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 旅支度を調えるために市場に来たキージェはまずクローレを古着屋へ連れていった。

 交易都市だけあって市場は大盛況で、露店の呼び声や人々の喧噪には耳をふさぐほどだった。

 そんな人混みの中で、クローレの銀髪はきらきらと陽光に輝き、軽装鎧の露出した肩や脇腹、そして何よりも胸の谷間が通行人の視線を集める。

 彼女が無意識に腰を振って通り過ぎると、一瞬周囲の男たちが息をのむ気配が手に取るように分かって、キージェはうんざりしていた。

 不埒にも、尻に手を伸ばそうとする輩までいる。

 ――ったく、なんでそんな目立つ格好してんだよ。

 キージェは蝿を追い払うようにクローレを守りながら狭い通路を歩いていった。

 ようやく古着屋に着いて、キージェはマントを手に取った。

「師匠のマント、かっこいいから今のでいいじゃん」

「俺のじゃねえよ。おまえさんのだよ」

「え、私? 動きづらくなるからいらないけど」

 ――そういう問題じゃねえんだけどな。

「ヴォルフ・ガルムの牙や爪は半端じゃねえ。少しでも体を守るもんが必要だろ」

 キージェはぶっきらぼうに言い、クローレにかぶせてみた。

「布一枚で防御に役立つの?」

 体を守るっていうのは、男どもの視線からっていう意味だけどな。

 キージェは声をうわずらせながらまくし立てた。

「おまえさんが主戦場にしているダンジョンっていうのは、周りが壁だろ。だから、モンスターも基本的に正面からしか攻撃してこない。だが、森や草原は開けてる。四方八方どこからでもかかってくる。そんなときに、マント一枚でもあった方が身を守れる。たとえば、風にはらんだ布一枚ですら、矢や石が直接体に当たるのを防げるんだ」

 この技は、実際、対人格闘戦では下手な軽装鎧よりも役に立つことがあるほどだ。

「そっか。やっぱり師匠は考え方が違うね。すごく参考になる」

 ま、半分でまかせなんだけどな。

 素直なお嬢ちゃんで助かるぜ。

 納得したせいか、クローレが自分から何枚も選び始めた。

 肩の部分が革で補強されたマントを試着してくるりと回ってみせる。

「これ、しっかりしてるけど、邪魔にならなくていいかも」

「なかなか似合うぞ」

「ほんと?」と、満面の笑顔を突き出す。「じゃあ、これにしようかな。なんといっても、師匠のおすすめだもんね」

 女性と買い物をするなんて生まれて初めてのことだったが、キージェは機嫌を損ねなくて良かったと安堵していた。

 キージェは店の主人に銀貨を渡した。

「え、師匠が買ってくれるの?」

「ああ、べつに、これくらいならいいさ」

「わあい、大事にするね」

 いや、ただの古着なんだけどな。

「マントなんて、消耗品だぞ」

 あまりにも素直に喜ぶクローレの姿を見ているのが照れくさくて、キージェはわざとぶっきらぼうにクローレの肩を押して店を出た。

 マント一枚で、女の肩に触れられるようになるとは。

 女慣れしてないおっさんには大きな進歩だ。

 さらに、店を出たとたん、もう一つの効果がはっきりした。

 さっきまで集中していた野郎どもの下卑た視線がほとんどなくなったのだ。

 ――うん、これはいい。

 絶大な防御力だな。