東の空にうっすらと赤がさした朝、薄紅平原の端で、狼煙番の少年がいつもの鏡を胸元の紐から外した。光を拾うためではない。彼は風の匂いを嗅いだ。湿りがいつもと違う。土の匂いに、煤の粒が舌に落ちる。南東ではない。もっと遠い、北東の乾いた筋が、ひどく細かい刺となって鼻に刺さる。

 塔を降りる足が早くなる。少年は城下へ駆け、城門の外に視線をやる。まだ何も見えない。だが、風は嘘をつかない。彼は鏡を高く掲げ、城壁の番所へ光を一度だけ当てた。合図は「遠火」。受けた市兵が頷き、番の交代を早める。

 その日の正午前、灰の渡しの向こうで霞が揺れた。最初は陽炎に見えた。やがて、灰の筋が輪郭を持つ。細かな点が連なり、動く。人の列だった。担いだ包みは焦げ、衣は煤で黒い。列の真ん中で、黄色い布を巻いた幼子が泣いている。声は届かないのに、泣き方だけがはっきりと見えた。

 狼煙番の少年は歯を食いしばった。「来る」。誰に向けたでもない言葉が漏れる。彼は塔への階段を二段飛ばしで上り、鏡に陽を集めて城内の庭へ反射を送る。三度。緊の合図だ。

     ◇

 凛耀からの密書は、ほぼ同時に楓麟の手元に届いた。封蝋の縁に、慌ただしく押した跡が残っている。文は短い。

〈王弟派、北城を焼く。糧尽き、火に隠す。民の記憶も焼ける。〉

 楓麟は読み上げず、ただ王に渡した。遥は紙を受け取った瞬間、指先に僅かな熱を感じた気がした。紙自体ではない。言葉が持ち込んだ熱。それを胸の奥で舐めるように受け止め、彼は短く息を吐く。

「来るな」

 思わず口にした言葉に、自分で首を振る。「来る。来るから、迎える」。

 評議が開かれた。市兵の帳簿係が駆け込み、声を震わせる。「緩衝の野、すでに二倍。封印札の列が追いつかず、名を仮札で……」。狐火の書生が絵板を抱え、医の館の薬師が口覆い布の束を背負って立っている。工営司は井戸の仮掘りの図を、商務は配粥の米勘定を、法務の新任代行は境界布告の条文の抄を、それぞれ机に広げた。

 法務が最初に言った。「旗を掲げる者は入域拒否。境界は約だ。旗は剣だ」。言葉は正しい。正しいが、楓麟は首を傾ける。

「炎は内から吹く。だが、煙は外へ出る。煙を見て怯える者に、旗の線を見せよ」

 藍珠は剣を机の端に横向きに置き、短く言う。「旗を掲げても、腹は鳴る」。剣は横向きのまま、刃は光らない。

 遥は机上の地図から目を上げ、城門の方角を見た。遠くで人のざわめきが帯になって流れてくる。彼は朱筆を持たず、素手で机の縁を一度叩いた。

「布告する」

 彼の声は喉の奥の硬さを丁寧に越えて、評議室を満たした。

「一つ。旗を掲げる者は、旗を伏せよ。伏せた旗は封じ、返さない」

「二つ。『炎逃れの名簿』を設ける。亡命の名簿とは別に、『炎から逃れた』事実を記す板だ。名を消さない」

「三つ。『炎粥』。城門の外で配る。粥の列と名簿の列は一つに。名を記す手と、粥をよそう手を繋げる」

 法務が反射的に口を開いた。「旗の封印は……」

「封印札に、『炎から伏せられた旗』と書く。返還はなし。紐は重く結ぶ。ほどけぬ結びを教えたのは、冬からだ」

 楓麟が頷いた。「狐火の本の続きが書けるな」。書生が驚いた顔で自分の胸を叩く。彼の肩にはまだ、前章の口覆い布の絵の墨が薄く残っている。

「炎と煙の図だ」と楓麟は続ける。「火は高いところで揺れて、煙は低いところで溜まる。どの場所に布をかけ、どの場所に蓋をするか、絵で見せる」

 書生は真剣に頷いた。彼の筆は、今や噂線だけではなく、手順の線を太らせる役目を持つ。

     ◇

 城門の外に「炎粥」の大きな鍋が二つ据えられた。市兵の袖は無色、背に赤い粉が薄くつく。鍋の下の火床を守るのは柄隊で、灰の管理を医の館が担う。清め場の釜から持ってきた湯で桶を洗い、口覆い布を配る。狐火の書生が絵板を立て、「熱い湯で」「布は毎日」「桶は裏まで」と大きな字で描く。子どもが指で線をなぞり、泣き止む。泣き止まぬ子の背を、見知らぬ誰かの手が撫でる。

 緩衝の野は膨らみ続けた。昨夜の半分、今朝の二倍。人は草の波のように押し寄せ、粥の香りに少しだけ落ち着く。だが、怒りの線が混じっている。あからさまに紅月の旗を振る者がいる。旗は泥で汚れている。それを誇らしげに掲げるというより、握りつぶすために掲げている目だ。白風の板を罵る声が混ざる。「名なんかに腹は満たせない」「板なんぞ紙切れだ」。声は尖っているが、腹は鳴っている。

 市兵が壁を作らないように列を曲げ、藍珠が目だけで動きを押さえる。「刃は抜かない。柄は置いていけ」。彼女の声は小さいのに、刃の耳に届く。楓麟は風の向きで煙を野の外側へ逃がし、火の揺れを低くする。王は帳の台に座り、朱筆ではなく炭筆で名前を書き留めはじめた。炭は消えやすい。けれど、炭で始まる名は、人が上から重ねるのに向いている。重ねた筆跡は、その人の生の“重ね”に触れる。

 列の中ほどで、小さな腕が伸びた。黒い布の端から、赤い細帯が見える。少年が手のひらより少し長い小旗を持っていた。煤に汚れ、布はほつれている。少年の目は赤く泣き腫らし、しかし涙はもう出ない。枯れた目に、恐怖の跡が残る。彼は旗を掲げた。掲げるというより、差し出した。細い腕が震える。

「父に持てと言われた。でも、怖い」

 少年の言葉は、紙より薄い声だった。遥は立ち上がり、少年の前に膝をつく。彼の視線に自分の視線を合わせる。少年の旗を、ゆっくりと受け取る。旗の布は湿り、手の中で重い。彼は目を逸らさず、旗を火床にくべた。火は一瞬だけ昂り、すぐに落ち着いた。布の灰が舞い、少年の頬に黒い点を残す。遥はその点を指で拭わない。

「旗は燃える。名は燃えない」

 王の声は短かった。だが、炎の前で、短い言葉は長い影を落とす。群衆が静かになり、誰かが嗚咽し、誰かが目を閉じ、誰かが粥の列へ歩き始める。狐火の書生は、その場面を絵板の余白に小さく描き、隅に文字を足した。「燃えるものと、燃えないもの」。絵は子に向けられ、文字は大人に向けられている。

 市兵が「炎逃れの名簿」の板を掲げ、書記が炭筆で名を記す。板の縁には、名の列と同じ薄い銅が貼られている。切られにくく、燃えにくく、月の光を薄く返す。銅縁は冷たくて、手に汗がにじむ。銅は鏡にもなる。凛耀の鏡の記憶が、ここで静かに重なる。

 名簿は、亡命名簿とは別の場所に立てられた。見える距離に、別の意味。逃れた炎の名前を集める板。板は、誰かの目に「同じ火」と映るだろう。だが、そこに記される名の重さは、今日ここで炊かれた粥の分だけ確かだ。

     ◇

 日が傾あると同時に、白石列の南端の旗が三度鳴った。紅月の太子派からの使者が無色の小屋に入る。彼は痩せているが、衣は整い、言葉は磨かれている。彼は深く礼をした後、率直に告げた。

「王弟派を討つため、白風に兵糧を貸していただきたい」

 藍珠が目を細めた。楓麟は風を聞くようにして、使者の呼吸を聞いた。相手は嘘は吐いていない。だが、板の上に置かれなかった言葉がある。借りる、という言葉は、返す、という言葉といつもセットで口にされるべきだ。返す、がない。

 遥は首を振った。「兵糧は自国の腹へ。剣は境界を越えぬ」。言葉は冬からの線の延長だ。使者の口元がわずかに歪む。怒りにではない。疲れに。疲れは、柔らかな抵抗を最初に消す。

「内の火は、内で鎮めてほしい。こちらは境界の火の粉を払う」

 使者は頭を垂れ、礼をして去った。隅に控えていた市兵が「外の鍋の粥を」と差し出すと、彼はそれを受け取らなかった。受け取らないという選択の重さを、楓麟は見逃さない。

 彼は王の袖の陰で囁いた。「断りは火を広げる。だが、さっきの“旗は燃える。名は燃えない”は、灰の風に乗る。太子派の耳の薄皮の裏まで届く」。楓麟の目は、境界の外側をもう一度だけ見た。「鏡をやったのは、こういう時のためだ」。狼煙番の少年が遠くで鏡を掲げ、無色の旗の先へ一度だけ光を跳ね返す。返された光は、使者の背を一瞬だけ照らした。

     ◇

 緩衝の野の片隅で、怒り線が小さく起きた。紅月の旗を伏せることを拒む男が、白風の板を罵る。「名なんぞに腹は満たせない」。藍珠が近づいた。剣は背に回し、柄は持っていない。彼女は男の目の高さに自分の目を合わせ、静かに言う。

「名は鍋ではない。だが、鍋を守るのは名だ。板から名を消した国は、次に鍋を空にする」

 男は唇を噛む。彼の指は旗の棒から離れない。楓麟が少し離れた風の線から言葉を添える。「旗はここで伏せられる。伏せた旗は封じられ、返らない。返らないから、ここで名を持てる。旗と名は同じ皿には乗らない」。男の指が少し緩む。市兵がその隙に、布で旗を包み、封印札を固く結ぶ。「炎から伏せられた旗」。札の文字は、男の目に読み込まれ、やがて瞼の裏から消えた。

 狐火の書生が、その場面をまた一枚、絵にした。炎粥の鍋の横に、封印された旗。絵の端に小さく、「伏せることで、持てるもの」と書く。彼の絵は子どもが読める。子どもは、いつも大人より先に手順を体に入れる。体に入った手順は、怒りより先に動く。

     ◇

 その夜、城門の外の「炎逃れの名簿」に灯がともった。油で焦げた板の横に、新しい板が並び、銅の縁が細く光る。書記は炭筆に代えて、薄墨に筆を浸し、確定した名には朱を一点打つ。点は血のように見えないように薄く、しかし見えるように正確に。

 名の列の脇で、狐火の書生が新しい小冊子を配っていた。『炎と煙の本』。表紙に、鍋と布と、封印された旗。裏表紙に、水の上に映る灯。絵は柔らかく、文字は短い。短い文字は、疲れた目でも読める。疲れた目に読める文字は、次の朝の手を少しだけ軽くする。

 藍珠は広場の端で立ち止まり、背に回した剣を少しだけ下ろした。「旗は燃える。名は燃えない」。王の言葉を口の中で繰り返すと、刃の重さが不思議と変わる。重くなるのではない。重さの置き場が体の別の場所へ移る。彼女は剣の柄から手を離し、すぐそばの柄隊の青年の紐の結び目を直してやった。「結べ。ほどくな」。青年は頷き、紐を鏡に映して結び目の向きを確かめる。鏡は光だけでなく、手順も映す。

 楓麟は塔の上で、夜風を聞いた。風の中に、焦げた板の匂いと、粥の湯気と、封印札の油と、湿った布の匂いが重なっている。そのどれか一つが強くなれば、線がゆがむ。今夜は、均されている。均されているうちに、明日の秤に朱を足す。

 王は回廊から、緩衝の野の灯を見下ろした。灯は二重に置かれ、消されてもすぐに戻る仕掛けが春から続いている。灯の間を、名の板が立ち、銅の縁が月を返す。彼はゆっくりと息を吸い、吐いた。吸った息と吐いた息の間に、あの少年の目が浮かぶ。旗を差し出した細い腕。火床に落ちた布の短い叫び。確かに聞いた。旗は燃える。名は燃えない。

 彼は筆を取り、地図の端に小さく書いた。「炎逃れの名簿、城門外・西」「封印札の結び方・二重」「炎粥・夜番強化」。短い朱が並ぶ。短い朱の列は、名の列を支える裏の線だ。朱が薄い夜は、眠りが深い。朱が濃い夜は、眠りが浅い。今夜は、朱は薄い。けれど、眠りは深くない。炎は、遠くても、目の裏を通る。

     ◇

 翌朝、緩衝の野の端で、痩せた男が板を睨んでいた。彼は昨日、白風の板を罵った男ではない。身なりは似ている。だが、目の中の形が違う。空(から)の線の目だ。亡命名簿にも、炎逃れの名簿にも“ない”。市兵が近づくと、男は一歩退いた。その足に、薄い布が絡まっている。布は昔の紅月の旗の切れ端だった。男はそれを足首に巻いていた。旗とも言えない、紐とも言えない、過去の残りだ。

「名は、どこに」

 男は小さく問うた。市兵は板を指さし、書記を呼んだ。「炎から、逃れたか」。男は頷かない。頷けないのだ。炎から逃れたのか、炎へ押し出されたのか、自分でも分からない。書記は炭筆を握り直し、「亡命の板はここ」。男はまた首を振る。亡命という言葉の重さが、自分の肩に乗らない。乗らないから、板に近づけない。

 王はそこへ歩み寄った。板の間に立ち、男に場所を空けた。「板は三つある。名の列、亡命名簿、炎逃れの名簿。お前は三つに“ある”。……ただ、名は“働き”で濃くなる。働きが薄い名は、風で剥がれる。どの板で、名を濃くする」

 男は唇を噛み、長く黙った。やがて、「鍋」と言った。王は頷いた。「炎粥の鍋の灰を守れ。灰は熱を連れてくる。灰が熱を持っている限り、鍋は沸く」。男は目を伏せ、足の布を自分で外した。布は灰に落ち、灰は布を受け入れない。受け入れない灰は、灰のまま、熱を持つ。その熱は、今は鍋のためにある。

     ◇

 紅月の太子派の使者は、その日の暮れにもう一度現れた。彼は礼を尽くし、しかし言葉は柔らかくない。「兵糧は自国の腹へ。剣は境界を越えぬ」。王の返事は変わらなかった。使者は無言で頷き、帰る。楓麟はその背を見送りながら、風に向かって呟いた。

「この断りは、火を広げる。けれど、今日の旗の火も、また広がる。どちらの火が早いかは、風が決める。……風は、無色の旗に当たり、銅の縁に跳ね返り、鏡に乗る」

 狼煙番の少年は、塔の上でその言葉を聞いたわけではない。ただ、鏡を磨き、反射の角度を確かめ、光を一度だけ東へ走らせた。遠くのどこかで、その光が誰かの目に刺さる。その誰かが、今夜、旗を伏せるかもしれない。伏せた旗は燃える。燃えた旗の灰は、こちらへは飛んでこない。飛んでくるのは、名だけだ。

     ◇

 夜が落ちる。緩衝の野の灯が一つずつ増え、炎逃れの名簿の前に影が集まる。書記は筆を置き、指を伸ばして肩を回した。肩の音が小さく鳴る。その音に気づいた女が、自分の布を差し出す。「肩に巻け」。書記は笑い、布を受け取る。「ありがとう。名を書け」。やわらかいやりとりの後、女は名を述べた。炭筆の先が、紙の上で小さな震えを刻む。震えはそのまま残る。残る震えが、名の重さになる。

 名板の銅縁は月を薄く映し、縫い目は夏の風に馴染む。繕いの儀で縫った糸の白がまだ少し浮いている。浮いている白は、遠火の赤と重なり、灰色になってから夜へ溶ける。白石列の無色の旗は、今日も鳴り、明日も鳴るだろう。鳴るための柱が、土の中で少しずつ湿っている。湿りを嫌う木は少ない。木は湿りと暮らす。湿りと暮らせないのは、人の言葉だ。だから言葉に、銅を貼る。銅の冷たさが、言葉の熱を少しだけ受け取る。

 藍珠は回廊の影で、剣の鞘をゆっくり撫でた。「刃は、今日は要らなかった」。彼女の声に、楓麟が答える。「明日も、できれば」。王は黙って頷いた。できれば。できなければ。どちらの言葉にも、同じだけの重さがある。彼は手を広げ、空を掴むようにしてから閉じた。掴めないものほど、指の間に残る。残ったものの名を、彼は明日の朝も、板に書く。

 遠く、紅月の空はまだ赤かった。炎は城を焼き、倉を焼き、記憶を焼いた。焼けた記憶は、灰になる。それでも、名は燃えない。灰の風がこちらへ届くたび、白風の板は影を落とす。その影の上に、今日の名が重なる。影は濃くなる。濃くなるほど、灯は必要だ。無色の旗の根元で灯が揺れ、炎逃れの名簿の横で灯が揺れ、名板の縁が静かに光る。

 旗は燃える。名は燃えない。そう言い切った王の声が、夜の底で薄く反響する。薄い反響は、眠りの前に耳の奥でほどけ、ほどけた音は夢の手前で結び直される。夢の縁で、少年がまた鏡を掲げる。光は遠くへ行き、遠くから戻らない。戻らない光を待つ必要はない。待つのは、明日の名だ。名は、必ず戻ってくるわけではない。戻らない名のために、空白の札は白いままだ。白いままで、そこに“ある”。

 夏の夜は長い。だが、長い夜にも、終わりはある。終わりに向かって、鍋の湯は一度だけ深く沸き、湯気が星を一瞬だけ隠した。隠された星の隙間から、風が通る。風は灰の匂いを薄め、粥の香りを少しだけ濃くした。香りに誘われて、人の列がまた伸びる。板の前で、誰かが立ち止まり、名を言う。その声を、板が受け取る。その重みを、銅が支える。その光を、鏡が一度だけ返す。

 紅月の炎は遠い。けれど、遠い炎の影は、今夜も白風の板に落ちる。影の上で、名は燃えない。燃えないまま、重くなる。重くなる名を支えるために、柄はまた配られ、紐は結ばれ、砂時計は裏返される。剣は鞘にいる。鞘の中で、剣は静かに息をする。呼吸の音は、鍋の沸く音に紛れ、旗の鳴る音に紛れ、夜の虫の音に紛れて、誰の耳にも届かない。届かないはずの音が、ふと、王の胸の奥で大きくなる瞬間がある。彼は目を閉じ、ゆっくりと開けた。目の先に、灯が一つ増えている。名が一つ増えている。燃えない名が、今夜も板に残る。明日も残る。明後日も、できれば。できなければ、その白い空白は、白いまま残る。

 夏は、重い。だが、重いものは秤に乗せられる。秤は、剣ではない。秤の針は、誰かの指先に一度触れてから、静かに真ん中へ戻る。真ん中で止まった針の下に、名が並ぶ。名は、燃えない。燃えないまま、国の形を、今日も明日も、押し広げる。