「俺が毛布で寝るから、おまえさんはベッドを使いな」

「いいの?」

「ほら、ふだん、野宿なんだろ。せっかく屋根のあるところで眠るんだ。ベッドを使えよ」

「わあい、ありがとう」と、いきなりクローレが抱きついてくる。「師匠、優しいね」

 ――ちょ、おまっ……。

 胸の谷間から立ち上る女の臭いにむせそうになりながら、キージェはやんわりとクローレの手をつかんで離れた。

「な、なんだよ、びっくりするじゃねえかよ」

「懐に飛び込めって言ったのは師匠じゃないですか」

「敵の、だろうが。俺は敵じゃねえよ」

 まったく、油断も隙もありゃしない。

 キージェはさっさと毛布にくるまって床の上に寝転がった。

 ベッドに上がったクローレがつぶやく。

「なんか、師匠の臭いがするね」

「うおっ」と、思わず飛び起きる。「おっさん臭いか?」

「違うの。なんか落ち着くの」

 あえて返事をしないで寝たふりをしていると、暗闇の中でクローレが軽装防具を外す音が聞こえる。

 ときどき、「ふう」とか、「はあ」といった吐息が漏れてくる。

 ――落ち着けって。

 ただ防具を外してるだけだろうが。

 服を脱いでるのとは違うっつうの。

 静かになって、布団をかぶる音が聞こえた。

「おやすみ、師匠」

「おう、お疲れさん。おやすみ」

 ベッドでくすくすと笑い声がする。

「やっぱり起きてた」

 ――はあ?

「なんか想像してた?」

 こいつ、やっぱり、分かっててやってんのか?

 無防備なのか、小悪魔なのか、さっさと追い出してやる。

 キージェはモヤモヤした気持ちを抱えながら何度も寝返りを打っていたが、散々からかっておきながら、ベッドからはすぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。

 まったく、寝付きのいい女だ。

 ま、それだけ俺のことを信用してるってことなんだろう。

 べつに、悪い気はしねえよ。

 おやすみ、女剣士(ヒロイン)さんよ。