気がつけばホールが静まりかえっている。

 居合わせた冒険者たちの意識が皆クローレに向いているのが分かる。

「何回やっても私なんかへとへとなのに、師匠はけろっとしててね。なのに、ベッドでずっと手を握ってくれる優しさもあって……」

 ――ちょ、あの、おまえ……言い方。

「キージェさんが?」と、ライラの視線がキージェに刺さる。「じゃあ、昨夜はお二人で一緒に過ごされたんですね」

「うん、そうよ」と、クローレが頬を赤らめ両手で押さえる。

 キージェの顔が一瞬で燃え上がり、慌てて手を振る。

「ちげえよ! そういうんじゃねえ! ただ泊めただけだ! あと、おまえ、なんで赤くなる!」

 クローレに指を突きつけても手遅れだ。

 背後の野郎どもは皆ニヤニヤと想像を膨らませ、ライラは細く冷たい目でキージェをにらむ。

「つまり、泊めたのは事実と認める、と」

 ちょ、なんで書類に書き込んでるんだよ。

 まるで犯罪者の調書じゃねえかよ。

 だめだ、事実を言おうとすればするほど誤解される。

 キージェは滝のような汗をかきながら、カウンターを平手でたたいた。

「どうでもいいから、早く仕事をくれ」

 ライラは書類を何枚かめくって内容を眺めてから、一枚を突き出した。

「仲の良いお二人にちょうどいいクエストがあります。近くの森で、闇の魔力を帯びた『ヴォルフ・ガルム』が暴れてて、周辺の村が危険な状況なんです。牙は鋼を砕き、咆哮だけで弱い者は気絶する厄介な魔物ですよ」

 キージェは顔を引き締め依頼書に視線を落とす。

「ヴォルフ・ガルム、闇の魔力を帯びた巨大な狼、か。面倒な相手だな」

 クローレは興味津々に身を乗り出し、目を輝かせる。

「へえ、強そうな魔物! でも、師匠なら楽勝でしょ? 剣聖様だもんね」

 ライラが意味深な笑みを浮かべる。

「あ、でもキージェさん、Fランクですから、このクエストを受ける資格はありませんね」

 キージェは眉を寄せてカウンターに肘をつく。

「べつにいいじゃねえかよ。ランクになんか興味ねえんだからよ」

 クローレが横からクスクス笑い、キージェを指さす。

「え、Fランクなの、 師匠。底辺じゃん。 冒険者としては完全に私が上だね」

 彼女は胸を張り、Sランクの自信を誇示するように緩んだ笑みを向ける。

 ――いや、おめえの自慢はその巨乳だろ。

 立派に育ちやがって。

「ねえ、師匠、このクエスト、Sランクの私が受けることにすればいいよね」

 キージェは肩をすくめ、ぶっきらぼうに鼻を鳴らす。

「そうしてくれ」

 ライラが依頼書にギルドの印を押す。

「じゃあ、この依頼、クローレさんが引受人で登録しますね。報酬はかなり良いですよ。お二人で半年は遊んで……お楽しみになれるんじゃないかしらね。成功したら、キージェさんのランクもDくらいまで上がるかも」

「ランクなんざどうでもいい」と、キージェはむっつりと言い放ち、依頼書を懐にしまった。