クローレはヴォルフ・ガルムの牙を手に、棒の裂け目に挟み、素早く結びつける。

 鋼鉄をも砕く牙は、粗雑ながらも鋭利な槍として完成した。

 血まみれの手で銀髪をさらりと結い直し、炎のような瞳で鉤爪熊を睨みつける。

「キージェ、二本できたよ!」

「よく狙えよ!」

 ストームブレイドを握り直し、木の柵をバキバキとなぎ払いながら鉤爪熊の注意を引きつける。

 巨獣の赤い目が狙い通りキージェをまっすぐ捉え、低い唸り声が森を震わせる。

 クローレは槍を肩の高さに構え、全身の力を込めて投げつけた。

「そぉれっ!」

 ヴォルフ・ガルムの牙が風を切り、鋭い軌跡を描いて鉤爪熊の脇腹に突き刺さる。

 グオオッ!

 巨獣が咆哮し、黒褐色の毛皮から鮮血が噴き出した。

 鋼を砕く牙の威力は確かで、狙い通り傷は深く、あれほど俊敏だった動きが一瞬鈍る。

 今だ!

 傷を隠そうと後足で立ち上がり、前足を振り上げた瞬間、キージェは機を逃さず駆け出し、低く滑り込んでストームブレイドに剣圧を込めた。

 切っ先が空気を裂き、熊の無防備な脇の下に深く切り込む。

 黒い毛が舞い、鮮血が噴きだし、巨獣が苦痛に吠える。

 グワガウルルウ!

 その咆哮が木々の葉を震わせ、雷鳴となってキージェの鼓膜を突き刺す。

 よし、効いてるぜ。

 二本目の槍を構えたクローレが叫ぶ。

「キージェ、次、顔!」

 疾走しながらクローレが槍を振りかぶって投擲すると、鋭い牙は一直線に飛び、脇の下をかばって頭を下げた鉤爪熊の目に突き刺さった。

 すげえ、やりやがった。

 さすがSランク。

 だが、怒り狂った熊は目玉のついた槍を引き抜き、キージェに向かって突進する。

 ウガァウッ!

 くそっ、来るな!

 キージェは土を蹴って横に跳ぼうとするが、おっさんの悲しさ、足が一瞬もつれる。

 ちっ!

 その瞬間、クローレがマントを脱いでひらりと翻した。

「キージェ、しゃがんで!」

 テーブルクロスのように優雅に宙を舞ったマントが鉤爪熊の顔を覆い、巨獣の視界をふさぎ、進路がわずかにそれる。

 うまいぞ!

 足をもつれさせたキージェはそのまま地面に倒れ込みながら身を低くし、熊の懐の下へ滑るように潜り込む。

 ストームブレイドを大きく振るった瞬間、鉤爪熊の左前足がズバッと切り裂かれ、ドサリと肉の塊が落下した。

 ギャアアアアアアオ!

 深手を負った巨獣は地面に転がりのたうち回る。

 腹に刺さった一本目の槍を抜いたキージェはすかさず首筋に打ち込んだ。

 グボッと血を吐いた巨獣は、あれほど暴れ回ったのが幻だったかのように、あっさりと仕留められてしまった。

 あまりのあっけなさに呆然と立ち尽くすキージェに、クローレが駆け寄ってきた。

「やったね、キージェ!」

 思いっきり背中から飛びつかれ、足をふらつかせながらキージェは熊の巨体に倒れ込んだ。

 剛毛が刺さり、もたれ心地は良くないが、脱力感と緊張の糸が切れた反動で、抱きつかれるままにただ笑うしかなかった。