それにしても不思議だ。

 人間の言葉が分かる雪狼なんて聞いたことがない。

 しかも、声ではなく、心に語りかけてくる。

「おまえさん、なんで人間の言葉が分かるんだ?」

 ――ハーフエルフ。

「雪狼は仮の姿なのか?」

 ――三百歳。

 エルフの寿命は二千年くらいと言われている。

 三百歳なら、まだ人間の十歳くらいだろうか。

「体は大きいのに、中身は案外子供なんだな」

 ――噛むよ。

 勘弁してくれ。

 そういうところがガキじゃねえかよ。

 と、そんなことを考えた瞬間、頭突きを食らう。

「ちょ、なんだよ、おい。もしかして、人の心も読めるのか?」

 雪狼はツンと澄まし顔で返事をしない。

 難しい性格だなと思いかけたものの、今度は本当に噛みつかれそうで、キージェはあわてて思考を断ち切った。

 そんな心の会話をしている撃ちに、雪狼の脚はきれいに治っていた。

 純白の毛並みは陽光を浴びた雪山そのものだった。

 たいしたヒーリング能力だな。

 キージェは心の中でたずねた。

 自分で治せるなら、なんで罠から抜け出さなかったんだ?

 ――悪いやつ、待つ、噛む。

 罠にかけたやつをおびき寄せてたってことかよ。

 勘違いされてたら、危うく噛み殺されるところだったぜ。

 ――大丈夫、心、分かる。

 なるほどな。

 クローレが善人で良かったぜ。

 おお、そうだ。

 ヒーリング能力でついでにクローレも目覚めさせてやってくれよ。

 まだ、だらしなく脚を広げて、蛙のようにひっくり返っている。

 まったく、気絶したとはいえ、酔い潰れたおっさんみたいで無防備すぎる。

 キージェはマントを寄せて下半身を隠してやった。

 このマント、ずいぶんと役に立つな。

 買ってやって良かったぜ。

 雪狼はクローレのかたわらに寄り添うようにしゃがみ込み、白い毛をかぶせた。

 少しすると、クローレがもにゃもにゃと何やら寝言のような言葉をつぶやき、目を開けた。

「あれ、夢?」

 勢いよく起き上がると、周囲を見回し、髪の毛をまとめる。

「うわ、なんかすごい泥」

 と、そこでようやく思い出したらしい。

「あれ、あの嫌味なやつらは?」

「逃げていったよ」

「へえ、そうなんだ。さすが師匠」

「いや、俺じゃねえよ」と、キージェは雪狼を指した。「こいつが吠えてみんな気絶したんだ」

「そうだったんだ」と、クローレが目を丸くする。「私も?」

「白目むいてたぞ」

「やだ、恥ずかしい」

 ――ああ、見てられなかったぜ。

 目は離せなかったけどな。