翌朝、まだ暗いうちに目を覚ますと、ベッドに顎を乗せてミュリアがキージェをのぞき込んでいた。

 ――なんだよ、早起きだな。

 起き上がってふと手元を見ると、ストームブレイドの錆がすっかり消えて、ほんのわずかに差し込む星明かりすら反射してキラキラと輝いている。

 なんだ、これ……おまえさん、怪我だけでなく、剣も直せるんだな。

 ミュリアは頬をキージェの手にこすりつけた。

 ――いるんでしょ、それ。

 そうだな。

 自分の顔が映るほど磨き上げられたストームブレイドを見つめていると、オスハルトと共にまだ血曇りも錆もない剣を振るっていた若い頃の闘志がよみがえってくる。

 結局、俺の相棒はこいつなんだよな。

 キージェは立ち上がり、剣を鞘に収めた。

 ――おまえさんも来るか?

 ミュリアは尻尾をくるりと回した。

 窓から屋根へ出て、路地に降りる。

 湿り気のあるひんやりとした空気に気持ちが引き締まる。

 見上げる隣の窓にはもちろん明かりはついていない。

 ――すまねえな。

 キージェは路地をたどって、村はずれへと向かった。

 背後の山から朝日が顔を出そうとしていた。

 街道との分かれ道に来たところで、キージェの足が止まった。

「ちょっと、二人でどこ行くのよ」

 寝てるはずの女剣士があくびをしながら立っている。

「朝の散歩だ」と、ごまかしても無駄なようだ。

「荷物全部背負って?」

「おまえこそ、完全装備じゃねえかよ」

「お互い様でしょ」

 間合いを詰められて、キージェは鼻の頭をかいた。

「宿代は払ってきたのか?」

「もちろん」と、クローレが胸を張る。「だって、クレアさんが起こしてくれたんだもん。いい男はね、絶対逃がしちゃだめだって」

 あの、おばさん。

 やっぱり敵に回しちゃいけねえや。

 ま、褒められて悪い気はしねえか。

 クローレが腕にがっちり絡みつく。

「続き、するんでしょ」

「いや、だから、あれは……」

「で、続きってどこ?」

「あ、お……おう、そうだな、旅の続きだよな」

 逃げることばかりで、行き先は考えていなかった。

 ――どうしたもんかな。

 魔王の呪いを解くことが目的なら、とりあえず、王都に行って情報を集めるべきなんだろうな。

 考え込むキージェをクローレが前屈みにのぞき込む。

「迷ってるなら、私が決めてあげよっか」

「どこかいいところ、あるのか?」と、視線を胸元から外しながらキージェは訪ねた。

「あそこ」

「ん?」

 クローレが指さす方へ顔を向けたキージェは一気に老け込んだように顔をしかめた。

 教会の尖塔で鐘が揺れ、少し遅れて澄んだ音色が鳴り響く。

「べつに教会に用なんかねえよ」

「まずは愛を誓わなくっちゃ」

「あー、それはだな、次の町に行ってからでもいいんじゃないか」

 街道を次の村に向かって大股で歩き出すキージェをクローレが追いかける。

「ちょっと、ずるいよ。約束したじゃない」

「だから、続きがしたけりゃ、俺についてこい」

「え!?」と、クローレは手をもみ合わせてキージェに並んでのぞきこむ。「ついてっていいの?」

「当たり前だろ」と、キージェは笑みを浮かべた。「俺はおまえの師匠なんだからよ」

「はいはい」と、クローレは口をとがらせつつも男の腕に絡みついた。「キージェは私の敵討ちを手伝ってくれんだから、今度は私がキージェの役に立つ番だからね。いろいろ続き、教えてくださいよ、お師匠様」

 心の中にクスクスとくすぐったそうな笑い声が聞こえてくる。

 雪狼が純白の毛をわざとらしくこすれさせながら二人の間に割って入ってきた。

「ミュリアも一緒に来てくれるのね」

 弾んだ声が明るくなり始めた空に舞い上がっていく。

 教会の鐘が鳴り終わる頃、朝日に照らされた街道には、彼らの姿はもう見えなくなっていた。

   (第1部 完)