・教室 朝
一軍女子が万歳して叫ぶ。
女子「月詠みら瞬殺!」
月詠みらのスクショの妊娠検査薬の写真がネットの拾い画像であることが判明し、彼女を叩く論調が吹き上がっている。
女子「アカウント削除して逃亡したみたい」
薫「本当に今度こそ鎮火するよね」
女子「うん。きっと」
男子「椿くん早く戻ってくるといいな」
薫「に、しても……この人なにがしたかったんだろ」
男子「注目浴びたかったとか……?」
女子「うーん。何を引き換えにしても、椿くんの気を惹きたかったとか」
男子「そんなんであんなことするかぁ? アイドルだったんだろ」
女子「ぜんぜん売れてないアイドルなんて、その辺の女の子と一緒だよ」
女子「こいつ椿くんのこと好きだったのかなあ」
薫「だとしても……駄目だよ。好きな人を傷つけちゃ」
薫は険しい顔をして、無人の椿の席を見つめる。
薫「僕は認めたくない」
激しい反応を示す薫に、一軍生徒たちは意外そうな顔をする。
・椿の自宅 寝室 昼
椿「もしもーし」
電話に出る椿、ベッドにだるそうに腰かけて、スウェット姿。
電話は事務所から。
椿「言われた通りSNSは見てませんよ。えっ……(月詠みらのアカウント削除のことを聞いて驚く)はい。わかりました」
電話を切る。
椿「はーっ」
安堵し、顔を覆う。
椿「これで学校いけるかな……」
椿(まさかこんなことになるなんて)
・回想 仕事先 イベント会場の控え室 昼
初めて会った月詠みらに告白され、いつものように断る椿
椿「悪いけど……」
月詠「信じらんない! 事務所に内緒にすればいいじゃん」
椿「そういう問題じゃないんだ。俺、好きな人いるからさ」
月詠「なんで! なんでだめなの!」
月詠は他のメンバーや駆けつけたマネージャーに取り押さえられる。
月詠「後悔させてやるから!」
月詠の目つきは尋常ではない。
マネージャー「すみません。ちょっと情緒が安定していなくて……こちらでいいきかせますから」
椿「はい……」
椿(びっくりした……)
・椿の自宅 寝室 昼
椿(薫に会いたいな……)
椿、スマホにそっと触れる。
椿「あー、いつまでブロックしてなきゃいけないんだよー!」
・回想
マネージャー「普段連絡を取る友人は一旦ブロックして貰います」
椿「えー! 通知切れば良いじゃないですか」
マネージャー「そんなんじゃ絶対連絡取っちゃうから駄目です。この炎上に関することも口外しないこと!」
・椿の自宅 寝室 昼
椿「疑いは晴れたかもしんないけどさ。イメージダウンだよなぁ……受験もあるし、仕事やめちゃおうか……」
椿、ごろりとベッドに横になる。
椿「学校行きたいな……」
・薫の部屋 夜
薫は難しい顔をして、暴露系配信者のLIVEを見ている。
配信者「はい、では。今日の話題「あの月詠みらが垢消し逃亡!」」
待ってました。早くしろ、などのコメントが走る。
配信者「そんな訳で虚言だってばれちゃったんですね~。それにしてもなんでこんなことしたのかな~相当、花岡椿に恨みがあったんじゃない?」
そうだそうだ。あいつもやばいよ。性格終わってる。などの書き込み。
薫、頭にきてつい立ち上がる。
配信者「タレコミ来てますよ~。同じ高校です。椿くんはいじめの首謀者です。だって」
薫「でたらめだよ……!」
くやしさで薫の目に涙がにじむ。
配信者「こんな投稿もあります」
配信者がSNSの投稿を映し出す。
それは京都でヤンキーに絡まれた時の写真。
疑惑は晴れたけど性格やばいってのはほんとだね。これみたら分かる。と言葉が添えてある。
その写真は冷たい目でヤンキーを睨み付けており、確かにそのように見える。
薫「こんなの……」
母「いつまで起きてんのー?」
薫「あ……もう寝る」
薫はベッドの中に入るが、なかなか寝付けない。
薫(あの時、椿くんがあんな顔していたのは僕がいたからだ……)
椿の優しさゆえなのに、歯車がおかしな方向に回っていく。
・教室 翌日朝
薫は目に隈をつくりながら登校してくる。
薫(結局、炎上は落ち着いたけど……椿くんは非難されてる)
薫はぎゅっと目をつむる。
薫(変だよ)
女子生徒「薫っち~大丈夫?」
薫が目を開けると、一軍生徒たちが心配そうにこちらを見ている。
男子生徒「顔色やばいぜ」
女子生徒「まだごたごたしてるけどさ、あと三日もすればみんな飽きるって」
女子生徒「そしたら椿くんも学校これるって」
薫「でも、それじゃ……椿くんは誤解されたまんまじゃん!」
薫、教室を飛び出して行く。
・裏庭 朝
全速力で走ってきた薫は息を荒げ、座り込む。
薫「はあ……はあ……」
薫、ブックマークしていたヤンキーの投稿を開く。
薫「僕は……椿くんを守りたい。守れなくても……味方がいるんだって伝えたい」
薫、スマホを操作し始める。修学旅行の首を掴まれた動画を編集している。
ヤンキーの顔にモザイクを入れていく。
薫「……」
薫、じっと自分のスパイスくんのアカウントを見ている。
薫(誰かに見て欲しいなら、捨て垢じゃだめだ)
意を決して、ヤンキーの投稿を引用し、編集した動画を載せる。
薫「こんなことされて笑顔でいなきゃいけないの?……と」
送信。薫はぐったりとする。
薫「やっちゃったあ」
少しの後悔と、達成感。薫は微笑む。
それからしばらく経っても、薫はその場から動けなかった。
チャイムの音が聞こえる。
授業をさぼってしまったことはあんまり気にならない。
スマホを見る。
薫(スパイスくん)の投稿は注目を浴びたらしい。5000RTされている。まだ伸びるだろう。
その中には、好意的な反応がほとんどの中、カレーアカウントがいきなりこういう投稿をしたことに戸惑うコメントが寄せられている。
薫は経緯を投稿することにした。
びっくりさせてごめんなさい
椿くんは僕を助けようとしてました
ここの所の出来事で、全然知らない人が椿くんを攻撃しているのを見てられなかった
椿くんは優しい人です
僕にとって大事な人です
僕は彼の味方になりたい
投稿を送信した瞬間、心臓が早鐘を打つ。
スマホ画面に「いいね」やリプが高速で増えていく。
勇気ある投稿ありがとう、事実なら椿くんは悪くない
カレー垢で草、この人ほんとに高校生?、事務所が動きそう など
薫「うわ……」
画面をスクロールする指が震える。
薫(椿くん……気づいてくれるかな)
・椿の自宅 昼
椿は自室でぼんやりしている。
通知を切っているスマホに、事務所のマネージャーから電話が鳴る。
椿「……はい?」
椿の顔にわずかな光が戻る。
・学校裏庭 昼
ぼーっとしている薫。
突然スマホがなる。見ると、椿からの着信。
薫「椿くん……!?」
通話に出ると、
椿「何やってんだよ!」
薫「えっと……」
椿「あ……違くて……ええと……会いたい」
薫「僕も……」
薫は立ち上がる。
薫「椿くんちに行くから! 待ってて!」
薫は走り出す。
・椿の自宅
薫は椿の家の前に佇んでいる。
扉が開いた瞬間、薫は椿に抱きつく。
薫「椿くん……椿くん、椿くん」
椿「薫……」
椿、強く薫を抱き締め返す。
椿「なんであんな投稿したんだよ」
薫「椿くんをひとりにしたくなくて」
椿「でも大事なアカウントだろ……身バレしたらどうすんの」
薫「その時はその時。血の通ってない言葉は伝わらないって思って」
椿「そっか……」
・椿の部屋
椿がお茶を持って入ってくる
部屋はどこか雑然としている
椿「ごめん。散らかってるし、服もてきとうだし」
薫「ううん。椿くんはいつもかっこいいよ」
椿「あのねー……」
椿、薫の横に座り、頭をその肩に盛られかける。
椿「……ありがとう」
薫「うん」
椿「正直弱ってたし」
薫「うん」
薫「ぶっちゃけうれしい」
薫「うん」
そっと、椿は薫の顔に顔を近づけていく。
重なる唇。
椿「好きだ」
薫「……うん」
椿「友達の好きじゃなくて」
椿は薫の肩に顔を埋める。
椿「今、浮かれてるんだ。後で忘れちゃって」
薫「……忘れないと駄目?」
椿「え……」
薫「ねえ、椿くんの好きな人って、僕?」
椿「そうだよ」
薫「……うれしい」
再び唇が重なる。
薫「椿くんのこと、守りたかったんだ。味方がいるって知って欲しかった」
椿「ありがとう。本当に……」
・薫の自室 夜
薫の投稿をきっかけに、道で写真を撮ってもらった人や、リア友の投稿もされるようになった。
やがて、今回の件で花岡椿は被害者、という風潮が強くなる。
薫「人間って勝手だな……」
自室のベッドの上でスマホを見ていた薫、スマホを投げ出して伸びをする
薫「……」
指で唇に触れる。
椿の唇の感触が蘇る。
薫は赤くなって虫みたいに丸まる。
・教室 翌朝
椿が教室に入ると、「あ……椿くんだ」「学校これたんだ」と遠巻きにクラスメイトたちが様子を伺っている。
そこに一軍生徒たちが群がる。
男子生徒「よ、来れたんだな」
女子「おつかれー!」
女子「おめでとう#椿くんは悪くないトレンド入り!」
一軍生徒「せーの! おかえり!」
椿「ただいま」
椿が微笑むと、彼らは肩をたたいたりしてもみくちゃにする。
椿「痛い痛い……はは」
女子「あっ、薫っち! おいでよー椿くん来たよ!」
椿は「薫っち……?」と怪訝な顔。
薫は少し離れた自分の席から椿に手を振っている。
女子「んもーっ!」
一軍女子はずるずると薫を引きずってくる。
女子「めっちゃ心配してたじゃん!」
男子「一発殴ってやったしな」
女子「そーそー。ね、スパイスくん!」
薫「そ……それ恥ずかしいからさ……!」
椿(なんか仲良くなってる)
椿「ただいま薫」
薫「うん……椿くん」
照れくさくなりながら薫が頷くと、ガラッと教室のドアを教師が開ける。
教師「座れーっ」
生徒達が席につく。
教師「花岡は放課後教員室に来るように」
椿「はい」
一軍生徒たちはうんざりした顔をする。
・生活指導室の前 放課後
一軍生徒と薫、やきもきしながら廊下で待っている。
ドアが開いて、椿と校長先生が出てくる。
女子生徒「椿くん!」
薫「どうだった」
椿「うん。状況聞かれただけ。対処は事務所がするんで、って」
薫「そっかぁ。よかった」
万が一にも椿が処罰されるようなことにならなくてよかった、と一同は胸をなで下ろす。
女子「よっしゃ、カラオケ行こ!」
椿「唐突だな~」
女子「慰労会だよ。うちらおごるし」
椿「嬉しいけど気持ちだけで。しばらくは慎重にすごせってマネに言われてるんだ」
女子「うえ~残念~」
椿「それじゃ帰ろ。あ、薫はうちに寄ってね。本返すから」
薫「本……?」
急に話を振られた薫は一瞬ぽかんとするが、椿が口パクで「あ、わ、せ、て」と言っているのを見て、慌てて頷く。
薫「う、うん。本だね、そうだね」
・椿の部屋 放課後
椿と薫、ベッドの前の床に座っている。
二人とも非情に緊張し、固くなっている。
薫「あの……」
椿「あの……」
同時に言葉を発してしまい、慌てる。
薫「お、お先にどうぞ」
椿「あ……うん。強引だったかな」
薫「へへ」
椿「二人きりになりたかったんだ」
薫「へ! へー!」
薫はゆでだこのように赤くなる。
椿「手、握っていい?」
薫「う……うん」
そっと椿の手が伸びて、薫の手を握る。
薫(う……べたべたしてないだろうか)
椿「あのさ、俺、しんどくて途中でこんな仕事やめちゃおうかと思ったんだ」
薫「椿くん……」
椿「でも、薫がああいう投稿してくれてさ。もう一度仕事と向き合おうと思って。やったことないこともしてみたいって……事務所に言った」
薫「うん」
椿「だけど俺は薫のことも諦めたくない」
椿の顔が近づいてくる。
薫「それって」
椿「秘密の付き合いになるけど……それでもいい?」
椿の眼差しは熱く真剣なもの、薫はどきどきしながら見つめ返す。
薫「うん。椿くんがそれでいいなら……」
薫が答えた瞬間、椿が覆い被さってきて唇を塞がれる。
薫(うわ……うわ~~~~)
椿の体の重さや温度を感じて、薫の頭の中は沸騰したかのように煮え立っている。
椿「薫の「血の通った言葉じゃないと伝わらない」って言葉が耳に残ってるんだ」
薫「うん」
椿「俺も仕事でそんな言葉を誰かに届けたい。そうなれるまで待ってくれる?」
薫「待つよ。でもそれはそんなに先じゃないと思う」
椿「そうかな」
薫「うん。だって、椿くんはいつも本当の言葉をくれたもん」
椿「薫~」
椿はぎゅっと薫を抱き締める。
薫も力強く椿を抱き返す。
嬉しさがお腹のそこから湧いてきて、二人は抱き合いながら、笑っている。
椿「……とりあえず土曜日はデートしよ」
薫「うん、もちろん」
椿「どこ行く? 遊園地? 水族館? それとも図書館?」
薫「それもいいけど……清澄白河のインドレストランの土日限定のビリヤニがあってね……」
椿「ふふっ」
薫「またカレーかって思った?」
椿「いや、僕が好きなのは『スパイスくん』だからね」
椿から額に軽いキス。薫は微笑む。
SNSの椿のアカウントの投稿
ご心配をおかけしました
それだけの投稿に300個を超えるコメントがついている。
多くが椿の応援するコメントの言葉が並んでいる。
その中に、スパイスくんのコメントがある。
「椿くん、がんばって!」
完
一軍女子が万歳して叫ぶ。
女子「月詠みら瞬殺!」
月詠みらのスクショの妊娠検査薬の写真がネットの拾い画像であることが判明し、彼女を叩く論調が吹き上がっている。
女子「アカウント削除して逃亡したみたい」
薫「本当に今度こそ鎮火するよね」
女子「うん。きっと」
男子「椿くん早く戻ってくるといいな」
薫「に、しても……この人なにがしたかったんだろ」
男子「注目浴びたかったとか……?」
女子「うーん。何を引き換えにしても、椿くんの気を惹きたかったとか」
男子「そんなんであんなことするかぁ? アイドルだったんだろ」
女子「ぜんぜん売れてないアイドルなんて、その辺の女の子と一緒だよ」
女子「こいつ椿くんのこと好きだったのかなあ」
薫「だとしても……駄目だよ。好きな人を傷つけちゃ」
薫は険しい顔をして、無人の椿の席を見つめる。
薫「僕は認めたくない」
激しい反応を示す薫に、一軍生徒たちは意外そうな顔をする。
・椿の自宅 寝室 昼
椿「もしもーし」
電話に出る椿、ベッドにだるそうに腰かけて、スウェット姿。
電話は事務所から。
椿「言われた通りSNSは見てませんよ。えっ……(月詠みらのアカウント削除のことを聞いて驚く)はい。わかりました」
電話を切る。
椿「はーっ」
安堵し、顔を覆う。
椿「これで学校いけるかな……」
椿(まさかこんなことになるなんて)
・回想 仕事先 イベント会場の控え室 昼
初めて会った月詠みらに告白され、いつものように断る椿
椿「悪いけど……」
月詠「信じらんない! 事務所に内緒にすればいいじゃん」
椿「そういう問題じゃないんだ。俺、好きな人いるからさ」
月詠「なんで! なんでだめなの!」
月詠は他のメンバーや駆けつけたマネージャーに取り押さえられる。
月詠「後悔させてやるから!」
月詠の目つきは尋常ではない。
マネージャー「すみません。ちょっと情緒が安定していなくて……こちらでいいきかせますから」
椿「はい……」
椿(びっくりした……)
・椿の自宅 寝室 昼
椿(薫に会いたいな……)
椿、スマホにそっと触れる。
椿「あー、いつまでブロックしてなきゃいけないんだよー!」
・回想
マネージャー「普段連絡を取る友人は一旦ブロックして貰います」
椿「えー! 通知切れば良いじゃないですか」
マネージャー「そんなんじゃ絶対連絡取っちゃうから駄目です。この炎上に関することも口外しないこと!」
・椿の自宅 寝室 昼
椿「疑いは晴れたかもしんないけどさ。イメージダウンだよなぁ……受験もあるし、仕事やめちゃおうか……」
椿、ごろりとベッドに横になる。
椿「学校行きたいな……」
・薫の部屋 夜
薫は難しい顔をして、暴露系配信者のLIVEを見ている。
配信者「はい、では。今日の話題「あの月詠みらが垢消し逃亡!」」
待ってました。早くしろ、などのコメントが走る。
配信者「そんな訳で虚言だってばれちゃったんですね~。それにしてもなんでこんなことしたのかな~相当、花岡椿に恨みがあったんじゃない?」
そうだそうだ。あいつもやばいよ。性格終わってる。などの書き込み。
薫、頭にきてつい立ち上がる。
配信者「タレコミ来てますよ~。同じ高校です。椿くんはいじめの首謀者です。だって」
薫「でたらめだよ……!」
くやしさで薫の目に涙がにじむ。
配信者「こんな投稿もあります」
配信者がSNSの投稿を映し出す。
それは京都でヤンキーに絡まれた時の写真。
疑惑は晴れたけど性格やばいってのはほんとだね。これみたら分かる。と言葉が添えてある。
その写真は冷たい目でヤンキーを睨み付けており、確かにそのように見える。
薫「こんなの……」
母「いつまで起きてんのー?」
薫「あ……もう寝る」
薫はベッドの中に入るが、なかなか寝付けない。
薫(あの時、椿くんがあんな顔していたのは僕がいたからだ……)
椿の優しさゆえなのに、歯車がおかしな方向に回っていく。
・教室 翌日朝
薫は目に隈をつくりながら登校してくる。
薫(結局、炎上は落ち着いたけど……椿くんは非難されてる)
薫はぎゅっと目をつむる。
薫(変だよ)
女子生徒「薫っち~大丈夫?」
薫が目を開けると、一軍生徒たちが心配そうにこちらを見ている。
男子生徒「顔色やばいぜ」
女子生徒「まだごたごたしてるけどさ、あと三日もすればみんな飽きるって」
女子生徒「そしたら椿くんも学校これるって」
薫「でも、それじゃ……椿くんは誤解されたまんまじゃん!」
薫、教室を飛び出して行く。
・裏庭 朝
全速力で走ってきた薫は息を荒げ、座り込む。
薫「はあ……はあ……」
薫、ブックマークしていたヤンキーの投稿を開く。
薫「僕は……椿くんを守りたい。守れなくても……味方がいるんだって伝えたい」
薫、スマホを操作し始める。修学旅行の首を掴まれた動画を編集している。
ヤンキーの顔にモザイクを入れていく。
薫「……」
薫、じっと自分のスパイスくんのアカウントを見ている。
薫(誰かに見て欲しいなら、捨て垢じゃだめだ)
意を決して、ヤンキーの投稿を引用し、編集した動画を載せる。
薫「こんなことされて笑顔でいなきゃいけないの?……と」
送信。薫はぐったりとする。
薫「やっちゃったあ」
少しの後悔と、達成感。薫は微笑む。
それからしばらく経っても、薫はその場から動けなかった。
チャイムの音が聞こえる。
授業をさぼってしまったことはあんまり気にならない。
スマホを見る。
薫(スパイスくん)の投稿は注目を浴びたらしい。5000RTされている。まだ伸びるだろう。
その中には、好意的な反応がほとんどの中、カレーアカウントがいきなりこういう投稿をしたことに戸惑うコメントが寄せられている。
薫は経緯を投稿することにした。
びっくりさせてごめんなさい
椿くんは僕を助けようとしてました
ここの所の出来事で、全然知らない人が椿くんを攻撃しているのを見てられなかった
椿くんは優しい人です
僕にとって大事な人です
僕は彼の味方になりたい
投稿を送信した瞬間、心臓が早鐘を打つ。
スマホ画面に「いいね」やリプが高速で増えていく。
勇気ある投稿ありがとう、事実なら椿くんは悪くない
カレー垢で草、この人ほんとに高校生?、事務所が動きそう など
薫「うわ……」
画面をスクロールする指が震える。
薫(椿くん……気づいてくれるかな)
・椿の自宅 昼
椿は自室でぼんやりしている。
通知を切っているスマホに、事務所のマネージャーから電話が鳴る。
椿「……はい?」
椿の顔にわずかな光が戻る。
・学校裏庭 昼
ぼーっとしている薫。
突然スマホがなる。見ると、椿からの着信。
薫「椿くん……!?」
通話に出ると、
椿「何やってんだよ!」
薫「えっと……」
椿「あ……違くて……ええと……会いたい」
薫「僕も……」
薫は立ち上がる。
薫「椿くんちに行くから! 待ってて!」
薫は走り出す。
・椿の自宅
薫は椿の家の前に佇んでいる。
扉が開いた瞬間、薫は椿に抱きつく。
薫「椿くん……椿くん、椿くん」
椿「薫……」
椿、強く薫を抱き締め返す。
椿「なんであんな投稿したんだよ」
薫「椿くんをひとりにしたくなくて」
椿「でも大事なアカウントだろ……身バレしたらどうすんの」
薫「その時はその時。血の通ってない言葉は伝わらないって思って」
椿「そっか……」
・椿の部屋
椿がお茶を持って入ってくる
部屋はどこか雑然としている
椿「ごめん。散らかってるし、服もてきとうだし」
薫「ううん。椿くんはいつもかっこいいよ」
椿「あのねー……」
椿、薫の横に座り、頭をその肩に盛られかける。
椿「……ありがとう」
薫「うん」
椿「正直弱ってたし」
薫「うん」
薫「ぶっちゃけうれしい」
薫「うん」
そっと、椿は薫の顔に顔を近づけていく。
重なる唇。
椿「好きだ」
薫「……うん」
椿「友達の好きじゃなくて」
椿は薫の肩に顔を埋める。
椿「今、浮かれてるんだ。後で忘れちゃって」
薫「……忘れないと駄目?」
椿「え……」
薫「ねえ、椿くんの好きな人って、僕?」
椿「そうだよ」
薫「……うれしい」
再び唇が重なる。
薫「椿くんのこと、守りたかったんだ。味方がいるって知って欲しかった」
椿「ありがとう。本当に……」
・薫の自室 夜
薫の投稿をきっかけに、道で写真を撮ってもらった人や、リア友の投稿もされるようになった。
やがて、今回の件で花岡椿は被害者、という風潮が強くなる。
薫「人間って勝手だな……」
自室のベッドの上でスマホを見ていた薫、スマホを投げ出して伸びをする
薫「……」
指で唇に触れる。
椿の唇の感触が蘇る。
薫は赤くなって虫みたいに丸まる。
・教室 翌朝
椿が教室に入ると、「あ……椿くんだ」「学校これたんだ」と遠巻きにクラスメイトたちが様子を伺っている。
そこに一軍生徒たちが群がる。
男子生徒「よ、来れたんだな」
女子「おつかれー!」
女子「おめでとう#椿くんは悪くないトレンド入り!」
一軍生徒「せーの! おかえり!」
椿「ただいま」
椿が微笑むと、彼らは肩をたたいたりしてもみくちゃにする。
椿「痛い痛い……はは」
女子「あっ、薫っち! おいでよー椿くん来たよ!」
椿は「薫っち……?」と怪訝な顔。
薫は少し離れた自分の席から椿に手を振っている。
女子「んもーっ!」
一軍女子はずるずると薫を引きずってくる。
女子「めっちゃ心配してたじゃん!」
男子「一発殴ってやったしな」
女子「そーそー。ね、スパイスくん!」
薫「そ……それ恥ずかしいからさ……!」
椿(なんか仲良くなってる)
椿「ただいま薫」
薫「うん……椿くん」
照れくさくなりながら薫が頷くと、ガラッと教室のドアを教師が開ける。
教師「座れーっ」
生徒達が席につく。
教師「花岡は放課後教員室に来るように」
椿「はい」
一軍生徒たちはうんざりした顔をする。
・生活指導室の前 放課後
一軍生徒と薫、やきもきしながら廊下で待っている。
ドアが開いて、椿と校長先生が出てくる。
女子生徒「椿くん!」
薫「どうだった」
椿「うん。状況聞かれただけ。対処は事務所がするんで、って」
薫「そっかぁ。よかった」
万が一にも椿が処罰されるようなことにならなくてよかった、と一同は胸をなで下ろす。
女子「よっしゃ、カラオケ行こ!」
椿「唐突だな~」
女子「慰労会だよ。うちらおごるし」
椿「嬉しいけど気持ちだけで。しばらくは慎重にすごせってマネに言われてるんだ」
女子「うえ~残念~」
椿「それじゃ帰ろ。あ、薫はうちに寄ってね。本返すから」
薫「本……?」
急に話を振られた薫は一瞬ぽかんとするが、椿が口パクで「あ、わ、せ、て」と言っているのを見て、慌てて頷く。
薫「う、うん。本だね、そうだね」
・椿の部屋 放課後
椿と薫、ベッドの前の床に座っている。
二人とも非情に緊張し、固くなっている。
薫「あの……」
椿「あの……」
同時に言葉を発してしまい、慌てる。
薫「お、お先にどうぞ」
椿「あ……うん。強引だったかな」
薫「へへ」
椿「二人きりになりたかったんだ」
薫「へ! へー!」
薫はゆでだこのように赤くなる。
椿「手、握っていい?」
薫「う……うん」
そっと椿の手が伸びて、薫の手を握る。
薫(う……べたべたしてないだろうか)
椿「あのさ、俺、しんどくて途中でこんな仕事やめちゃおうかと思ったんだ」
薫「椿くん……」
椿「でも、薫がああいう投稿してくれてさ。もう一度仕事と向き合おうと思って。やったことないこともしてみたいって……事務所に言った」
薫「うん」
椿「だけど俺は薫のことも諦めたくない」
椿の顔が近づいてくる。
薫「それって」
椿「秘密の付き合いになるけど……それでもいい?」
椿の眼差しは熱く真剣なもの、薫はどきどきしながら見つめ返す。
薫「うん。椿くんがそれでいいなら……」
薫が答えた瞬間、椿が覆い被さってきて唇を塞がれる。
薫(うわ……うわ~~~~)
椿の体の重さや温度を感じて、薫の頭の中は沸騰したかのように煮え立っている。
椿「薫の「血の通った言葉じゃないと伝わらない」って言葉が耳に残ってるんだ」
薫「うん」
椿「俺も仕事でそんな言葉を誰かに届けたい。そうなれるまで待ってくれる?」
薫「待つよ。でもそれはそんなに先じゃないと思う」
椿「そうかな」
薫「うん。だって、椿くんはいつも本当の言葉をくれたもん」
椿「薫~」
椿はぎゅっと薫を抱き締める。
薫も力強く椿を抱き返す。
嬉しさがお腹のそこから湧いてきて、二人は抱き合いながら、笑っている。
椿「……とりあえず土曜日はデートしよ」
薫「うん、もちろん」
椿「どこ行く? 遊園地? 水族館? それとも図書館?」
薫「それもいいけど……清澄白河のインドレストランの土日限定のビリヤニがあってね……」
椿「ふふっ」
薫「またカレーかって思った?」
椿「いや、僕が好きなのは『スパイスくん』だからね」
椿から額に軽いキス。薫は微笑む。
SNSの椿のアカウントの投稿
ご心配をおかけしました
それだけの投稿に300個を超えるコメントがついている。
多くが椿の応援するコメントの言葉が並んでいる。
その中に、スパイスくんのコメントがある。
「椿くん、がんばって!」
完



