と、そんなことを考えていたら、ミュリアの声が聞こえた。

 ――髪、大事。

 まあ、おまえさんの純白の毛も芸術品だけどな。

 だからこそ密猟者に狙われるわけだし。

 ――あなた、娘、守る。

 俺があいつを守ってやれってか?

 うーん、でもなあ。

 いつまでもそうしていられるわけじゃないだろ。

 あいつはあいつで強くなっていかなくちゃならないんだし。

 ただ、そのためには、人を殺す経験を積む必要があるんだろう。

 それがクローレにとって本当に必要なことなのかどうか、今のキージェには判断がつかないのだった。

 だから、俺が守ってやらなくちゃならないのか。

 黙り込んでいると、クローレが急にお礼を言い出した。

「さっきはありがとう。うれしかったよ」

 指に銀髪を絡ませながら、どこか恥ずかしそうに頬を赤らめている。

「ん、何が?」

「髪をつかまれたとき、キージェが怒ってくれたから」

 あ、おお……。

「いやまあ、なんていうか、伸ばすの大変だったんだろ」

 キージェは無精ひげを指でこすりながら、肩をすくめて答えた。

 クローレが前髪で目を隠してつぶやく。

「村を出てから切ってない」

 それは決意の結晶なのだった。

 キージェはその言葉の重みを受け止めながら、腰に手を当て背筋を伸ばした。

「大事なものなら、くつろいでいるとき以外はまとめておいた方がいいな。モンスターは髪の毛をつかまないだろうが、人間はどんな卑怯な手でも使う。だが、それは敵を倒す方法としては正しいんだ」

「そうだね」と、クローレは脇を上げ、するりと髪を丸めて麻紐で縛った。「どう?」

 ――ん、あ?

 思わずその仕草に見とれていたキージェはとっさに感想が思いつかず、咳払いでごまかした。

「ま、いいんじゃないか」

「何それ、もっと褒めてよ」

 唇を尖らせたかと思うと、すぐにクスクスと笑い出し、反応を試すようないたずらっぽい光を瞳に宿らせながらキージェを見つめる。

「ああ、いいと思うぞ。動きやすそうだ」

「そうじゃなくて」と、今度は頬を膨らませる。

 ――ああ、かわいいよ。

 そういう顔もいいもんだ。

 だがな、無駄に歳を重ねたおっさんは、こういうときに褒めるのが下手なんだよ。

 おまえさんが人を殺したことがないように、女にもてた経験がないんだ。

「じゃあ、そろそろ行こうか」と、クローレが手をたたく。

「もうかよ。まだいいだろ」

 キージェは汗で張り付いた前髪をかき上げ、わざとらしく膝をたたいて見せた。

 だが、クローレは右手を天に突き上げ、軽やかな足取りを見せつけるように歩き出す。

「はあい、リーダーはこの私です。着いてきてくださーい」

 キージェは心の中でミュリアに愚痴をこばした。

 おい、これでも守ってやれって言うのか?

 雪狼は毛並みをきらめかせながら返事もせずにクローレに着いていく。

 なんだよ、おまえもそっち側かよ。

 おっさんは誰からも理解してもらえねえんだな。

「ほら、キージェ、すねてないで早く来てよ」

 今度はガキ扱いされちまったよ。

 まったく、やってらんねえよ。

 本当にすねちまうぜ。

 両手を突き上げ、大きなあくびをしながらキージェはとぼとぼと若い連中の後をついていった。