数ヶ月前 教室 昼
椿「小さい頃から、俺の周りにはいつも人がいた」
椿「愛想もいいし、自分の見た目がいいのは自覚している」
ねぇねぇ、と囲まれた友人たちに話しかけられる椿、少しうんざりした顔
椿「ただ、疲れることもある」
椿は友人達の顔を眺める。
椿「でもそれを言ったら、彼らは失望するのだろう」
椿、視線を外し、教室の隅を見つめる。
そこには薫がいる。ぼーっと窓の外を見ている。
椿(道寺が人と喋っているところ見たことないな)
その姿に「一匹狼」という感想を抱く椿。
椿(何見てんのかな)
椿、薫の視線の先が気になって、窓に向かう。
椿(あ、猫)
校庭の隅に猫を見つける椿。
椿「猫、かわいいね」
薫「ふぁっ」
薫は机に突っ伏す。
椿(かわいい……)
椿(それからなんだか気になって、ちらちら見ているうちに、薫がいつもカレーの事ばかり検索していることに気づいて。でも話しかけるきっかけがなくて)
ある日、下駄箱に薫からの呼び出しのメモが入っていることに気づいた椿。
メモを手ににやける。
薫「花岡がバズったせいで僕までバズっちゃったじゃないか!」
椿「え……?」
椿の部屋 朝
部屋の姿見でネクタイを結んでいる椿
椿「ふふん」
教室 朝
女子生徒「あ! 椿くんおはよ」
椿「おはよー」
男子生徒「おは」
椿の登場にクラスはパッと華やぎ、クラスメイトたちが寄ってくる。
それを薫は隅から見つめている。
薫(すごいな……)
その視線に気づいて、椿は軽く薫に向かって手をあげる。
薫「……」
薫が戸惑いながら小さく手を振り返すと、椿は嬉しそうに笑う。
薫は恥ずかしくなって顔を覆う。
薫(なんだよーっ)
身もだえている薫のひじをちょんちょんとつつくものがいる。
薫「え?」
見ると、となりの女子生徒が申し訳なさそうな顔をしている。
女子生徒「ごめん……教科書忘れちゃったみたいで……」
薫「あ、いいよ。見せてあげる」
女子生徒「ああよかった」
薫「そんな……」
女子生徒「いや、道寺くんぜんぜん喋らないから」
薫「う……ごめん」
女子生徒「怖い人じゃなくてよかった!」
薫(ははは……)
そんな薫の様子を見て、椿は冷たい顔をしている。
裏庭 昼
椿「よっ」
薫が裏庭に来ると、すでに椿が待ち受けている。
薫「ごはんもう食べたの?」
椿「いや、これからパン買いに……薫、中村のこと好きなの?」
薫「は!?」
薫、弁当を取り落としそうになり、かろうじてはっしと受け止める。
椿「教科書なんか見せてさ」
薫「今日初めて喋ったの! ……なんだよ」
椿「なんでって」
椿、しばらく考えて薫をぎゅっと抱き締める。
薫「なっ、なっ」
椿「俺以外にもなつくようになったかーってさ。さびしいなー」
わっしゃわっしゃと薫の頭を撫でる。
薫「なついてないって!」
椿「ほんと? 俺だけ?」
薫「あー?」
椿「なら、いい」
椿、ぱっと手を離して裏庭から去って行く。
薫「なんなんだよ」
薫はドキドキしながらその場にへたりこむ。
教室 昼
パンを買って教室に戻ってくる椿。
男子生徒「あっ、どこ行ってたんだよ」
椿「んー……ちょっと」
椿ははっきりとは答えず、席に座ってパンの袋を開ける。
薫のふわふわの髪の感触を思い出して、椿はじっと手を見る。
女子生徒「――くん! 椿くん」
椿「あ……」
女子生徒「話聞いてる?」
椿「ごめん」
別の女子生徒「最近さぁ、ぼーっとしてるよね」
椿「そうかな」
別の女子生徒「すぐどっかいっちゃうし、放課後も付き合い悪いしさぁ」
椿「じゃあ、今日マック行こうか」
別の女子生徒「えー行く♡」
椿、小さく胸をなで下ろす。
マック 放課後
男子生徒A「だからマジなんだって!」
女子生徒A「またふかしてる」
放課後、椿と一軍軍団はマックに来ている。
ギャハハ、という笑い声が店内に響き、迷惑そうな顔をしている人もいる。
椿「佐藤、すわんなよ」
椿は当たり障りのない言葉を選んで、彼らを宥めている。
男子生徒A「やっぱさー。椿くんがいると違うわなー」
女子生徒A「そー」
女子生徒B「めっちゃ盛り上がるもんね」
椿「出禁になるよ~」
男子生徒B「ノリ悪~」
男子生徒のひとりが不満そうに口を尖らす。
椿は薫のことを思い出す。
スマホでスパイスくんのアカウントを見ると、新しい投稿がある。
薫(新情報。カレー激戦地神田に新店がオープン。あの伝説の店が復活らしい)
いいね、を押す椿。
男子生徒B「この人、俺のおすすめにも流れてきた」
横からにゅっと顔を出されて椿は画面を隠す。
男子生徒B「椿がバズらせたんだよな」
女子生徒A「さすが~」
店員がじっとこっちを見ている。
椿は迷惑になるのを感じて
椿「あのさ、カラオケいっちゃう?」
と友人達を誘導する。
女子生徒B「行く行く~」
一軍たちは店を出る。
出たところでばったりと薫に会う。
薫「わっ」
椿「あ……」
声をかけようとした椿だったが、薫が鞄で顔を隠しているのをみて思いとどまる。
男子生徒A「あれー道寺じゃん」
薫「あ……」
女子生徒A「陰キャくんじゃーん」
男子生徒A「ちゃんとしゃべんなよ~きもいって言われるよ?」
薫、いきなり絡まれてどうしていいかわからず戸惑う。
女子生徒B「まあ髪切って多少ましに? なったけど。あはは」
男子生徒B「垢抜けってやつですかぁ」
薫をバカにされ、椿は頭にきてしまう。
椿「やめろよ!」
びっくりした顔で一軍たちは椿を見る。
椿「……ただ髪切っただけじゃん」
女子生徒、こびるように
女子生徒A「ですよね」
凍りついた雰囲気を誤魔化すように一軍たちは笑う。
その隙に薫はぺこりと頭を下げて逃げ出す。
椿「あ……」
女子生徒A「さーカラオケー」
椿は薫の去った方向を見ている。
薫の家の近くの公園 夜
椿、公園のベンチでスマホの画面を見ている。
椿「はぁ」
椿は何度か薫にメッセージを送ろうとしていたが、ためらっていた。
椿「やっぱ明日……」
スマホを仕舞おうとして手を滑らす。
椿「あっぶね」
すんでのところでキャッチしたが、画面を見てあっとなる。すべった拍子にメッセージが送信されてしまっている。
「ごめん」の文字がすぐに既読になる。
薫から「僕こそごめん」という返信が来る。
椿がどうしようかと画面を眺めていると、通話が来る。椿、出る。
椿「……もしもし」
薫「椿くん? あの、僕なら気にしてないから」
椿の話す後ろから車の音が聞こえる。
薫「……椿くん今外なの?」
椿「うん……今、みどり公園」
薫「えっ」
椿「直接謝りたくて。家こっちの方だって言ってたから」
薫「今から行くから、ちょっと待ってて」
通話が切れ、椿は顔を覆う。
しばらくして薫が公園に到着する。
薫「椿くん!」
椿「……よ」
薫「僕、本当に大丈夫だよ」
椿「止められなくてごめん」
薫「いいよ。言い返してくれたじゃん」
椿「あんなの……」
椿の声が詰まる。
椿「あんな好き勝手言わせて。薫のことなんかあいつらなんにも知らないくせに」
薫「うん」
薫は椿をぎゅっと抱き締める。
椿「ごめん!」
薫「ありがと」
椿「薫」
椿は薫の肩に顔をうずめる。
薫「僕ね、近くの席の人と少し話したよ」
椿「うん」
薫「それって椿くんのおかげだよ。椿くんと話すようになったから、なんとなく出来るようになった」
椿「……」
薫「佐藤みたいな派手なのは……まだ苦手だけど。でもいつか自分で言い返せるようになる」
薫は小さく咳払いをして息を吸い込む。
薫「そしたら椿くんに教室で話しかけられても平気になるかも……しれないし」
椿「薫~っ」
椿は薫をぐりぐりする。
薫「わっわっ」
椿「俺、俺……薫のこと」
薫「こと?」
好きと言おうとして椿は自分の内心がよく分からなくなり固まる。
椿「強いなって……思うよ」
薫「前も言ってたね」
椿「マジだから」
薫「ありがとう。さて、そろそろ帰らないと。補導でもされたら大変だし」
椿「うん……」
名残惜しそうに、椿は立ち上がる。
薫「じゃあね。また明日」
小さく手を振る薫。椿は去って行く。
椿(俺……(好きって言いそうになった))
土曜日 神保町 昼
伝説のカレー屋が復活し、神保町の路地裏で、行列が出来ている。
薫(ひとりで出かけるの久しぶりかも)
椿が居なくて少し寂しい薫。
椿「ごめん! 仕事入っちゃって」
とても残念そうだった椿。
薫(とはいえ……この行列は付き合わすの酷だったかもな。ひとりでカレーと対話しますか)
ひとりでカレーと向きあう決心をした薫。意気揚々と店内に入る。
芳醇なカレーの香りに包まれる。
深く息を吸い込んで、とろんとやばい顔をする薫。
薫(これは期待できるぞーっ!)
カレーを堪能する薫。
薫(早く投稿しないと……!)
大満足で店を出る薫。
神保町交差点のベンチに座り、レビューを書いている。
薫のレビュー『大感動! あの名店の味が再び! 今回はコロッケとウインナーをトッピング。懐かしいだけじゃない、複雑なルーの味わいが老舗の風格を醸し出してる……
薫(ふう)
一気にレビューを書き上げ、薫は缶コーヒーを飲む。
薫(充実~。もう一店舗いっちゃおうかなぁ)
薫(いやしかし、予算が。うう出店ラッシュ……)
カレンダー(今月の来店予定)を見ながら迷っているところに、突然着信が来る。
薫「うわっ」
画面を見ると椿。
薫「あっ、もしもし……」
椿「今さ、神保町でしょ」
薫「えっなんで」
椿「レビュー投稿したじゃん」
薫「ああ……」
椿「仕事思ったより早く終わってさ。これから遊びに行こ」
薫「あ……いいんだけど手持ちがあんま無くて」
椿「そっか。じゃあうちにおいでよ」
薫「えっ……ああ、わかった」
椿「じゃ、またあとで」
電話切れる。
薫(お呼ばれしてしまった)
地元の駅 14時
椿「薫―!」
いつもよりキラキラしている椿。
薫(うわー)
薫「なんか……いつもと違う」
椿「ああ、撮影からそのまま来たからかな」
薫(椿くんの隣はもう馴れたと思ったのに……)
椿「薫、こっちだよー」
考えごとをして椿とは別方向に歩いてしまった薫。慌てて戻る。
椿「はい、いらっしゃいませ」
薫「うわー……おしゃれ……」
椿の家のマンションの一室。
薫の家のような生活感があまりない。
薫(絵とか飾ってある)
現代アートっぽい絵がリビングに飾ってある。
椿「うちの母親、家具とか雑貨のセレクトショップしててさ。こだわり強いんだよね」
薫「へぇ……かっこいい」
椿「変なもの増やしたらすげえ怒るんだぜ。あっ、何飲む」
薫「な、なんでも……あっ、コーヒーはさっき飲んだ」
椿「ふーん、じゃあ紅茶にするか。先に部屋で待っててくれる?」
薫「うん」
薫は椿の部屋に通され、ひとりになる。
薫「ここが椿くんの部屋……」
椿の部屋は掃除が行き届いている。デスクの周りも、学習机がでんと置いてある薫の部屋とは違う。
薫(同い年の部屋とは思えないな……いや、椿くんだって年頃の男の子なんだし)
すーっ、とやましいものを探してベッドの下に視線を移す薫。
途端、いきなり部屋のドアが開く。
薫は口から心臓が飛び出しそうに驚く。
蓮「椿ーっ、あんたあたしのアイス食べたでしょーっ」
入って来たのは椿の姉、蓮だった。
少々ギャルっぽい大学生。顔の作りは椿とよく似ている。
蓮「……誰?」
薫「あのっ、道寺薫と申します。つつつ、椿くんとは……そのう……」
蓮「あ、友達?」
椿「なにしてんだよ姉貴」
蓮「なにあんた友達連れてくるなら言いなさいよ! あたしすっぴんじゃない!」
椿「はいはいごめん。姉貴はすっぴんでもかわいいよ」
蓮「あったりまえでしょ! あとアイス」
椿「アイスは冷凍庫にあったよ。チョコのでしょ」
蓮「えっ、まじ?」
連はキッチンに向かう。
椿、ため息を吐いて部屋に入る。
椿「ごめん。びっくりしたよね」
薫「えっと……はい……」
椿「うちの姉貴、気ぃ強いから。怪獣だよ」
薫「ぷぷぷ」
心底参った、という感じの椿に薫は吹き出す。
椿も笑い返しながら「ん」と紅茶の入ったマグカップを渡す。
薫、紅茶を一口飲んで
薫(なんかこれめちゃくちゃおいしい)
椿「お菓子もあるよ。うち貰いもんの菓子多いからさ」
薫「うん」
お菓子(クッキー)も美味しくて、薫はもりもり食べる。
椿(リスみたい)
薫「そう言えばさ……椿くん、あれから僕の……スパイスくんの投稿見てるんだね」
椿「ぶっ」
紅茶を吹き出しそうになる椿。
椿「うん、ま……通知取ってるし」
薫「そうなんだ」
椿「やだった……?」
薫「いやっ……その、ちょっと恥ずかしいだけで」
椿、勇気を出して言う。
椿「本当はリプライとかも送りたいんだけど……?」
薫は勢いにぽかんとして
薫「あ……いいよ」
椿、心の中でガッツポーズする。
椿「あ、あー……あっ、ゲームでもしよ」
浮かれ具合を誤魔化すように、椿はゲームを出してくる。
ゲームに熱中する薫を横目でチラチラ見ながら、椿はにやついている。
椿の部屋 夜
薫が帰った後、椿はベッドにごろんと横になり、スマホを見ている。
画面はスパイスくんの投稿。
椿は「こういうカレー大好き」と送っている。
おいしかったです、と返信がついたのを見てニヤニヤする。
椿「小さい頃から、俺の周りにはいつも人がいた」
椿「愛想もいいし、自分の見た目がいいのは自覚している」
ねぇねぇ、と囲まれた友人たちに話しかけられる椿、少しうんざりした顔
椿「ただ、疲れることもある」
椿は友人達の顔を眺める。
椿「でもそれを言ったら、彼らは失望するのだろう」
椿、視線を外し、教室の隅を見つめる。
そこには薫がいる。ぼーっと窓の外を見ている。
椿(道寺が人と喋っているところ見たことないな)
その姿に「一匹狼」という感想を抱く椿。
椿(何見てんのかな)
椿、薫の視線の先が気になって、窓に向かう。
椿(あ、猫)
校庭の隅に猫を見つける椿。
椿「猫、かわいいね」
薫「ふぁっ」
薫は机に突っ伏す。
椿(かわいい……)
椿(それからなんだか気になって、ちらちら見ているうちに、薫がいつもカレーの事ばかり検索していることに気づいて。でも話しかけるきっかけがなくて)
ある日、下駄箱に薫からの呼び出しのメモが入っていることに気づいた椿。
メモを手ににやける。
薫「花岡がバズったせいで僕までバズっちゃったじゃないか!」
椿「え……?」
椿の部屋 朝
部屋の姿見でネクタイを結んでいる椿
椿「ふふん」
教室 朝
女子生徒「あ! 椿くんおはよ」
椿「おはよー」
男子生徒「おは」
椿の登場にクラスはパッと華やぎ、クラスメイトたちが寄ってくる。
それを薫は隅から見つめている。
薫(すごいな……)
その視線に気づいて、椿は軽く薫に向かって手をあげる。
薫「……」
薫が戸惑いながら小さく手を振り返すと、椿は嬉しそうに笑う。
薫は恥ずかしくなって顔を覆う。
薫(なんだよーっ)
身もだえている薫のひじをちょんちょんとつつくものがいる。
薫「え?」
見ると、となりの女子生徒が申し訳なさそうな顔をしている。
女子生徒「ごめん……教科書忘れちゃったみたいで……」
薫「あ、いいよ。見せてあげる」
女子生徒「ああよかった」
薫「そんな……」
女子生徒「いや、道寺くんぜんぜん喋らないから」
薫「う……ごめん」
女子生徒「怖い人じゃなくてよかった!」
薫(ははは……)
そんな薫の様子を見て、椿は冷たい顔をしている。
裏庭 昼
椿「よっ」
薫が裏庭に来ると、すでに椿が待ち受けている。
薫「ごはんもう食べたの?」
椿「いや、これからパン買いに……薫、中村のこと好きなの?」
薫「は!?」
薫、弁当を取り落としそうになり、かろうじてはっしと受け止める。
椿「教科書なんか見せてさ」
薫「今日初めて喋ったの! ……なんだよ」
椿「なんでって」
椿、しばらく考えて薫をぎゅっと抱き締める。
薫「なっ、なっ」
椿「俺以外にもなつくようになったかーってさ。さびしいなー」
わっしゃわっしゃと薫の頭を撫でる。
薫「なついてないって!」
椿「ほんと? 俺だけ?」
薫「あー?」
椿「なら、いい」
椿、ぱっと手を離して裏庭から去って行く。
薫「なんなんだよ」
薫はドキドキしながらその場にへたりこむ。
教室 昼
パンを買って教室に戻ってくる椿。
男子生徒「あっ、どこ行ってたんだよ」
椿「んー……ちょっと」
椿ははっきりとは答えず、席に座ってパンの袋を開ける。
薫のふわふわの髪の感触を思い出して、椿はじっと手を見る。
女子生徒「――くん! 椿くん」
椿「あ……」
女子生徒「話聞いてる?」
椿「ごめん」
別の女子生徒「最近さぁ、ぼーっとしてるよね」
椿「そうかな」
別の女子生徒「すぐどっかいっちゃうし、放課後も付き合い悪いしさぁ」
椿「じゃあ、今日マック行こうか」
別の女子生徒「えー行く♡」
椿、小さく胸をなで下ろす。
マック 放課後
男子生徒A「だからマジなんだって!」
女子生徒A「またふかしてる」
放課後、椿と一軍軍団はマックに来ている。
ギャハハ、という笑い声が店内に響き、迷惑そうな顔をしている人もいる。
椿「佐藤、すわんなよ」
椿は当たり障りのない言葉を選んで、彼らを宥めている。
男子生徒A「やっぱさー。椿くんがいると違うわなー」
女子生徒A「そー」
女子生徒B「めっちゃ盛り上がるもんね」
椿「出禁になるよ~」
男子生徒B「ノリ悪~」
男子生徒のひとりが不満そうに口を尖らす。
椿は薫のことを思い出す。
スマホでスパイスくんのアカウントを見ると、新しい投稿がある。
薫(新情報。カレー激戦地神田に新店がオープン。あの伝説の店が復活らしい)
いいね、を押す椿。
男子生徒B「この人、俺のおすすめにも流れてきた」
横からにゅっと顔を出されて椿は画面を隠す。
男子生徒B「椿がバズらせたんだよな」
女子生徒A「さすが~」
店員がじっとこっちを見ている。
椿は迷惑になるのを感じて
椿「あのさ、カラオケいっちゃう?」
と友人達を誘導する。
女子生徒B「行く行く~」
一軍たちは店を出る。
出たところでばったりと薫に会う。
薫「わっ」
椿「あ……」
声をかけようとした椿だったが、薫が鞄で顔を隠しているのをみて思いとどまる。
男子生徒A「あれー道寺じゃん」
薫「あ……」
女子生徒A「陰キャくんじゃーん」
男子生徒A「ちゃんとしゃべんなよ~きもいって言われるよ?」
薫、いきなり絡まれてどうしていいかわからず戸惑う。
女子生徒B「まあ髪切って多少ましに? なったけど。あはは」
男子生徒B「垢抜けってやつですかぁ」
薫をバカにされ、椿は頭にきてしまう。
椿「やめろよ!」
びっくりした顔で一軍たちは椿を見る。
椿「……ただ髪切っただけじゃん」
女子生徒、こびるように
女子生徒A「ですよね」
凍りついた雰囲気を誤魔化すように一軍たちは笑う。
その隙に薫はぺこりと頭を下げて逃げ出す。
椿「あ……」
女子生徒A「さーカラオケー」
椿は薫の去った方向を見ている。
薫の家の近くの公園 夜
椿、公園のベンチでスマホの画面を見ている。
椿「はぁ」
椿は何度か薫にメッセージを送ろうとしていたが、ためらっていた。
椿「やっぱ明日……」
スマホを仕舞おうとして手を滑らす。
椿「あっぶね」
すんでのところでキャッチしたが、画面を見てあっとなる。すべった拍子にメッセージが送信されてしまっている。
「ごめん」の文字がすぐに既読になる。
薫から「僕こそごめん」という返信が来る。
椿がどうしようかと画面を眺めていると、通話が来る。椿、出る。
椿「……もしもし」
薫「椿くん? あの、僕なら気にしてないから」
椿の話す後ろから車の音が聞こえる。
薫「……椿くん今外なの?」
椿「うん……今、みどり公園」
薫「えっ」
椿「直接謝りたくて。家こっちの方だって言ってたから」
薫「今から行くから、ちょっと待ってて」
通話が切れ、椿は顔を覆う。
しばらくして薫が公園に到着する。
薫「椿くん!」
椿「……よ」
薫「僕、本当に大丈夫だよ」
椿「止められなくてごめん」
薫「いいよ。言い返してくれたじゃん」
椿「あんなの……」
椿の声が詰まる。
椿「あんな好き勝手言わせて。薫のことなんかあいつらなんにも知らないくせに」
薫「うん」
薫は椿をぎゅっと抱き締める。
椿「ごめん!」
薫「ありがと」
椿「薫」
椿は薫の肩に顔をうずめる。
薫「僕ね、近くの席の人と少し話したよ」
椿「うん」
薫「それって椿くんのおかげだよ。椿くんと話すようになったから、なんとなく出来るようになった」
椿「……」
薫「佐藤みたいな派手なのは……まだ苦手だけど。でもいつか自分で言い返せるようになる」
薫は小さく咳払いをして息を吸い込む。
薫「そしたら椿くんに教室で話しかけられても平気になるかも……しれないし」
椿「薫~っ」
椿は薫をぐりぐりする。
薫「わっわっ」
椿「俺、俺……薫のこと」
薫「こと?」
好きと言おうとして椿は自分の内心がよく分からなくなり固まる。
椿「強いなって……思うよ」
薫「前も言ってたね」
椿「マジだから」
薫「ありがとう。さて、そろそろ帰らないと。補導でもされたら大変だし」
椿「うん……」
名残惜しそうに、椿は立ち上がる。
薫「じゃあね。また明日」
小さく手を振る薫。椿は去って行く。
椿(俺……(好きって言いそうになった))
土曜日 神保町 昼
伝説のカレー屋が復活し、神保町の路地裏で、行列が出来ている。
薫(ひとりで出かけるの久しぶりかも)
椿が居なくて少し寂しい薫。
椿「ごめん! 仕事入っちゃって」
とても残念そうだった椿。
薫(とはいえ……この行列は付き合わすの酷だったかもな。ひとりでカレーと対話しますか)
ひとりでカレーと向きあう決心をした薫。意気揚々と店内に入る。
芳醇なカレーの香りに包まれる。
深く息を吸い込んで、とろんとやばい顔をする薫。
薫(これは期待できるぞーっ!)
カレーを堪能する薫。
薫(早く投稿しないと……!)
大満足で店を出る薫。
神保町交差点のベンチに座り、レビューを書いている。
薫のレビュー『大感動! あの名店の味が再び! 今回はコロッケとウインナーをトッピング。懐かしいだけじゃない、複雑なルーの味わいが老舗の風格を醸し出してる……
薫(ふう)
一気にレビューを書き上げ、薫は缶コーヒーを飲む。
薫(充実~。もう一店舗いっちゃおうかなぁ)
薫(いやしかし、予算が。うう出店ラッシュ……)
カレンダー(今月の来店予定)を見ながら迷っているところに、突然着信が来る。
薫「うわっ」
画面を見ると椿。
薫「あっ、もしもし……」
椿「今さ、神保町でしょ」
薫「えっなんで」
椿「レビュー投稿したじゃん」
薫「ああ……」
椿「仕事思ったより早く終わってさ。これから遊びに行こ」
薫「あ……いいんだけど手持ちがあんま無くて」
椿「そっか。じゃあうちにおいでよ」
薫「えっ……ああ、わかった」
椿「じゃ、またあとで」
電話切れる。
薫(お呼ばれしてしまった)
地元の駅 14時
椿「薫―!」
いつもよりキラキラしている椿。
薫(うわー)
薫「なんか……いつもと違う」
椿「ああ、撮影からそのまま来たからかな」
薫(椿くんの隣はもう馴れたと思ったのに……)
椿「薫、こっちだよー」
考えごとをして椿とは別方向に歩いてしまった薫。慌てて戻る。
椿「はい、いらっしゃいませ」
薫「うわー……おしゃれ……」
椿の家のマンションの一室。
薫の家のような生活感があまりない。
薫(絵とか飾ってある)
現代アートっぽい絵がリビングに飾ってある。
椿「うちの母親、家具とか雑貨のセレクトショップしててさ。こだわり強いんだよね」
薫「へぇ……かっこいい」
椿「変なもの増やしたらすげえ怒るんだぜ。あっ、何飲む」
薫「な、なんでも……あっ、コーヒーはさっき飲んだ」
椿「ふーん、じゃあ紅茶にするか。先に部屋で待っててくれる?」
薫「うん」
薫は椿の部屋に通され、ひとりになる。
薫「ここが椿くんの部屋……」
椿の部屋は掃除が行き届いている。デスクの周りも、学習机がでんと置いてある薫の部屋とは違う。
薫(同い年の部屋とは思えないな……いや、椿くんだって年頃の男の子なんだし)
すーっ、とやましいものを探してベッドの下に視線を移す薫。
途端、いきなり部屋のドアが開く。
薫は口から心臓が飛び出しそうに驚く。
蓮「椿ーっ、あんたあたしのアイス食べたでしょーっ」
入って来たのは椿の姉、蓮だった。
少々ギャルっぽい大学生。顔の作りは椿とよく似ている。
蓮「……誰?」
薫「あのっ、道寺薫と申します。つつつ、椿くんとは……そのう……」
蓮「あ、友達?」
椿「なにしてんだよ姉貴」
蓮「なにあんた友達連れてくるなら言いなさいよ! あたしすっぴんじゃない!」
椿「はいはいごめん。姉貴はすっぴんでもかわいいよ」
蓮「あったりまえでしょ! あとアイス」
椿「アイスは冷凍庫にあったよ。チョコのでしょ」
蓮「えっ、まじ?」
連はキッチンに向かう。
椿、ため息を吐いて部屋に入る。
椿「ごめん。びっくりしたよね」
薫「えっと……はい……」
椿「うちの姉貴、気ぃ強いから。怪獣だよ」
薫「ぷぷぷ」
心底参った、という感じの椿に薫は吹き出す。
椿も笑い返しながら「ん」と紅茶の入ったマグカップを渡す。
薫、紅茶を一口飲んで
薫(なんかこれめちゃくちゃおいしい)
椿「お菓子もあるよ。うち貰いもんの菓子多いからさ」
薫「うん」
お菓子(クッキー)も美味しくて、薫はもりもり食べる。
椿(リスみたい)
薫「そう言えばさ……椿くん、あれから僕の……スパイスくんの投稿見てるんだね」
椿「ぶっ」
紅茶を吹き出しそうになる椿。
椿「うん、ま……通知取ってるし」
薫「そうなんだ」
椿「やだった……?」
薫「いやっ……その、ちょっと恥ずかしいだけで」
椿、勇気を出して言う。
椿「本当はリプライとかも送りたいんだけど……?」
薫は勢いにぽかんとして
薫「あ……いいよ」
椿、心の中でガッツポーズする。
椿「あ、あー……あっ、ゲームでもしよ」
浮かれ具合を誤魔化すように、椿はゲームを出してくる。
ゲームに熱中する薫を横目でチラチラ見ながら、椿はにやついている。
椿の部屋 夜
薫が帰った後、椿はベッドにごろんと横になり、スマホを見ている。
画面はスパイスくんの投稿。
椿は「こういうカレー大好き」と送っている。
おいしかったです、と返信がついたのを見てニヤニヤする。



