市場の露店はすっかり片付け終わり、「お待たせ」と、買い物を終えたクローレがもどってきた。

「なんとかリンゴだけ売ってもらえたよ」

 飽きてきていたらしく、子どもたちはクローレに群がる。

「ねえねえ、これ、おねえちゃんの犬?」

「そうよ」と、しゃがんで目線を合わせながらにっこりと笑う。「かわいいでしょ。かしこくて強いのよ」

「いいなあ」

「どこにいたの?」

「もっと遊びたい」

「いいでしょ。森で罠にかかってたのを助けてあげたの。でも、もう暗くなっちゃったからね」

 まわりを囲まれ、一度に質問されても一つ一つ丁寧に返事をしている。

 中にはベタベタとクローレに触ったり、横から無言で抱きついたりする少年もいる。

 くっそ、ガキどもが。

 ――クスクス。

 ミュリアが笑っている。

 なんだよ?

 ――嫉妬?

 悪いか。

 ――すれば?

 できるかよ。

 俺があんなことしたら、嫌われるに決まってるだろ。

 っつうか、こんなおっさんに抱きつかれたら、あいつの心を傷つけることになるさ。

 おれは信頼を裏切りたくない。

 ――好き。

 あ?

 クローレが俺に好意を抱いてるって言うのか。

 だからそれは、師匠としてだろ。

 それを、おっさんのことを男として見てると勘違いしたら気持ち悪がられるだけだろ。

 すると、ミュリアがキージェの腰のあたりに体をぶつけてきて、荷物が崩れそうになる。

 おい、何すんだよ。

 文句を言うと、ぷいっとそっぽを向いて心も閉ざしてしまった。

 大人たちが子どもを迎えに来て、ようやく静かになった。

「さっさとギルドで査定してもらおうぜ」

「ごめんごめん、余計な時間くっちゃったね」

 クローレはミュリアにリンゴを差し出し、歩き出す。

 口にリンゴをくわえたままミュリアが横に並ぶ。

 キージェはまた腰を曲げながら荷物を背負い、ロバになりきってついていった。

 リプリー村のギルドは、広場から路地に入ったところにある簡素な木造の小屋だった。

 屋根には土埃がたまって草が生え、看板には消えかかった手書きの文字で「リプリー村ギルド出張所」と書かれている。

「物置小屋だな」と、つい正直な感想が漏れる。「俺の住んでた小屋よりひどいな」

「都会のギルドと比べたらだめだよ」と、クローレは気にしていないらしい。「村のギルドなんて、あんまり冒険者も来ないからどこもこんな感じだよ。それでもちゃんと査定はしてもらえるから心配ないって」

 ギルドの連帯は政治権力から独立した組織として、各国の枠組みを超えて大陸全体で統一されているらしく、どこでも同じ評価や機能が保証されているそうだ。

 見た目で判断してはいけないらしい。

 それは、身元を隠した四十五歳のおっさん剣士も同じことだ。

 話し声が聞こえたのか、中から扉が開いた。

 扉と言っても紙のように薄い板一枚で、開けただけでぶるぶると振動がしばらく止まらない。

 中から出てきたのはクローレと同じ年頃の若い女だった。

「あら、あなたたち、すごい獲物ね」

「ベルガメントのギルドで請け負ったヴォルフ・ガルムと、成り行きで退治した鉤爪熊の収穫物。高く買い取ってよ」

「ヴォルフ・ガルムを片づけてくれたの?」と、目を丸くして招き入れる。「すごいね。私、ここの事務員のミーナ。さ、入って、入って」