「驚いたか、クアジャ」

 混乱する記憶に翻弄され石像と化していたキージェはかろうじて声を絞り出した。

「おまえ……生きていたのか」

「ああ、死んだがな」と、オスハルトが口をゆがめて笑う。「魂を売って復活した。俺は今、人であって人ではない」

「魂を売るだと」

「俺は魔王と組んだのさ」

 かつて王国に襲来し、撃退したはずの巨大な敵。

 その魔王と組む。

 ともに戦った盟友の言葉とは思えない。

 だだ、間違いなくオスハルトはそう言ったのだった。

「俺はおまえたちを救うために自らの命をなげうった。だが、どうだ。英雄となって国に凱旋したのは、クアジャ、おまえだ。生き残った者は平和と幸せを享受するが、犠牲となった者はすぐに忘れ去られる。死んだら何も残らない。おまえみたいに戦い以外は冴えたところのない男が王女から求愛され、命を落とした俺は冥界でただそれを眺めているだけ。そんな不公平、納得できるわけないだろう」

「俺はおまえを忘れたことはないし、おまえを真の英雄だと思って生きてきた。王女からの求愛なんて、そんな大それたものを受け入れられるほどたいした男じゃないことだって分かっていた。だから、黒衣騎兵を辞め、どこにもない死に場所を求めて生き恥をさらしてきたんだぞ」

 まるで洞窟に向かって語りかけているようなむなしさを感じながらキージェは旧友を見つめていた。

 オスハルトもまた、わかり合うつもりなど最初からないかのように、自らの想いを吐き出し、いきさつを垂れ流すばかりだった。

「おまえに捨てられた王女は魔王の力にすがり、国を売った」

「なんだと」

「今の国王は魔王に操られ、傀儡として玉座にいるに過ぎない」

「だがしかし、俺たちは魔王を倒したはずだ。なのに魔王の力にすがったとはどういうことだ」

「あまいぞ、クアジャ」と、魂を売った男が鼻で笑う。「しょせん、我らに魔王を倒せるはずなどないのだ。我々の攻勢に魔王は一時的に兵を引いたに過ぎない」

 ――いや、そんなはずはない。

 キージェの脳裏にあの決戦がよみがえる。

 絶体絶命の危機に陥った黒衣騎兵の先頭に立ち、味方を鼓舞したオスハルト。

 三騎一隊を率いて突撃したキージェに襲いかかる魔王の波動と強烈な熱風。

 そこに立ちはだかって盾となった盟友の後ろ姿。

 その犠牲と引き換えに敢行した再度の突撃と、天地を引き裂く魔王の断末魔。

 俺は確かにおまえの屍を超えて魔王を倒したはずだ。

 あれが単なる見せかけで、戦術的撤退だったというのか。

「ここに死んだはずの俺がいる。それが何よりの証拠だ」

 盟友だった男の冷徹な声がキージェにのしかかる。