天の川が降ってきたような輝きとに目を奪われた瞬間、つま先が地面の石に引っかかった。

「うおっ……」

「ちょっ!」

 キージェがのしかかり、二人一緒に倒れそうになると、すかさずミュリアが白い毛並みを滑り込ませ、クローレの背中を守ったが、キージェの腕は勢いを支えきれず、ゴツンと額がクローレの額に激突し、汗ばんだ鼻先が触れ合う距離で、柔らかな吐息が頬の無精ひげをざわつかせる。

「いっったた……石頭だね、キージェ」

「す、すまん」

 頭をふらつかせながらキージェは腕を伸ばし、クローレから飛び退いたが、肩がはだけ、胸元まで露わになっていて、あわてて目をそらす。

「もう、キージェ、大丈夫? すごく顔赤いよ」

「火だよ、火。たき火に突っ込むところだったんだよ。炎の使い手がやけどしたらしゃれにならねえぞ」
 ごまかしたものの、クローレの柔らかな感触と、至近距離で見た潤んだ瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
 キージェの心臓は一瞬で爆発寸前だ。

 心の中で必死に言い訳を繰り返すおっさん四十五歳。

 いや、本当に事故だったんだ。

 わざとじゃねえから。

 本当に足がもつれたんだよ。

 おっさんに押し倒されて気持ち悪がられていないかとキージェは心配でならなかったが、クローレはまるで気にしていないようで、ミュリアに寄りかかったままキージェを見上げている。

「キージェって、剣を振るってるときは疾風幽影(シャドウストライド)とか、見えないくらい素早いのに、なんで踊りだとおじさん臭いの?」

「おっさんだからだよ。体力がねえからこそ、無駄な動きを極力省くんだ」

「そういう動物いるよね。獲物が近づいてくるのをじっと見てて、ここだっていうところで、ペロってつかまえちゃうやつ」

「合理的だろ」

「若さって無駄なんだね」と、クローレが笑う。「勝手に体が動いちゃう」

 ちげえよ。

 おっさんからしたら、まぶしすぎて直視できねえんだよ。

 ミュリアがくすぐったそうに地面に体をこすりつける。

「あれ、ミュリアどうしたの。おもしろくて笑ってるの?」

 ――ヘタレ。

 うるせえよ。

 おっさんはな、夜は本当に体力がねえんだよ。

 キージェはわざとらしく腕を突き上げ、大げさにあくびをして見せた。

「あー、もう、俺はダメだ。疲れたから、寝るぞ」

 ん?

 いや、待て、寝るっていうのは、純粋に睡眠という意味で……押し倒したのは本当に事故だからな。

 ああ、もう、めんどくせえ。

「明日はヴォルフ・ガルムに遭遇するかもしれないんだ。しっかり寝ておけよ」

 師匠らしく渋い表情で言い残し、先に寝台に上がる。

「はぁい」と、弟子は素直に師匠の隣に横になる。

 ちょ、おまえ、なんでそこなんだよ。

「ふわふわのミュリアと一緒に寝たら疲れもとれるんじゃないのか」

「そうだね。じゃ、そうしようか」

 ――あっぶねえ。

 おまえなんかと、一緒に並んで眠れるかよ。

 一晩中悶々とさせる気かよ。

 明日の朝には燃え尽きてるぞ。

 ミュリアを中央に、キージェとクローレが両脇に並んで毛布をかぶる。

「おやすみ、キージェ」

「おう、おやすみ」

 すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。

 まったく、若いと寝付きが良くてうらやましいよ。

 キージェは目を閉じながら、明日のヴォルフ・ガルムとの戦いを考えてみたが、時折漏れるクローレの寝息につい心が乱されて、いつまでたっても眠気がやってこない。

 諦めて目を開け、星空を見上げる。

 黒衣騎兵だった頃は野営が基本だった。

 若い頃はどこででもどんな姿勢でも眠れたものだが、それがだんだんきつくなってきたのも、兵士をやめようと思った大きな理由だった。

 そんなことで、と思われるかもしれないが、睡眠で疲労を回復できない兵士は徐々に脱落していき、隊のお荷物になる。

 まして、隊長がそんな調子では、全滅だ。

 思えば、オスハルトは、よく眠る男だったな。

 目を閉じると寝ちまうくらいだった。

 野営の時はいびきがうるさくて、俺は眠れなかったんだっけ。

 なのに、あいつ、やたらと俺のそばで眠りたがってたな。

 なんだよ、俺の寝不足はあいつのせいか……。

 クローレの寝息がそんな過去の記憶を呼び起こし、降り注ぐ流れ星を数えているうちに、いつの間にかキージェは深い眠りに落ちていた。