クローレが村を歩くと男どもの視線が集まるのはいつものことだが、今日に限っては、荷物を背負ったキージェの方にみなの視線が向いていた。

「すげえ荷物だな」

「おっさん一人で隊商のつもりか」

「ロバみたいにこき使われてるぜ」

 路地裏の酒場から顔を出して笑っているやつらは誰もキージェのことを手配書の男だとは気づかないようだ。

 古びた剣の鞘を見ればますます『剣の達人』とも思わないだろう。

「よう、ねえちゃん、そんなおっさんと別れて俺たちと組まないか」

 口笛を吹いて言い寄る若い男どもに、クローレは愛想よく手を振り返す。

「あんたたちじゃ、こんなにたくさん荷物運べないでしょ」

 ――ちきしょう。

 キラキラした目で俺を見上げながら「師匠」とか言ってたくせに、完全に家畜扱いだぜ。

 ま、身元を隠せるならいいんだけどよ。

 石畳の小道を抜けると、開けた場所に出た。

 澄んだいい音色で鐘が鳴っていたあの教会の尖塔がそびえている。

 教会前の広場には噴水を囲んで露店が建ち並び、脇を流れる小川をまたぐ水車小屋の横を通ると、粉をひく石臼の音がゴロゴロと腹に響く。

 日が落ちて、市場の露店は店じまいを始めていた。

「あ、ちょっと待って、果物買っておこうか」

 クローレはキージェに荷物を背負わせたまま買い物に行ってしまう。

 ミュリアと一緒に広場の隅で待っていると、周囲の家から野菜を煮込んだスープのいい香りが漂ってきて、腹が鳴った。

 解体に時間がかかって昼飯を食べていなかったことを思い出す。

 歩きながらリンゴをかじったのだが、携行食には手を出さなかった。

 獣の解体の後では、あまり食欲もわかなかったのだ。

 村についてほっとしたのもあるのか、一気に空腹感が襲ってきた。

 クローレは一人だと、露天のおっさんたちに愛想良く対応されている。

 みなの視線は胸に向いているが、こんな村で受け入れられるなら、それもまた一つの武器と言えるのだろう。

 おばさんたちとも朗らかに会話を交わし、売れ残った果物をおまけしてもらっているようだ。

 ああいうところはキージェにはできない芸当だった。

 商売の片付けでいそがしい大人に相手にされない子どもたちがミュリアのまわりに集まってきた。

「きれいな犬だね」

 ――雪狼だけどな。

「ほんとだ、こんなの見たことないね」

「おじさん、撫でても平気?」

 噛みつかれるからやめとけと言いたいところだが、もう子どもたちはミュリアをもみくちゃにして喜んでいる。

 雪狼はいやがる様子もなく、されるがままにおとなしくしている。

「ふっさふっさ」

 毛の中に顔を突っ込んだ子どもが叫ぶ。

「雪の中に埋もれてるみたい」

「こんな犬、うちでも飼いたいな」

「すんごく、かわいいね」

 どこがだよ。

 熊に食らいつく猛獣だぞ。

 と、子どもたちはだんだん調子に乗ってきて、毛を引っ張ったり、ふりふり動く尻尾をつかもうとし始めた。

 ――我慢。

 ん、やっぱり嫌なのか?

 ――目立つ、だめ。

 ああ、そうなんだけどな。

 俺のために、迷惑かけちまって申し訳ない。

 ご協力感謝いたしますよ。