勢いよくキージェに抱きつくと、クローレは涙で濡れた頬を彼の胸に押し当てた。

 くたびれた男の背中に回された細い腕にぎゅっと力が込められる。

 そのぬくもりに、キージェの凍てついた心が溶けていく。

「お、おい」

 キージェは動揺しながらも、女の髪をそっと撫でた。

 愛する女を抱きしめた男もまた、死んだ盟友と同様、安らぎを感じていた。

 ――ずっとこうしていられたらいいのにな。

 自分らしくない考えに顔が熱くなる。

「もう、いいだろう」

 クローレは顔を上げ、涙を拭いながらも悪戯っぽく笑った。

「やだ、ずっとこうしてる」

 いつもの明るさを取り戻した声に笑みを浮かべつつも、キージェはそっと体を離し、見つめ合った。

 その瞬間、村人たちの口笛や拍手喝采が響き渡った。

「おう、おめでとう」

「ヒューッ、あんたら、見せつけてくれるね」

「よかったじぇねえか」

「色男!」

 いきなり沸き起こったお祭り騒ぎに、キージェは慌てて一歩後ずさり、顔を真っ赤にして周囲を見回した。

 家の窓という窓が開いて、皆が手を振って祝福している。

 顔から汗が噴き出し、キージェがボリボリと頭をかく。

「ちょ、おま……いきなり抱きつくから見世物になっちまったじゃねえかよ」

 その声は照れ隠しに大きかったが、どこか安堵の色が浮かんでいた。

「まあ、いいじゃん」と、クローレはペロッと舌を出し、あっけらかんと笑った。「もっと見せつけちゃう?」

「勘弁してくれ」

 苦笑しつつも、その目には深い愛情が宿っていた。

 そんな浮かれた騒ぎの中、今まで隠れていた村人たちも家を出て恐る恐る広場に集まってきた。

 ミーナに支えられたセルジオ爺さんが死体の山を見てため息をつく。

「しかしまあ、えらいことになったのう。後始末が大変じゃ」

 弓の胸当てを外してクレアもやってきた。

「この村に黒衣騎兵が来たってことが知られたら、どんな報復を受けるかしらね」

 うって変わって、広場が静まりかえる。

 クレアが大きく二回手をたたく。

「死体は全部、墓地に埋めるわよ。ほら、みんな手伝って」

 その声には、元冒険者としての貫禄と、村を守る決意が込められていた。

「よっしゃ、やるかぁ!」

 鍬を担いだ男連中が早速動き出す。

 セルジオは他の連中に黒衣騎兵が残した馬を集めさせた。

「馬は装具を外して放牧地に連れていくんじゃ」

「いい、みんな、何もなかったんだからね」と、クレアが再び声を張る。「私たちは全員、何も見なかった。そういうことだよ」

 村人たちは手際よく藁の燃えかすを拾い、血だまりを水で洗い流し、戦いの痕跡を消していった。