印の二重で喉を温める。
 罰科が一文字も書かれないうちに、座が一人を返した。
 紙より遅いはずの黙が、命を速く拾う。
 カルドの扇がひと拍だけ下がる。
 冬の角度に、溶けの影。
̶五幕:封の偽装と肩替え 「速度の敗け方」
 港では、封の束に一点責票が貼られ、朱が二重。偽の“筆頭”が立つ。
 扇令は即時に承認を降ろそうとするが、封音が濁って立ち上がらない。
̶ 肩替え表 一点で回す箇所を四手へ移す図面 を開き、章印で受け止める。
 倒れが倒れにならない。続くだけだ。 見比べ台の前で、黒と白を街が触る。
 一点は濃く速い。四は薄く長い。
 喉鏡の前で粥を一口。通りは、薄い方に座る。
̶六幕:扇の転位 「速度を座りに接続する」
 日が傾く。扇置は終盤。
 カルドが北門へ歩み寄り、扇を水平に構えた。風を作る角度じゃない。幕を作る角度だ。
 彼は扇の骨の間へ薄布を張り、凍橋の頭上に影を作った。
 影窓。俺たちの道具の言葉を、彼はやっと手にした。
「黙を、扇で作る」
 カルドは短く言い、均拍太鼓を黙拍穴に換えた。
 一点の速さを四の座りに接続する。
 判柱の歌窓が白く灯る。扇は敵ではない。具だ。
 港でも彼は封割り迅速の部隊を退き、輪唱帳の前に立った。
 “鳴らせ。割るな”を一口だけ唱える。 冬の顔のまま、黙が一拍、長くなる。
終(しま)いの判:扇を置く
 鐘が二つ。同刻の終わり。
 倒れの記録は北門一件、港ゼロ。肩替えの受け止め率は九割八分。
 扇令単独での速度勝ちは二度、座り負けは三度。
 判章は遅延こそ僅かに増えたが、倒れを座りで返した。
 王弟が一歩前に出る。
 エリクが眠そうに、しかし一語ずつはっきり言う。
「判。
一、扇令は冬位相下において判章の従とする。
二、扇は影窓具として黙拍に連ねよ。
三、筆頭の一点運用は緊急に限り、肩替え表を必携。
四、白上書き=続きの権は不動。章印/位相札の連署を要す」
 監察筆ががん。
 広場の紙の高さが一段、下がる。拍が座る。
 白い扇が、雪の上に置かれた。
 カルドは扇から手を離し、ただ冬の顔のまま言う。
「速度は剣だ。
 剣は鞘がなければ人を欠く。
̶ 鞘を、きみの章に借りよう」 
「剣も鍋も、食べられる形に直してから外へ出す。それがうちの段取りだ」
 彼はわずかに頷き、雪帳を一冊、受け取った。
 筆頭の欄はない。続きの白だけが広い。
夜の仕込み:王都改革へ
「段取り、締め」
一、扇=影窓具の規格化。黙拍穴太鼓とセットで**“冬扇”**として登録。
二、肩替え表の常設。各区の置主簿に差し込み、一点↓四手の即時移行を見える化。
三、判柱・見比べ台を学校へ転用。黒密鏡/紙息/喉鏡を触れる授業に。
四、巡回輪唱。判の歌を朝夕二座、子ども路/老いた足/港風の三型で稽古。
̶五、冬位相の更新。長黙+二重湯気印+冬縁を小冊子に 雪帳へ添付。
 リーナが囁き札を指で弾き、笑う。
「扇、ほんとに置いたね」
「置いた扇は、もう紙じゃない。場の道具だ」
 ジルベルトは太鼓の穴を撫で、長黙を確かめる。
「甘い火は、黙に座る。剣だって、鞘で温かくなる」 老女の陶工は響き輪印を掲げ、胸を張る。
̶「薄い黒が、長く残る 今日、それが証明されたね」 雪は静かに降り、跳ね芯は二燃一黙で白を育てる。 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
̶次回 第39話「王都改革――公開庖丁局、座りの学校」
 紙は速い。
 でも、拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第39話「王都改革――公開庖丁局、座りの学校」
 雪はもう細く、白は街の角にだけ残っていた。
 扇置(おきおうぎ)の翌朝、王城前の広場は、裁きの石から教室の石へと静かに変わる。まずは黙を置く。鍋の縁に手をかざし、喉の雪を一口。第一拍はいつもと同じだ。
̶ 段取り、いくよ」「
 荷車の覆いを上げ、今日は二つの場を起こす。
こうかいほうちょうきょく
公開庖丁局:
“切る”を座らせるための局。紙の刃/言の刃/鉄の刃を同じ規格で扱う。306
刃秤(はばかり):切り口の息と黙を測る秤(黒密鏡と紙息を内蔵)。
鞘台(さやだい):速度を鞘に収める台。黙拍穴太鼓と連動。
庖丁唄(ほうちょううた):一で洗い/二で測り/三で運び/四で座る。
章印口(しょういんぐち):四手責×四口責の章印を押す窓。
白帳(しらちょう):空き縁の白を広く取った記録帳。
座りの学校:
見比べ台と喉鏡を主教材に、百返しを子どもから老いた手まで教える。
指の歌/足拍逆輪唱/冬位相。
続き札(三型:子ども路/老いた足/港風)。
 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうに頷く。監察筆は札袋をがん。
 ジルベルトは鞘台に黙拍を通して音の尖りを取る。老女の陶工は響き輪印の輪を焙り、章印口に触れて満足げだ。
̶ そして 石段の上に白い扇。カルド。今日は扇を水平に持っている。風よりも幕の角度だ。
̶一幕:庖丁局の開局 “切る前に座らせる”
 黒板に白で大きく掲げる。
【公開庖丁局・開局告】
一、刃は鞘から。黙拍に合わぬ切りは座らず無効。
二、章印口にて四手責×四口責を押す。筆頭欄は廃す。
三、白帳の空き縁に拾いを許す。改竄にあらず、続きなり。
四、庖丁唄を輪唱できない現場では急切禁止。
五、距離税は鍋寄進へ読替え。紙貨額面で固定せず。
 庖丁局の初仕事は、市中で揉めていた配肉場。
 速度を名に持つ包丁師が、一点押印の札を掲げ、切り口の美しさで早配を正当化していた。
̶ 列は確かに速い のに喉が詰まり、足拍が乱れる。座らない速さだ。
「庖丁唄、輪唱」
「一で洗い」
「二で測り」
「三で運び」
「四で座る」
 刃秤に切り身を置く。紙息で折り、黒密鏡で覗き、喉鏡の前で薄椀を一口。
̶ 三までは美しい。四が無い。 
 鞘台に載せ、黙拍を一拍足す。刃は静を経てから通になり、庖丁唄と位相がそろったところで章印がちり。
 切り身は同じ厚さでも、食べる速度が街に合う。切るは座らせるの前にある。
 カルドが一歩、鞘台に寄った。
「速度は剣。鞘は局。
̶ 剣は鞘で街具になる」 
 彼は扇の骨で鞘台の縁を叩き、黙を確かめた。冬扇は、もう局の道具だ。
二幕:鍵会(かぎえ)――“誰がいつ開けるか”
 王都でいちばん揉めるのは、“開ける”と“閉める”の鍵だ。
 橋の関板、港の封、夜の灯。鍵は一点に集めると速いが、倒れに弱い。
「鍵会(かぎえ)を起こす」
 俺は置主簿に新しい頁を差し込み、四本の鍵を輪に吊るした。
橋鍵(はしがね):節釘の黙を開ける鍵。
封鍵(ふうがね):鳴らして開ける鍵。
灯鍵(ひがね):影窓を開閉する鍵。
鍋鍵(なべがね):共助鍋の火を低↓中↓高へ渡す鍵。
 四鍵責(よんがねせき)。
 四口責/四手責の姉妹。開けることの倒れない責だ。
 鍵は位相札で時刻と呼吸を残し、鍵会の輪唱で運用される。
 扇令はここで規格に降りる。冬扇役(とうせんやく)として、カルドが影窓の鍵を持った。
 彼は抵抗しない。ただ、扇を少し低く構えた。
̶「扇は閉めすぎない。黙を削らない。 それが冬扇役の掟だ」
「剣ではないからね」
 彼は短く笑い、“冬の角度”を一拍だけ緩めた。
̶三幕:座りの学校 “指の歌、耳の喉”
 正午、広場は教室になった。
 見比べ台の前に小椀と紙と太鼓。
 子どもたちには指の歌、老いた手には長黙、港の人足には足拍逆輪唱。
 黒板には短い歌。
♪ 親(いち)で置き 人(に)で支え 中(さん)で押して 薬(よ)で座る
̶ 黙、小指は、続きのために空けておく  喉鏡の前で、全員が薄椀を一口。耳は喉に付いている。
 紙より前に、口より前に、喉で揃える。
 庖丁局の窓口にも、薄椀一口の看板を立てた。味が判の入口である、と街の人が覚えるように。
 リーナは続き札の配り方を教え、子どもたちは白帳に喉の雪の絵を描く。
 白は入口。文字がなくても、続きは始まる。
四幕:紙梁の復活――“黒の雨、二度目は薄い”
 午後、紙梁が王城通りに掛かった。
 上から黒の雨で白を濡らし、夜刷りだけを抜く古い仕掛け。
 でも二度目は薄い。
 影窓が標準になり、冬扇役が梁の上で扇を幕にして黙を増やす。 紙息で折り、小楔で縁を立て、**湯気印(二重)**で白を起こす。
 梁はまだ残るが、凶具ではない。道具だ。
 カルドは梁の上で短く言った。
「速度のために黙を殺した器具は、黙のために速度を選ぶ器具に変えられる」
 冬の顔のまま、言い切った。
五幕:庖丁局・公開検見――“縦の速さ/横の速さ”
 夕刻、庖丁局の前に長い卓を出し、公開検見。
 扇令時代の縦の速さ(隊列の伸び)と、判章時代の横の速さ(座の広がり)を黒密鏡/喉鏡で見せる。
 縦は数字が速い。
 横は生活が速い。
 百返し統合が入ってから、倒れが座りに変わるまでの拍数が半分になった。
 遅延は少し増えたが、同じ拍のなかで多くの人が食べられるようになった。
 街はそれを体で理解する。喉で納得する。
 エリクが眠そうに結語の草案を一枚。
【王都改革・第一束】
・公開庖丁局を常設。庖丁唄/鞘台/刃秤/章印口/白帳を標準。
・鍵会を設置。四鍵責で開閉を運用。冬扇役=カルド。
・座りの学校を日次二座。喉鏡一口を入場基準。
・紙梁・太鼓・封音の器具は黙準拠へ改修。
・肩替え表を各区の置主簿に常設。
 監察筆ががん。
 札の音は、罰ではなく拍になって街へ散る。
六幕:カルド、冬の勘定――“速度を鞘に納める”授業
 日が落ちる前、カルドが学校で短い授業をした。
 題は**「速度の勘定」**。
 彼は扇を横にし、均拍太鼓の前で言う。
「速さには二つある。
 一つは剣の速さ。数字で測れる“通過”の速さ。
 一つは鞘の速さ。座で測れる“続き”の速さ。
̶ 私は前者しか知らなかった。冬は、後者を必要とする」  扇の骨の間に薄布が張ってある。
 冬扇は、もう黙の器具だ。
 彼は鍵会の輪に座り、灯鍵を四相の息で回す。
 四でやると、速さは遅れるのではなく、戻れるようになる。
 倒れのあとに続きがある。それを勘定できる。
 リーナが笑って手を上げた。
「授業、合格」
 ジルベルトが太鼓をちんと鳴らす。
「甘い火は算盤が要らない。黙で座る」
七幕:共助鍋、常夜の椀
 夜。
 共助鍋が市内五ヶ所で同時に火を入れた。
 距離税↓鍋寄進の板が立ち、薄い粥が一椀ずつ流れる。
 喉鏡の前に立って一口。通りが揃い、学校も庖丁局も鍵会も同じ高さで動く。
 王都改革の本体は、ここにある。
̶ 食べられる形で物事を出す それだけだ。
 老女の陶工が花割を掲げ、子どもが喉の雪の絵を白帳に差し込む。
 空き縁は白い。続きはいつでも入れる。
 カルドは鍋の火を見て、扇を膝に置いた。
 冬の顔だが、骨は緩い。
̶八幕:王弟の結語 “罰ではなく、段取り”
 王弟が短く言う。
「王都改革の核は段取り。
 罰は最後。
 段取りで止まるものは、止まったと言っていい」
 エリクが眠そうに書き足す。
「掲示:
 “主は場に、名は続きに。
  四で押し、四で告げよ。
  刃は鞘から、判は喉から。
  冬の黙に、二重の湯気。”」
 札ががん。
 街の紙の高さがまた一段、下がった。
夜の仕込み:最終話へ
「段取り、締め」
一、庖丁局の“切る前に座らせる”手順書を小冊子化。白帳に差し込める背幅で。
二、座りの学校に**“朝の往/夜の復”の百返し練習帳**を配布。
三、鍵会の“四鍵責”を輪唱帳と連動。位相札を標準に。
四、冬扇役の影窓講習を定例化。扇=幕具の心得を街へ。
 リーナが囁き札を指で弾いて笑う。
「ねえ、“鍋は叫ばない”って、次の掲示にぴったりじゃない?」
̶ 最終話の題だ」「
 ジルベルトが太鼓の穴を撫で、長黙に落とす。「甘い火は、静でいちばん強い」
 雪はやわらかく、跳ね芯は二燃一黙で白を育てる。
 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
̶次回 第40話「鍋は叫ばない」
 紙は速い。
 でも、拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。

第40話「鍋は叫ばない」
 雪は薄く、王都の角にだけ白が残った。
 凍ての季は抜けかけ、風はまだ冬の骨を一本ぶん抱えている。
̶ 今日は春一番が来るらしい。叫ぶ風の初日だ。  だからこそ、鍋は叫ばない。
̶ 段取り、いくよ」「
 荷車の覆いを上げ、今日の静かな戦の道具を並べる。
**判柱(はんばしら)**二基:北門・港。
冬扇(とうせん)と影窓布:風を殺さず黙に変える幕。315
風秤(かぜばかり):突風の**間(ま)**を読む秤。黙が長いほど針が座る。
庖丁局・移動口:鞘台/刃秤/章印口/白帳を積んだ小屋台。
見比べ台(黒密鏡/紙息/喉鏡)×五。
雪帳と続き札(子ども路/老いた足/港風)。
黙拍穴太鼓三種(子ども路/老いた足/港風)。
̶薄い粥と薄茶 喉の雪の基準器。
 王弟の隊が背を預け、エリク(書記官長)は眠そうにうなずき、監察筆が札袋をがん。
 老女の陶工は響き輪印の輪を焙り、ジルベルトは跳ね芯(二燃一黙)を一段だけ長黙に寄せる。
 リーナは囁き札と息札をまとめ、子ども達に指の歌を小声で回す。
 石段の上、白い扇。カルドは水平に構え、幕の角度で立った。
 冬扇役の顔だ。
̶一幕:春一番 叫ぶ風の朝
 鐘が二つ。風がぐうと喉を鳴らして街角を回る。
 紙鳶(かみとび)が早字だけを撒き、紙梁の古い骨がきしと鳴った。
 そして、広場の端に怪しい屋台が出る。
̶ 看板には**「叫び鍋」 辛味を高く焙った喉奪い汁を薄甘で包んだ新手の品だ。
 喉鏡にかけると一瞬**だけ通るが、拍が乱れる。叫ぶための味。
「鍋は叫ばない」
 俺は庖丁局・移動口を屋台の隣に据え、庖丁唄を低く回した。
♪ 一で洗い
 二で測り
 三で運び
 四で座る
 刃秤に叫び鍋の具を置き、紙息で折って黒密鏡で覗く。
 三まで速い。四がない。
 鞘台にのせて黙を一拍。薄い粥を一口。喉鏡がすうと戻る。
 列の足拍が揃いだし、屋台の火は自然に低へ落ちた。 リーナが白帳へ拾いを書く。
「叫び鍋=三速・四欠。拍を奪う。薄粥一口↓四座」
 続き札が白に差さり、屋台は叫ばない鍋の方へ席を移す。
 カルドが扇の骨を一度だけ鳴らした。
「速度は器具に戻る。叫びは黙で薄まる。
̶ 冬扇、上げる」 
 影窓布が掲げられ、風は幕に当たって黙になる。
 叫ぶ風が座を覚え始めた。
̶二幕:鍵会(かぎえ)運用 開け閉めの四責
 春一番は扉を試す。
 橋には凍みが残り、港は潮が走り、灯は影を薄くし、鍋は火を欲しがる。
̶ 鍵の場だ。 
「鍵会、輪唱」
橋鍵(はしがね):節釘の黙を一拍長へ。
封鍵(ふうがね):鳴らせ。割るなを四口で。
灯鍵(ひがね):影窓を冬↓春に調整。冬扇役=カルドが運用。
鍋鍵(なべがね):共助鍋の火を低↓中へ。叫ばない温度。 位相札に四相が刻まれ、章印がちり。
 開けると閉めるが剣ではなく鞘の仕事に変わる。
 扇令は鍵に吸収され、速度は段取りへ還元される。
 監察筆が札をがん。
「鍵会運用:四鍵責により同刻差なし。開閉は座に従う」
̶三幕:紙梁の復活 黒の雨、二度目は道具 昼、王城通りに紙梁が掛かった。
̶ 上から黒の雨 だが二度目は薄い。
 冬扇が梁上で幕を張り、黙を増やす。
 小楔(こげつ)で白の縁を一筋立て、湯気印(二重)で白を起こす。
 黒密鏡と紙息の見比べ台を梁下に置き、喉鏡の前で薄粥一口を条件にする。
 梁は凶具ではなくなり、**“風の教具”**に転じた。
 カルドが梁の上から短く言う。
「紙は刃だ。刃は鞘で器具に戻せる。
̶ 冬扇役、心得た」 
 冬の角度が一拍だけ緩む。
̶四幕:学校の午後 指の歌、耳の喉
 広場は座りの学校。
 子ども達の前に見比べ台と小椀、老いた手の前に長黙太鼓。
 黒板に短い歌。
♪ 親(いち)で置き 人(に)で支え 中(さん)で押して 薬(よ)で座る
̶ 黙、小指は、続きのために空けておく 
 喉鏡の前で一口。耳が喉に付く。
 紙より前に、口より前に、喉で揃える。
 叫び鍋の子も、叫ばない鍋をおいしいと言った。
 味は判の入口だ。
五幕:春の事故と、鍋の声
 午後の終わり、中路で看板が倒れ、小さな騒ぎ。
 扇令なら叫びで散らし、紙で囲っただろう。
 判章は違う。
 判鼓を長黙に落とし、判の歌を低く回す。
♪ 一で切り(危の線を切る)
 二で測り(人の数と息を測る)
 三で運び(足拍で運ぶ)
 四で座る(黙で座らせる)
 庖丁局が鞘台を差し入れ、鍵会が灯鍵で影を作り、鍋鍵で薄粥を回す。
 叫びはどこにもない。
 でも、列は戻り、泣き声は喉で落ち着く。
̶ 鍋は叫ばない。 
 鍋は座らせる。
 監察筆が札をがん。「中路の倒看板:四役輪唱+鍵会で収束。罰科なし、段取りで解決」
六幕:カルドの置所(おきどころ)
 日が傾き、冬扇の布が桃色に透ける。
 カルドが扇を膝に置き、静かに言った。
「速さは剣で学んだ。
 座りは鍋で学んだ。
̶ 扇は、鞘であるべきだ」 
「置主は場、主は続きに宿る」
 俺は置主簿の白に、カルドの役目を一行で刻む。
̶「冬扇役:カルド 影窓の鍵/黙の幕/速度の鞘」
 章印がちり。位相札が四相で灯る。
 王弟が短く頷き、エリクが眠そうに結語の草案を置く。
【王都改革・第二束】
・冬扇役を常設。扇=幕具として規格化。
・庖丁局・移動口を五路に巡回。薄椀一口を入場基準。
・鍵会の四鍵責を置主簿に常記。
・座りの学校を常設。喉鏡/黒密鏡/紙息は触れる教具。
・肩替え表を市内全域に複写。一点↓四手の即時移行を標準。
 監察筆ががん。
 札の音は罰ではなく拍になって街へ散る。
̶七幕:旅支度 続きの入口
 夜。
 《旅する大釜隊》は広場の端で薄い粥を一鍋。
 章印の輪を磨き、位相札を束ね、置主簿に新しい頁を差し込む。
 頁の見出しは**「続きの入口」。
̶ 王都が座ったなら、次の街へ“入口”**を持っていく番だ。 
「段取り、締め」
一、庖丁局の小冊子『切る前に座らせる』を百部。白帳に差せる背幅。
二、座りの学校の**百返し練習帳(朝の往/夜の復)**を二百部。
三、鍵会の『四鍵責・手順』を五十部。位相札の差し込み穴つき。
四、冬扇役の『幕具心得』を三十部。扇=鞘の挿絵入り。
五、見比べ台・移動版を一式、次の街へ載せる。
 リーナが囁き札を指で弾いて笑う。
「学校は回る。鍋も回る」
 ジルベルトは太鼓の穴を撫で、長黙を確かめる。
「甘い火は、どこでも座る」
 老女の陶工は花割を掲げ、胸を張った。
「薄い黒は、長く残る。あんたの続きが、また誰かの入口になるよ」
 カルドは冬扇を抱え、静かに言う。
「扇はここに置いていく。
̶ 春扇役は、誰かが続きで作るだろう」  彼の冬の顔は、そのまま鞘になった。
結語:鍋は叫ばない
 掲示、最後。
「主は場に、名は続きに。
 四で押し、四で告げよ。
 刃は鞘から、判は喉から。
 鍋は叫ばない。
̶ 黙に座り、湯気で運ぶ。」 
 監察筆ががん。
 湯気は細く、まっすぐ、黒と白のあいだへ。
 王都の夜は低く、灯は二燃一黙で白を育てる。
 紙は速い。
 でも、拍は座る。
 そして鍋はいつでも、食べられる形に直してから、世界に出す。