毛をつかみ、体を支えてフレイムクロウを振り回すものの、表面の毛を削り取っただけで振り落とされてしまう。

 草刈りじゃねえんだぞ。

 と言っても、この巨体では無理もないか。

 人間なら切れば血が出る、刺されば急所をえぐれる。

 だが、巨体は表面を切られても痛くもかゆくもない。

 刺そうとしても分厚い脂肪に跳ね返される。

 おまけに、落ちて受け身をとって転がるクローレに、容赦なく機敏な前足が繰り出され、転がり続けてなんとか木の陰に回り込むのが精一杯だ。

 攻撃どころか逃げることすらできない。

 あいつと合流して立て直せるか?

 ――おい、ミュリア、下に潜って突っ切れるか?

 ――やる!

 地面に腹をこすりつけるほどの低姿勢で雪狼が潜り込むと、鉤爪熊は一瞬見失って足を止め、死角を嫌って前足の爪を尻の下に入れて何もないことを確かめた。

 その隙にキージェはクローレに駆け寄った。

「おい、毛むくじゃらの野獣ってぇのは動き続けると体温がこもって動けなくなるはずだろ。あいつはなんであんなに暴れ回れるんだ?」

「お尻に毛が生えてないのよ。あと、脇の下も。そんなの常識でしょ!」

 常識って……俺は対人戦闘専門なんだよ。

 だが、なるほど、そこで熱を放出してるのか。

 しっかし、俺と逆だな。

 おっさんはな、ケツ毛と脇毛が生え放題なんだぞ。

「あいつね、お尻と脇の下から大量に汗をかいてそれが毛にしみこんであっという間に蒸発するの。それで常に体を冷やしてる」

「すげえ仕組みだな」

「いくら攪乱しても、こっちの方が先に体力が削られるだけ」

 それじゃあ、勝ち目がねえじゃねえかよ。

 泣き言なんか言ってる場合じゃねえか。

「とにかく、尻と脇を狙うぞ」

「狙ってるけど、入り込めないの!」

「俺が尻を狙う。やつは隠そうとして立ち上がる。そしたら脇の下をフレイムクロウで炙れ」

「やってみる!」

「傷を与えようと思うな。倒れるまで何度も繰り返すぞ」

「行くよっ!」

 おまえ……いきなりかよ。

 おっさんは腰を上げるだけでも時間がかかるのによ。

 キージェは脚をもつれさせながら鉤爪熊の後ろに回り込み、ストームブレイドの剣圧で丸い尻尾のあたりをなぎ払う。

 案の定、巨獣は弱点を隠そうと後足で立ち上がり、そこへクローレがフレイムクロウの炎を差し入れる。

 ジュッと汗が炙られ、グオッと巨獣が吠える。

「効いてるぞ」

 フレイムクロウの炎は上に向きやすいから潜り込んだ攻撃は一層効果的だ。

 クローレが炎弧旋回(ジヤイロブレイズ)を繰り出しながら横から入り込む。

 炎の軌跡が鉤爪熊の脇腹をかすめ、焦げた毛の臭いが拡散した。

 ミュリアは樹冠から首筋に狙いを定め、執拗に降下攻撃を繰り返す。

 振り落とされてもすぐに木の幹に爪をかけて駆け上がり、クローレに前足を落とそうとする巨獣の後頭部の毛を引きちぎって注意をそらす。

 二人と一匹の連携に苛立ちを募らせた化け物は、いったん後ずさって斜面を背後にしゃがみこんだ。

「ちきしょう、急所を見せねえつもりか」

 おまけに、周囲の木々をなぎ倒し、樹冠に穴を開けてミュリアが飛び移れないようにしてしまった。

 冴えてやがるぜ、この野郎。