キージェは町外れの森で暮らしている。



 男の一人暮らしにちょうどいい丸太で組んだ山小屋で、暖炉とかまどだけは石造りで手が込んでいるが、こった料理はしないので、かまどは長らく使っていない。



 仕事は気が向いたときに害獣駆除をして稼ぐ程度で、週に一度、今回のように町に出て買い物をして帰ってくる。



 そんな穏やかな生活に、いきなり他人、しかも娘と言ってもいい歳の若い女が入り込んでくるなど、まったく予想もしていなかったことだ。



「へえ、いい小屋だね」



 クローレは興味津々だ。



「狭いし、何もないぞ」



「その方がいいじゃん。お城みたいな家だとダンジョンみたいで落ち着かないよ」



「もっと普通の家と比べろよ」



 キージェは町で買ってきた食材をテーブルの上に置き、表へ出た。



 見上げるような針葉樹に囲まれて周囲は昼でも暗い。



「ねえ、早速教えてくれるの?」



「ああ、それでさっさと出ていってくれよ」



「えー、じゃあ、手抜きしちゃおうかな。先に釣りでもしにいっていい?」



「あのなあ、剣を教えてほしいって言うから弟子にしたんだぞ」



「はいはい」と、クローレはフレイムクロウを握った。「お願いします。師匠」



「先生だ」



「はいはい」



 ふやけた返事を無視して肩をすくめながら、キージェは森の奥へ入っていった。



 後ろをついてくるクローレは周囲を見回しながらたずねた。



「ねえ、先生」



「なんだ」



「さっきみたいにキージェって呼んでもいい?」



 前を歩くキージェの耳が赤く染まる。



「先生と呼べ。上下関係は大事だ」



「修行中は先生だけど、生活するときはいいでしょ?」



「生活!?」



 振り向いたキージェの顔は汗の滴が吹きだしている。



「生活ってどういうことだよ?」



「だって、住み込みで師匠のお世話するんでしょ」



「そんな約束してねえよ。第一、さっき見ただろうが、あんな狭い小屋でどうやって二人で暮らすんだよ」



「寝るだけなら、問題ないでしょ」



「大ありだろ」



「あたしはいつも野宿だから、屋根があるだけでも天国ですよ」



 寝るとか、天国とか、若い女から言われて妄想しないほどキージェも枯れてはいない。



「すげえ鼾いびきかくから寝られねえぞ」



「先に寝ちゃえば、ぐっすりなんで気にならないです」



 夜中に何度も目が覚める中年男にはうらやましすぎる若さだが、うなずいている場合ではない。



「気にしろ。あと、おっさんの汗臭さとか、獣よりきついぞ」



「毎日獣の相手してるんで全然。ていうか、あたしの方が獣の臭い染みついてません?」



「そうか?」と、一瞬クンクン嗅ぎそうになってキージェは飛び退く。



 ――そんなことしたら犯罪だろ。



 おっさんであるというだけで、気をつかわなければならないことが一気に増えてしまった。



 そもそも、顔を向けるだけでクローレの体つきに目がいってしまうのだ。



 マントを貸してやってるものの、剣を振るうときは脱ぐわけだ。



 町で服でも買ってやらなければならないか。



 金がいるな。



 少しだけ仕事増やすか。



 いや、おい、俺、完全にこいつと一緒に暮らすつもりで考えてるよな。



 そんな雑念だらけの師匠の気持ちなど察する様子もなく、いつの間にかクローレは鼻歌交じりに隣を並んで歩いている。



 風にあおられた銀髪からふんわり漂う女の香りが中年男の鼻をくすぐる。



 ――まずいよ。



 獣臭どころか、脳がとろける最高の香りじゃねえかよ。



 こいつは抵抗できない最強の武器だな。



 キージェは息を止めて雑念を追い出しながら歩いた。