穏やかになった炎に薪を足さず、ゆっくりとお湯を沸かす。

 特に急ぐ用事もない。

 食って寝て起きて食って寝る。

 死ぬ日までその繰り返しだ。

 引退したおっさんに生きがいなんてものはない。

 あえて言えば、この何もない毎日が一番だ。

 中からクローレが出てきた。

「ねえ、師匠。夜はどうする?」

「はあ」と、思わず腰が浮く。「夜って、どういう……」

「ベッドは一つだしさ」

「な、な、何言ってんだ、おい」

 はぐらかしつつも、視線は胸や腰つきをたどってしまうのが男ってもんだ。

「え、だから、どこで寝たらいいの?」

 ――ん?

「泊まるってことか?」

「だから、さっきからそう言ってるじゃない」

 言ってねえよ。

 全然違う言い方だっただろうが。

「おまえさんがベッドを使えよ。俺は外で眠るからよ」

「なんで、師匠を追い出すなんて、申し訳ないじゃん」

「いいんだよ」

 ――俺のためだ。

 同じ部屋の中で落ち着いて眠れるわけねえだろ。

「じゃあさ、あたしが床の上に毛布で眠るから、師匠はベッドで一緒に寝ようよ」

「だから……」と、キージェは言いかけて口をつぐんだ。

 言い方をなんとかしろ。

『一緒に寝ようよ』なんて言葉を聞いたら、寝付けなくなるだろうが。

 何を言っても話がこじれるだけに思えたので、キージェはその話題を打ち切って、ちょうど沸いたお湯で茶を入れた。

「ほらよ」

「わあ、ありがとう」

 池の近くで採集した香草入りの茶だ。

「寝付きが良くなる茶だ」

「へえ、そうなの」と、香りを嗅ぎながらクローレが一口味わう。「花の香りが爽やかだね。いい夢見られそう」

 まったく、俺にとっちゃ、悪夢だぜ。

 手出しするわけにいかない女と心穏やかに眠れるわけねえだろが。

「ねえ、師匠」

 たき火を見つめながらクローレがつぶやく。

 その真剣な眼差しに、キージェは茶を飲む手を止めた。

「今日はありがとうね。助けてくれて」

「ん、まあ、ああいう連中が嫌いなんでね」

「すごく屈辱的だったんだけど、師匠のおかげでまた一から頑張ろうって思えたの」

「そいつはなによりだな」

「本当に、いくらお礼を言っても足りないくらい」

「料理もごちそうしてもらったし、もう十分だよ。さ、そろそろ寝るか」

 自分で言って顔が熱くなる。

「あのな、寝るって言うのは、寝るんだぞ」

「え、どういう意味?」

 無垢な瞳が返ってきてキージェは頭をかきながら視線をそらした。

「だから、意味なんてないってことだ」

「ますます意味わかんないんだけど」

「眠いから寝るって言いたかったんだ」

「ふうん、そうなの」

 なんとかごまかして小屋に入る。

 すっかり夜も更けて、闇に慣れた目でもお互いの顔がかすかに分かる程度の星明かりしかない。