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キージェは小屋に入ると、昨夜の余り物のパンを手に取り、クローレに突き出した。
「食っておけ」
クローレはベッドの端に腰かけ、膝を揃えたままじっとパンを見つめた。
彼女の銀髪は薄暗い小屋の中でかすかに輝き揺れているが、顔は青ざめ、唇の端がわずかにゆがんでいる。
戦闘の余韻か、それとも無残な死体を思い出したのか、クローレの指先は膝の上で小さく震えていた。
「食べたくない」
吐き気をこらえるようにつぶやくと、まつげで伏せた目が隠れた。
「モンスターを退治したときと同じだろ。殺す相手が違うだけだ。」
冷たく突き放すと、キージェは岩のように堅くなったパンをかじった。
「理屈ではそうだけど」
「いいから、無理に押し込んででも食っておけ。それも剣士として大事なことだ」
キージェが水差しを差し出すと、クローレは不満げに唇を噛んでいたが、意を決したようにパンをつかみ、喉に詰まらせながらもパンを口に押し込んでいた。
「ここを出る」
「なんで?」
答え合わせをするための質問なのは明らかだった。
キージェはパンを口に入れたままもごもごと答えた。
「奴らには仲間がいる。居場所が知られた以上、また襲われる」
クローレは一瞬大きく目を見開くと、すぐに目を伏せた。
水差しを握りしめた指が白くなっていた。
「あいつら、クアジャって言ってたよね」
誰かに言わされているかのように抑揚を失った声だった。
真実を問うことを恐れながらも、知らずにはいられないという葛藤がありありと顔に浮かんでいる。
「俺は名前がない。捨て子だった」
キージェは言葉を短く切って続けた。
「拾ったやつが俺を売った。傭兵としてな。クアジャって名前は適当だ。死んだ誰かのだったのかもな」
心の動揺を抑え込むように服の裾を強く握りしめ、言葉を選びながらクローレがたずねた。
「やつらの針に毒が塗ってあるって、どうして知ってたの?」
「黒衣騎兵は相手を倒すのに手段を選ばない」
即答に、息をのむ。
クローレの顔から血の気が引き、唇が小さく開いたまま動かなくなった。
長いまつげが震え、瞳の奥に恐怖と怒りが交錯している。
「俺は黒衣騎兵の指揮官だった」
「まさか……う、嘘でしょ」
黒衣騎兵。
それはクローレの仇だ。
大きく見開かれた目でキージェを見つめるが、顔にかかる銀髪を払うことすらできずに唇が震え、にじむ涙を必死にこらえているようだった。
「なんで、どうして?」
それは怒りと言うよりも悲しみの声だった。
クローレは立ち上がり、拳を握りしめ、キージェをにらみつけた。
声を上げれば心臓が飛び出しそうで押さえ込むしかない感情が胸に詰まっているようだった。
「理由なんかない。身寄りのない優秀な剣士。だから、だ」
「そんな理屈聞いてない!」


