と、脳をくすぐられるような幼い声が聞こえた。

 ――耳、ふさいで。

 何?

 言われるままに耳を手でふさいだその瞬間だった。

 ウオォォォォォォーン!

 雪狼が吠えた。

 山を震わせ、雪崩を起こすと言われる咆哮が巻き起こす強烈な音波で脳が揺さぶられ、めまいをこらえて思わず目を閉じる。

 手で押さえていても耳がまったく聞こえなくなった。

 あまりの衝撃に、少しの間顔を上げることすらできずに、キージェは薄目を開けて周囲をうかがった。

 もろに咆哮を浴びた連中はもっと悲惨だった。

 ヴェルザードは耳を押さえてうずくまり、リリスは膝をついて木にもたれ、吐き気をこらえきれずにえずいている。

 ガルドは戦斧を自分の足に落として尻餅をついてうめいている。

 髪をつかまれていたクローレは放り出され、地面に横たわっている。

「おい、クローレ!」

 駆け寄ると、弟子は銀髪を泥まみれにしながらひっくり返って白目をむいていた。

 ――こいつが一番情けねえとはな。

 抱き起こしてやっても、意識が戻らない。

「しっかりしろ、おい」

 キージェは雪狼のかたわらにクローレを運んでそっともたれさせた。

「ちょっとこいつのことを見ててくれ」

 ――任せて。

 やはり心に直接声が響いてくる。

「おまえ、話せるんだな」

 吠えた雪狼自身は澄ました表情でキージェを見つめている。

 金色の瞳が燃え、その姿には神聖な威圧感が宿っているが、キージェとの間には、奇妙な連帯感ができあがっていた。

「頼むぜ」

 立ち上がってストームブレイドを握りしめると、キージェはヴェルザードの鼻先に剣の錆をこすりつけた。

「おまえら、許さねえぞ」

 ヴェルザードは杖を投げ捨て、膝をついてキージェを見上げた。

「ま、待て。降参だ」

 よろめきながら立ち上がったリリスはガルドの背中に隠れている。

「罠の鍵をよこせ」

「ほらよ」と、ヴェルザードはあっさり鍵を投げ出した。

 地面に落ちている杖を蹴り上げたキージェはストームブレイドを振るい、真っ二つに切断した。

「失せろ」

「い、いいのか……」

 ヴェルザードは膝をついたまま後ろへ下がり、立ち上がったかと思うと背中を見せて逃げていく。

「ちょ、置いてかないでよ」

「ずりいぞ、おまえ」

 リリスとガルドも武器を投げ捨て走り去る。

 三人の姿が森に見えなくなったところで、「覚えてやがれよ」と、捨て台詞が木々のざわめきに紛れて消えた。

 キージェは鍵を拾い上げ、雪狼のもとへ歩み寄ると、慎重に罠を外してやった。

 脚に食い込んでいた鋭い金属の歯を抜くと、白い毛が血に染まる。

「痛むか?」

 キージェはとりあえず、布で押さえて止血した。

 ――大丈夫。

「歩けないだろ」

 ――治せる。

 ん?

「ヒーリング能力があるのか?」

 雪狼はうなずくかのように、キージェの腕に頬をこすりつけた。