ふと気がつくと、クローレが鍋をかき混ぜながら、キージェを見てニヤニヤ笑っている。

「師匠、あたしのこと見てたでしょ」

「は!?  あのな、火だよ、火! たき火の火を見てたんだよ!」

「黄昏れてたの?」

「そうだよ。おっさんなんだからよ」

 白髪まじりの頭をかくキージェに、クローレが片目をつむりながら指をさす。

「師匠ってそういう姿、似合うよ」

「ああ、そうかよ。ありがとさん」

 気のない返事にクローレの頬が膨らむ。

「なによ、せっかく褒めたのに」

「今さら褒められたって何にもならねえよ」

 ――どうせ、若い頃には戻れないんだ。

 無言の空気が流れる二人の間で、まるで茶化しているかのようにパチパチと派手に木がはぜた。

「ねえ、師匠、ちょっと味見してよ」

 クローレが鍋で煮えたスープを木のスプーンにすくって運んでくる。

 手元に視線が集中してるせいで、足下の石に気づかなかったのか、あと少しのところでつまずいてしまう。

「わっとっと!」

 スプーンからこぼれた熱いスープがキージェの膝に飛び散る。

「うおっ、熱っ、痛ってぇ!」

 思わず飛び上がったキージェが腰を階段にぶつけ、蛙のようにひっくり返った。

「ご、ごめん、師匠! 大丈夫!?」

「大丈夫じゃねえよ、大惨事だ!」

「今拭くから」

 クローレは布を取ってきてキージェの脇にかがみ込む。

 銀髪がカーテンのようにキージェの顔に被さり、その上、かがんだ姿勢で胸元が開き、目の前に深い谷間が突きつけられる。

「おまえ、わざとやってるだろ!」

 キージェは慌てて後ずさり、顔を真っ赤にして両手を振った。

「え、ひどい。やけどさせちゃったのは悪いけど、わざとなはずないじゃん」

 クローレは涙目で、なおも膝を拭こうと追いかけてくる。

 そのたびに、彼女の動きに合わせて胸が揺れ、キージェの心臓はすでに臨界点を突破していた。

「いや、違う、そういうことじゃなくて。い……いいから! 自分で拭くから離れろ!」

 クローレは目の縁に涙をためながら口をとがらせる。

「ごめんてば、そんなに怒らないでよ。私のせいだけど」

「言い方が悪かった。わざとっていうのは、そういう意味じゃない」

「だから、どういう意味よ? 全然わかんない」

「ああ、もう大丈夫だから。そんなにたいしたことないから安心しろ。ちょっと慌てただけだ」

 キージェは鼻の頭をかきながら、わざとらしく咳払いして視線を逸らした。

「本当に大丈夫?」

「ああ、なんともない」

 クローレは「ふーん」と不満げに首をかしげたかと思うと、くすりと笑い出した。

「師匠って、強いのか弱いのか分からないね」

「剣術じゃねえから、不意を突かれてびっくりしたんだよ」

「じゃあ、師匠を倒すときは、後ろからこっそり熱々のスープぶっかけるね」

「冗談でもやめてくれ」

 ――ったく、このお嬢ちゃん、油断も隙もありゃしねえよ。

「あ、たいへん、お肉焦げちゃう」

 結局、味見は忘れてしまったらしい。

 串焼きを回して立て直すと、肉から滴る脂が火に落ちて小さな炎を上げた。

 空腹を刺激する香りが鼻をくすぐる。