クローレの涙は、まるで十五年に及ぶキージェの逃亡を映す鏡のように輝いていた。

 キージェは怒りに歯を食いしばり、女を強く抱きしめた。

 黒衣騎兵としての誇り、仲間たちの犠牲、受け止めきれなかった王女の求愛――捨て切れぬ過去を背負いながら、ただ死に場所を求めて彷徨ってきた。

 だが、今、この瞬間、目の前にいる女がすべてを変えた。

 ――もうこれ以上、こいつを泣かせるわけにはいかない。

 その気持ちが稲妻となって錆びついた男の心を突き動かした。

 おまえのすべてをぶつけろ。

 歳なんてどうでもいい。

 過ぎ去った記憶に引きずられるな。

 ――俺はこいつを守りたいんだ。

 十五年間愛を拒み、孤独に身を閉ざしてきた男が初めて、自分の心に嘘をつけないことを悟ったのだ。

 ――俺は……おまえを愛してるんだ。

 キージェは女の柔らかな銀髪を撫でながら耳元に語りかけた。

「しっかりしろ、クローレ。おまえは弱虫なんかじゃねえ。立派ないい女になったじゃねえかよ。これがその証拠だ」

 言葉とともにクローレを引き寄せると、男はためらうことなく唇を重ねた。

 熱く、荒々しく力強い口づけにクローレの目が見開かれ、涙が一瞬止まる。

「ん……」

 彼女の体が小さく震え、キージェの胸に手を押し当てたが、拒む力はなかった。

 男は思う存分女を抱きしめ、そのぬくもりを慈しんだ。

 彼女の手がぎこちなくキージェの背中に回り、戦場の喧騒が一瞬遠ざかった。

 柔らかく、温かく、甘い香りが鼻をくすぐる。

 キージェは唇を離すと、呆然としたクローレと見つめ合い、上気した頬を流れる涙を拭ってやった。

 その表情に、かつて王女の求愛から逃げ出した記憶が脳裏をよぎる。

 あのとき、俺は怖かった。

 愛される資格も、愛に応える勇気もなかった。

 だが、今は違う。

「心配すんな。俺ももう逃げたりはしねえからよ。おまえは俺の女(ヒロイン)なんだからな」

「これは……夢?」

「何寝ぼけてんだよ」

「夢なら続きを見させてよ」

「まだ決着はついてねえって!」

 ぽうっと頬を染めるクローレの肩を揺すって現実に引き戻すと、キージェは女を守るために立ち上がった。

「いいか、クローレ、俺とおまえで、こいつらをぶっ倒すぞ! 続きがしたけりゃ、こいつらに勝つんだ!」

「ほんと!? 約束だからね!」

 自分で涙を拭ったクローレは、フレイムクロウを拾い上げ、立ち上がった。

 その瞳には再び闘志が宿っていた。

 オスハルトと対峙し、キージェはストームブレイドを突きつけた。

「俺の大事な女を泣かせやがって。俺はおまえを許さねえぞ」

 かつての盟友の瞳が一瞬揺れた。