月曜日 教室 朝
教室の入り口をガラガラと開ける薫。
薫(眠……)
途端に椿が嬉しそうにぶんぶんと手を振って大きい声で叫ぶ。
椿「おはよーっ」
薫はぎょっとする。
見ると、椿の周囲の一軍クラスメイトもぎょっとしている。
椿「おはよ! 薫」
聞こえていないと思ったのか、椿は薫の席の近くまで来てもう一度挨拶する。
みんなの視線が集まる中、薫は小さな声で答える。
薫「おはよ……」
椿「週末は楽しかったね?」
薫「うん」
突き刺すような周囲の視線に薫は脂汗を浮かべる。
椿はそれを分かっている様子で薫の耳元で囁く。
椿「次はどこいこうか」
薫「次とかないから……!」
椿「えー?」
薫「……ぐっ」
薫(しまった……機嫌そこねたらバラすかも)
ばらさないと言われたものの、疑念が湧く薫。
そこに担任の先生(男性)が入ってくる。
先生「おーい、席につけー」
椿、嘆息しながら席に戻る。
薫はほっと胸をなで下ろす。
隣の女子生徒「ねえ、椿くんと仲いいんだ?」
キラキラした目を向けられ、薫はしどろもどろになる。
薫「ちょっと、行くところがあって……でかけただけ」
隣の女子生徒「へぇーっ」
先生「そこー、おしゃべりしない」
注意を受け、薫は苦虫を噛みつぶしたような表情。
学校 裏庭 昼休み
薫は教室から逃げるように人気の少ない裏庭に来て弁当を広げている。
そこに椿が現れる。
椿「ここにいた!」
薫「あわわ」
椿「前は教室で食べてたじゃん」
薫「誰かさんのせいで教室に居づらいんだよ」
椿「別に悪いことなんてしてないじゃん」
薫「悪くなくても具合が悪いの。僕は目立ちたくないんだ」
椿「え、じゃあ俺とは友達になれないの?」
薫「いや……その……目立つとさ、色々言われるだろ」
椿「まあねぇ」
薫「中学の時クラスの女子にうざいって言われちゃって……そっから苦手」
椿は薫の横に座る。
椿「そんなの言わせとけばいいし。そいつらに遠慮すんのもくやしいじゃん」
薫「僕はそんなに強くない」
椿はそらを仰ぎながら、
椿「そうかなぁ。薫は強いと思うけどな」
薫「なにを根拠に……」
椿、薫の前に向き直って
椿「学習発表会の準備の時……
(回想)去年 教室 18時前
校内放送「生徒の皆さん、閉門の時間です。後片付けをして、お帰り下さい」
薫は一人でごみをまとめている。
男子生徒「帰ろうぜ?」
女子生徒「椿くんファミレスで打ち合わせしよ」
女子生徒「あたしも行く」
椿「じゃあみんなで行こう」
薫は振り返らず、文房具をしまっている。
女子生徒「ごめん後片付け頼んでいい?」
薫「うん」
女子生徒「うわー助かる」
生徒達、わいわいと学校の外に出る。
椿「……」
椿、薫のことが気になって足を止める。
椿「ごめん、先言ってて」
椿は教室に戻る。薫が一人で片付けをしている。
椿「ごめんひとりで……手伝うから。ファミレス行こう」
薫「いいよ。打ち合わせに出ても何も言えないし。みんなが色々動いてくれる分、これくらいしないと」
椿「……じゃあ、このゴミ持ってく」
薫「うん、ありがと」
学校 裏庭 昼休み
椿「ほかにもさ、目立たなくてみんながやりたがらないこといつも率先してやってるなって。薫は弱くなんかないよ」
薫、少し恥ずかしくなり俯く。
薫(見られてたなんて)
薫「別に……教室で大声で寄って来なければいいよ」
椿「ほんと?」
大型犬が褒められた時のような顔をする椿。
椿「え、じゃあ放課後遊びに行こ!」
薫「な……なにするの」
椿「じゃん」
椿、スマホの画面を見せる。「期間限定カレーバーガー」の文字。
薫「カレー」
椿「今日からだって。行こうぜ」
椿の輝く笑顔につられて、薫も微笑む。
数日後 教室 午後
ぼーっとおしゃべりをしている椿のグループを見ている薫
椿、その視線に気づいて軽く微笑む。
薫、あわてて視線を外す。
薫(あれから椿くんはクラスで話しかけることは遠慮してくれるようになった。そのかわり――)
スマホの画面いっぱいに椿のメッセージがあふれている。
薫(何が楽しいのやら)
その次の瞬間、新たなメッセージが来る。
椿『放課後、駅ビルでね』
薫『わかってるよ』
薫が答えると、こっちを見てにーっと笑うので、薫は目を逸らす。
女子生徒「椿くんなにしてんの」
椿「んー、仕事の連絡」
女子生徒「えーすごい」
キャッキャとしている椿のグループを薫は冷ややかに見ている。
放課後 駅ビル
椿が駅ビルの入り口で待っている。チラチラと周囲の人が見ている。
薫(立ってるだけで目立つんだもんな。そりゃ僕の気持ちは分からんだろうな。まあ……尊重してもらったし)
椿、薫の姿に気づく。
薫、ドキっとしてぎこちなく声をかける。
薫「お、つかれ。本当にいいの? 僕の用事で」
椿「うん、任せて。頭良い奴におすすめの参考書聞いてきたから」
薫「行こうか」
本屋に向かう薫と椿
本の棚を覗き込む椿、本を手に取る薫
薫「これ?」
参考書を手に薫に聞く椿。
椿「そう」
椿「あっ、漫画も見てく」
本を買う二人。
薫「ありがと。おすすめ教えてくれて」
椿「いやいや」
薫(こうしてると普通なんだよな)
椿「ね!ね!ね⁉」
興奮気味に椿が薫の肩を叩く。
椿「あれやろ!」
視線の先にはゲームセンターのクレーンゲーム
椿「これ集めてんだよね」
さっそく椿は百円玉を入れてプレイし始める。
椿「あー」
惜しいところで取り落とす椿
椿「ぐわ!」
何度もチャレンジするが失敗する椿。
椿「くっそ百円玉がもうない!」
薫「ちょっと貸して」
一発でキーホルダーのぬいぐるみを取る薫。
椿「えっ、すごい」
ぽかんとして椿はぬいぐるみを受け取る。
椿「え、かっこよ」
薫「別に……今日のお礼」
椿「そっか」
嬉しそうにぬいぐるみをかばんにつける椿。
薫「今日はありがと」
椿「いやいや。今度は俺の用事につきあってよ」
薫「うん」
薫(椿くんはいいやつだ。最初は怖かったけど話してみると普通だし)
椿への認識をあらためる薫。
椿「また明日な!」
薫「おう」
へらっと笑いながら薫は手を振り返す。
薫「なんかいいな」
薫の部屋
薫は机で宿題をしている。ふとスマホに手を伸ばす。
薫(返信こないな……)
薫はいつの間にか椿のメッセージを心待ちにしていることに気づく。
薫(何言ってんだ僕)
恥ずかしくなり、スマホを机に置いた途端に通知が来る。
薫はスマホを見る。
椿『週末は駅前に10時集合』
薫は自然と顔がにやけていく。
薫(カレー食べに行く以外で、わくわくしたことって久々かも)
土曜日 駅前
薫「今日ってさ、どこいくの?」
椿「まぁまぁ着いてきて」
薫「うん……?」
お洒落な美容室の前
薫「無理無理無理無理……!!」
椿「大丈夫だって」
薫「食われる!」
椿「食べないよ」
椿に引っ張られて店の中に入る薫
薫「ああ……」
美容師「いらっしゃいませ」
椿「加藤さん、今日はよろしくお願いします」
美容師「はい、こちらこそよろしく」
薫「あのっ、僕……どっか時間つぶしてきます……!」
美容師「あら、お友達さんのことも聞いてますよ。こちらへどうぞ」
案内される二人。
個室の部屋に薫はきょろきょろする。
薫(個室だ……!)
美容師「よかったらお菓子たべて下さいね」
お茶を出され、壊れたおもちゃのように頷く薫。
お菓子がいっぱいあるのを見る。
薫(あ! あれは極楽堂のスパイシーカレーせん……!)
途端にテンションがあがる薫。
リスのようにせんべいを囓り始める。
椿はその姿を鏡越しに眺める
椿(かわいい)
美容師「じゃあ切っちゃいますね」
見事な手さばきで椿は髪を切られていく。
薫がいつの間にかすぐ近くに立っている。
椿「明日撮影でさ、ちょっと整えるだけだから。すぐ終わるよ」
薫「ふーん。大変だ」
椿「元々子役でさ。いつの間にかモデルの仕事がほとんどになっただけなんだよね」
薫「でもすごいじゃん。インフルエンサーだしさ」
椿「そんな。告知用にアカウント作っただけだし。正直苦手」
薫「そうなんだ?」
椿「だからむしろ薫みたいに伝えたいことがあってやってるのすごいと思うよ」
薫「いや……」
薫、頬を赤らめる。
美容師「終わりましたー」
美容師、椿のクロスを外しながらじっと薫の方を見る。
薫「あの……?」
美容師「ちょっと前髪だけでも整えさせてもらっても?」
薫「なっ? いやいやそんなお小遣いもってないし」
美容師「いいですいいです。いやぁ~その前髪みちゃうとほっておけない~」
椿「やってもらいなよ」
薫「う~」
前髪を切り、表情が露わになる薫。
椿「似合うじゃん」
薫「なんか恥ずかし……」
椿「こっち向いて」
パシャリ、と椿がツーショットの自撮りをする。
薫「うわっ」
椿「あとで送っておく」
薫(自分の写真なんて入学式以来だ)
そこから買い物に行く椿と薫。洋服屋、帽子屋など店をひやかして、まわる。
薫(重たい前髪を取り払って、椿くんの見せてくれた景色は、眩しくてくらくらする)
椿「楽しかったぁ」
薫「そりゃ……よかったです」
薫(僕も、とは恥ずかしくて言えなかった)
月曜日 教室
薫は教室の前で入るのを躊躇している。
意を決して教室に入ると、クラスの人たちが「えっ誰?」という顔をしている。
薫が自分の席に座ると「えっ道寺?」という反応に変わる。
隣の女子生徒「おはよ」
薫「えっ」
今まで挨拶なんかされたことない薫は戸惑う。
隣の女子生徒「髪切ったんだね」
薫「あ、うん」
薫(びっっっくりしたぁ~)
薫心臓を押さえながら机に突っ伏す。
薫(僕が勝手に怖がって、周りを拒否していただけなんよな)
そこに椿が登校してくる。
薫と目が合い、椿はにこっと笑う。
一軍女子生徒「椿くん~」
一軍の女子生徒がすがりついてかっさらっていく。
一軍女子生徒「これ誕プレ」
椿「お、ありがとう」
薫(誕プレ……?)
一軍女子生徒「土曜誕生日パーティで集まれたら良かったのに~」
椿「ごめん仕事だったんだよね」
薫(誕生日……だったんだ)
裏庭 昼休み
椿「なにむっつりしてんの」
薫は難しい顔をして弁当を食べている。
椿「ふふ、表情が分かりやすくなったね」
薫「誕生日……」
椿「え?」
薫「言ってくれたら良かったのに」
椿「ああ」
薫「僕が気が利かないみたいじゃないか」
いらいらを募らせていく薫。
薫「僕だってなんか用意したのに……あの子みたいに……」
薫が嫉妬の色を見せたことに、椿は思わずにんまりしてしまう。
椿「なに? 妬いてる?」
薫は図星を突かれ、カッと顔を紅潮させる。
薫「ちゃかさないでよ!」
椿「ごめん」
椿が近づいて来て、薫は壁際に追い詰められる。
薫「なっ……」
椿「誕生日だからさ、薫と一緒に居たかったんだよ。言えばよかったね」
ぽんっと頭をなでられ、薫はぽかんとする。
椿は笑って立ち上がる。
椿「次、体育だろ。そろそろ行こ」
薫「あ……うん」
薫(僕、なんだか変だ。すげー心臓がばくばくする)
椿「ん?」
薫「い、いや……行こ」
薫は自分を誤魔化すように、勢いよく立ち上がると、椿の前を歩いて教室へと向かう。
薫の部屋 夜
布団の中にいる薫。
薫「なんだろう、これ」
昼間、裏庭で密着したことを思い出す薫。
薫「つ、椿くんはいっぱい友達がいるから……僕とは違うから」
布団の中でぐっと拳を握る薫。
そこに椿からのメッセージが届く。
椿『またカレーの店連れて行ってよ』
薫はすぐに分かった!と返信する。
即レスした後に急に冷静になって、薫は布団の中で丸くなる。
薫「僕は……椿くんにどうして欲しいんだろ……」
自分の気持ちがはっきりしない薫。
教室の入り口をガラガラと開ける薫。
薫(眠……)
途端に椿が嬉しそうにぶんぶんと手を振って大きい声で叫ぶ。
椿「おはよーっ」
薫はぎょっとする。
見ると、椿の周囲の一軍クラスメイトもぎょっとしている。
椿「おはよ! 薫」
聞こえていないと思ったのか、椿は薫の席の近くまで来てもう一度挨拶する。
みんなの視線が集まる中、薫は小さな声で答える。
薫「おはよ……」
椿「週末は楽しかったね?」
薫「うん」
突き刺すような周囲の視線に薫は脂汗を浮かべる。
椿はそれを分かっている様子で薫の耳元で囁く。
椿「次はどこいこうか」
薫「次とかないから……!」
椿「えー?」
薫「……ぐっ」
薫(しまった……機嫌そこねたらバラすかも)
ばらさないと言われたものの、疑念が湧く薫。
そこに担任の先生(男性)が入ってくる。
先生「おーい、席につけー」
椿、嘆息しながら席に戻る。
薫はほっと胸をなで下ろす。
隣の女子生徒「ねえ、椿くんと仲いいんだ?」
キラキラした目を向けられ、薫はしどろもどろになる。
薫「ちょっと、行くところがあって……でかけただけ」
隣の女子生徒「へぇーっ」
先生「そこー、おしゃべりしない」
注意を受け、薫は苦虫を噛みつぶしたような表情。
学校 裏庭 昼休み
薫は教室から逃げるように人気の少ない裏庭に来て弁当を広げている。
そこに椿が現れる。
椿「ここにいた!」
薫「あわわ」
椿「前は教室で食べてたじゃん」
薫「誰かさんのせいで教室に居づらいんだよ」
椿「別に悪いことなんてしてないじゃん」
薫「悪くなくても具合が悪いの。僕は目立ちたくないんだ」
椿「え、じゃあ俺とは友達になれないの?」
薫「いや……その……目立つとさ、色々言われるだろ」
椿「まあねぇ」
薫「中学の時クラスの女子にうざいって言われちゃって……そっから苦手」
椿は薫の横に座る。
椿「そんなの言わせとけばいいし。そいつらに遠慮すんのもくやしいじゃん」
薫「僕はそんなに強くない」
椿はそらを仰ぎながら、
椿「そうかなぁ。薫は強いと思うけどな」
薫「なにを根拠に……」
椿、薫の前に向き直って
椿「学習発表会の準備の時……
(回想)去年 教室 18時前
校内放送「生徒の皆さん、閉門の時間です。後片付けをして、お帰り下さい」
薫は一人でごみをまとめている。
男子生徒「帰ろうぜ?」
女子生徒「椿くんファミレスで打ち合わせしよ」
女子生徒「あたしも行く」
椿「じゃあみんなで行こう」
薫は振り返らず、文房具をしまっている。
女子生徒「ごめん後片付け頼んでいい?」
薫「うん」
女子生徒「うわー助かる」
生徒達、わいわいと学校の外に出る。
椿「……」
椿、薫のことが気になって足を止める。
椿「ごめん、先言ってて」
椿は教室に戻る。薫が一人で片付けをしている。
椿「ごめんひとりで……手伝うから。ファミレス行こう」
薫「いいよ。打ち合わせに出ても何も言えないし。みんなが色々動いてくれる分、これくらいしないと」
椿「……じゃあ、このゴミ持ってく」
薫「うん、ありがと」
学校 裏庭 昼休み
椿「ほかにもさ、目立たなくてみんながやりたがらないこといつも率先してやってるなって。薫は弱くなんかないよ」
薫、少し恥ずかしくなり俯く。
薫(見られてたなんて)
薫「別に……教室で大声で寄って来なければいいよ」
椿「ほんと?」
大型犬が褒められた時のような顔をする椿。
椿「え、じゃあ放課後遊びに行こ!」
薫「な……なにするの」
椿「じゃん」
椿、スマホの画面を見せる。「期間限定カレーバーガー」の文字。
薫「カレー」
椿「今日からだって。行こうぜ」
椿の輝く笑顔につられて、薫も微笑む。
数日後 教室 午後
ぼーっとおしゃべりをしている椿のグループを見ている薫
椿、その視線に気づいて軽く微笑む。
薫、あわてて視線を外す。
薫(あれから椿くんはクラスで話しかけることは遠慮してくれるようになった。そのかわり――)
スマホの画面いっぱいに椿のメッセージがあふれている。
薫(何が楽しいのやら)
その次の瞬間、新たなメッセージが来る。
椿『放課後、駅ビルでね』
薫『わかってるよ』
薫が答えると、こっちを見てにーっと笑うので、薫は目を逸らす。
女子生徒「椿くんなにしてんの」
椿「んー、仕事の連絡」
女子生徒「えーすごい」
キャッキャとしている椿のグループを薫は冷ややかに見ている。
放課後 駅ビル
椿が駅ビルの入り口で待っている。チラチラと周囲の人が見ている。
薫(立ってるだけで目立つんだもんな。そりゃ僕の気持ちは分からんだろうな。まあ……尊重してもらったし)
椿、薫の姿に気づく。
薫、ドキっとしてぎこちなく声をかける。
薫「お、つかれ。本当にいいの? 僕の用事で」
椿「うん、任せて。頭良い奴におすすめの参考書聞いてきたから」
薫「行こうか」
本屋に向かう薫と椿
本の棚を覗き込む椿、本を手に取る薫
薫「これ?」
参考書を手に薫に聞く椿。
椿「そう」
椿「あっ、漫画も見てく」
本を買う二人。
薫「ありがと。おすすめ教えてくれて」
椿「いやいや」
薫(こうしてると普通なんだよな)
椿「ね!ね!ね⁉」
興奮気味に椿が薫の肩を叩く。
椿「あれやろ!」
視線の先にはゲームセンターのクレーンゲーム
椿「これ集めてんだよね」
さっそく椿は百円玉を入れてプレイし始める。
椿「あー」
惜しいところで取り落とす椿
椿「ぐわ!」
何度もチャレンジするが失敗する椿。
椿「くっそ百円玉がもうない!」
薫「ちょっと貸して」
一発でキーホルダーのぬいぐるみを取る薫。
椿「えっ、すごい」
ぽかんとして椿はぬいぐるみを受け取る。
椿「え、かっこよ」
薫「別に……今日のお礼」
椿「そっか」
嬉しそうにぬいぐるみをかばんにつける椿。
薫「今日はありがと」
椿「いやいや。今度は俺の用事につきあってよ」
薫「うん」
薫(椿くんはいいやつだ。最初は怖かったけど話してみると普通だし)
椿への認識をあらためる薫。
椿「また明日な!」
薫「おう」
へらっと笑いながら薫は手を振り返す。
薫「なんかいいな」
薫の部屋
薫は机で宿題をしている。ふとスマホに手を伸ばす。
薫(返信こないな……)
薫はいつの間にか椿のメッセージを心待ちにしていることに気づく。
薫(何言ってんだ僕)
恥ずかしくなり、スマホを机に置いた途端に通知が来る。
薫はスマホを見る。
椿『週末は駅前に10時集合』
薫は自然と顔がにやけていく。
薫(カレー食べに行く以外で、わくわくしたことって久々かも)
土曜日 駅前
薫「今日ってさ、どこいくの?」
椿「まぁまぁ着いてきて」
薫「うん……?」
お洒落な美容室の前
薫「無理無理無理無理……!!」
椿「大丈夫だって」
薫「食われる!」
椿「食べないよ」
椿に引っ張られて店の中に入る薫
薫「ああ……」
美容師「いらっしゃいませ」
椿「加藤さん、今日はよろしくお願いします」
美容師「はい、こちらこそよろしく」
薫「あのっ、僕……どっか時間つぶしてきます……!」
美容師「あら、お友達さんのことも聞いてますよ。こちらへどうぞ」
案内される二人。
個室の部屋に薫はきょろきょろする。
薫(個室だ……!)
美容師「よかったらお菓子たべて下さいね」
お茶を出され、壊れたおもちゃのように頷く薫。
お菓子がいっぱいあるのを見る。
薫(あ! あれは極楽堂のスパイシーカレーせん……!)
途端にテンションがあがる薫。
リスのようにせんべいを囓り始める。
椿はその姿を鏡越しに眺める
椿(かわいい)
美容師「じゃあ切っちゃいますね」
見事な手さばきで椿は髪を切られていく。
薫がいつの間にかすぐ近くに立っている。
椿「明日撮影でさ、ちょっと整えるだけだから。すぐ終わるよ」
薫「ふーん。大変だ」
椿「元々子役でさ。いつの間にかモデルの仕事がほとんどになっただけなんだよね」
薫「でもすごいじゃん。インフルエンサーだしさ」
椿「そんな。告知用にアカウント作っただけだし。正直苦手」
薫「そうなんだ?」
椿「だからむしろ薫みたいに伝えたいことがあってやってるのすごいと思うよ」
薫「いや……」
薫、頬を赤らめる。
美容師「終わりましたー」
美容師、椿のクロスを外しながらじっと薫の方を見る。
薫「あの……?」
美容師「ちょっと前髪だけでも整えさせてもらっても?」
薫「なっ? いやいやそんなお小遣いもってないし」
美容師「いいですいいです。いやぁ~その前髪みちゃうとほっておけない~」
椿「やってもらいなよ」
薫「う~」
前髪を切り、表情が露わになる薫。
椿「似合うじゃん」
薫「なんか恥ずかし……」
椿「こっち向いて」
パシャリ、と椿がツーショットの自撮りをする。
薫「うわっ」
椿「あとで送っておく」
薫(自分の写真なんて入学式以来だ)
そこから買い物に行く椿と薫。洋服屋、帽子屋など店をひやかして、まわる。
薫(重たい前髪を取り払って、椿くんの見せてくれた景色は、眩しくてくらくらする)
椿「楽しかったぁ」
薫「そりゃ……よかったです」
薫(僕も、とは恥ずかしくて言えなかった)
月曜日 教室
薫は教室の前で入るのを躊躇している。
意を決して教室に入ると、クラスの人たちが「えっ誰?」という顔をしている。
薫が自分の席に座ると「えっ道寺?」という反応に変わる。
隣の女子生徒「おはよ」
薫「えっ」
今まで挨拶なんかされたことない薫は戸惑う。
隣の女子生徒「髪切ったんだね」
薫「あ、うん」
薫(びっっっくりしたぁ~)
薫心臓を押さえながら机に突っ伏す。
薫(僕が勝手に怖がって、周りを拒否していただけなんよな)
そこに椿が登校してくる。
薫と目が合い、椿はにこっと笑う。
一軍女子生徒「椿くん~」
一軍の女子生徒がすがりついてかっさらっていく。
一軍女子生徒「これ誕プレ」
椿「お、ありがとう」
薫(誕プレ……?)
一軍女子生徒「土曜誕生日パーティで集まれたら良かったのに~」
椿「ごめん仕事だったんだよね」
薫(誕生日……だったんだ)
裏庭 昼休み
椿「なにむっつりしてんの」
薫は難しい顔をして弁当を食べている。
椿「ふふ、表情が分かりやすくなったね」
薫「誕生日……」
椿「え?」
薫「言ってくれたら良かったのに」
椿「ああ」
薫「僕が気が利かないみたいじゃないか」
いらいらを募らせていく薫。
薫「僕だってなんか用意したのに……あの子みたいに……」
薫が嫉妬の色を見せたことに、椿は思わずにんまりしてしまう。
椿「なに? 妬いてる?」
薫は図星を突かれ、カッと顔を紅潮させる。
薫「ちゃかさないでよ!」
椿「ごめん」
椿が近づいて来て、薫は壁際に追い詰められる。
薫「なっ……」
椿「誕生日だからさ、薫と一緒に居たかったんだよ。言えばよかったね」
ぽんっと頭をなでられ、薫はぽかんとする。
椿は笑って立ち上がる。
椿「次、体育だろ。そろそろ行こ」
薫「あ……うん」
薫(僕、なんだか変だ。すげー心臓がばくばくする)
椿「ん?」
薫「い、いや……行こ」
薫は自分を誤魔化すように、勢いよく立ち上がると、椿の前を歩いて教室へと向かう。
薫の部屋 夜
布団の中にいる薫。
薫「なんだろう、これ」
昼間、裏庭で密着したことを思い出す薫。
薫「つ、椿くんはいっぱい友達がいるから……僕とは違うから」
布団の中でぐっと拳を握る薫。
そこに椿からのメッセージが届く。
椿『またカレーの店連れて行ってよ』
薫はすぐに分かった!と返信する。
即レスした後に急に冷静になって、薫は布団の中で丸くなる。
薫「僕は……椿くんにどうして欲しいんだろ……」
自分の気持ちがはっきりしない薫。



