教室 終礼
先生「じゃあ、明日から修学旅行な訳だがー。あんまりはしゃぐなよー」
はーいと返事をするもの、くすくす笑う者などがいる中で、薫は暗い顔をしている。
薫(とうとう来てしまった)
薫(二泊三日知らん人と一緒……ストレス……というか同じ班の人あきらかに嫌そうな顔してたし)
薫、ちらりと椿の席を見る。
薫(椿くんと一緒の班だと一軍軍団と一緒だしな)
薫(京都のカレー屋……行けたら行こう)
なんとか気分を切り替える薫。

駅前 放課後

放課後、駅で落ち合う薫と椿。
椿「行動班一緒なら良かったのになー」
薫「無理だよ……色んな意味で」
椿「ちぇ~。ま、でもホテルの部屋は一緒だね」
薫「う、うん」
椿「寝顔見ちゃお」
薫「だ、駄目!」
椿「駄目なの?」
薫「いや……その……あ、ここ行こ!」
薫は話を逸らす。指さした先はお菓子の○ちおか。
お菓子を買う二人。
薫「そんな買うの……?」
椿「え?」
明日新幹線で食べるお菓子をしこたま買い込む椿に薫はくすりと笑う。
薫「はー……本当は僕も椿くんと同じ班なら良かったと思うよ」
椿「本当? じゃあさ、自由行動一緒に行こうよ。どうせカレー食べに行くんでしょ」
薫「うっ、そうだけど……」
行動を読まれていた薫は軽く椿を睨む。
薫「友達はどうするの」
椿「俺が居なくても楽しくやるだろ」
薫「そうかなぁ」
椿「ま、せっかくの修学旅行だし、楽しもうぜ」
椿にばんと背中を叩かれ、薫は苦笑する。

翌日 新幹線内

窓際の席に座り、薫はぼーっと新幹線の外を見ている。
薫(とうとう東京を出発してしまった。寝るか)
周りの生徒たち「道寺くんちょっと立って~」
薫「えっ」
言われるがままに薫が立ち上がると、座席がぐるんと回され向かい合わせになる。
生徒たち「わーい」
向かいの生徒と目線が合う位置に戸惑いながら薫は席につく。
生徒「大富豪やろう」
薫「えっ」
生徒「一緒に」
害意のない表情を向けられ、薫は戸惑いつつ頷く。
薫「あの、お菓子食べる?」
生徒達「ありがと!」
思ったよりも楽しく過ごす薫。
同じ車両、別の席で席に座っている椿。
女子生徒「椿くん、あのね」
椿「ごめん、ちょっと眠いわ」
周りの生徒「ええ~」
残念そうな友人達をほうって寝始める椿。

京都 昼前
到着した生徒たちが京都駅に集まっている。
先生「班ごとに列に並んで」
椿「ふあああ」
結局京都まで爆睡した椿はまだ眠気が取れないでいる。
ちらりと薫を視線の先で探すと、薫は同じ班の男子生徒と話している。
椿(おや……)
椿、意外という顔をする。
その会話を邪魔するように椿はメッセージを打つ。
椿『京都着いたね』
椿は薫がメッセージに気づき、返信をするのをじっと見ている。
薫『うん。あとでね』
椿(あとでなら会ってくれるんだ?)
椿、馴れない小動物が寄ってきた時のような達成感を感じる。
椿、スマホから顔を上げ、薫を見ると目が合う。
薫は照れたようにスマホで顔を隠す。
椿はその様子を見て微笑む。
その後、生徒たちはお寺などを見て回り、ホテルに向かう。
生徒たちはテンション高く荷物を部屋に運ぶ。

・ホテルの部屋

男子生徒「夕飯まで自由だってー」
男子生徒「なあ、下に鯉いたの見た?」
わいわいと部屋に入る。
部屋は和室。六人が同部屋。
椿「なー薫。金閣寺まじで金ぴかだったね」
薫「うん。綺麗だったね」
椿と薫、ちょっと気恥ずかしい。
男子生徒「あれ、椿くん道寺とも絡むんだ」
男子生徒から指摘され、椿はあっしまったという顔。
薫「……最近離すようになった」
椿は少し驚いて薫を見る。
男子生徒「そうなんだ意外~」
椿、小声で薫に聞く。
椿「いいの?」
薫「そろそろ馴れないと……」
薫が耳を真っ赤にしているのを見て、椿はにやにやしてしまう。

・ホテル 夕食後
夕食を食べ終わった生徒たちが部屋に戻っていく。
薫「僕たちお風呂一番始めだからもう行かないと」
椿「じゃあ行こ」
風呂に向かう二人。
もぞもぞと服を脱ぎ始めた二人。
脱いだTシャツから顔を出す薫を見て、椿ははっとする。
椿(これは……)
椿、ぴったりと薫の側に近づく。
薫「どうしたの……」
椿「……あー、いやー」
椿、ちらりと薫の体を見る。すぐに目をそらして
椿「あ、あっち空いているよ」
椿はさりげなくすみっこの蛇口に薫を追いやる。
椿(見……見せたくない)
入口側に陣取り、視線からガードする椿。
薫、シャンプーを洗い流しながら、コンディショナーに手を伸ばして、椿の脚に触れてしまう。
薫「あっごめん」
椿「いや……」
椿の心臓が早鐘のように打つ。
椿(落ち着け……素数2、3、5、7、11、13、17、19、23)
落ち着いたところで隣を見ると、薫はもういない。
視線を巡らせると、薫は浴槽に入ろうとしている。
椿「待って待って」
慌てて椿は薫のもとに向かう。
椿「もう出ない?」
薫「ちゃんと浸からないと」
椿「そ、そうだね」
薫、浴槽に浸かり、隣の椿を見る。
細身のように見えて、しっかり腹筋が割れているのを見る。
薫(意外と鍛えてるんだ)
そう意識した途端、薫は急に恥ずかしくなる。
薫「も、もう出るね」
ざぱっと立ち上がる薫。その途端に足を滑らしてしまい、椿の上に倒れ込む。
薫「むむっ」
抱きつくような形になってしまい、二人とも真っ赤になる。
椿「大丈夫?」
薫「はぁ! う、うん!」
薫は体を引き剥がし、その勢いで後ろに倒れる。水柱が上がる。
薫(触ってしまった)
薫(やば……)
心の温度計がはち切れそうになり薫は水風呂に飛び込む。
薫「ひいい」
椿「薫……?」
薫「あっ、僕水風呂が好きで! ほんと! うれしいな」
椿「そうなの?」
薫「もう出ようか!」
ガチガチと歯を鳴らしながら薫は水から上がる。
薫(どうしちゃったんだよ僕)
薫は戸惑いながら風呂を出る。

・ホテルの廊下
薫「……」
椿「あのさ」
薫「はいっ」
薫びくっとして過剰反応する。
椿「明日の自由行動、楽しみだね」
薫「う……うん。本当に一緒に回るの」
椿「そのつもりだよ。何回も言わせんな」
ポン、と頭に手をやって椿は先に歩いていく。
そこに、一人の女子生徒が立っている。
椿「……何?」
椿は嫌な予感を感じている。
女子生徒「椿くん、ちょっと話いい?」
椿「……〝道寺〟先に部屋に戻っていて」
薫「うん」
薫、察して先に部屋に戻る。

ホテルの部屋 夜

男子生徒「あーお帰り」
男子生徒「椿くんは?」
薫「えーと、ちょっと呼ばれて」
男子生徒、全てを察してにやり
男子生徒「もしかして告白か?」
薫「あー多分……」
男子生徒「なんかお疲れ」
男子生徒「モテ男の姿見るのはつれーな」
男子生徒「俺の横はいつでも開いているのに……」
急に親近感を覚えられ、囲まれたことに困惑する薫。
薫「えっ、えっ」
男子生徒「それにしても修学旅行一日目だよ。これで振られたら残り地獄じゃん」
生徒達「あーね」と振られた子の気持ちを思い浮かべる。
男子生徒「そもそも椿くんは断るんか?」
男子生徒「いつも断ってんじゃん。たしか……」

・ホテルのロビー

向かい合わせに立っている椿と女子生徒
椿「ごめん。好きな人がいるから」
女子生徒「それって……誰?」
椿、黙って唇に指を当てる。

・ホテルの部屋

男子生徒「道寺は好きな人いるの!?」
薫「ひえっ!?」
薫、一瞬脳裏に椿の姿がよぎる。ぶんぶんとそれを追い出して、しどろもどろになりながらなんとか答える。
薫「いないよ」
男子生徒「だよなー」
あはは、と笑い飛ばされる。
そこに椿が帰ってくる。
椿「わりー」
男子生徒「ちょっと話があります!」
椿「なんだよお」
同室の男子生徒にもみくちゃにされている椿を、薫は遠巻きにして見ている。

・ホテルの部屋 消灯後
椿「なーんか疲れたな」
もぞもぞと布団の中に潜り込む椿。
薫「明日なんだけど」
椿「ああ。なんて店?」
薫「好きな人と自由行動した方が……」
途端、布団の中から椿の手が伸びてきて、薫の腰にしがみつく。
薫「ちょ、ちょっと……」
薫、顔を赤らめ、外そうとするが、椿はがっちりと掴まっている。
椿「薫と行く」
薫「せっかく思い出なんだしさぁ」
椿「めっちゃ思い出になる」
薫「そうかな」
椿「そうだよ」
男子生徒「おー! プロレス俺もやる!」
薫「えっ、違うよ!」
男子高校生らしくプロレス大会になってしまう。
先生「うるさいぞ!」
怒鳴り込んでくる先生がくると布団を被ってしーんとする。
薫「ぶっ」
薫は堪えきれず吹き出す。
生徒達、なんとか声を殺して笑っている。

・見学した寺社の前 昼
自由行動の時間になった生徒たちがわくわくしながら散っていく。
椿「さて、うるさいこと言われる前に急ごう」
椿は薫の腕を掴んでその場を離れる。
表通りに出ると椿はタクシーを停める。
薫「バスで行こうよ」
椿「いいから。一秒だって無駄にしたくない」
椿にタクシーの中に押し込められ、二人はお目当てのカレー屋へと向かう。
向かったのは四条烏丸のカレー屋。
薫「ここの評判聞いて行ってみたかったんだよね」
椿「スパイスカレーって初めてだな」
薫「関西はスパイスカレーの本場だからね。大阪も行ってみたかった」
椿「いつか行ってみようよ」
薫「いいね」
二人の前にスパイスカレーが運ばれてくる。
薫「シャープな切れ味のチキンカレーと薫り高いキーマの融合……これは来たかいがあった」
大満足で店を出る二人。
椿「じゃあ京都観光しよっか」
薫「僕カレー屋のことしか考えてなかった」
椿「だと思って目星はつけてたから」
二人は錦市場に向かう。
薫「うわー」
ずらっとどこまでも並ぶ店、人通りに薫は驚く。
椿「別名、京の台所って言うんだってさ」
薫「ほえー」
椿「俺、ここで土産買う。うちの怪獣がさ……」
蓮「八つ橋買ってきたら殺す! 気の利いたもの買ってこい」
椿「……てさ」
薫「はは……僕絶対殺される」
椿「これだけ店あればなんかあるだろ」
二人はぶらりと錦市場を歩き始める。
薫「あ、母親に漬物頼まれてたんだ」
漬物屋で買い物をする。
椿「う~~ん」
椿はピンときたものがないらしい。
薫「ごめんね、僕もあんまセンスないから」
椿「俺もないよ。めんどくせえ」
薫「そうかな……あっ」
歩く先にかわいらしい飴やこんぺいとうの店が現れる。
椿「これにしよう」
薫「うちにも買って帰ろう」
立ち食いのフードコートで串を買って食べる。ソフトクリームを食べる。麩まんじゅうを食べる。
満足した二人は駅に向かう。
椿「おもしろかったね」
薫「なんかずっとなんか食べてたな~」
椿「あれは罠だよ。食べちゃうじゃん」
椿が信号待ちでそう言ったとたん、となりのお兄ちゃんが
ヤンキー「じゃん」
と言って笑う。
ヤンキーA「ほんまにじゃんってゆーんやな、東京もんは」
いかにも地元のやんちゃな若者のグループ5人がすぐ後ろに立っている。
彼らは薫と椿の東京なまりがおもしろいらしく、にやにやしている。
ヤンキーB「もっかいいうてみ」
ヤンキーC「言ってみてじゃん。ぎゃははは」
唐突に揶揄われて良い気はしない薫と椿。
信号が変わったとたんに目を伏せて、やりすごしながら先に進む。
ヤンキーD「あれ~? なんかこいつみたことある」
ヤンキーE「あれやTikTokでみたわ」
ヤンキーC「ほんまや」
椿は小さい声でどうも、といいながら、薫を抱えるようにする。
ヤンキーA「芽衣羅と愛莉亜呼べや。よろこぶで」
ヤンキーB「あーもしもし」
椿「あの、俺ら修学旅行で、集合時間があるんで」
ヤンキーA「はあ? 知るかいそんなもん」
椿はヤンキーに胸ぐらを掴まれる。
薫「椿くん!」
椿「は……離してください。薫、先に戻って。先生呼んで来て」
薫「でも……!」
薫(どうしよう……そうだ)
薫「椿くん。まっすぐ行ったら交番あるからそこで!」
薫、たたた、と距離を取りスマホで撮影する。
薫「椿くんから手を離して! 証拠は撮ったからな」
ヤンキーたち「おいこら消せや!」
薫、全速力で逃げる。ヤンキーをやり過ごして交番に向かう!
椿「あっ!」
交番の前にいた椿、薫に抱きつく。
椿「よかった無事だった……!」
警官「お友達見つかったんかよかった」
椿「うう……薫まじかっけぇ」
薫「えへへ」
薫は誇らしい気持ち。
椿「あ、やば……遅刻する」
薫「急ごう!」
二人は集合場所に急ぐ。