「師匠、ごめんなさい」と、クローレは素直に頭を下げた。

 豊満な重みに胸当てが支えきれず、深い谷間が強調される。

「頭、上げろ……その、なんだ、剣士は相手に無防備な姿をさらすな」

「はい、師匠」と、起き直ったクローレが真剣な目で見つめる。「何が悪いのか教えてください。お願いします」

 キージェは頭をかきながらぼそぼそと説明した。

「速さがないから、それを力で補おうとしてるんだよ。だけどよ、筋肉の量には限界があるだろ。たとえば、さっき町でやられた大男と力勝負で勝てるわけないんだ。俺だってあんな奴とまともに組み合ったら、吹き飛ばされるぜ」

 屈辱を思い出したのか、クローレは唇を噛んで腕組みをしながら体を隠している。

 そういう仕草も、ぐっとくるんだよな――バカタレ――と、キージェは心の中で自分に張り手をかまして頬を引き締めた。

「今のやり方だと、技が外れたら、それを補うために次の技が必要になる。しかも、次も外した時の用心として余分に力を使ってるだろ」

「えへへ」と、クローレが舌を出す。「さすが師匠、やっぱり、バレてるし」

「力業っていうのは、敵より先に踏み込めなけりゃ負けるんだ」

 キージェは一歩間合いを詰めた。

 クローレの脇腹に拳が当たっている。

 剣なら致命傷を浴びている。

「接近戦なら、懐に飛び込んだ敵には、まわりの仲間も手を出せないだろ」

「たしかに、味方を切っちゃうかもしれないもんね」

「三人を相手にする場合は、敵の一人を盾にして他の連中を仕留めるんだ」

 クローレは胸の下で腕組みをしながらしきりにうなずいている。

「なるほど、そういうことね。あたし、ダンジョンで魔物と一対一で戦ってばかりだから、そんなこと考えもしなかったな。逆に、だから今までやってこられたんだね」

「ようするに、レベルの問題じゃないんだ。ただ、そこが同じ剣術使いでも冒険者と兵士の考え方の違いってことだ」

 真剣に話を聞いているクローレからふわっと汗の香りが漂ってくる。

 ――おっさんの汗とは違うな。

 同じ生き物とは思えねえよ。

 キージェはさりげなく下がって距離をとった。

 クローレはそんなキージェの左腕をつかんだ。

「ねえ、師匠、私と対戦して実際にやって見せてよ」

「俺のストームブレイドと、おまえのフレイムクロウはまったく違う武器だ。だから参考にはならないぞ」

「それでもいいの。師匠の素晴らしい技を実際に体験してみたいから」

「そんなたいした技じゃねえんだけどな」

 キージェは右手で頭をかきながらつぶやいた。

「ただし、条件がある」

「なんでも言ってくださいよ」

「お互い、本物の剣を使う」

「怪我しちゃったらまずいじゃん」

「怪我じゃ済まない。死ぬ」

 キージェは剣を抜いた。

 びっしりと黒い汚れに覆われていて、まるで切れそうにない。

 まるで遺跡から発掘された錆びだらけの剣だ。

「師匠の剣は何で錆びてるの?」

「こいつは錆びじゃない」と、キージェは指ではじく。「血だ」

 クローレが絶句し、喉が動く。