キージェの小屋は森を背にした草原との境目にあるが、石を積んで組んだかまどは森の木々の下に作ってある。

 雨が降っても火が焚けるだけでなく、立ち上る煙が木の葉で紛れて目立たないようにしてあるのだ。

 小屋に帰ると、すでに日は落ち、星空が広がっていた。

 クローレはかまどの前で、フレイムクロウの炎で火を起こした。

「便利だな、その技」

「でしょ。雨でも関係ないし、雪の時も凍えなくて済むの」

 ――なるほどな。

 雪に覆われると、歴戦の黒衣騎兵ですら戦闘力が落ちるし、そもそも移動範囲が限られてしまう。

 暖をとること、火を通して安全に物を食うこと。

 それは案外簡単ではない。

 火種を絶やしただけで命に関わる。

 クローレのような若い女が一人で生きてこられたのも、火を自在に操れたことが大きいのかもしれない。

 水を入れた鉄鍋をかまどに置くと、クローレの銀髪が火の光に照らされ、まるで炎そのものが揺れているかのように輝いている。

 クローレの腕には、さっきの傷を覆う布が巻かれているが、痛みをものともしない様子で、手際よく芋を切って鍋に入れ、肉を串に刺していく。

 そういった手つきを横から見ていると、どうしても胸の谷間が視界に入る。

 どんな料理よりもうまそうな光景に思わずキージェはつばを飲み込んだ。

「何、気になる?」

 いきなり振り向かれて、慌ててごまかす。

「んあっ……いや、まあ、なかなかやるじゃねえか」

「ふふん、ダンジョン暮らしじゃ、こういうの日常茶飯事だからね。食べることくらいしか楽しみもないし」

 クローレが鼻歌まじりに串に刺した肉をたき火にかざすと、じゅうじゅうと焼ける音と香ばしい匂いが辺りに広がる。

 ――危ねえ。

 バレてはいないようだ。

「いい匂いだな。なんかの香りがする」

「香草を見つけたら干しておいたり、岩塩を削って持ち歩いたりしてるのよ」

「そういうところが、おっさんとは違うんだな」

「えへへ、褒められちゃった」

 彼女はキージェを振り返り、得意げに笑った。

「師匠は料理って得意?」

「得意も何も、腹に入りゃいいんだろ。焼くか、まあ後は煮るか、それくらいしかしねえよ」

 キージェは小屋の入り口に腰かけ、片膝を立てて腕を組みながら、クローレが鍋に削った岩塩を入れる手つきや、串の向きを変えて焼き加減を調整する姿を眺めていた。

 ――手際がいいもんだな。

 冒険者暮らしで鍛えられただけじゃねえんだろうな。

 元々筋がいいんだろうし、日々工夫を重ねてきたんだろう。

 キージェは自分の若い頃を思い浮かべていた。

 日々の鍛錬で自分が進歩していく実感が何よりも励みになったし、それを積み重ねることでよりより明日を迎えられると信じていたのは、いつの頃までだったろうか。

 いつからか、現状維持、何もよりも変わらないことを良しとする人生に甘んじてしまったのだ。

 俺が失ったものを、あいつはまだたくさん持っている。

 だが、それをうらやましいとは思わない。

 今さらそんなものを取り戻したところで、ただ単に面倒を抱え込むだけだ。

 穏やかな日々。

 自分に必要なのはそれだけだ。