と、そこへ市場の方から女の子の手を引いた母親がやってきた。

 袋代わりにした前掛けをもう一方の手で押さえながらリンゴやパンを運んでいる。

 看板の前で立ち話をしているキージェたちにちらちらと視線を送りつつ、目をそらしながら通り過ぎていった。

 よそ者を見る目が冷たいのは珍しいことではないが、手配書の人物だと気づかれないかと、ついキージェも目をそらしてしまった。

 自分のことではないからか、クローレは子どもに手を振ってやっていた。

「ねえ、このまま村に入ったらすぐに気づかれるよね」

「まあな」

「じゃあさ、私がパーティーのリーダーで、キージェが従者っていう設定はどう?」

「俺の方が年上なのに?」

「だって、実際、Fランクじゃん」

 それを指摘されると何も言えない。

 目立たないようにわざとランクを抑えたのが、かえって面倒なことになるとは皮肉なものだ。

「それにさ」と、クローレが胸を張る。「若い女に従っている男なら、婦女暴行犯とは思われないんじゃない?」

 そううまくいくだろうか。

 とはいえ、こんなところで立ち止まっていては、それこそ目立ってしまう。

 堂々としていた方が疑われないだろう。

「今回のクエストも私の名前で請け負ってるんだから、キージェが表に出る必要はないもんね」

「それは確かにそうなんだが」と、キージェは口ごもる。「なあ、おまえさん、いつの間にか、俺のこと師匠って呼ばなくなったよな」

「そういえばそうかも」と、クローレはペロッと舌を出す。「でもさ、私の方がリーダーっぽくしてないと怪しまれるわけだから、その方が都合がいいよね」

 悪びれる様子も遠慮もない若者に、おっさんは何も言えなかった。

 剣の腕前とは別に、冒険者として格上なのは事実なのだ。

 実際のところ、獲物の解体の腕前は手慣れていて見事だった。

「はい、じゃあ、これ」と、クローレが背負っていた荷物をキージェに押しつける。

「なんだよ?」

「従者なんだから、ご主人様に荷物を持たせちゃダメでしょ」

「そりゃそうだけどよ」

 不満はあるが、元はといえば、自分が手配されたことから始まった事態だ。

 キージェは文句を言わず荷物を受け取り、腰を曲げて背負った。

 そんな姿勢になると、四十五歳どころか、苦労を重ねたじいさんみたいな気分だ。

「じゃあ、とりあえず、ギルドで換金してこよう」

 身軽になったクローレは《ギルド出張所》と表示された道しるべを指さし、意気揚々と歩き出す。

 へいへい、ご主人様。

 キージェは心の中で毒づきながらその後をついていく。

 村を無事に出るまではこの屈辱に耐えるしかない。

 だが、頭を下げて歩いているうちに、気持ちが楽になっていくような感覚にとらわれ始めていた。

 崇高な存在に身を委ねるような、聖母の慈悲に帰依する信者のような、そんな安らぎに似ているのかもしれない。

 何しろ、目の前にでかいケツがあるのだ。

 まったく、女神様だな、こいつは。

 調子に乗って腰まで振りやがって。

 ――ご褒美?

 ミュリアの心の笑い声が聞こえる。

 何言ってやがる。

 そんな趣味ねえよ。

 だが、本心では、認めるしかなかった。

 不本意ではあるが、なにやら新しい扉が開いたような気がしなくもなくはなかった。