教会の前では、ヴェルザード、リリス、ガルドがしゃがみ込んでいた。

 ミュリアのヒーリングで傷は完治しているはずなのに、彼らの表情はどこかおかしい。

 キージェの手に握られた、血にまみれたストームブレイドを見て、ヴェルザードがブルブルと震えている。

「なんだ、おまえら、どうした?」

 キージェが怪訝そうに尋ねると、ヴェルザードが小さな声で答えた。

「あ、あのぅ、ぼ、僕たち……どうしたら」

 ――僕たち?

 顔に似合わない言葉遣いに背筋がぞわっとする。

 ふと、わきに視線を移すと、のんきに尻尾を振るミュリアがいた。

 ――おまえ、何をしたんだ?

 キージェが心の中で問いかけると、雪狼はツンと鼻先を上げた。

 ――治せ、言った。

 そりゃ傷を治してやってくれとは頼んだが……まさか、ひねくれた性格まで直しちまったのか?

 キージェが呆れていると、ヴェルザードが立ち上がり、つやつやとした肌と純朴な少年のようなつぶらな瞳で宣言した。

「僕たちも穴掘り手伝います!」

「そうよね」と、リリスも立ち上がる。「村の役に立つって、素敵なことよね。私もお手伝いするわ」

 遅れて立ち上がった大男ガルドが、突然リリスの手をつかんだ。

「何よ、どうしたの?」

 驚くリリスに対し、ガルドは頬を染め、熱っぽい視線で彼女を見つめた。

「リリス、俺、おまえのことがずっと好きだった」

 ――いきなり何だ、こいつ!

 キージェが呆気に取られる中、リリスはそっとガルドの手を振りほどいた。

「ごめんなさい」と、直角に頭を下げる。「わたし、あなたみたいな力だけの単純な男って苦手っていうか……無理なの。どっちかっていうと……」

 リリスの視線が、キージェに向いた。

「素敵なおじさまの方が、好みかな」

 ――はあ?

「俺!?」

 なんだよ、いったい。

 どいつもこいつもオッサンをからかうんじゃねえよ。

 だが、冗談では済まないらしい。

 クローレが甲高い足音を響かせ、割って入る。

「ちょっと、キージェは私のものだからね!」

「なあ、リリス」と、ガルドまでさらに割って入る。「もう一度俺を見てくれよ」

「ごめん、無理」

「そんなぁ」

「あんたはどいてなさいよ」と、クローレがうなだれた大男を突き飛ばす。

「お、おい、乱暴はよしてくれよ」

 巨体に似合わぬか細い声でガルドがよろける。

 クローレは容赦なく、肘打ちを食らわせる。

「邪魔だから引っ込んでなさいって言ってんのよ」

 強い口調に押しやられて、大男がしょんぼりと後ずさった。

「しょうがねえよ、ガルド。穴掘り行こうぜ」

 ヴェルザードに背中をたたかれながら、うなだれたガルドが黒衣騎兵の死体を両肩に担いで墓地に向かう。

「いい、キージェは私のものだからね」と、クローレが胸を張る。

「そんなの分からないじゃない」と、リリスが腕組みをして対抗する。「絶対私でしょ。同じ剣術使いよりも、弓使いの方が役に立つもん。恋の弓矢で男心を射貫いちゃうんだから」

 クローレは一歩も引かない。

「性格悪い癖に、似合わないこと言ってんじゃないわよ」

 ――いや、おまえさんの言葉づかいも良くないぞ。

 キージェが渋い表情をしているとクローレが詰め寄ってきた。

「ちょっと、二股かけようって言うの?」

「んなわけあるかよ」

 キージェは手を振りながら後ずさったが、誰かにぶつかって振り向くと、クレアが肩をつついてささやいてきた。

「ねえ、弓使いなら、あんな小娘より寂しがり屋の未亡人なんてどう?」

 その声は、悪戯っぽくもどこか本気めいていた。

「話をややこしくするな」

「あなたが優柔不断だからでしょうに」

 ――何も言えねえ。

「とりあえず、敵にはしたくない相手だな。あんたの弓に射貫かれたら、確実に死ぬ」

「でしょ?」と、クレアが片目をつむる。「それはおいといて、歳なんか気にしてないで、もっと自分に素直になったら」

 ――歳か……。

 二股だか三股だか勝手に騒いでいる連中のかたわらで、キージェは空を見上げて細く息を吐いた。

 俺の戦いは終わったのか、始まりなのか。

 かつての盟友(とも)の血はすでに刀の錆となって乾いている。

 それがたとえ勝利の勲章だとしても、男の栄誉に価値なんかない。

 ただ無駄に歳を重ねた足跡に過ぎないのだから。