日曜日のカレー専門店 昼
テーブルの上に欧風カレーが運ばれてくる。
ゆでたまるごとのじゃがいもが添えられている。つやっとしたブラウンのルーがカレーポットからご飯の上にオン。
薫はスプーンの上のカレーをうっとりと眺めて、ひとくち。
薫(このコク、芳醇な乳の香り……王道の欧風カレーだ。野菜とフルーツの甘みが口いっぱいにひろがって……ああ、あとからスパイスの刺激が。甘い、辛い、甘い、辛い! ああ、スプーンが止まらない……)
あっという間にカレーを平らげる薫。
薫「ふう……今日も良いカレー日和だ」
店を出て、スマホを取り出す薫。
さっそくさっきの店のレビューを書き始める。
薫(僕、道寺薫はスパイスくんって名前でグルメサイトとSNSでカレーレビュアーなをやっている。週末になると、お小遣いを握りしめて、関東近郊のおいしいカレー屋さんに行くのが趣味だ)
画面を見ると、いいねがいくつかついている。それを見て微笑む薫。
薫(別に有名になりたい訳じゃないけど、反応貰えると嬉しいよな)
翌日月曜日 学校 教室 昼休み
薫(あーカレー食べたい)
弁当を食べながら、薫はスマホでカレー情報を探している
薫「これ美味そう。ええっと……横浜か」
ぶつぶつと呟いている薫を、近くの男子生徒が気味悪そうに見ている。
そんな薫の背中に上履きが飛んできてぶつかる。
じろりと後ろを振り返る薫。
ピアスの派手な男子生徒がへらへら笑っている。クラスの一軍の男女グループだ。
男子生徒「陰キャ君、それこっちに投げて~」
薫(誰が陰キャだ。ひとりでメシ食ってるのがそんな悪いか)
むかつきを押さえながら薫は上履きを拾って持って行く。
薫「あああああ……あの……暴れないで……」
薫の蚊の鳴くような声に、男子生徒が吹き出す。
一軍女子生徒「やっば」
一軍の生徒たちに笑われる薫。顔を真っ赤にして黙り込む。
椿「おい」
急に言葉を発した椿に、薫はびっくりして体をこわばらせる。
立ち上がった椿に
薫「あっ……あっ……」
薫は顔を青ざめさせつつ、じりじりと下がる。
パンパンと薫の背中のほこりを払う椿。
椿「大丈夫?」
薫の顔を覗き込む椿。綺麗な顔面に薫は顔を赤らめる。
薫(近……っ)
椿「佐藤、まだメシ食ってる人もいるんだからさ。謝んなよ」
男子生徒「ごめーん」
薫「だ、大丈夫です……」
薫(し、死にたい……これだから一軍は……)
席に戻った薫はこっそりと椿のことを盗み見る。
薫(花岡椿――高校生インフルエンサー兼モデルとかいう設定盛りすぎの奴。僕はああいう派手なのは苦手だ)
薫は椿のSNSのプロフィール画面を思い浮かべる。フォロワーは5万人。
近くの女子生徒1「きゃー椿くんめっちゃメロい」
近くの女子生徒2「まじ同じ人類と思えん……!」
そっとため息をつく薫。
学校 放課後 校門の外
椿「待って!」
薫「……は?」
学校を出たところで薫は椿に呼び止められる。
薫「ななな……なんの用事でしょうか」
椿「なんで敬語?」
ぷぷぷ、と軽く吹き出す椿。薫は少々かちんとくる。
薫「用事ないならさようなら」
椿「あっ……まって。昼休み、迷惑かけたからさ。なにかおごるよ」
薫「暴れたのは佐藤だろ。花岡には関係ないじゃん」
椿「いいからいいから。何か好きなものない?」
薫(聞けよ……)
薫「……カレー」
椿の表情がパッと明るくなる。薫はその後光に焼き殺されそうになる。
椿「俺も好きだよ! そうだ駅前のラパンってカレー屋がすっごくおいしんだけど、どう?」
薫「……行ったことある」
椿「じゃあ、夢路って喫茶店の――」
薫「キーマカレーだろ。悪いけど夕飯入らなくなるからパス!」
薫はダッシュでその場から立ち去る。
薫(なんだあいつ)
土曜日 地元の駅 夕方
カレー屋めぐりから帰ってきた薫。
薫(素晴らしいスパイスのハーモニーだった。遠出をした甲斐があったな)
うっぷと胃を押さえる薫。
薫(でも……ついでだと思って、あと二軒はしごしたのはやりすぎだったかも。お小遣いも無くなっちゃったし)
駅前のベンチで座って休憩することにした薫。
薫(さっきの店の投稿誰か見てくれたかな)
スマホを取りだそうとリュックを覗く薫。妙に振動しているスマホに!?となる。
薫「何!? 熱!?」
スマホが熱を持っている。
薫「ななな何かスマホ重たいんだけど」
薫は焦りで手に汗をかく。
薫「何これ……もしかしてバズった!? え、なんで?」
食い入るように画面を見る薫。
途端に電池切れを起こすスマホ。
薫「がああああっ!!」
叫ぶ薫に通行人がびくっとする。
月曜日 学校 朝
登校してくる椿、上履きを取り出そうとして紙が入っていることに気づく。
紙を取り出し、中身を読んで、少し微笑む椿。
月曜日 学校 放課後 美術室
薫は使っていない美術室の隅にうずくまっている。いらいらした様子で親指の爪を噛んでいる。
ガラッと扉の開く音。
薫(来たっ)
素早く立ち上がる薫。
長い足を見せつけるように余裕たっぷりに入ってくる椿。(実際はうれしくてにやついているだけ)
椿「話って何……?」
黙ってスマホの画面を見せる薫。
椿のアカウントがスパイスくんを引用している投稿。
投稿内容は「こういうカレー大好き。それにしてもカレー愛つよ」
五千RTされている。
スパイスくんの投稿が二千回RTされている。
薫「花岡がバズったせいで僕までバズっちゃったじゃないか!」
目を見開く椿。画面を見て、薫を見つめる。
椿「え……?」
薫「え、じゃないよ。こういうの困るんだよ!」
椿、しばらく考え込む。
椿「えっと……もしかしてスパイスくんって道寺なの?」
自分から正体をばらしてしまったことにここで気づく薫
薫(しまったー! 僕の馬鹿ー!)
稲光に打たれたように硬直する薫。
薫「あっ、えっとえ……これは……!」
しどろもどろになり、何か言い訳をしようするが何も言葉が出てこない薫。
一方、椿は満面の笑顔を浮かべる。
椿「そうだったんだ! この辺のカレー屋に詳しい人だなって思ったんだよね」
嬉しそうに薫の手を握る椿。
薫は沸騰しそうに顔を赤くする。
薫「と、とにかくやめてくれよ」
椿、きょとん顔。
椿「え、でも俺悪いことしたかな」
薫、ぽかんとする。
椿「だって口撃した訳でもないし」
薫、さらにぽかんとする。
椿「だいたい好意的な反応だし」
薫、灰になる。
椿「そもそも後から引用したこの芸人さんの方がバズってない?」
薫、さらさらと崩れていく。
椿「どうしてもってのなら消してもいいけどさ……いらん憶測を呼ぶかもよ」
薫、椿の手を掴む。
薫「もういい!」
恥ずかしいやら、悔しいやらで感情がぐちゃぐちゃの薫。涙目で椿を睨む。
薫「もうこれ以上僕にかまわないで!」
そのまま薫は逃走する。
薫(最悪だ……!)
薫の家 玄関
薫の母「おかえりなさーい」
返事もせずに二階の自室に駆け込む薫
薫の母「あら……?」
薫は部屋に入ると、布団を頭から被る。
薫(バカバカ、僕のバカー!!)
椿の家 自室 夜
風呂上がりの椿、脱いだままの制服をハンガーにかける。
ポケットに紙が入っているのを気がつく。
それは薫の呼び出しの手紙「放課後、美術室に来て下さい 道寺薫」
椿はそれを手に微妙な表情をする。薫の呼び出しが期待したものではなかった落胆の表情。
夢の中 夜
薫(勝手に頭にきて自分で身バレするなんて)
教室に入った途端にじろじろと見られる薫。
視線にたじろぐ。
男子生徒「あいつさ……カレーばっか食べてんの」
女子生徒「キモ!」
女子生徒「椿くんにキレたらしいよ」
男子生徒「うわーやべwww 陰キャこええ」
ひそひそ声がはっきり聞こえる。脂汗を流す薫。
かすむ視界の向こうに、クラスの一軍に囲まれた椿がいる。
椿は彼らに見せびらかすように薫との一件を話している様子。
椿「俺悪いことしてなくない?」
女子生徒「ほんとー!」
椿、薫を見て鼻で笑う。
薫「あ……ああ……」
薫のスマホ画面。
カレーオタクくん散る
こいつS高校なんだって
C組の道寺くんwww有名人www
こいつの書き込みキショい
などの文字が躍る。薫は気が遠くなる。
薫の家 自室 朝
薫「……やめろっ」
汗だくで目覚めた薫。
薫「はあ……」
夢見の悪さに脱力する薫。
学校 朝
薫は重たい足をひきずりながら登校する。
薫(口止めすればよかった……聞いてくれるかわからんけど)
おそるおそる教室のドアを開ける薫。
じっとクラスメイトの様子を伺うが何も起こらない。
薫(もしかしてバレてない……?)
椿「おはよ」
薫「うわぁ!」
急に背後から声をかけられたことに飛び上がる薫。
椿「あのさー、カレー……」
薫「うわあああ!」
薫は椿の手を引っ張って、人気の少ない階段の下に連れてくる。
椿「なぁに? どうしたの?」
薫「バラさないで……!」
椿「えっ……」
薫「花岡にはわかんないかもしれないけど、僕は目立つのとかほんと無理だから」
涙目で訴える薫を見て、無言になる椿。
椿「あっ、もしかして……カレーのアカウントのこと」
薫、こくこくと頷く。
椿「別にそんなこと……あ、じゃあ一緒にカレー食べに行こうよ」
薫「は!?(関わって欲しくないんだが!?)」
椿「口止め料……」
薫「ぐっ……わ、わかった」
しぶしぶ頷く薫。
椿「あっ、じゃあ連絡先交換しよ」
椿のキラキラオーラにうっとなる薫。
薫「うん……」
裏庭 昼
昼休みになった薫は、椿から逃げるように裏庭に来て弁当を広げている。
薫は一人でワイヤレスイヤホンをして動画を見ている。
薫「変なことになってしまった」
もそもそと弁当を食べる薫。
薫「花岡くんが食べるカレーか……それなら……」
店を調べ始める薫。
土曜日 原宿 11時
駅前に一人佇む薫。
薫(すでに場違いな気がしてならない……)
街の賑わい、すれ違う人々にびびりまくる薫。
椿「ごめん遅れちゃって!」
椿が待ち合わせ場所にやってくる。
私服の椿は制服よりもおしゃれでまぶしい。
薫(うわ~~生まれ変わっても着こなせそうにない)
椿「行こうか」
薫「あ、うん」
薫(本当に隣を歩いていいのだろうか。いや!)
カッと目を見開く薫。
薫(今日に限っては隣に居て貰わなければならない! なぜなら……)
すごいおしゃれなカフェに辿り着く薫と椿。
椿「けっこう並んでるね」
薫(男子高校生にはハードルの高いカフェのカレーを食べるからです!)
並んでる女性客たちがチラチラと椿を見ている。
薫(こんな女の人だらけでも花岡なら臆することあるまい! この機会に気になっていたカレーを制覇してやる! ふははは策士!)
小さくガッツポーズをする薫。
カフェの座席
薫「ふおおお……」
目の前に運ばれてきたカレーを見て、薫の口から感嘆の声が漏れる。
流れるチーズと卵黄の乗ったキーマカレー。
いかにもSNS映えしそうなビジュアルである。
椿「美味そう」
にこにこしている椿の向かいで薫は写真を撮りまくっている。
薫「さてと……」
椿「いただきます」
スプーンで卵黄を崩す。とろーんと流れる黄身が美味しそう。チーズと卵黄を絡め、まずは一口。
椿「ふふっ。美味しい」
薫「……」
無心にスプーンを動かす薫。
椿「え……あの?」
薫、呼びかけられてようやくハッとして
椿「もしかしていまいちだった?」
薫「いやいや! むしろ逆。カフェのフードの範疇超えているっていうか、粗挽きのキーマだけでもパンチがあるのに、そこにチーズと卵黄でしょ。濃厚にも程がある。でもキーマがしっかりスパイス効いていて一緒に食べると止まらなくなるよね。それにしても女の人がヘルシーなの好きって絶対嘘だよね……!」
椿「ぷっ」
薫はその様子を見て、自分が一方的にまくしたててしまったことに気がつき、頬を赤らめる。
椿「いいなぁ。すごく楽しそう。道寺ってこういう人なんだ」
薫「う……えっと」
椿「いや、教室じゃあんま喋っているとこ見たことないから」
薫(見てたんか……?)
椿「うん、いいと思う」
綺麗な顔で見つめられて、薫はドギマギとする。
視線を振り払うようにして薫はカレーを食べ続ける。
店の外 12時半
薫「ちょっと!」
椿「何?」
薫「何って、代金受け取ってよ」
椿「いいよ。ご馳走したいんだ」
薫「そんなん駄目だって……! 口止め料にならないじゃん」
椿「そんなんあったな」
薫「自分が言い出したんだろ」
椿、ふっと微笑む。
椿「口止め料なんてなくても言わないから安心して」
薫「だとしても駄目……!」
薫、椿の袖にすがって頼み込む。ハッとして手を離す。
薫「ごめん。でも、友達同士でこういうのよくないから……」
薫は椿の手に代金を握らせる。
椿「友達……俺たち、友達でいいの」
薫「えっ、えっと」
椿「それじゃあ、薫って呼んでいい?」
薫「うっ」
椿「駄目? 友達なのに? 俺のことも椿って呼んでよ。ほら」
薫「いやいや……」
椿「そっか……友達じゃないなら秘密を守る必要もないかもな」
薫「ヒュッ……つ、椿……くん」
椿「はい」
椿は満足そうな表情をしている。
通りすがりの女「あー!」
びっくりする薫。
通りすがりの女「椿くんですよねー? 写真撮ってもいいですかぁ?」
椿のファンだと理解する薫。
薫(わ……か帰ろうかな)
椿「うーん」
チラリと薫を見る。
椿「薫! そこで待ってて。勝手に帰らないでね」
薫「う……はい」
写真を撮りおわり、ばいばーいとファンの女と別れる椿。
薫「やっぱ、僕が花岡の友達なんて変だよ」
椿「なんで? それから」
椿、薫にずいっとせまる。
椿「椿、でしょ」
薫「椿、くんはなんで……僕にかまうの」
椿「んー、前から友達になりたいって思ってたんだよ。俺が薫と仲良くしたいの、ね」
椿の有無を言わさない表情に、薫はぎこちなく頷く。
薫(なんなんだよ。この圧……)
テーブルの上に欧風カレーが運ばれてくる。
ゆでたまるごとのじゃがいもが添えられている。つやっとしたブラウンのルーがカレーポットからご飯の上にオン。
薫はスプーンの上のカレーをうっとりと眺めて、ひとくち。
薫(このコク、芳醇な乳の香り……王道の欧風カレーだ。野菜とフルーツの甘みが口いっぱいにひろがって……ああ、あとからスパイスの刺激が。甘い、辛い、甘い、辛い! ああ、スプーンが止まらない……)
あっという間にカレーを平らげる薫。
薫「ふう……今日も良いカレー日和だ」
店を出て、スマホを取り出す薫。
さっそくさっきの店のレビューを書き始める。
薫(僕、道寺薫はスパイスくんって名前でグルメサイトとSNSでカレーレビュアーなをやっている。週末になると、お小遣いを握りしめて、関東近郊のおいしいカレー屋さんに行くのが趣味だ)
画面を見ると、いいねがいくつかついている。それを見て微笑む薫。
薫(別に有名になりたい訳じゃないけど、反応貰えると嬉しいよな)
翌日月曜日 学校 教室 昼休み
薫(あーカレー食べたい)
弁当を食べながら、薫はスマホでカレー情報を探している
薫「これ美味そう。ええっと……横浜か」
ぶつぶつと呟いている薫を、近くの男子生徒が気味悪そうに見ている。
そんな薫の背中に上履きが飛んできてぶつかる。
じろりと後ろを振り返る薫。
ピアスの派手な男子生徒がへらへら笑っている。クラスの一軍の男女グループだ。
男子生徒「陰キャ君、それこっちに投げて~」
薫(誰が陰キャだ。ひとりでメシ食ってるのがそんな悪いか)
むかつきを押さえながら薫は上履きを拾って持って行く。
薫「あああああ……あの……暴れないで……」
薫の蚊の鳴くような声に、男子生徒が吹き出す。
一軍女子生徒「やっば」
一軍の生徒たちに笑われる薫。顔を真っ赤にして黙り込む。
椿「おい」
急に言葉を発した椿に、薫はびっくりして体をこわばらせる。
立ち上がった椿に
薫「あっ……あっ……」
薫は顔を青ざめさせつつ、じりじりと下がる。
パンパンと薫の背中のほこりを払う椿。
椿「大丈夫?」
薫の顔を覗き込む椿。綺麗な顔面に薫は顔を赤らめる。
薫(近……っ)
椿「佐藤、まだメシ食ってる人もいるんだからさ。謝んなよ」
男子生徒「ごめーん」
薫「だ、大丈夫です……」
薫(し、死にたい……これだから一軍は……)
席に戻った薫はこっそりと椿のことを盗み見る。
薫(花岡椿――高校生インフルエンサー兼モデルとかいう設定盛りすぎの奴。僕はああいう派手なのは苦手だ)
薫は椿のSNSのプロフィール画面を思い浮かべる。フォロワーは5万人。
近くの女子生徒1「きゃー椿くんめっちゃメロい」
近くの女子生徒2「まじ同じ人類と思えん……!」
そっとため息をつく薫。
学校 放課後 校門の外
椿「待って!」
薫「……は?」
学校を出たところで薫は椿に呼び止められる。
薫「ななな……なんの用事でしょうか」
椿「なんで敬語?」
ぷぷぷ、と軽く吹き出す椿。薫は少々かちんとくる。
薫「用事ないならさようなら」
椿「あっ……まって。昼休み、迷惑かけたからさ。なにかおごるよ」
薫「暴れたのは佐藤だろ。花岡には関係ないじゃん」
椿「いいからいいから。何か好きなものない?」
薫(聞けよ……)
薫「……カレー」
椿の表情がパッと明るくなる。薫はその後光に焼き殺されそうになる。
椿「俺も好きだよ! そうだ駅前のラパンってカレー屋がすっごくおいしんだけど、どう?」
薫「……行ったことある」
椿「じゃあ、夢路って喫茶店の――」
薫「キーマカレーだろ。悪いけど夕飯入らなくなるからパス!」
薫はダッシュでその場から立ち去る。
薫(なんだあいつ)
土曜日 地元の駅 夕方
カレー屋めぐりから帰ってきた薫。
薫(素晴らしいスパイスのハーモニーだった。遠出をした甲斐があったな)
うっぷと胃を押さえる薫。
薫(でも……ついでだと思って、あと二軒はしごしたのはやりすぎだったかも。お小遣いも無くなっちゃったし)
駅前のベンチで座って休憩することにした薫。
薫(さっきの店の投稿誰か見てくれたかな)
スマホを取りだそうとリュックを覗く薫。妙に振動しているスマホに!?となる。
薫「何!? 熱!?」
スマホが熱を持っている。
薫「ななな何かスマホ重たいんだけど」
薫は焦りで手に汗をかく。
薫「何これ……もしかしてバズった!? え、なんで?」
食い入るように画面を見る薫。
途端に電池切れを起こすスマホ。
薫「がああああっ!!」
叫ぶ薫に通行人がびくっとする。
月曜日 学校 朝
登校してくる椿、上履きを取り出そうとして紙が入っていることに気づく。
紙を取り出し、中身を読んで、少し微笑む椿。
月曜日 学校 放課後 美術室
薫は使っていない美術室の隅にうずくまっている。いらいらした様子で親指の爪を噛んでいる。
ガラッと扉の開く音。
薫(来たっ)
素早く立ち上がる薫。
長い足を見せつけるように余裕たっぷりに入ってくる椿。(実際はうれしくてにやついているだけ)
椿「話って何……?」
黙ってスマホの画面を見せる薫。
椿のアカウントがスパイスくんを引用している投稿。
投稿内容は「こういうカレー大好き。それにしてもカレー愛つよ」
五千RTされている。
スパイスくんの投稿が二千回RTされている。
薫「花岡がバズったせいで僕までバズっちゃったじゃないか!」
目を見開く椿。画面を見て、薫を見つめる。
椿「え……?」
薫「え、じゃないよ。こういうの困るんだよ!」
椿、しばらく考え込む。
椿「えっと……もしかしてスパイスくんって道寺なの?」
自分から正体をばらしてしまったことにここで気づく薫
薫(しまったー! 僕の馬鹿ー!)
稲光に打たれたように硬直する薫。
薫「あっ、えっとえ……これは……!」
しどろもどろになり、何か言い訳をしようするが何も言葉が出てこない薫。
一方、椿は満面の笑顔を浮かべる。
椿「そうだったんだ! この辺のカレー屋に詳しい人だなって思ったんだよね」
嬉しそうに薫の手を握る椿。
薫は沸騰しそうに顔を赤くする。
薫「と、とにかくやめてくれよ」
椿、きょとん顔。
椿「え、でも俺悪いことしたかな」
薫、ぽかんとする。
椿「だって口撃した訳でもないし」
薫、さらにぽかんとする。
椿「だいたい好意的な反応だし」
薫、灰になる。
椿「そもそも後から引用したこの芸人さんの方がバズってない?」
薫、さらさらと崩れていく。
椿「どうしてもってのなら消してもいいけどさ……いらん憶測を呼ぶかもよ」
薫、椿の手を掴む。
薫「もういい!」
恥ずかしいやら、悔しいやらで感情がぐちゃぐちゃの薫。涙目で椿を睨む。
薫「もうこれ以上僕にかまわないで!」
そのまま薫は逃走する。
薫(最悪だ……!)
薫の家 玄関
薫の母「おかえりなさーい」
返事もせずに二階の自室に駆け込む薫
薫の母「あら……?」
薫は部屋に入ると、布団を頭から被る。
薫(バカバカ、僕のバカー!!)
椿の家 自室 夜
風呂上がりの椿、脱いだままの制服をハンガーにかける。
ポケットに紙が入っているのを気がつく。
それは薫の呼び出しの手紙「放課後、美術室に来て下さい 道寺薫」
椿はそれを手に微妙な表情をする。薫の呼び出しが期待したものではなかった落胆の表情。
夢の中 夜
薫(勝手に頭にきて自分で身バレするなんて)
教室に入った途端にじろじろと見られる薫。
視線にたじろぐ。
男子生徒「あいつさ……カレーばっか食べてんの」
女子生徒「キモ!」
女子生徒「椿くんにキレたらしいよ」
男子生徒「うわーやべwww 陰キャこええ」
ひそひそ声がはっきり聞こえる。脂汗を流す薫。
かすむ視界の向こうに、クラスの一軍に囲まれた椿がいる。
椿は彼らに見せびらかすように薫との一件を話している様子。
椿「俺悪いことしてなくない?」
女子生徒「ほんとー!」
椿、薫を見て鼻で笑う。
薫「あ……ああ……」
薫のスマホ画面。
カレーオタクくん散る
こいつS高校なんだって
C組の道寺くんwww有名人www
こいつの書き込みキショい
などの文字が躍る。薫は気が遠くなる。
薫の家 自室 朝
薫「……やめろっ」
汗だくで目覚めた薫。
薫「はあ……」
夢見の悪さに脱力する薫。
学校 朝
薫は重たい足をひきずりながら登校する。
薫(口止めすればよかった……聞いてくれるかわからんけど)
おそるおそる教室のドアを開ける薫。
じっとクラスメイトの様子を伺うが何も起こらない。
薫(もしかしてバレてない……?)
椿「おはよ」
薫「うわぁ!」
急に背後から声をかけられたことに飛び上がる薫。
椿「あのさー、カレー……」
薫「うわあああ!」
薫は椿の手を引っ張って、人気の少ない階段の下に連れてくる。
椿「なぁに? どうしたの?」
薫「バラさないで……!」
椿「えっ……」
薫「花岡にはわかんないかもしれないけど、僕は目立つのとかほんと無理だから」
涙目で訴える薫を見て、無言になる椿。
椿「あっ、もしかして……カレーのアカウントのこと」
薫、こくこくと頷く。
椿「別にそんなこと……あ、じゃあ一緒にカレー食べに行こうよ」
薫「は!?(関わって欲しくないんだが!?)」
椿「口止め料……」
薫「ぐっ……わ、わかった」
しぶしぶ頷く薫。
椿「あっ、じゃあ連絡先交換しよ」
椿のキラキラオーラにうっとなる薫。
薫「うん……」
裏庭 昼
昼休みになった薫は、椿から逃げるように裏庭に来て弁当を広げている。
薫は一人でワイヤレスイヤホンをして動画を見ている。
薫「変なことになってしまった」
もそもそと弁当を食べる薫。
薫「花岡くんが食べるカレーか……それなら……」
店を調べ始める薫。
土曜日 原宿 11時
駅前に一人佇む薫。
薫(すでに場違いな気がしてならない……)
街の賑わい、すれ違う人々にびびりまくる薫。
椿「ごめん遅れちゃって!」
椿が待ち合わせ場所にやってくる。
私服の椿は制服よりもおしゃれでまぶしい。
薫(うわ~~生まれ変わっても着こなせそうにない)
椿「行こうか」
薫「あ、うん」
薫(本当に隣を歩いていいのだろうか。いや!)
カッと目を見開く薫。
薫(今日に限っては隣に居て貰わなければならない! なぜなら……)
すごいおしゃれなカフェに辿り着く薫と椿。
椿「けっこう並んでるね」
薫(男子高校生にはハードルの高いカフェのカレーを食べるからです!)
並んでる女性客たちがチラチラと椿を見ている。
薫(こんな女の人だらけでも花岡なら臆することあるまい! この機会に気になっていたカレーを制覇してやる! ふははは策士!)
小さくガッツポーズをする薫。
カフェの座席
薫「ふおおお……」
目の前に運ばれてきたカレーを見て、薫の口から感嘆の声が漏れる。
流れるチーズと卵黄の乗ったキーマカレー。
いかにもSNS映えしそうなビジュアルである。
椿「美味そう」
にこにこしている椿の向かいで薫は写真を撮りまくっている。
薫「さてと……」
椿「いただきます」
スプーンで卵黄を崩す。とろーんと流れる黄身が美味しそう。チーズと卵黄を絡め、まずは一口。
椿「ふふっ。美味しい」
薫「……」
無心にスプーンを動かす薫。
椿「え……あの?」
薫、呼びかけられてようやくハッとして
椿「もしかしていまいちだった?」
薫「いやいや! むしろ逆。カフェのフードの範疇超えているっていうか、粗挽きのキーマだけでもパンチがあるのに、そこにチーズと卵黄でしょ。濃厚にも程がある。でもキーマがしっかりスパイス効いていて一緒に食べると止まらなくなるよね。それにしても女の人がヘルシーなの好きって絶対嘘だよね……!」
椿「ぷっ」
薫はその様子を見て、自分が一方的にまくしたててしまったことに気がつき、頬を赤らめる。
椿「いいなぁ。すごく楽しそう。道寺ってこういう人なんだ」
薫「う……えっと」
椿「いや、教室じゃあんま喋っているとこ見たことないから」
薫(見てたんか……?)
椿「うん、いいと思う」
綺麗な顔で見つめられて、薫はドギマギとする。
視線を振り払うようにして薫はカレーを食べ続ける。
店の外 12時半
薫「ちょっと!」
椿「何?」
薫「何って、代金受け取ってよ」
椿「いいよ。ご馳走したいんだ」
薫「そんなん駄目だって……! 口止め料にならないじゃん」
椿「そんなんあったな」
薫「自分が言い出したんだろ」
椿、ふっと微笑む。
椿「口止め料なんてなくても言わないから安心して」
薫「だとしても駄目……!」
薫、椿の袖にすがって頼み込む。ハッとして手を離す。
薫「ごめん。でも、友達同士でこういうのよくないから……」
薫は椿の手に代金を握らせる。
椿「友達……俺たち、友達でいいの」
薫「えっ、えっと」
椿「それじゃあ、薫って呼んでいい?」
薫「うっ」
椿「駄目? 友達なのに? 俺のことも椿って呼んでよ。ほら」
薫「いやいや……」
椿「そっか……友達じゃないなら秘密を守る必要もないかもな」
薫「ヒュッ……つ、椿……くん」
椿「はい」
椿は満足そうな表情をしている。
通りすがりの女「あー!」
びっくりする薫。
通りすがりの女「椿くんですよねー? 写真撮ってもいいですかぁ?」
椿のファンだと理解する薫。
薫(わ……か帰ろうかな)
椿「うーん」
チラリと薫を見る。
椿「薫! そこで待ってて。勝手に帰らないでね」
薫「う……はい」
写真を撮りおわり、ばいばーいとファンの女と別れる椿。
薫「やっぱ、僕が花岡の友達なんて変だよ」
椿「なんで? それから」
椿、薫にずいっとせまる。
椿「椿、でしょ」
薫「椿、くんはなんで……僕にかまうの」
椿「んー、前から友達になりたいって思ってたんだよ。俺が薫と仲良くしたいの、ね」
椿の有無を言わさない表情に、薫はぎこちなく頷く。
薫(なんなんだよ。この圧……)



