キージェに背を向けて立つクローレは三人目と互角に戦っているが、決め手を打ち込めず息が上がっている。

 フレイムクロウの炎も威力を発揮できない。

 そんな隙を狙って刺客が針を飛ばした。

「気をつけろ。毒が塗られてる!」

「えっ、やだ!」

 よけようとのけぞったクローレがよろめき、勢い余ってしゃがんでいたキージェにぶつかる。

「うおっ!」

 ドサッと鈍い音とともに、仰向けに倒れたキージェの顔をクローレの尻が押しつぶした。

「おまえ、何しやがる!」

「ご、ごめん、キージェ!」

 ――ご褒美か!

 とんでもねえ必殺技だぜ。

 クローレが慌てて立ち上がろうとするが、足がもつれ、さらにむにむにとキージェの顔に押しつけられる。

 キージェの脳内では一瞬、戦闘の緊張が吹き飛び、花畑の幻覚が見えていた。

 ――いや、全然構わないっていうか、むしろ、今この瞬間にとどめを刺してほしい。

 ていうか、どうせなら胸に押しつぶされたかったか……。

 まあ、いい。

 剣士としては最低の死に方だが、男としては最高だ。

 だが、そんな妄想に浸る余裕はなかった。

「クアジャよ、女にほだされ、ふぬけとなったか!」

 刺客の嘲笑が森に響く。

 キージェは一瞬で我に返り、クローレの腰を押して立ち上がらせ、自分も転がりながら体を起こした。

「クローレ、挟み撃ちだ」

 キージェはすでに刺客の背後に回り込んでいた。

「師匠、さっきのはわざとじゃないからね」

「どうでもいい。集中しろ」

 キージェとクローレは刺客を挟んで目配せし、息を合わせる。

 刺客は右手の剣を逆手に構え、左手の指には毒針を挟んでいる。

 キージェが背後から踏み込み動きを封じ、クローレが炎弧旋回(ジャイロブレイズ)で斬り込む。

 刺客は毒針を投げ捨て剣を口にくわえ、真上に伸びる枝に飛びついた。

 懸垂で足を振り上げ二人の剣をかわすが、それはキージェの狙い通りだった。

 ストームブレイドの巻き起こした旋風でフレイムクロウの猛火が舞い上がり、刺客を紅蓮の炎で包み込む。

「ぐああっ!」

 枝から落ちて地面をのたうち回る刺客を、キージェは足で踏みつけ、剣を振りかざしてとどめを刺した。

 炎が収まり、黒焦げとなった死体を見下ろしながら、青ざめたクローレが唇をかむ。

「こわいか」

 キージェの問いかけにクローレは素直にうなずいた。

「うん」

「これが殺し合いってやつさ」

 森のあちこちで朝の鳥が鳴き始めていた。