異世界で再会した幼馴染は悪役令嬢でした

登場人物
シンジ・アルフォード
真司
 現代日本から転生した少年。平凡だが芯の強さと優しさが武器。
ユイ・グランディア
結衣
 前世の幼馴染。今世では侯爵令嬢で「悪役令嬢」と呼ばれる存在。
リオン
 学園で出会う貧乏騎士の息子。主人公の相棒ポジション。
クラリッサ王女
 学院の華。物語のもう一人の鍵を握るヒロイン。
黒幕侯爵
 結衣を悪役に仕立て上げる張本人。王国の陰謀を操る。
第1話 悪役令嬢は幼馴染でした
 白い光が、瞼の裏で波のように砕けた。
 焼けるゴムの匂い、誰かが呼ぶ声、遠ざかるサイレン。そこで途切れたはずの意識が、硬い寝台と天蓋の影に繋ぎ直される。
 見知らぬ天井。木目がやけに近い。腕を持ち上げると、袖口に金糸で家紋が縫われた寝間着――そして、子どもみたいに小さな手。
「……転生?」
 その言葉自体が夢の続きみたいで、口にしても現実味はない。ただ、胸の内側で鼓動だけが急に早くなる。打つたびに、過去の断片が水面へ浮かぶ。信号、雨、ブレーキの悲鳴。あの時、確かに俺は
――。
 扉がこんこんと鳴って、年配の執事が顔を出した。
「お目覚めでございますか、シンジ坊ちゃま」
 シンジ。響きは同じでも、ここでは“アルフォード男爵家三男” の名前だということを、直感のような記憶が教えてくる。

 季節が一巡りする頃には、俺はこの世界の景色を「日常」と呼べるようになっていた。馬車の揺れ方、パンの皮の固さ、夕暮れに灯る魔導街灯の色。前世の暮らしは、遠くのラジオみたいに音だけ残して遠ざかっていく。
 ただ一つだけ、遠ざけたくても遠ざからない気配があった。
 ――結衣。
 名前を意識の底で呼ぶたび、胸の中心が掴まれる。小学校の帰り道の夕日、図書室の埃っぽい匂い。雨の日に貸し借りした折り畳み傘。どれもが“こちら側”に居場所を持てず、宙ぶらりんで揺れ続ける。
 そんなある日、男爵家に一通の手紙が届いた。
 王都の魔法学院、予科への編入試験許可。三男の俺にも機会が与えられたらしい。社交に不向きな俺には、学舎の空気の方がきっと馴染む。少しだけ胸が軽くなった。

 入学初日。白い石畳と尖塔の連なる学院は、朝の光を受けて薄く発光して見えた。広場には貴族子弟と商家の奨学生が入り混じり、香水と革の匂いが立ちのぼる。
 鐘が三度鳴り、講堂の扉が開く。新入生は列になり、名前を呼ばれて一人ずつ入っていく。
「シンジ・アルフォード」
 呼ばれて一歩、踏み出したときだった。
 ざわ、と空気が波打つ。
 講堂奥の大扉が、予定にない音を立てて開いたのだ。
 濃い葡萄色のマント、光を受けて柔らかく波打つ栗色の髪。侍女が二人、後ろに従う。少女は足を止め、こちらを見た。
 目が合った瞬間、喉の奥で何かがほどける。
 ――結衣?
 言葉にならない呼び方が漏れそうになって、俺は慌てて唇を噛んだ。そんな名前、この世界にはない。
 少女は視線をほんの一拍だけ揺らし、すぐに無表情をまとった。
侍女の囁きが追いかける。

「グランディア侯爵家ご令嬢、ご到着です」
 周囲のざわめきが形を帯びる。
「悪役令嬢がまた遅刻か」「派手好きだこと」
 悪役令嬢――その言葉が、砂を噛むみたいに口の中でざらつく。 少女、ユイ・グランディアは学院の最前列に進み、涼しい顔で座った。面立ちは違う。けれど、笑ったとき右の口角がわずかに先に上がる癖も、目尻に出る小さな皺の位置も、俺の知っている“結衣 ”のそれと重なる。
 そして、信じがたいことに、彼女はほんの刹那――誰にも気づかれない角度で僕を見て、無声音で唇を動かした。
 し・ん・じ。
 胸が大きく跳ねた。

 ホームルームが終わるや否や、ユイの周囲には人だかりができた。取り巻きのように媚びる者、保身のために距離を測る者、そして露骨に敵意を向ける者。権力の影に集まる虫のようで、見ていて気分が悪い。
 ひときわ甲高い声が、わざとらしく広場に響いた。
「まあまあ、侯爵家のご令嬢って、登校から遅刻するのが“マナー
”でしたっけ?」
 発言者は銀髪の少女。確か男爵の姪で、取り巻きの中心にいると噂の子だ。彼女は手に一枚の書状をひらつかせてみせる。
「それにね、これ見た? 去年の慈善バザーの会計報告。侯爵家の寄付金、桁をひとつ誤魔化してるわ。あらあら、お里が知れる、ってこのこと?」
 わっと、楽しい玩具を見つけた子どもみたいに周囲が沸く。 ユイは瞬き一つせず、その書状を見た。
 強がりでも挑発でもなく、ただ静かに、波紋の広がりを見届けるような目だった。
「……その書面、原本をお持ち?」
「まさか。写しだけど?」
「なら、あなたの言葉は推測に過ぎないわ。公の場で他家の名誉を毀損するのは、学院規定第八条に抵触する。条文、読んでいる?」
「なっ……!」
 銀髪の少女が頬を赤く染める。だが彼女は引かない。
「でも事実かもしれないでしょ? あなたの家、最近色々と噂――」
「――そこまでだ」
 気づけば、俺は二人の間に割って入っていた。
 広場のざわめきが、別の質を帯びる。無謀な下級貴族の三男が、侯爵令嬢と有力男爵家の姪の間に立った。愚か者の図。
 震えていたのは、膝じゃない。息だ。
 でも、不思議と怖くはなかった。目の前にいるのが“結衣”の気配を纏った人間だから。
「会計の話をするなら、まず書類の出所を明らかにすべきだ。匿名の写しなんて、風聞より質が悪い」
「あなた、誰の味方を――」
「規定の味方だよ。学院は貴族の遊び場じゃない」
 銀髪の少女が舌打ちを飲み込む間に、俺は侍従に合図した。
 実はさっきから、ユイの侍女が袖の陰でこっそり合図していたのだ。巡回の書記官に通報済み、と。
 タイミングを見計らったように、教務員が広場に現れる。規定の確認、発言者の聞き取り、写し書面の一時差し押さえ。
 形ばかりの手続きでも、嘲笑の輪はそれだけで解けた。群衆は新しい噂を求めて、潮が引くように散っていく。
「助かったわ」
 取り巻きがいなくなった瞬間、ユイがこちらにだけ向ける声で言った。音程の下がり方が、懐かしくて胸が痛む。
 俺は周囲の目を避けて、柱の陰に滑り込む。ユイも一歩、ついてくる。
 距離が縮まる。香水に混じって、前世の雨の日に纏っていた柔軟剤の匂い――に、似た何か。
「……ユイ」
 名前を呼ぶ。それはこの世界の、彼女の名前。
 彼女の睫毛がかすかに揺れた。
「ねえ、真司」
 小さく、小さく。誰にも届かない声で。
 俺は世界が一瞬、色を変えるのを見た気がした。
「やっぱり、あなたね」
 言葉はそれだけなのに、長距離を走って水を一気に飲んだみたいに、体中に酸素が巡る。
 喉の奥が熱くなって、笑ってしまいそうになるのを、なんとか飲み込んだ。
「覚えてるのか」
「忘れられるわけないでしょう。――ねえ、後で少し時間ある?」 ユイは周囲を見回し、扇で口元を隠した。侯爵令嬢の仮面を正しく装着する仕草。
「放課後、旧図書塔。人に聞かれたくない話があるの」

 授業はまるで耳に入らなかった。教壇の教授が魔力回路について何か熱弁していた気がするが、黒板の文字は全部ユイの横顔の影になって見えた。
 放課後の鐘が鳴ると同時に、俺は旧図書塔へ向かう。学院の裏手、蔦に覆われた古い塔。鳩の鳴き声と紙の匂いだけが満ちている。
 階段をひとつ上がった踊り場で、ユイが待っていた。侯爵令嬢の衣装からは想像できないほど静かな表情で。
「来てくれて、ありがとう」
「当たり前だろ。話って?」
 ユイは躊躇い、扇を閉じた。
 そして、言葉を選ぶように一音ずつ置く。
「この世界、前世で私たちが遊んだ“ゲーム”に少し似てるの。設定も、事件も、登場人物の配置も。――そして私、ここでは“悪役令嬢”として断罪される運命にいる」
 脈が、ひとつ跳ねる。
「断罪――処刑?」
「直接の言い方をするならね。社交場での無作法、王子への執着、慈善の不正。用意された“フラグ”をきちんと踏めば、私はみんなの前で罪を宣告されて終わる。それが筋書き。たぶん、誰かが進行役をしている」
「進行役?」
「駒を並べ、噂を撒き、証拠を作る人。今日の“写し書面”みたいに。――薬指に大きな黒曜石の指輪をしている男爵。見覚えはない
?」
 黒い指輪。さっき、広場の向こう側でひときわ目立っていた男の横顔が脳裏をよぎる。まるで舞台裏から観客席を覗くような、冷たい目をしていた。
 ユイは一歩、俺に近づいた。扇越しに隠した唇が、少しだけ震えている。
「真司。お願いがあるの」
 目の前の彼女は“侯爵令嬢”でも“悪役”でもなかった。雨の日に傘を半分差し出してくれた、あのときの幼馴染だった。
「助けて。――私を、運命から外して」
 音のない雷鳴が、塔の上で転がった気がした。
 逃げる理由はいくらでも作れた。家の立場、学院での評判、自分が弱いこと。
 でも、そんな計算は、昔からこの子の前では役に立たなかった。
「分かった」
 自分でも驚くほど、声は静かだった。
「俺が全部、折る。フラグってやつを」
 ユイの肩が、ほんの少しだけ緩む。
 その安堵を見て、俺は初めて理解した。
 ――この物語は、テンプレートの上に並べられた駒じゃない。俺たちが歩くたび、形を変える道だ。
「ただし条件がある」
「条件?」
「ひとりで抱え込むな。泣きたい時は言え。怒る時は怒れ。……それから、俺の名前を、時々でいいから“真司”って呼べ」
 ユイは吹き出して、手の甲で目元を押さえた。
「あなたっていつも、そういう言い方をする」
 階段の踊り場の窓から、夕陽が差し込む。埃が光の粒になって、二人の間を漂う。
「約束するわ、真司。――一緒に、筋書きを壊しましょう」
 塔の外で、鐘が六度鳴った。
 その音は、学院の日常を告げる合図――のはずなのに、俺たちには別の意味に聞こえた。
 開幕の合図。
 “悪役令嬢”の断罪劇を、台本ごとひっくり返すための。

第2話 旧図書塔の密約
 夕暮れの鐘が鳴り終わると同時に、俺は学院裏手の旧図書塔へ向かった。
 魔導の光をほとんど使っていないその塔は、今や物置に近い扱いで、生徒の足が寄りつくことは稀だ。蔦が絡まり、苔むした石壁に夕陽が赤く映えている。扉は重く、音を立てて閉まった。中は薄暗く、紙と埃の匂いが満ちていた。
 階段を一段上がった踊り場に、彼女はいた。
 侯爵令嬢の気高さを纏ったまま、それでも前世の結衣を思わせる微笑みで。
「来てくれてありがとう」
「……当たり前だろ。あの呼び方をしたのは、君なんだから」
 彼女は少しだけ頷いて、長い睫毛を伏せた。
「確認したかったの。やっぱり――“真司”で間違いないのね」
 名前を呼ばれただけで、胸の奥が熱くなる。けれど浮かれている場合じゃない。
 彼女は扇を閉じ、声を潜めた。
「この世界は、私たちが昔遊んだ“乙女ゲーム”に似ているわ。登場人物、出来事、舞台設定……全部筋書き通りに進むように出来ている。そして私は“悪役令嬢”として、いずれ公開の場で断罪される運命にあるの」
「断罪……」
「そう。婚約者の王子に裏切られ、群衆に嘲られて、全てを失う。
それが“ルート”」 言葉を選ぶ彼女の横顔は、毅然としていて、それでいてひどく寂しげだった。
「……でも、結衣。いや、ユイ。君はそんな人間じゃない」
「分かってくれるのは、あなただけよ」
 小さく漏らされた声に、胸が締めつけられる。
 彼女は続けた。
「今日の“写し書面”は、その筋書きを押し進める道具。……黒曜石の指輪をした男爵が裏で糸を引いている。彼が“進行役”。」
「つまり、誰かが台本通りに駒を並べてるってことか」
「ええ。私が断罪されれば、王子とヒロインが幸せになる。その“ 結末”を誰かが望んでいるの」
 彼女は扇を握る手に力を込め、俯いた。
「お願い、真司。助けて。私、筋書き通りに終わりたくない」
 その声音は、前世の雨の日に俺の傘の半分を無理やり差し込んできた結衣と同じだった。
 逃げ場なんてなかった。
「分かった。俺が君を守る」
 彼女の目が見開かれ、震える。
「けど条件がある」
「条件?」
「一人で抱え込むな。辛いときは言え。俺を頼れ。……そして時々でいい、“真司”って名前を呼んでくれ」
 ユイは堪えきれず笑い、目元に手を当てた。
「あなたって昔から、そういう人だった」 窓から差す夕陽が、塔の中を淡い金色に染める。
「ありがとう、真司。――一緒に、筋書きを壊しましょう」
 鐘が六度、遠くで鳴った。
 俺たちは確かに約束した。
 悪役令嬢の断罪劇を、台本ごとひっくり返すと。 
第3話 学院の試験と、最初のざまぁ
 魔法学院の初週。
 学院恒例の「入学適性試験」は、毎年派手に話題を呼ぶ。新入生の能力を披露させる、言ってみれば“お披露目会”だ。
 試験内容は簡単。
 ――魔力制御で水晶を光らせる。ただそれだけ。
 けれど貴族社会にとっては、これが“力と血筋”を見せつける格好の舞台になる。

「次、ユイ・グランディア侯爵令嬢!」
 試験官が名を呼ぶと同時に、ざわめきが広場を満たした。
 「悪役令嬢の番だ」
 「きっと大げさにやるんだろうな」
 囁きは嘲笑に満ちている。
 ユイは静かに壇上へ歩む。背筋は伸び、視線はまっすぐ。取り巻きもいなければ、虚勢もない。
 彼女が両手を水晶へ添えた瞬間――
 眩い光が、広場全体を染め抜いた。
 青白い輝きは他の誰の魔力よりも鮮烈で、光柱となって天井まで伸びていく。
 ざわめきは、絶句へと変わった。
「……あれが、悪役令嬢?」
「馬鹿な、侯爵家にあんな魔力が?」
 しかしその光景を、嘲笑の代わりに利用する者もいた。
「見ろ、あれだ! 制御できてない! 派手に見えるが、不安定な証拠だ!」
 声を張り上げたのは、昨日俺たちに絡んできた銀髪の少女だ。彼女はにやりと笑い、さらに煽る。
「やはり侯爵家は見せかけだけ! だから“悪役令嬢”なんて呼ばれる!」

 その瞬間、俺は前に出た。
 ユイの後ろに立ち、水晶に手を添える。
 「……ちょ、アルフォード男爵三男だぞ?」
 周囲から失笑が漏れるが、構わない。
 俺は深呼吸し、彼女の魔力の波に自分の魔力を重ねた。
 ユイが振り返る。驚きと戸惑いが、その瞳に走った。
「真司……?」
「任せろ」
 二つの魔力が共鳴し、光はさらに安定した。
 暴れるはずの奔流はすぐに落ち着き、まるで星空のように穏やかな輝きへ変わる。
 試験官が唖然としたまま、慌てて結果を読み上げた。
「グランディア侯爵令嬢――最高位評価、特待指定!」 沈黙を破るように、広場がどよめいた。
「最高位……!?」「悪役令嬢じゃなくて、学院の至宝だろ」

 銀髪の少女は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ぐ、偶然よ! 下級貴族風情が手助けしなければ!」
「いや、助けを受け入れてなお制御できたのは彼女の力量だろう」
「お前の負けだな」
 生徒たちの視線が冷たく突き刺さり、少女は唇を噛んで俯いた。
 ――これが最初のざまぁ。

 試験を終え、塔の陰に戻ったとき、ユイは小さく笑った。
「……ありがとう、真司。あなたがいてくれて、本当に良かった」
 その笑顔は、侯爵令嬢でも悪役でもない。
 雨の日に俺を待っていた、あの結衣の笑顔そのものだった。
 俺は心の中で誓った。
 この物語を、絶対に台本通りにはさせない。
第4話 王子と“運命のヒロイン”
 学院の講堂に集められた新入生たちの前に、壇上の扉が開いた。
 入ってきたのは金の髪を持つ少年――王国第一王子アレクシス。 その姿が現れると、空気が一気に張りつめ、誰もが息をのんだ。
「王子だ……!」「やっぱり学院に入学なさるのか」
 視線はすべて彼に吸い寄せられる。
 そして、もう一人。
 栗色の髪をリボンで結び、つぶらな瞳を輝かせる少女が王子の隣に立った。平民服を丁寧に着こなしているが、気品を隠しきれない。
「彼女が……奨学生?」
「いや、王子の護衛付きだぞ」
 囁きはすぐに変わる。
「運命のヒロインか」
 俺の背筋に冷たいものが走った。
 ――この光景を、前世で何度も見たことがある。
 結衣と俺が遊んだ乙女ゲーム、その導入。
 王子と“聖女”と呼ばれるヒロインが並び立ち、そこに悪役令嬢が立ちふさがる。筋書きの始まりの瞬間だ。

 ユイは涼しい顔をして席から立ち上がった。
 「グランディア侯爵家のユイ・グランディアにございます。王子殿下のご入学を心よりお慶び申し上げます」
 完璧な礼儀で挨拶するが、広場には違う色の囁きが渦巻いた。 「また始まったぞ」「殿下に媚びるつもりか」
 アレクシス王子はわずかに頷いただけで、隣の少女を手で示した。
 「紹介しよう。彼女はリリア。特待枠の奨学生であり、特別に私の監督下に置くこととする」
 少女は緊張した様子で一礼する。
 「リリアと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします!」
 その瞬間、空気が決定的に変わった。
 ――“聖女ヒロイン”の登場。
 ゲームでユイが断罪されるすべてのフラグは、ここから始まる。

 昼休み。
 学院の庭園で、俺はユイと二人きりになった。
 彼女は花壇の前で立ち止まり、赤い薔薇をじっと見つめていた。「リリア……彼女が“ヒロイン”。筋書き通りにいけば、王子の寵愛を受け、私を断罪する役目を担う」
 吐き出す声は冷静で、それでいて深い諦念を滲ませていた。
「でも、真司。私は絶対に台本どおりにはならない」
 彼女の瞳が、強い意志の光を帯びる。
 俺は答えた。
「当然だ。君が悪役令嬢なんて茶番、俺が壊す」
「……ありがとう」
 ユイは小さく微笑んだ。その笑顔があまりに儚くて、胸が締めつけられる。

 そこへ、背後から声がかかった。
「君が……アルフォード男爵家の三男だな?」
 振り返ると、アレクシス王子とリリアが立っていた。
 王子の目は俺を値踏みするように鋭く、リリアの目はまるで何かを確かめるように真っ直ぐだった。
「学院に入ったからには、力を示してもらうことになる。君も―― 試されるのだ、アルフォード」
 それは挑戦状のようであり、運命の宣告のようでもあった。
 俺の胸の奥で、再び鐘が鳴る。
 ――筋書きを壊す戦いは、もう始まっている。 
第5話 実戦訓練と仕組まれた罠
 入学二週目。学院ではさっそく「実戦演習」が組まれた。
 木立の多い裏庭を使い、二人一組で模擬戦を行う。魔法と武技の両方を試す訓練で、実力を示す絶好の舞台だ。
 講師が名簿を読み上げる。
「――ユイ・グランディア侯爵令嬢と、アルフォード男爵三男」
 ざわり、と生徒たちが色めき立つ。
「またあの二人か」「悪役令嬢に下級男爵の相棒なんて」
 嘲笑混じりの声が広がる。
 ユイは平然と歩み出る。その背筋はまるで槍のように真っすぐで、誇りを隠さない。俺は隣に立ち、無言で頷いた。

 模擬戦の合図が鳴る。
 対戦相手は、昨日ユイに絡んできた銀髪の少女と、その取り巻きの男子生徒。
「ここで恥をかかせてやるわ」
 銀髪の少女は笑い、すぐに詠唱を開始した。炎の矢が幾筋も空を走る。
 観客の生徒たちが歓声をあげる。
「すごい、彼女やっぱり上級魔法を……!」 だが俺には見えていた。 矢の軌道はあえて散らし、退路を塞ぐように設計されている。明らかに「事故」に見せかけてユイを傷つける意図がある。
「くっ……!」
 ユイが身をひねるが、矢の雨は速い。
「ユイ、下がれ!」
 俺は前に飛び出し、手に持つ木剣を振り上げた。魔力を剣へ流し込むと、空気が震え、炎矢をはじく。
 炎が散り、黒煙が立ちこめた。
 煙の中、銀髪の少女の声が響く。
「やっぱり制御できないじゃない! 自滅するなんて!」
 狙いはそこだ。炎矢を“暴発”と見せかけ、ユイの悪役令嬢フラグを補強するつもり。
 俺は煙を切り裂き、声を張った。
「いいや、これは明らかな狙撃だ! 照準が一点に集中していた!」
「証拠もないのに!」
「証拠なら――ここにある!」
 俺は剣先を振り抜き、地面を斬った。魔力で焼かれた芝が矢印のように一直線に残る。
「見ろ! 退路を塞ぐために同じ角度で撃たれた跡が残ってる!」
 観客のどよめきが変わった。
「本当だ……!」「これ、わざとじゃないか?」
「侯爵令嬢を陥れようとしたのか?」
 銀髪の少女の顔が蒼白に染まる。
「ち、違う! 私は……!」

 試合はそこで中断された。講師が険しい顔で銀髪の少女に詰め寄る。
「学院での模擬戦を私怨に利用したのか。……処分は追って伝える」
 観客たちの視線は、ユイではなく銀髪の少女へ向けられた。
 “悪役”の立場が、逆転する瞬間だった。
 ユイは人知れず、小さく息をついた。
「……ありがとう、真司」
「当たり前だろ。俺は何度だって君を庇う」
 その横顔に、一瞬だけ前世の結衣が重なった。

 だが観客席の奥。
 黒曜石の指輪をはめた男が、煙草のような魔導具を口に咥え、笑っていた。
「ほう……面白い。筋書きを外れるか」
 彼の目は、駒を並べ直す策士の光を宿していた。
第6話 聖女と悪役令嬢
 模擬戦の騒ぎから数日後。学院の中庭は春の陽射しに包まれていた。噴水の水がきらめき、花壇の花々がそよ風に揺れる。
 そんな穏やかな景色の中、ユイの姿を見つけた。ベンチに腰かけ、本を膝に載せている。相変わらず背筋はまっすぐで、誰よりも気高いのに――その表情はほんの少し疲れていた。
「真司」
 俺に気づいた彼女は、ふっと笑みをこぼす。だがその声に安堵よりも緊張の色が混じっているのを、俺は見逃さなかった。
 その理由はすぐに分かった。
「グランディア侯爵令嬢」
 柔らかくもよく通る声が、中庭に響いた。
 リリア――王子に付き従う“聖女”が歩み寄ってくる。
 平民出身とは思えないほどの気品、曇りのない瞳。見ているだけで周囲の生徒が憧れの吐息を漏らす。
「……やっとお話できるわ。ずっと、あなたに挨拶をしたかったの」
 その言葉に、ユイはゆるやかに立ち上がる。
「私に? 理由を伺ってもいいかしら」
 リリアは迷わず答えた。
「だって、あなたは王子殿下の婚約者でしょう? その立場にいる方と、きちんと向き合わないといけないと思ったの」

 周囲の生徒たちがざわめく。
 「聖女と悪役令嬢が対峙してる……」
 「これは断罪の前触れか?」
 ユイは微笑んだまま、声の温度を下げた。
「向き合う、ね。あなたが殿下にどれほどの信頼を得ているか、私はよく分かっているわ。けれど……」
 そこで一拍置き、扇を閉じる。
「私を悪役に仕立て上げる筋書きに、従うつもりはないの」
 リリアの瞳が一瞬だけ揺れる。
「……筋書き?」
「知らないふりは通じないわ。あなたが自覚しているかどうかは別として、この学院は“誰かが仕組んだ物語”の舞台。あなたはその中心に置かれている。私は――断罪される役」
 リリアは顔を強張らせた。だが次の瞬間、彼女は強い意志を込めて言った。
「それでも、私はあなたを敵だなんて思わない。むしろ……友達になりたいの」

 予想外の言葉に、中庭は一層ざわめいた。
「友達? 悪役令嬢と?」
「聖女様は本当に聖女なんだ……」 ユイの目が大きく見開かれる。 その姿を見て、俺は胸の奥に違和感を覚えた。
 ――この展開は、前世で遊んだゲームにはなかった。
 リリアは筋書きをなぞる存在ではなく、自分の意思を持ち始めている?
 沈黙を破ったのは、ユイだった。
「……友達、ね。あなたが本気でそう言うなら、試させてもらうわ」
 その微笑みは、氷の刃のように鋭かった。
 リリアは怯まず、まっすぐ見返す。
「ええ、望むところよ」

 そのやり取りを、遠くから一人の男が見ていた。
 黒曜石の指輪を光らせ、煙管を細く吹かす。
「聖女が駒を外れた、か……。ならば次の手を打たねばならんな」
 中庭の風は心地よく吹き抜けていたが、俺の背筋にだけ冷たい汗が伝っていた。
 ――運命の台本は、確実に崩れ始めている。
第7話 学院祭の影
 学院最大の行事――春の学院祭。
 中庭には露店が立ち並び、貴族子弟たちの演劇や魔法ショー、商人が出す屋台が人でごった返していた。
 色鮮やかな布が風にはためき、楽団の音色が遠くから響く。
「……これが学院祭か」
 俺は人混みを見回して小さく息を吐いた。
 前世の文化祭を思い出す。屋台のたこ焼き、焼きそば、紙コップのジュース。笑い声とざわめき。
 だがこの学院祭には、もっと刺すような視線が混じっていた。
 ――貴族たちの見栄と、社交の場。
 ここは力の見せ場であり、同時に罠が仕掛けられる舞台でもある。

「真司、行きましょう」
 ユイが扇で口元を隠しながら俺を促した。
 表情は変わらず優雅だが、足取りはわずかに硬い。
「黒幕が動くなら、今日よ。学院祭は絶好の舞台だから」
 彼女の言葉に頷き、周囲を見回したそのとき。
 群衆の中に、黒曜石の指輪をはめた男の姿を見つけた。
 ――あいつ。
 笑みを浮かべながら、舞台裏の方へ消えていく。
「ユイ、行くぞ」
「ええ」

 舞台の幕が上がると同時に事件は始まった。
 劇に出演していた生徒の一人が、突如として魔法の暴走を起こしたのだ。
 火球が観客席に向かって飛び、悲鳴が上がる。
 「火事だ!」「避けろ!」
 その炎の矛先――ちょうどユイの座る席へ。
 完全に狙われている。
「ユイ!」
 俺は咄嗟に飛び出した。
 炎を受け止めるように剣を振り抜く。魔力を重ねた刃が火球を切り裂き、爆ぜた火花が空に散る。
 観客たちは口々に叫んだ。
「やはり悪役令嬢が魔法を乱したのでは!?」「侯爵家の娘が……
!」
 ――仕組まれている。俺たちを悪役に仕立てるために。
 ユイは立ち上がり、胸を張って声を放った。
「違います! 私ではありません。暴走を誘発したのは、魔力を操った第三者――」
 言い切るより早く、舞台袖からリリアが飛び出してきた。
「私が見ました!」

 澄んだ声が群衆に響き渡る。
「魔力の糸を操り、暴走を誘ったのは――あの黒曜石の指輪をした男です!」
 どよめきが広がる。
 黒幕の姿が群衆に映った瞬間、彼は舌打ちをして後退した。
「チッ、聖女め……筋書きを乱すか」

 観客の視線が一気にユイから逸れ、黒幕へと集まる。
 だが、男はすぐに姿を掻き消した。魔導具で転移したのだ。 混乱の後、舞台の火は鎮火し、観客は安堵の溜息を漏らす。
 ユイは小声で呟いた。
「……ありがとう、リリア」
「いいえ。私ももう、筋書きの駒でいるつもりはありませんから」
 互いの瞳が、ほんの一瞬交わった。
 ――悪役令嬢と聖女。
 本来なら決して並び立たない二人が、この瞬間だけ肩を並べた。
 俺はその光景を見ながら、はっきりと理解した。
 物語はもう、誰かが書いたシナリオから外れている。
 そしてその先にあるのは――まだ誰も知らない結末だ。未来を掴み取るしかないのだ。
第8話 共闘の誓い
 学院祭の混乱から数日後。
 事件の顛末は「魔法暴走の不祥事」として処理され、表向きは沈静化した。だが俺たちは知っている。黒幕の存在も、筋書きを歪めようとする力も。
 夕刻の旧図書塔。
 人目を避けて集まったのは、俺とユイ、そしてリリア。
 窓から射し込む光が三人を囲い、埃が光粒のように舞っていた。
「まずは礼を言わせて」
 ユイが扇を閉じ、深く頭を下げた。侯爵令嬢が、平民出の少女に対して。
「あなたが告発してくれなければ、私は完全に“悪役”にされていた」
「いいえ」リリアは首を振った。「私だって勇気が必要だった。…
…でも、もう黙っているのはいやなの。私は駒じゃない」
 その言葉に、ユイの瞳が揺れる。
 そして彼女はゆっくりと手を差し伸べた。
「ならば――共に戦いましょう。あなたと、そして真司と。筋書きを壊すために」
 リリアは驚いたように目を見開いたが、次の瞬間には強くその手を握り返した。
「はい。私も……運命に従うだけの“聖女”ではいたくない」 俺は二人を見つめ、静かに頷いた。
「いいな。その誓い、俺も受け入れる。三人で、黒幕を暴こう」

 その夜。
 学院の屋根裏部屋で、一人の男が帳簿を捲っていた。黒曜石の指輪が月明かりに鈍く光る。
「聖女まで筋書きから外れるとは……面白い。ならば次は外部から
“駒”を呼ぶまでだ」
 男の視線の先には、異国風の剣を携えた刺客の影。
 瞳は冷たく、迷いを知らぬ刃の色をしている。
「学院という檻を越えて……獲物を追い詰めろ」

 翌朝。
 学院の門を出ようとした俺とユイ、リリアの前に、黒衣の剣士が立ちはだかった。
 その眼差しは殺気に満ち、剣を抜く音が乾いた空気を切り裂く。
「目障りな駒は、ここで片をつける」
 ――黒幕の次の一手が、ついに動き出した。
第9話 襲撃の刃、三人の共闘
 学院の石門の外。
 朝靄を切り裂くように、黒衣の剣士が立ちはだかっていた。
 黒曜石の指輪を持つ男の差し金であることは明らかだった。
「目障りな駒は、ここで処分する」
 その低い声が響いた瞬間、周囲の空気が張りつめる。
 剣士の体から滲み出す魔力が石畳をきしませ、通りの鳩が一斉に飛び立った。

「下がってろ」
 俺はユイとリリアを庇うように前へ出た。
 だがユイがすぐに肩を並べる。
「真司、私も戦える。――悪役令嬢にされるくらいなら、自分の力で抗う」
 そしてリリアもまた手を掲げた。掌からは淡い光が広がり、聖女特有の癒しの魔力が漂う。
「私だって、守るためにここにいるんです!」
 三人の視線が一つに重なる。
 誰も逃げようとしなかった。

 剣士が動いた。
 音もなく踏み込み、黒い刃がユイの首筋を狙う。
 ――速い!
 俺は咄嗟に木剣を構え、刃を受け止めた。火花が散り、骨に響く衝撃が腕を走る。
「くっ……!」
 押し負けそうになる瞬間、ユイが横から魔法陣を展開した。
 「〈氷槍〉!」
 鋭い氷の矢が幾本も地面から突き上がり、剣士を跳ね飛ばす。
 その隙に、リリアが聖光を放つ。
 「〈浄化の光〉!」
 白い輝きが黒衣の男を包み、動きを鈍らせる。
 俺はその光の中に飛び込み、渾身の一撃を叩き込んだ。
 木剣が折れんばかりに振り下ろされ、剣士の胸甲を弾く。呻き声とともに、男の身体が石畳へと叩きつけられた。

 沈黙。
 靄が晴れるように、辺りに光が差し込む。
 倒れた剣士はすぐに立ち上がれず、悔しげに唸りながら姿を掻き消した。転移魔法だ。
「……逃げたか」
 俺は剣を下ろし、大きく息を吐いた。
 ユイは乱れた髪を直しながら、静かに言う。
「やはり狙われている。筋書きは、もう学院の外にまで仕掛けられているのね」
 リリアは俺とユイの手を握りしめた。
「でも、勝てました。三人なら……きっと」
 その言葉に、俺は強く頷いた。
「そうだ。俺たちで、この台本を壊してやる」

 一方その頃、学院から離れた屋敷。
 黒曜石の指輪を持つ男は椅子に腰かけ、地図の上で駒を動かしていた。
「小娘どもが……筋書きから外れると厄介だな」
 彼は駒を一つ倒し、にやりと笑う。
「ならば――断罪の舞台を早めてやろう。学院の“仮面舞踏会”で、真実を晒す」
 運命の歯車は、さらに大きく回り始めていた。

第10話 仮面舞踏会の罠
 王都の貴族学院で年に一度開かれる仮面舞踏会。
 学院生だけでなく、王族や有力貴族も招かれる一大行事――その華やかな夜がやってきた。
 煌びやかなシャンデリアが天井から光を注ぎ、仮面をつけた紳士淑女たちが広間を埋め尽くす。
 笑い声、杯の触れ合う音、絃楽器の優美な旋律。
 だが、俺の胸の奥は張り詰めたままだった。
「仮面舞踏会は“断罪の前奏曲”……」
 ユイが低く囁く。
 彼女の仮面は紅い羽根飾り付き。豪奢なドレスを纏いながらも、その眼差しは獲物を狙う鷹のように鋭い。
「前世のゲームでも、ここで一気にフラグが積み重なったわ」
「つまり、黒幕が動く舞台ってことだな」
「ええ」
 リリアも白銀の仮面をつけ、緊張した面持ちで俺たちの隣に立っていた。
「……何があっても、私、二人と一緒に抗います」
 その言葉に、俺は力強く頷いた。

 舞踏会が始まって間もなく、アレクシス王子が登場した。
 金の髪に黒の仮面、堂々とした立ち居振る舞い。 隣にはリリアが呼ばれ、観衆の喝采を浴びる。
「聖女様と殿下、なんて絵になるのかしら」
「では悪役令嬢は……」
 噂はすぐにユイへ向けられる。
 次の瞬間、楽団が演奏を止め、司会役が声を張った。
「皆様に重大なお知らせがございます!」
 広間の中央に掲げられたのは、一通の帳簿――。
「これはグランディア侯爵家が行った寄付金の不正を示す証拠です
!」
 会場がざわめきに包まれる。
「やはり……」「悪役令嬢は家柄ごと腐っている!」
 ユイの顔色は変わらない。
 だが俺は知っていた。これは黒幕の仕込みだ。
「……来たな」

 観衆の視線がユイを断罪する色に染まる中、リリアが一歩前へ進んだ。
「待ってください!」
 聖女の声が広間に響き渡る。
「私が見たのです。その帳簿は“写し”。しかも魔力の痕跡が細工されている。証拠にはなりません!」
 会場がざわめきを増す。
「聖女様が……?」「では、偽造なのか?」 黒曜石の指輪の男が群衆の中で笑った。
「聖女まで筋書きから外れるか。だが、駒はまだ用意してある」
 その言葉と同時に、広間のシャンデリアが爆音とともに落下した。
 悲鳴。混乱。
 崩れる光の雨の下、ユイの真上に――!
「ユイ!」
 俺は飛び込み、彼女を抱きかかえて床に転がった。頭上で火花が散り、破片が降り注ぐ。

 煙と混乱の中、ユイは小さく呟いた。
「やっぱり……これは断罪の舞台。次は、処刑フラグが立つ」
 俺は彼女の肩を抱きしめ、強く言った。
「フラグなんて、俺が全部へし折る。絶対に」
 その瞬間、リリアが駆け寄ってきた。
「……黒幕の姿、見えました! 舞踏会の奥に消えていった!」
 俺たちは視線を交わす。
 逃がすわけにはいかない――。
 華やかな舞踏会は、一転して血の匂いのする狩り場と化していた。第11話 追跡、仮面の裏へ
 落下したシャンデリアの残骸を飛び越え、俺はすぐに広間の奥へと走った。
 煙と悲鳴に包まれた会場の中で、ただ一人、黒曜石の指輪を光らせた男が悠然と歩き去っていくのが見えたからだ。
「待て!」
 叫びながら駆ける俺の背に、ユイとリリアの気配が続く。
「真司、一人で行かないで!」
「私も行きます!」
 仮面をつけた群衆をかき分け、奥の回廊へ飛び込む。
 そこは舞踏会の喧噪が嘘のように静まり返った石造りの廊下。蝋燭の炎が揺れ、影が長く伸びている。

 黒幕の男は振り返り、仮面の奥から笑った。
「愚か者ども。筋書きに抗えば抗うほど、舞台は血で彩られるだけだ」
 次の瞬間、男の指輪が黒い輝きを放ち、床に魔法陣が展開した。 そこから這い出てきたのは、獣のような影。鋭い牙と鉤爪を持つ魔獣が三体。
「くっ……!」
 ユイがすぐに詠唱を始める。
「〈氷槍乱舞〉!」 無数の氷の槍が魔獣を貫くが、倒れたのは一体だけ。残る二体が咆哮しながら突進してきた。
 俺は木剣を強く握り、真正面から一匹を受け止める。爪と剣がぶつかり合い、火花が散った。
「リリア!」
「はい!」
 リリアの祈りが光に変わり、俺の剣を包む。白い刃が輝き、魔獣を切り裂いた。
 残る一体はユイに迫る。
 彼女の動きが一瞬だけ遅れた。恐怖ではない――それは“運命” に縛られる違和感か。
「ユイ!」
 俺は飛び込み、魔獣の首元へ剣を叩き込む。悲鳴と共に影が霧散した。

 魔獣が消えた後、黒幕の男は薄く笑い、仮面を外した。
 現れた顔は――銀髪の少女の父、セイル男爵だった。
「家を潰された娘の仇を討つつもりか?」俺が吐き捨てる。
「仇? 違う。私が求めるのは“物語の完成”だ」
 セイルの瞳は狂気に燃えていた。
「聖女は殿下の隣に立ち、悪役令嬢は断罪される。そうして王国は正義を示す。これ以上に美しい筋書きがあるか?」 ユイの肩が震えた。
「私を……ただの見世物として消費するために……?」
「そうだ。それが役割だ」
 俺は剣を構え直した。
「ふざけるな。俺がその舞台ごとぶっ壊す」
 しかし、セイルは余裕の笑みを浮かべる。
「抗うがいい。だが舞踏会はもう“断罪の夜”として記録された。
次に開かれる学院評議会こそ、断罪の場だ」
 言い残すと、彼は転移魔法で姿を消した。

 残されたのは、荒れ果てた廊下と三人だけ。
 ユイは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「評議会……本当に処刑フラグが立ってしまう」
 リリアは迷いのない声で告げた。
「それなら、評議会の場で証拠を掴み、筋書きを暴くしかありません」
 俺は二人を見て、強く頷いた。
「よし。次の舞台は評議会だ。断罪のシナリオなんて、俺たちでひっくり返してやろう」
 月光が窓から射し込み、三人の影を重ねた。
 ――これはもう、誰かが用意した物語じゃない。俺たち自身の物語だ。
第12話 評議会の幕開け
 学院の大広間は、普段の華やかさを失っていた。
 列席するのは王族、貴族、教師陣、そして新入生全員。壇上には評議会の議長と監査官が並び、張り詰めた空気が場を支配している。
 ――今日が「断罪の日」だ。
 俺とユイ、リリアは並んで立っていた。
 ユイは平然とした顔を装っていたが、指先にかすかな震えが宿っている。
 俺はそっと隣に立ち、彼女の手を握った。
「大丈夫だ。俺がいる」
 その一言で、ユイの瞳が一瞬だけ揺れ、すぐに強い光を帯びた。

 議長の声が響き渡る。
「――これより、グランディア侯爵令嬢ユイの疑惑について審議を行う!」
 壇上に掲げられたのは、例の帳簿。
「寄付金を横領し、偽装した罪。さらに学院祭で魔法を暴走させ、民を危険に晒した。この二つをもって、断罪に値すると――」
「待ってください!」
 リリアが前に出た。
「それらはすべて細工です! 帳簿には魔力の痕跡があり、暴走も第三者によって仕組まれたものです!」 だが議場の声は冷ややかだった。
「平民の言葉など証拠にはならぬ」
「聖女といえども、侯爵家を庇うための方便では?」
 ユイの肩がわずかに沈む。
 ――筋書き通りなら、ここで彼女は完全に孤立する。

 俺は一歩、壇上に進み出た。
「証拠ならある!」
 全員の視線が俺に突き刺さる。だが退くわけにはいかない。
 俺は腰から取り出したのは、あの日舞踏会で拾った黒い破片―― 黒曜石の指輪の欠片だ。
「これが、暴走を誘発した魔導具の破片だ。魔力の痕跡を検証すれば、ユイではなくセイル男爵の仕業だと分かる!」
 会場がざわめきに包まれる。
「証拠だと?」「本物なのか……?」
 監査官が破片に手をかざし、瞑目した。
「……確かに、ここに残る魔力はユイ嬢のものではない。だが――」
 その瞬間、議場の扉が開いた。
「待たれよ!」
 響いた声は、アレクシス王子のものだった。
 堂々と歩み出る王子の隣には、仮面を外したリリアが立っていた。
「聖女リリアの証言は、王族の名において信頼に値する!」 場内がどよめきに揺れ、潮目が変わった。

 ユイはゆっくりと顔を上げ、壇上から全員を見渡した。
「私は――決して“悪役令嬢”などではありません。家の名も、自分の誇りも、誰にも汚させない!」
 その声は清冽で、胸を打つ力を持っていた。
 観衆の間から、かすかな拍手が起こり、それが次第に大きな波となって広がっていく。
 だが、その瞬間だった。
 広間の天井から、影のような魔力が降り注いだ。
「……まだ筋書きは終わらん!」
 黒曜石の指輪を嵌め直したセイル男爵が姿を現し、魔法陣を広間いっぱいに展開する。
「断罪の舞台は――血で完成するのだ!」
 光と闇が交錯し、評議会の場は一瞬にして戦場と化した。第13話 断罪の舞台、悪役令嬢は抗う
 轟音と共に魔法陣が広間を覆った。
 床に描かれた黒い紋様から、無数の魔獣が這い出してくる。観衆が悲鳴をあげ、教師たちが必死に避難誘導するが、魔力の嵐はそれすら呑み込んでいった。
「これが……断罪の舞台だ!」
 セイル男爵の叫びがこだまする。
「悪役令嬢はここで罪を暴かれ、命を落とす。聖女は殿下と共に民を救う。それが最も美しい結末!」
 ユイは凍りついたように立ち尽くした。
 ――これが前世のゲームで見た“バッドエンド”の光景。
 このままでは、本当に自分が「断罪される悪役令嬢」として終わる。
 俺は叫んだ。
「ユイ! 立て! 君は悪役なんかじゃない!」
 振り返った彼女の瞳は、涙に揺れていた。

「……でも私は、侯爵家の娘。誰も信じてくれない。証拠を突きつけても、筋書きは変わらない……」
「そんなの、壊せばいい!」
 俺はユイの手を取り、強く握った。
「お前はずっと優しかった。俺の幼馴染の結衣だ! 何度だって証明する! “悪役令嬢”なんて役割に、君を縛らせてたまるか!」
 その瞬間、ユイの瞳が大きく見開かれた。
 ――前世で呼ばれていた名前を思い出すように。
「……そうね。私は悪役じゃない。誰かの筋書きに踊らされるだけの駒でもない」
 涙を拭い、彼女は扇を閉じた。
「私の名はユイ・グランディア! この場で、私自身の物語を選ぶ
!」
 魔法陣が爆ぜ、黒い魔力が彼女に迫る。
 ユイは両手を広げ、声を放った。
「〈光氷結界〉!」
 まばゆい光と氷が絡み合い、巨大な結界が広間全体を覆う。
 魔獣たちが次々と凍りつき、砕け散った。

 観衆が息を呑む中、リリアがその隣に立ち、祈りを捧げる。
「聖女の加護を重ねます!」
 光の柱が結界に注ぎ込まれ、凍結の力がさらに増す。
 俺は前へ飛び出し、剣を振りかざした。
「ここで終わらせる!」
 氷と光に貫かれ、魔獣の群れは次々と塵へと還っていく。
 セイル男爵が歯ぎしりをした。
「馬鹿な……筋書きが……!」
 だがその声すら、観衆の歓声にかき消された。「悪役令嬢じゃない!」
「侯爵令嬢ユイが皆を救った!」
 ユイは息を切らしながら、振り返って俺を見た。
「……ありがとう、真司。私、ようやく分かったわ。
 私は“断罪される令嬢”じゃない。“未来を選ぶ令嬢”なの」
 その笑みは、華やかな舞踏会の光に照らされ、誰よりも眩しかった。

 しかしセイルはなおも仮面の奥で嗤った。
「いいだろう。次は王都そのものを舞台にしてやる。学院など前座にすぎん!」
 指輪が閃光を放ち、男の姿は闇に消える。
 残された広間には、喝采と震えるような期待が渦巻いていた。
 ――断罪劇は終わらない。
 だが俺たちの物語も、ここからさらに大きく広がっていく。第14話 戦いの後、仮面を外して
 魔獣がすべて消え、結界の光が静かに収まっていく。
 広間には熱を帯びたざわめきと、崩れ落ちた椅子や破片の匂いが残っていた。
「……ふぅ」
 ユイは肩で息をしていた。豪奢なドレスは焦げ跡で黒ずみ、髪も乱れている。だがその姿を見つめる観衆の瞳には、もはや「悪役令嬢」の色はなかった。
「侯爵令嬢が……学院を救った」
「真実は違ったのか……!」
 人々の声が波のように広がる。その中心で、ユイはただ真っすぐに立っていた。

「ユイ!」
 俺は駆け寄り、彼女の手を取った。
 その手は冷たく震えていたが、握り返す力は強い。
「本当に……やり遂げたんだな」
「ええ。でも……正直怖かったわ。もし結界が崩れていたら、私が
“悪役”として処刑されていたかもしれない」
 声がかすかに震える。
 だから俺は、真正面から言った。
「大丈夫だ。お前はもう悪役じゃない。俺が何度でも、そう証明する」
 ユイは驚いたように俺を見上げ、それから小さく笑った。
「……真司、あなたって、前世のときから変わらないのね」
 その瞳は涙で潤んでいるのに、不思議なほど綺麗だった。

 リリアも駆け寄ってきた。
「ユイさん……すごかったです! 私、本当に胸が熱くなって……
!」
 聖女の瞳に浮かんだ涙は、偽りのないものだった。
 ユイは一瞬だけ戸惑い、それからリリアの手を握った。
「ありがとう。あなたが勇気を持って声を上げてくれたから、私は立てたのよ」
 二人の手が重なり、その光景に広間はさらにざわめいた。
 ――“悪役令嬢”と“聖女”が並んでいる。
 本来なら敵同士のはずの二人が。

 しかし、喝采の中で俺の胸に重く残るものがあった。
 黒幕・セイル男爵は逃げた。しかも「次は王都全体を舞台にする」と言い残して。
 ――学院の事件は序章にすぎない。
「真司」
 ユイが静かに囁く。
「私、もう怯えない。どんな舞台でも……あなたと一緒なら抗える」 その声はかすれていたけれど、確かに力強かった。
 俺は頷いた。
「なら、最後まで一緒に壊そう。運命も筋書きも」
 窓から差し込む月明かりが、仮面を外した三人を照らしていた。
 ――新しい幕が、静かに開き始めていた。 
第15話 王都に広がる影
 学院での評議会から数日。
 俺たちはようやく落ち着いた時間を得たはずだった。だが、王都の空気はすでにざわつき始めていた。
「王都中に“侯爵家の不正”の噂が流れているそうです」
 リリアが学院の食堂で新聞を広げた。
 見出しには「侯爵家娘、学院で断罪寸前」と大きく書かれている。
「……やっぱり黒幕が情報を流している」俺は拳を握った。
 ユイは表情を変えずに新聞を見つめていた。
「学院であれほど証拠を示したのに……筋書きはなおも続いているということね」
 その声に悔しさが滲む。

 王都の噂は止まらず、貴族街では「断罪の続きは王宮で行われる」という憶測まで飛び交っていた。
 人々が「悪役令嬢の破滅」を望むように仕向けられている。
「ユイ嬢」
 そこへ現れたのはアレクシス王子だった。
 彼の顔にも焦りが見える。
「評議会での件は私も知っている。だが民衆は簡単に操られる。… …おそらく、セイル男爵は次の舞台を“王都評議会”に移すつもりだ」
「つまり……王国全体を巻き込んだ断罪劇、ってことか」
 俺の言葉に、王子は苦々しく頷いた。
「止めねばならぬ。だが証拠を完全に押さえねば、逆にこちらが罪に問われる」
 広間の空気が一気に重くなる。

 夜、学院の旧図書塔。
 三人で集まり、机に地図を広げた。王都の議事堂、貴族街、そして侯爵家の屋敷。
「黒幕は噂を“仕込み”、評議会で爆発させるつもりよ」ユイの指が地図をなぞる。
「なら先に仕掛けるしかない」俺は応えた。
「セイル男爵の証拠を掴み、奴を逆に断罪する」
 リリアが小さく手を握った。
「……危険です。でも、やらなければユイさんは本当に……」
 ユイは二人を見て、深く息をついた。
「ありがとう。私、もう逃げないわ。悪役令嬢として処刑される筋書きなんて、ここで終わらせる」

 その頃――王都の暗い地下室。
 セイル男爵は黒曜石の指輪に魔力を注ぎ、低く笑っていた。
「次の舞台は王都。断罪される令嬢、喝采を浴びる聖女……それこそが人々の望む物語だ」
 彼の背後には、黒いフードをかぶった者たちが跪いていた。
「始めよ。“断罪劇”の最終幕を――」 
第16話 決戦の前夜
 王都に到着した俺たちは、侯爵家の古い別邸に身を寄せていた。 街のあちこちで耳にするのは「侯爵家の令嬢は悪女だ」という噂ばかり。
 まるで王都そのものが舞台装置となり、ユイを断罪へと追い詰めようとしていた。
「……人々の視線が冷たい」
 馬車の窓から外を眺めながら、リリアが小さく呟く。
「これが“筋書きの力”なのかしら」
 ユイは静かに頷き、唇をかすかに噛んだ。
「ええ。でも、もう怯えない。――明日の評議会で、私たちがすべてを覆す」

 夜更け。
 俺とユイは別邸の中庭に出ていた。
 星の光が淡く降り注ぎ、噴水の水音だけが響いている。
「真司」
 ユイがドレスの裾を揺らしながら振り向く。その横顔は月明かりに照らされ、儚いほどに綺麗だった。
「……私、正直に言うわ。明日の評議会が怖い」
「ユイ……」
「だって、もし失敗したら、私は“悪役令嬢”として終わってしまう。そう思うと、足がすくむの」
 俺はそっと彼女の手を取った。
「でも、俺は信じてる。君が悪役なんかじゃないことを。俺の幼馴染――結衣だった頃からずっと」
 ユイの瞳が震え、やがて涙を溢れさせた。
「真司……ありがとう。あなたがいてくれるなら、私はどんな筋書きにも抗える」

 別邸の屋根の上では、リリアが月を見上げていた。
 その胸に強い決意を秘めながら。
「明日……必ずユイさんを守る。聖女としてじゃなく、一人の友達として」

 一方その頃、王宮の地下。
 セイル男爵は信徒たちを集め、黒い魔法陣の完成を見下ろしていた。
「明日、評議会の場で“断罪劇”を完成させる。悪役令嬢の死、聖女の称賛、そして王国の喝采……」
 その瞳には狂気と確信が宿っていた。
「――舞台は整った。あとは役者が踊るだけだ」

 王都に夜が更けていく。 静寂の下で、断罪劇の最終幕がゆっくりと近づいていた。 
第17話 王都評議会、断罪の幕開け
 王都の議事堂――。
 荘厳な大理石の柱に囲まれた広間は、すでに群衆のざわめきで満ちていた。
 王族、貴族、そして市井から招かれた代表まで。誰もが息を潜め、この瞬間を待っている。
 壇上に立つのは、黒曜石の指輪をはめたセイル男爵。
 彼の口元には勝者の笑みが刻まれていた。
「これより、侯爵令嬢ユイ・グランディアの罪を問う!」
 その言葉と同時に、会場の視線が一斉にユイへ突き刺さる。
 「やはり悪女か」「断罪を」「国の恥だ」――群衆の声が波となって押し寄せた。

 俺は一歩、ユイの隣へ出た。
「落ち着け。これは筋書き通りの舞台だ。俺たちが壊す」
 ユイは唇を震わせながらも、頷いた。
「……ええ。もう逃げない」
 その瞳には、前夜に見せた涙ではなく、確かな光が宿っていた。

 セイルが帳簿を掲げた。
「見よ! これこそ侯爵家の不正の証だ!」
 観衆がざわめき、評議員が頷く。
「違います!」
 リリアが前へ進み出て、聖女の光を掌に宿す。
「その帳簿には魔力の痕跡がある! 偽造の証です!」
 だがセイルは笑った。
「ほう、聖女までもが侯爵家の娘に操られたか!」
 彼の声が魔術と混じり、観衆の心を惑わせていく。

 その瞬間、俺は懐から“破片”を掲げた。
 舞踏会で拾った黒曜石の指輪の欠片。
「これが証拠だ! 暴走を仕組んだのはセイル男爵だ!」
 だが――。
 床に魔法陣が浮かび上がった。
 「断罪劇を終わらせるつもりか? ならばここで完成させよう!」
 セイルの叫びと共に、議事堂全体が揺れた。
 魔法陣から次々と黒い影が立ち上がる。
 群衆の悲鳴。逃げ惑う人々。
 評議会の場は、一瞬にして戦場と化した。

「ユイ!」
「大丈夫。私も戦う!」 ユイの手が光に包まれ、氷槍が次々と生み出される。
 リリアが祈りを捧げ、俺の剣に聖光が宿る。
 三人の力が重なった瞬間、広間の空気が変わった。
 観衆は息を呑み、断罪を待つはずだった令嬢の姿に目を奪われる。
 ――悪役令嬢ではなく、王国を救う戦士の姿に。

 セイル男爵が指輪を高く掲げる。
「抗え! 筋書きからは逃れられん!」
「なら、その筋書きごと――俺たちで叩き壊す!」
 俺は叫び、光に輝く剣を振り上げた。
 断罪劇の最終幕が、ついに始まろうとしていた。 
第18話 悪役令嬢の決断
 黒い魔力が渦を巻き、議事堂の天井を震わせる。
 セイル男爵の指輪から噴き出す闇が、群衆を縛り、評議会の場そのものを舞台に変えていった。
「さあ見よ! 侯爵家の娘が断罪され、悪役令嬢として処刑される光景を!」
 狂気に満ちた男の声が響くたび、群衆の視線はユイへ集まる。
 ――筋書きが現実を侵食していく。

「ユイ!」
 俺は隣で剣を構え、叫んだ。
「ここで立たなければ、運命は奴の思い通りになる!」
 ユイの瞳が揺れる。
「でも……どんなに足掻いても、私は“悪役”にされてしまう……
!」
 その言葉と共に、黒い鎖が彼女の足元から伸び、ゆっくりと絡みついた。
 リリアが必死に祈りの光を放つ。
「ユイさん! あなたは悪役なんかじゃない! だって……あなたは私を守ってくれた!」
 群衆のざわめきが変わる。 「守った……?」「断罪されるはずじゃ……」

 ユイは鎖に縛られたまま、拳を握った。
 震える唇が、ついに言葉を紡ぐ。
「――違う! 私は悪役令嬢なんかじゃない!」
 その声が議事堂に響き渡る。
「私はユイ・グランディア。前世では“結衣”という名で生き、そして今は……仲間と共に戦うただの一人の人間!」
 その瞬間、鎖が砕け散った。
 氷と光が重なり合い、彼女の身体から白銀の魔力が溢れ出す。

「馬鹿な……!」
 セイル男爵が後退した。
「筋書きに逆らって力を得るなど、ありえん!」
「ありえるさ!」
 俺は剣を振りかざし、ユイと並び立った。
「台本に書かれた未来なんて関係ない。俺たちが選ぶんだ!」
 ユイが氷槍を掲げ、リリアが祈りを重ねる。
 三人の魔力が重なり、巨大な光氷の翼が広間を覆った。

 観衆が息を呑む。
 ――悪役令嬢ではなく、希望を背負った令嬢の姿に。

「これが私の答え! 断罪される役なんて拒絶する! 私は私の物語を生きる!」
 その叫びと同時に、氷と光の嵐がセイルの魔法陣を粉砕した。
 議事堂を満たしていた黒い魔力は一気に霧散し、重苦しい空気が解けていく。

 膝をついたセイルは、血を吐きながらなおも笑った。
「……だが忘れるな。筋書きは消えぬ。役者が抗えば抗うほど、次の舞台が現れる……」
 そう言い残し、彼は闇に呑まれて消えた。

 広間に静寂が訪れる。
 人々は呆然とし、やがて拍手が起こり始めた。
「悪役令嬢ではない!」「彼女は国を救った!」
 その声の波の中で、ユイは俺を振り返った。
「真司……私、やっと言えたわ。私は“悪役”じゃないって」
 涙と笑みが入り混じった表情で。
 俺は彼女の肩を抱き、力強く頷いた。
「そうだ。お前は、俺の幼馴染で――未来を選ぶ令嬢だ」
 断罪の舞台は終わり、新しい物語の幕が上がろうとしていた。第19話 静かな夜、二人きりの誓い
 断罪劇の舞台となった評議会が終わり、王都の広間は沈黙を取り戻していた。
 民衆のざわめきも次第に消え、夜の帳が街を包む。
 俺とユイは王都の宿舎の一室にいた。
 窓の外には灯火が瞬き、遠くに祭の残り香のような音楽が流れている。
 けれど、この部屋だけはしんと静まり返っていた。

「……本当に、終わったのね」
 ユイはベッドの端に腰掛け、手のひらを見つめていた。
 氷と光を纏ったときの力はもう残っていない。そこにあるのは、ただ震える指先だけ。
「怖かった。群衆の視線も、筋書きに絡め取られる感覚も。あのまま本当に“悪役”にされるのかと」
 声は小さく、今にも消えそうだった。
 俺は彼女の前に膝をつき、その手を包み込んだ。
「でも抗った。君は確かに“役”を超えたんだ。誰ももう、君を悪役なんて呼べない」
 ユイの瞳に、ゆっくりと涙が滲んでいく。
「……真司。前世からずっと、あなたに守られてばかりね」「守りたいんだ。ずっと」
 それは自然に出た言葉だった。

 ユイは小さく笑い、目を伏せた。
「じゃあ、今度は私の番。――あなたを支えるわ。悪役令嬢なんて肩書きじゃなく、ユイとして」
 その言葉は震えていたが、確かな強さがあった。
 俺は答えを言葉にする代わりに、彼女の手を強く握り返した。
 その温もりが、何よりの誓いになると分かっていたから。

 廊下の影から、リリアがそっと二人を見守っていた。
 彼女は静かに目を伏せ、微笑む。
「……やっと“筋書き”を超えたんですね。
 でも、物語はまだ終わっていない。セイル男爵の後ろにいる存在
――必ず突き止めなければ」
 彼女の決意は夜空の星よりも固く、強く輝いていた。

 窓の外に、大きな月が浮かんでいた。
 その光の下で、俺とユイは互いの手を離さず、ただ静かに未来を見つめていた。
 ――物語は終幕ではなく、新たな章へと進んでいく。
第20話 真の黒幕
 王都の夜。
 セイル男爵が消えた後も、街は不気味な沈黙に包まれていた。
 まるで次の幕が開くのを待つ観客のように。

 その頃、王宮の地下。
 闇の回廊を進む影が一つ。
 長衣をまとい、黄金の仮面で顔を覆った人物が、静かに玉座の前に歩み寄る。
「セイルは失敗しました」
 跪く者の報告に、仮面の人物は小さく笑った。
「構わぬ。あれは“前座”にすぎない」
 声は低く、だが背筋を凍らせる威厳を帯びていた。
「本当の断罪劇は、これから始まる。舞台は王都全体ではない―― 王国そのものだ」

 翌朝。
 俺たちは王都の市場を歩いていた。
 人々は昨日の騒ぎを忘れたかのように賑わっている。
 だがその会話の端々に、不穏な噂が混じっていた。「王族の中に裏切り者がいるらしい」
「次に狙われるのは“王国評議会”だって……」
 ユイは眉をひそめた。
「……セイル男爵の背後には、もっと大きな存在がいる」
 リリアも頷く。
「そうですね。昨夜、あの闇の残滓に“別の魔力”を感じました。
セイルのものではない、もっと深い……古代のような」 俺は拳を握りしめた。
「じゃあ、あいつらの狙いは――」
 そのとき。
 市場の広場に、突如として巨大な魔法陣が浮かび上がった。
 人々の悲鳴。逃げ惑う群衆。
 空間を割るように現れたのは、黄金の仮面をかぶった者の幻影だった。
「民よ、聞け」
 低く響く声が王都全体を震わせる。
「偽りの侯爵令嬢は断罪された。次は王族だ。腐敗を正すため、王都を“裁きの炎”で浄化する」
 広場は一瞬で恐怖に支配された。
 ユイが俺を振り返る。
「真司……これが、“真の黒幕”……!」
 仮面の人物は手を掲げ、炎の竜を呼び出した。
 それは王都の空を覆うほど巨大で、見る者すべてを絶望させる存在。
「さあ――断罪の第二幕を始めよう」
 その声が響いた瞬間、王都の空が赤黒く染まった。

第21話 王都炎上
 王都の空を覆った炎の竜が、咆哮と共に火の雨を降らせた。
 市場の建物が次々と燃え上がり、人々は悲鳴をあげながら逃げ惑う。
 空に浮かぶ黄金の仮面の幻影が、冷酷な声を響かせた。
「腐敗を浄化せよ。悪役令嬢の次は、王都そのものだ」

「ユイ! リリア!」
 俺は二人を庇いながら広場を走る。
 炎の竜が吐き出す火炎弾が石畳を砕き、熱風が肌を焼いた。
「ここで退いたら、王都が滅ぶ!」ユイが叫ぶ。
 彼女の瞳は恐怖を超え、決意に燃えていた。
「〈氷壁〉!」
 立ち上がった氷の壁が炎を受け止め、蒸気が爆発のように広がる。
 リリアも両手を組み、祈りを捧げる。
「〈聖光結界〉!」
 人々を包み込む光の盾が広がり、逃げ遅れた子供たちを炎から守った。
 群衆が口々に叫ぶ。
「悪役令嬢じゃない!」「彼女が王都を守ってる!」 人々の心が揺れ始めていた。

 だが、黄金の仮面の幻影は嗤う。
「民衆の心など容易く操れる。だが炎は嘘をつかん」
 竜の尾が振り下ろされ、広場全体が崩れ落ちる。
 俺は剣を握り、飛び込んだ。
「ユイ! 合わせろ!」
「ええ!」
 俺の剣にリリアの光が宿り、ユイの氷槍と共鳴する。
 三人の魔力が重なり、青白い光刃となって竜へと突き進んだ。
「〈氷光斬〉!!」
 刃が竜の胸を裂き、炎が炸裂した。
 だが、竜は崩れず、黄金の仮面が冷ややかに言い放つ。
「見事だ。だが所詮は第一幕。抗うならば――もっと深い闇で試されよ」
 その声と共に、幻影と竜は霧散した。
 残されたのは炎に包まれた王都と、混乱の人々だけだった。

 瓦礫の中で、ユイは拳を握りしめる。
「……あの仮面が本当の黒幕。次は必ず、正体を暴く」 リリアは涙を拭い、強く頷いた。「王都全体を守るため、もう迷わない」
 俺は二人を見て言った。
「ここからが本当の戦いだ。筋書きなんかに、絶対に負けない」
 夜の王都は炎に包まれ、物語はさらに大きな舞台へと動き出していた。 
第22話 炎上の街、救出の誓い
 王都の街路は赤々と燃え盛り、悲鳴と瓦礫の崩れる音が重なっていた。
 黄金の仮面は去ったが、残された炎の爪痕は人々を絶望に追いやっている。
「真司! こっちに!」
 ユイが氷の壁を展開し、崩れかけた建物を支える。
 中から子どもの泣き声が聞こえた。
「任せろ!」
 俺は剣で瓦礫を払い、抱きかかえた少年を外へ連れ出した。 リリアがすぐに癒しの光を注ぎ、少年の顔色が戻っていく。
「……ありがとう、姉さん」
 その小さな声に、ユイははっとしたように瞳を揺らした。
 群衆が次々と声を上げる。
「悪役令嬢じゃない!」「ユイ様が街を救ってる!」
 人々の心が、少しずつ変わり始めていた。

 だが炎は容赦なく広がる。
 空には黒い魔力の残滓が渦巻き、どこからか新たな魔獣の咆哮が響いた。
「……これは長引く。俺たちだけじゃ守り切れない」 そう言った俺に、ユイは真剣な顔で頷いた。
「仲間を集めましょう。この王都には、筋書きに抗おうとする者が他にもいるはず」
 リリアが地図を広げ、指で示す。
「魔術師ギルド、騎士団の一部……それに、市井の冒険者たち。彼らが動けば、王都全体が抗う力になります」
 俺は拳を握った。
「よし、炎を鎮めながら合流だ。――本当の“共闘”を始めよう」

 その頃。
 王宮の最奥、黄金の仮面の人物は玉座に座り、燃え上がる王都を眺めていた。
「民は恐怖に囚われた。断罪劇の舞台は整った。次に裁かれるのは
――王族だ」
 仮面の下から響いた声は冷たく、だが愉悦を隠さなかった。

 夜空に煙が立ち昇る。
 その下で俺たちは立ち上がり、互いに視線を交わした。
 ユイの瞳はもう迷っていない。
「私を悪役令嬢にした筋書き……必ず打ち壊す」
「俺もだ。最後まで一緒に戦う」「私も!」リリアが強く頷く。

 燃え盛る王都を背に、三人は新たな一歩を踏み出した。
 ――次なる舞台は、仲間と共に挑む決戦の街。 
第23話 抗う者たち
 燃え盛る王都を駆け抜け、俺たちは冒険者ギルドへと辿り着いた。
 扉は半ば崩れ落ち、内部は避難する人々で混乱している。
「おい! 君たちか!」
 筋骨隆々の男がこちらへ駆け寄ってきた。背には大剣、顔には火傷の跡。
 「ギルドの看板剣士、ガルドだ」
 彼は燃え落ちる天井を素手で押し返し、子供を救い出していた。
「王都を見捨てる気はねぇ。だが黒幕に抗うには――旗がいる」
 彼の視線はユイへ向けられた。
「悪役令嬢だと? 笑わせるな。街を守るあんたの背中にこそ、人はついていく!」
 その言葉に、ユイの胸が震えた。

 次に向かったのは騎士団本部。
 瓦礫の中で剣を振るう女性騎士がいた。銀の鎧を纏い、冷徹な眼差しで魔獣を斬り伏せている。
「私は騎士団副団長セレナ。……殿下の評議会に疑問を抱いていた」
 彼女は剣を収め、俺たちを見据えた。
「もし筋書きがこの国を滅ぼすなら、私は剣を捧げる。令嬢ユイ、あなたに」
 ユイは驚き、そして深く頷いた。
「ありがとう……もう、私は一人じゃない」

 冒険者と騎士が集まり、火の手の中で小さな拠点が築かれた。
 民衆が怯えながらもそこに集い、ユイの姿に希望を見いだしている。
「ユイ様が守ってくれる……!」
「聖女様も一緒にいる……!」
 空気が変わり始めていた。
 悪役令嬢と呼ばれた少女が、今や“希望の旗”として人々の心を掴んでいた。

 しかし、夜空に再び黄金の仮面の声が響く。
「面白い。抗う旗か。ならば次は――王族そのものを断罪の舞台に上げよう」
 その言葉に、ユイの表情が引き締まった。
「……次は王族断罪編。逃げられないわね」
 俺は剣を握りしめ、仲間たちに告げた。
「よし。ここから反撃だ。筋書きなんかに、もう絶対負けない!」
 炎に照らされる顔は誰もが決意に満ちていた。
 ――仲間を得た俺たちは、いよいよ黒幕との真正面の戦いへ進む。第24話 王族断罪の宣告
 王都の炎がようやく沈静化しつつある頃、王宮に急報が届いた。
「黄金の仮面が……! 王宮を断罪の舞台に選んだと!」
 俺たちはすぐに仲間と共に王宮へ駆けた。
 石造りの広大な廊下には兵士が慌ただしく走り回り、重苦しい空気が漂っている。
「……来るぞ」
 ガルドが大剣を構え、セレナ副団長も冷徹な眼差しで扉を見据えた。
 やがて、王座の間の天井が赤黒く染まり、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
 幻影ではない――黄金の仮面の“本体”が姿を現した。
 漆黒の長衣、顔を覆う黄金の仮面、そして手には禍々しい杖。
「民は悪役令嬢の断罪を望んだ。だが次は王族だ。腐敗した玉座を浄化せねば、この国に未来はない」
 その声に、広間が凍りつく。

 アレクシス王子が前に出た。
「王国を導くのは我らだ! 貴様の断罪ごっこに従うものか!」
 だが黄金の仮面は冷ややかに笑う。
「王子よ。お前は“聖女”を利用し、悪役令嬢を見捨てる役だ。本来の筋書きに従え」
 群衆の視線が揺らぐ。
 ――まただ。この男は筋書きを現実に押し付け、人の心を操っていく。
「違う!」
 ユイが声を張った。
「私は悪役なんかじゃない! そしてこの国の未来も、あなたに決めさせない!」
 その瞳は迷いなく、炎よりも強く輝いていた。

 黄金の仮面が杖を振り下ろすと、広間全体に黒い鎖が走り、王族も貴族も次々と拘束されていく。
 「ひぃっ!」「動けない!」
「これが断罪だ。玉座の血を、ここで清める」
 王族が絶望の声を上げる中、俺たちが前へ飛び出した。
「させるか!」
 剣に光が宿り、ユイの氷槍とリリアの聖光が重なる。
 三人の力が放たれ、黒い鎖を次々と断ち切った。
 人々の視線が一斉にこちらに向かう。
「悪役令嬢じゃない……!」
「令嬢が王族を救った……!」 王都で積み上げた“希望の旗”が、今まさに大広間を染め始めていた。

 黄金の仮面の瞳が、仮面の奥で赤く光る。
「……面白い。筋書きから逸れるとは。ならば次は――この国そのものを舞台にしてやろう」
 広間が揺れ、地面から黒い魔力が噴き出す。
 国を丸ごと呑み込むほどの“断罪劇”が始まろうとしていた。

第25話 仮面の正体
 黒い魔力が王宮を覆い尽くし、天井のステンドグラスが砕け散った。
 空から赤黒い光が降り注ぎ、広間にいた誰もが膝をつく。
 ――俺たち以外は。
「ユイ、リリア!」
 俺の声に二人が頷く。
 氷の槍、聖女の光、そして俺の剣――三つの力を合わせ、押し寄せる闇を必死に食い止めた。
 だが、その奥で黄金の仮面は悠然と立っていた。
「抗うのは見事だ。だが、舞台はすでに完成している。次は“国全体”の断罪だ」

 ユイが声を張る。
「あなたは何者なの!? なぜここまでして“筋書き”に縛ろうとするの!」
 黄金の仮面は静かに手を上げ、仮面を外した。
 現れた顔を見て、広間がどよめきに包まれる。
「……父上!?」
 叫んだのはアレクシス王子。
 仮面の下から現れたのは、国王――グランディア王国の象徴その人だった。

「馬鹿な……国王陛下が……!」
 貴族たちがざわめき、拘束を忘れて立ち上がる。
 国王は冷たい瞳で群衆を見渡した。
「王国は腐っている。だからこそ、筋書きが必要なのだ。
 民が喝采する“断罪劇”によって、秩序は保たれる。悪役令嬢も聖女も、王族すらも駒にすぎぬ」
 その言葉にユイが震える。
「……つまり、私を悪役にしたのも、あなた……?」
「そうだ」国王は頷く。
「侯爵家を貶め、聖女を持ち上げ、国民に希望と恐怖を与える。劇には犠牲が必要だ」

 俺は剣を握り直し、叫んだ。
「ふざけるな! 自分の娘みたいな存在を駒扱いして……それで秩序だと!?」
 国王は微笑すら浮かべる。
「駒ではない。象徴だ。お前たちは“物語”を演じるために生まれた」
 その瞬間、王宮全体が揺れた。
 国王の背後に巨大な魔法陣が広がり、王都全土を覆う規模の光が立ち上がる。
「――これが最終幕だ。王国そのものを舞台にしよう」

 ユイは目を閉じ、深く息を吸った。
 そして俺の手を握り返し、瞳を開く。
「真司……リリア……。私はもう、悪役令嬢じゃない。
 たとえ相手が王であろうと――抗う」
 その声は震えず、広間全体に響いた。
 断罪劇の黒幕が国王だと知った瞬間、物語はついに最終幕へ突入した。 
第26話 玉座を覆う闇
 国王――黄金の仮面の正体が明らかになった瞬間、王宮の空気は凍りついた。
 誰もが声を失い、ただ燃えるような魔法陣の光に呑み込まれていく。
「父上……なぜですか!」
 アレクシス王子が叫んだ。
「民を救うためにある玉座が、どうして民を欺くために使われるのです!」
 だが国王は微笑んだ。
「欺きではない。筋書きがなければ民は混乱し、国は滅ぶ。断罪劇こそが秩序を与える」
 その冷徹な声は、もはや父ではなく“舞台の語り手”そのものだった。

 ユイは前に進み出た。
 そのドレスは焦げ跡で乱れているのに、背筋は凛と伸びていた。
「――あなたが作った筋書きは、ただの檻です。
 民の声を縛り、誰かを悪役に仕立て、犠牲にして……そんなものは秩序じゃない」
 氷槍が彼女の周囲に浮かび上がる。「私はもう駒じゃない。侯爵令嬢でも、悪役令嬢でもない。
 ユイ・グランディアとして、あなたに抗う!」

 リリアも祈りを捧げる。
「王国に必要なのは筋書きじゃありません。希望です!」
 聖女の光が広間を満たし、拘束されていた人々の枷が次々と砕けていく。
 群衆が息を呑み、誰もが目を見開いた。
 「悪役令嬢じゃない……!」「聖女と並んで……!」

 俺は剣を握り、二人の横に立った。
「王だろうが何だろうが関係ない。俺たちで、この舞台をぶっ壊す
!」
 三人の力が重なった瞬間、広間に白銀の光が奔った。
 だが――国王は微動だにせず、杖を振り下ろした。
 王宮全体を覆う魔法陣が爆ぜ、無数の黒い鎖が空間を裂いた。
「抗うか……ならば見せてやろう。筋書きの外にある真の舞台を」
 その言葉と共に、王宮の天井が砕け、空に巨大な“眼”が現れた。
 ――人ではない、何か。
 国王の背後には、さらに大きな存在が潜んでいる。

 ユイが震える声で呟いた。
「……まさか、王は“神”に操られて……?」
 国王は笑う。
「操られているのではない。我が王国そのものが、神の舞台なのだ」
 広間に絶望の声が広がる中、俺たちは剣と祈りと氷を構えた。
 ――ここからが本当の最終決戦。 
第27話 神の舞台
 王宮の天井を破って現れた巨大な“眼”は、夜空全体を覆い尽くしていた。
 赤黒い光が王都を照らし、人々はただ恐怖に震える。
「これが……神?」
 リリアが祈る手を胸に当て、青ざめた顔で呟いた。
 国王はその前に立ち、黄金の仮面を掲げる。
「そうだ。王国はもとより神の舞台。悪役も聖女も、王族すらも駒にすぎぬ。筋書きに従い、断罪を繰り返すことで国は続くのだ」
「ふざけるな!」
 俺は剣を構えた。
「そんなものに従うくらいなら、国ごと滅んだほうがマシだ!」
 ユイが俺の隣に並び、氷槍を生み出す。
「……真司。私も同じ。私はもう“悪役令嬢”じゃない。
 ――自分の意思で、ここで神を斬る!」

 国王が杖を振り下ろすと、広間全体に黒い鎖が降り注ぎ、兵も貴族も次々と絡め取られる。
 「動けない!」「助けて!」
 民衆の悲鳴が響く中、俺たちは前に出た。 リリアが両手を掲げ、光を放つ。
「〈聖浄結界〉!」
 光が鎖を弾き飛ばし、人々に自由を取り戻す。
「さあ行くぞ!」
 俺は剣にリリアの光を纏い、ユイの氷槍と力を合わせる。
 三人の魔力が重なり、白銀の翼が広間に広がった。

 国王はなおも笑みを崩さない。
「抗うほどに神は喜ぶ。駒が筋書きに逆らう姿こそ、劇を彩る最上の演出だからな!」
「なら――観客席ごと壊してやる!」
 俺は叫び、剣を振り抜いた。
 白銀の光が神の“眼”に突き刺さり、空が揺れる。
 だが――眼は砕けない。
 代わりに無数の黒い触手が地上へ降り注ぎ、王都全体を覆い尽くそうとしていた。

 ユイが拳を握りしめる。
「これ以上……誰も犠牲にさせない!」
 氷と光を重ね合わせ、彼女の周囲に氷華が咲き乱れる。
「〈氷華・真断ち〉!」 無数の氷の花弁が触手を切り裂き、空を覆った黒を押し返す。
 群衆が息を呑み、歓声が広がった。
「悪役令嬢じゃない……!」「令嬢が神に抗ってる!」

 国王の表情に初めて影が走った。
「……筋書きを、ここまで拒むだと?」
 俺は剣を構え直し、仲間たちと共に前に進む。
「そうだ。筋書きなんてもう関係ない。これは――俺たちの物語だ
!」
 神と国王を相手に、最終決戦の幕がついに切って落とされた。 
第28話 玉座を斬る
 王都を覆う巨大な“眼”が光を放ち、黒い触手が雨のように降り注ぐ。
 悲鳴が広間を満たす中、俺たちはただ前を向いた。
「真司!」
 ユイが氷槍を放つ。
 無数の槍が触手を貫き、氷の華となって砕け散る。
「〈聖光矢〉!」
 リリアの祈りが矢となり、次々と闇を穿つ。
 広間に差す光は、観衆の絶望を希望へと塗り替えていった。
「悪役令嬢じゃない!」「彼女が国を救ってる!」
 人々の声が波となって広がる。

 だが国王は玉座に立ち、なおも冷徹に嗤っていた。
「見ろ、民は喝采している。断罪劇において“喝采”ほど美しいものはない。
 駒よ、お前たちは筋書きを盛り上げるための道化にすぎぬ」
「違う!」
 俺は剣を振りかざし、国王を指した。
「喝采はお前の筋書きのためじゃない。ユイが抗った、その勇気に向けられてるんだ!」
 ユイも一歩前に進み、氷槍を構える。
「私は悪役令嬢じゃない。あなたに断罪されるために生きているわけでもない。
 ――私はユイ・グランディア! 自分の意思で、この国を守る!」
 その言葉に、広間が震えた。

 国王の瞳が仮面の奥で赤く光る。
「ならば証明してみせろ。王の力に抗えるのか!」
 杖から放たれた黒い奔流が床を裂き、玉座の間全体を呑み込む。
 俺は剣を構え、リリアの光とユイの氷を重ねた。
「三人で行くぞ!」
「ええ!」
「はい!」
 三つの力が合わさり、白銀の翼が広がる。
 俺たちは同時に飛び込み、王の闇を斬り裂いた。

 轟音と閃光。
 黒い奔流が弾け飛び、国王の仮面が砕け散る。
 現れた素顔は、深い疲労に染まった男の顔だった。
「……抗うことで、国は混乱する。断罪劇は……必要なのだ」

 だがユイは首を振った。
「必要なのは筋書きじゃない。人が人を信じることよ」
 涙を滲ませながら、それでも強く言い放った。

 国王は膝をついた。
 だがその瞬間、頭上の“眼”がさらに巨大に開いた。
 ――神そのものが動き出していた。
「王は倒れた。だが舞台はまだ続く。次は神との最終幕だ!」
 俺たちは剣と祈りと氷を構え直した。
 王国を超えた決戦の始まりを前に。
第29話 神を討つ者たち
 王の仮面が砕け落ちた瞬間、天井を覆っていた“眼”が咆哮を上げた。
 赤黒い光が王都全体を呑み込み、建物の影が歪んで怪物のように変貌していく。
 ――舞台を操っていた“神”が、本性を現したのだ。
「見よ、駒ども」
 眼から響く声は、雷鳴のように空気を震わせた。
「民は断罪を求め、血を望む。悪役と聖女、勇者と王……役を与えることで国は続いてきたのだ」
 ユイが一歩前に出て、氷槍を握り締める。
「いいえ! 私はもう悪役じゃない! 私たちが生きてきた証は、あなたの筋書きなんかじゃない!」
 リリアが両手を掲げ、聖光を溢れさせる。
「神よ、あなたは“舞台監督”を気取るけど……本当は、人の恐怖を喰らうだけの怪物!」
 俺は二人の隣に立ち、剣を構えた。
「だったら俺たちで、この舞台ごとぶっ壊す!」

 神の眼から放たれた光線が王宮を薙ぎ払う。
 広間が崩れ、兵士も貴族も逃げ惑う。 その奔流を、ユイの氷壁とリリアの聖光が必死に押し返す。
「〈氷華結界〉!」
「〈聖浄盾〉!」
 二人の力が重なり、光と氷が交錯する。
 俺はその隙に飛び込み、剣に全魔力を注いだ。
「〈破断斬〉!!」
 斬撃が光線を割り、天井を突き破って空へ伸びる。
 王都の人々がその光を見上げ、歓声をあげた。
「悪役令嬢じゃない!」「ユイ様が神に抗ってる!」

 神の声が怒りに歪む。
「駒が観客を味方につけるだと……? 舞台は我がもの……!」
 無数の触手が王都を覆い、空そのものが黒い幕へと変わっていく。
 ――ここで仕留めなければ、本当に国が舞台の檻にされる。
「ユイ、リリア!」
「ええ!」
「はい!」
 三人は互いに手を取り、魔力を一つに束ねた。
 氷と光と剣が重なり合い、白銀の巨大な翼が広がる。
「〈氷光翼断ち〉――!」

 翼が空を切り裂き、神の眼へと突き進む。
 轟音、閃光、そして天地を震わせる咆哮。

 視界が真白に染まる中で、俺は確かに見た。
 ユイの瞳に、涙ではなく未来を見据える強い光が宿っていたのを。
「私は――悪役令嬢じゃない。
 ここで、私自身の物語を選ぶ!」
 その叫びが、神の眼を貫いた。

 爆音と共に空が裂け、赤黒い光が霧散していく。
 王都を覆っていた舞台の幕が燃え落ち、人々は歓喜の声を上げた。
「勝った……! 神を打ち破った!」
 だが、崩れゆく光の中で、神の声が最後に響いた。
「……舞台は終わらぬ。役を捨てたその瞬間から、新たな幕が始まるのだ……」
 声が消え、空に静寂が戻る。

 ユイは剣を下ろした俺に寄り添い、深く息を吐いた。
「……これで終わったの?」
 俺は空を見上げ、答えた。
「いいや。舞台は終わらない。だからこそ――俺たちで新しい物語を作ろう」
 リリアが涙を拭き、力強く頷く。
「ええ。誰かの筋書きじゃない、私たちの物語を」
 王都に夜明けが訪れる。
 断罪劇は終わり、新しい章が始まろうとしていた。
・・・
〈次に行くなら〉『祈りの背中 ― 沖田静 回顧録集 第一巻』
→【URL】https://novema.jp/book/n1757784
〈青春で締めるなら〉『学校イチのイケメン×学校イチのイケメンは恋をする』
→【URL】 https://novema.jp/book/n1761242
〈怖さで締めるなら〉『白いドレスに滲むもの』
→【URL】 https://novema.jp/book/n1761088