夜勤の管理センターは、真夜中ほど静かではない。誰かの生活音が、光ファイバーの束を通って、ここへ微弱な電気信号として届くからだ。
私はそのさざ波を聞き分けるのが仕事だった。
マンション管理会社のコールセンター。夜の担当は三人で、一次対応はAIが受ける。私たちは“AIの困りごと”を拾う。
たとえば、給水ポンプの異音を「カエルの鳴き声」と判定してしまったときや、駐車ゲートの赤外線センサーに蛾がまとわりついて「侵入者」と誤認したとき。人間が目で見て、耳で聞いて、意味を戻す。
この仕事の何が好きかと聞かれたら、私は「正しい無音」を確かめられるところだ、と答える。多くの設備は、正常であればあるほど静かだ。扉の蝶番も、昇降機のモーターも、給気口のファンも。
無音には種類がある。動いていない無音と、正しく動いている無音。私が好きなのは、後者だ。
四月の終わり、雨の気配のない曜日に、その「正しい無音」が破れた。
23時04分。品川のタワーマンション“オーベルタワー港南”から、非常エレベーターの警報が上がった。表示は「戸開走行(ドア開・走行)」。
同時に、住民から一本の通報が入る。
——「人が落ちたみたいです」
通報者の声は若く、早口で、それでもどこか抑えていた。
担当の同僚が現場の一次対応に回る。私は設備監視端末で、該当棟のログに飛んだ。
非常エレベーターは、深夜帯、静音モードに入る。フロアチャイムが鳴らない。高層階では、法律ではないけれど協定のようなものがあり、近隣の苦情を避けるための措置だ。
ところがログには、23時02分から05分までに三度、「到着ブザー作動」。無音のはずの時間に、音が鳴っている。
私は背筋がうすく冷たくなるのを感じた。
“正しいはずの無音”が破られている。機械が壊れているのか。あるいは——。
10分後、所轄から折り返しが来た。連絡に出たのは、誘うように眠たげな声の刑事、御子柴だった。旧友だ。
「夜分。港南のやつ、死体だ。四十階の風除室(ふうじょしつ)で頭部打撲。転落に見える。名前は鵜飼(うかい)悠斗、三十七。フリーの映像クリエイター。エレベーターホールに血。監視カメラは、肝心の時間帯に“ノイズ”。まるで誰かがレンズに何か塗ったみたいだ」
「エレベーターのログが変だよ。静音の時間に到着ブザー。二十三時台に三回」
「ブザー? 現場で“チン”て鳴ってたって証言は出てないな」
「だから変なんだ。実際の機械は無音のはず。鳴ってない。でも“鳴ったことにされた”痕跡が残ってる」
御子柴は「はは」と喉で笑い、いつもの調子で言った。
「またおまえの“無音の耳”か。協力しろ。明日、図面とログもらいに行く」
電話を切ったあと、私は設備端末の隣にある別の画面に目をやった。
その画面には、もともと私の趣味が嵩じて導入された「環境音モニタ」の波形が、ビルごとに表示される。夜間、非常時の騒音訴訟を避けるための証拠取りだ。
オーベルタワー港南、四十階ホールの波形を再生する。
23時01分から06分まで、波形はほぼフラット。人の会話も靴音もほとんど拾っていない。かすかな空調の帯だけ。
——やはり、チャイムは鳴っていない。
なのに、設備ログだけが「鳴った」と記す。誰がそんな嘘をつく? 機械が嘘をつくには、人の手がいる。
翌昼。私は図面とログを抱えて、所轄に向かった。
捜査本部の端で、御子柴は紙コップのコーヒーを啜りながら、三人の名前を挙げた。
「容疑者候補は三人。鵜飼の仕事相手のプロデューサー・二階堂、元共同経営者の女性・白川、タワー隣接の楽器店店主・堀田。揉めてた記録が残ってる」
「アリバイは」
「三人とも“映像”だ。二階堂は23時にテレビ局の会議室でZoom会議。録画あり。白川は自宅から“生配信の料理チャンネル”。視聴者多い。堀田は“リハ室でバンド練習のライブ配信”。どれも23時台のタイムスタンプが動いてる」
「映像は嘘をつく。音は、つきにくいけど、つかせることもできる」
私は図面を広げ、四十階のホールと非常階段、エレベーターバンクの配置を確認した。
非常エレベーターの制御盤は三十八階の脇、小部屋。そこに“検査用の手動鳴動(めいどう)スイッチ”がある。
——誰かがそこに入り、ブザーを鳴らす信号を“誤送”させた?
鍵がいる。鍵は管理会社のカードキー。
カードキーの出入りはログに残る。昨夜のその時間、通過は——無し。
裏口の非常扉は? 磁気ロックで閉ざされ、開けば監視システムに記録が——無し。
——では、遠隔か。ネットワークから?
非常エレベーターの制御は閉域網。外からは入れない。
となると、制御盤そのものではなく、さらに上位の「設備監視サーバ」のログが書き換えられた可能性。
だがそれも、外からは難しい。社内のVPNと、時間帯で絞ったアクセス制御——
——待て。
私はログの一行を指で叩いた。
《23:02:18 非常EV到着音——手動鳴動試験》
“試験”。
夜間にやるはずがない。設備員でも、そんな試験は昼間の告知のもとで済ませる。
この“試験”というタグは、メンテナンス会社の保守端末からしか付かない。
御子柴が眉を上げた。
「メンテ会社?」
「うん。ただ、鵜飼の関係者に、エレベーターのメンテ会社に繋がる人物はいない?」
「……堀田が、楽器を搬入するたび、非常エレベーターを使う。メンテ会社の若いのと顔見知りらしい。名前は神崎。昨夜は非番」
私は頷き、環境音の波形をもう一度見た。
——無音の中に、小さな“ズレ”がある。
23:02、23:03、23:05。三度の“無音”。
本来鳴るはずのない音が鳴ったことになっているのだから、波形は何も示さない。けれど、空調の帯が、ほんのわずかに“揺れている”。それは、扉が開いたときに起きる気圧の微動。
非常階段の扉が開閉した時に近い揺れ。
——誰かが階段を使い、四十階に出入りした。
御子柴が手帳をめくる。
「四十階のカメラは、ちょうどその時間“ぼやけ”。レンズに透明のワックスのような痕跡。住民が拭いたら直った。廊下の照明は人体感知だから、誰もいなければすぐ暗くなる。通報者は四十一階の住民。『下でドンと音』と証言」
「階段の扉に付いた指紋は?」
「拭かれていた。エレベーターホールの血の中に、うっすら靴跡。サイズ26前後。銘柄は“オーベル×オニツカ”限定コラボ。堀田が履いてた。同じ階のピロティでの写真あり。だが、限定は住民にも多い。決定打ではない」
私は、鵜飼の職業を思い出した。映像クリエイター。
人の視線を騙すのがうまい人種だ。
そして、三人の“映像アリバイ”。
——映像は、いちばん簡単に編集できる証拠だ。
私は、三人それぞれの映像素材の提供を依頼し、その場で検めた。
二階堂のZoom会議は、会議室の蛍光灯が安定しすぎていた。古い安定器の蛍光灯は、カメラのシャッタースピードとの干渉で“縞”が出ることがある。縞がない。LEDなら縞は薄いが、天井のソケットは丸型蛍光灯用だ。——映像に後から乗せた可能性。
白川の料理配信は、生きたコメントが飛び、投げ銭の動きも自然だ。鍋の湯気、包丁の音。違和感は薄い。ただ、背後の壁の時計のコロンが、一度だけ“消えっぱなし”になったまま次の瞬間にまた点灯する。——編集で切った時に、コマの繋がりが露見した?
堀田のバンド配信は、音が良すぎた。リハ室の狭い空間で、これほど耳障りのいいドラムのオーバーヘッドは難しい。事前収録の音源に、当夜の映像を合わせた可能性。だが、堀田は音の人だ。音にこだわるなら、そういうこともやる。
御子柴は、容疑者三人の関係を説明した。
鵜飼は、二階堂からの仕事を受け、白川と一時は会社をやっていたが、方針の違いで袂を分かった。堀田は白川の弟分のような存在で、鵜飼の映像に音を付けていた。
金の流れは、鵜飼→堀田に制作費。二階堂→鵜飼へ外注費。白川はその“仲介”に入れず苛立っていた。
動機は、三人それぞれにある。
だが、私の頭の中は、ひとつの「無音」に囚われていた。
——“到着ブザーの無音”。
ログにだけ残された「鳴ったはずの音」。
誰が、なぜ、そんな痕跡を残した?
私は、設備監視システムの仕様書を引っ張り出した。
各棟にあるサブサーバは、昼間、保守員がタブレットから接続して点検ログを残す。夜間は原則として接続不可。だが緊急時のみ、VPNのワンタイムキーで入れる。
ワンタイムキーはSMSで送られる。——誰に?
メンテ会社の担当。昨夜の当番は“神崎”ではなく“古市”。神崎は休み。だが、ワンタイムキーは“発行”されていた。送信先は古市の番号。発行時刻は22:58。
古市は当時、別現場で対応中。通話記録に残っている。
——ワンタイムキーを“盗み見”できる人間?
古市のスマホにミラーリングアプリが入っていれば、誰かがその通知を“横取り”できる。
古市の端末はAndroid。メンテ会社の若手(神崎)は以前、古市の端末設定を手伝っている。
私の頭はそこまでで、ふっと別のことに気づいた。
——なぜ、三度も「到着ブザー」を偽装したのか。
一度ならまだしも、三度。
“合図”。
共犯者に、階段の扉の前で「今だ」と知らせる合図。
合図にしたいなら、音は現場で鳴らなければならない。だが現場では無音。
——つまり、これは合図ではない。「照合」のための“目印”だ。
後で映像を編集するとき、23:02、03、05に合わせて、三者のアリバイ映像の“切れ目”を作る。そうすれば、各人の映像が“同時に進んでいた”ように見せやすい。
特に、二階堂のZoom会議。参加者が複数いれば、画面の切替や発言の空白が生じる。そこに合わせて“縞のない天井”を挟めば、編集の継ぎ目が目立たない。
白川の料理配信の時計の“コロン消え”は、まさに23:03に近い。
堀田のバンド配信の一瞬の音の“空気の変化”も、23:05に近い。
——三人の映像は、「同じ時刻」に小さな綻びを持つ。
私は、御子柴に伝えた。
「三人は“映像アリバイの共同制作”をしてる可能性がある。誰かが編集を統括して、同じタイムコードに“切れ目”を作らせた。指示役は——」
「……映像のプロ」
「鵜飼じゃない。彼は死んだ。——二階堂か白川。どちらも映像の現場にいる。でも、段取りを仕切るタイプはどっち?」
「二階堂は“現場をまとめる”プロデューサーだ。白川は“自分で編集する”タイプ」
「ブザーの“試験タグ”を付けられるのは、メンテ会社の端末。神崎が古市の端末をミラーしていたなら、そこからワンタイムキーを盗み、夜間に入ってログに“偽の到着音”を刻める。神崎は堀田と顔見知り。堀田は白川の弟分。——線はつながる」
「けど、神崎は“非番”。アリバイもある。恋人とビデオ通話。顔も映ってる」
「顔はすり替えられる。別人が、神崎のアカウントで。——やり口が“映像畑”だ」
私は、白川の料理配信を巻き戻した。
包丁がまな板を叩く音は正直だ。台所の“響き”は部屋ごとに違う。白川の映像には、狭いキッチン特有の反射がない。代わりに、妙に“ふくらみ”のある低音。スタジオで録ったような。
それに、彼女の手元の影が、二方向から落ちる瞬間がある。キッチン照明が天井に一灯なら影は一方向。二方向から落ちるのは、スタジオライトが二基。
——白川はスタジオで“料理配信を装った”。
スタジオは、二階堂の局の地下にある“マルチスタ”。鍵は二階堂が持つ。
配信に使われたアカウントのIPは——所轄のサイバーが調べた。二階堂の局内。
御子柴が短く舌打ちした。
「二階堂と白川はグルか」
「鵜飼は“中抜き”をやめて、直接クライアントと取引しようとした。二階堂は怒る。白川は置いていかれる。堀田はおこぼれが減る。三人に共通の敵は鵜飼。——だけど、最後に“押した”のは誰か」
私は、現場の「無音」をもう一度、再生した。
空調の帯の揺れ。階段扉の開閉。
揺れには癖がある。重い扉の方が、揺れは大きく、ゆっくり戻る。
四十階の非常扉は、他の階より重い。防煙のために。——揺れは大きく、戻りが遅い。
23:02の揺れは小さい。共用ホールの軽い扉。
23:03の揺れは大きい。非常扉。
23:05の揺れは——二度、連続で起きている。片方は軽い、片方は重い。
これは、誰かが“非常扉からホールに出て”(重い)、それから“エレベーターホールの軽い扉を開けた”(軽い)動き。
つまり、23:05に犯人はエレベーターホールに入った。
次の瞬間に“ドン”という落下音。
——押したのは、その人間だ。
四十階の住民リストを確認する。
白川——二十五階。
二階堂——渋谷の別マンション。
堀田——隣接の雑居ビル三階。
四十階に住む者のカードキーの出入りは——無し。
——では、誰が四十階の非常階段から出た?
非常階段のドアは、内側からは自由に出られる。上階から降りてくればいい。
屋上の扉のセンサー反応は——22:58に一度。
屋上に出たのは誰だ。
タワーの屋上は、住民の庭園がある。夜は鍵がかかるが、非常階段からは出られる。
屋上のカメラに、影。傘。——編集でぼかされているが、ぼかしが“蛇腹”に沿って動く。手持ちの小型傘をさした人物が、風に煽られ、傘の骨が見える。
風の方向は、その夜、南南東。——傘の折れ方の向きと一致する。
“傘”。
私は、堀田のSNSに上がっていた写真を思い出した。限定スニーカーの足元と、柄の凝った折りたたみ傘。柄の先に、妙な“リング”が付いている。
あれは、私は知っている。舞台機材の“フォグマシンのリモコン”。リングを引けば、煙が出る。映像演出によく使う。
傘にリモコンを仕込む理由は? ——レンズを曇らせるために、ピンポイントでフォグを噴く。
四十階のカメラがぼやけた時間と、屋上で傘の影が揺れた時間は、ほぼ一致する。
堀田——。
私は、結論を口に出す前に、もう一つだけ、確かめたかった。
“正しい無音”。
エレベーターホールには、夜、何も鳴らない。
でも、タワーの住民なら知っている。——“深夜にだけ鳴る音”。
それは、床の“微かなキュッ”。
ゴム底の靴が、ワックスの利いた床でほんのわずかに鳴らす摩擦音。
その音は、靴底のパターンで違う。
限定スニーカーのソールは、太い斜めの溝。止めるとき、独特の短い低い音がする。
環境音の波形を、私は耳で追い、指で拡大した。
23:05—“キュッ”。
身震いのような音。
それが、鵜飼の最後の足音と重なっていた。
事情聴取室で、堀田は最初、こちらを舐めるように笑っていた。
音の人間は、沈黙にも強い。
御子柴が写真を並べ、私がログを差し出した。
「到着ブザー、鳴ってないのに、鳴ったことにされてる」
「カメラ、レンズにフォグの痕跡」
「屋上の傘。リング。リモコン」
「23:05の“キュッ”。お前の靴の音だ」
堀田の眼鏡の奥の瞳が、ふっと揺らいだ。
そこで私は、最後の一枚を置いた。
白川の料理配信のスクリーンショット。
鍋の縁に映り込む、小さな光の点。卓上時計の“赤いLED”。
そのLEDの点滅は、関東電気保安協会の“漏電ブレーカー点検器”のものと同じ周期。
点検器は、二階堂の局の機材倉庫にしかない。
つまり、白川の配信は、その倉庫横の仮設キッチンで撮った。
そこにフォグマシンも、照明も、限定スニーカーで滑りやすい床も、全部ある。
「三人でやったんだね」と私は言わなかった。
代わりに、御子柴が低い声で言った。
「鵜飼が直接取引を始めたら、おまえらの取り分が減る。二階堂が絵を描き、白川が配信を仕込み、おまえが現場で“無音”をこしらえた。
“押した”のは、おまえだ。非常扉から出て、傘でカメラを曇らせ、鵜飼をホールの手すり際まで誘った。
手すりは静電気で微かに逆立ち、指が滑る。
おまえが最後に床を“キュッ”と止め、鵜飼が一歩踏み外した瞬間、誰も“音”を聞いていない。
——だから、おまえは、音に自信があったんだろう」
堀田は、眼鏡を外した。
目は、驚くほどきれいだった。
「……押してない」
そう言った。
「引いただけだ。手すりの上の薄いフィルムを」
白川が、料理動画で生野菜の水気を飛ばすのに使う“撥水フィルム”。透明で、指で触るとすぐ滑る。
それを、手すりに貼って、端を非常扉の隙間に通し、糸で繋いでおく。
23:05。
堀田が、扉の陰で糸を引く。
フィルムがするりと抜ける。
鵜飼は、手すりに手を置いたとき、接触の“感触”を失う。
——音は、しない。
「事故だ」と堀田は言った。
「押していない。彼が自分から、前に」
「おまえの糸が、後ろから彼を押したのと同じだ」と御子柴は答え、手錠の光が短く灯った。
事件のあと、私はセンターに戻り、環境音モニタの新しい機能を提案した。「無音の監視」。
チャイムの“鳴らないはずの時間”に鳴動が記録されたら、逆に警報を出す。
静かであることを確かめる警報なんて、誰が必要とするのか、と笑う人もいた。
でも、私は知っている。
世界は、正しい無音の上に立っている。
そこに、小さな“嘘の音”が滑り込むとき、人は足を滑らせる。
御子柴から、短いメッセージが来た。
「おまえの“無音の耳”に、また助けられた」
私は返した。
「音より、鳴らないべきものの方が、覚えやすいのよ」
「今度、飯」
「静かな店で」
送信して、私は夜の設備音に耳を澄ませた。
空調が遠くで、正しく回っている。
給水ポンプが、正しく間歇運転している。
非常エレベーターの到着ブザーは、正しく鳴っていない。
——それが良い。
電光掲示板の隅で、日付の数字が一つ増えた。
その瞬間も、何も鳴らない。
無音は、暖かい。
私は、掌に乗るほどの静けさを、自分の胸の中で供給し続けるポンプに、少しだけ感謝した。
翌朝、オーベルタワー港南の管理組合から、臨時点検の依頼が入った。
議題は「深夜の無音の徹底」。
私は資料に、薄い付箋を一枚貼った。
そこには、鉛筆で小さくこう書いた。
——無音を守ることは、誰かを守ること。
紙を閉じると、外の通りから一瞬だけ、救急車のサイレンが遠くを横切った。
私は椅子から立ち、窓の隅で息を整える。
サイレンの尾が消え、静けさが戻る。
正しい無音。
それが確かにここにあることに、私は、確かな安堵を覚えた。
私はそのさざ波を聞き分けるのが仕事だった。
マンション管理会社のコールセンター。夜の担当は三人で、一次対応はAIが受ける。私たちは“AIの困りごと”を拾う。
たとえば、給水ポンプの異音を「カエルの鳴き声」と判定してしまったときや、駐車ゲートの赤外線センサーに蛾がまとわりついて「侵入者」と誤認したとき。人間が目で見て、耳で聞いて、意味を戻す。
この仕事の何が好きかと聞かれたら、私は「正しい無音」を確かめられるところだ、と答える。多くの設備は、正常であればあるほど静かだ。扉の蝶番も、昇降機のモーターも、給気口のファンも。
無音には種類がある。動いていない無音と、正しく動いている無音。私が好きなのは、後者だ。
四月の終わり、雨の気配のない曜日に、その「正しい無音」が破れた。
23時04分。品川のタワーマンション“オーベルタワー港南”から、非常エレベーターの警報が上がった。表示は「戸開走行(ドア開・走行)」。
同時に、住民から一本の通報が入る。
——「人が落ちたみたいです」
通報者の声は若く、早口で、それでもどこか抑えていた。
担当の同僚が現場の一次対応に回る。私は設備監視端末で、該当棟のログに飛んだ。
非常エレベーターは、深夜帯、静音モードに入る。フロアチャイムが鳴らない。高層階では、法律ではないけれど協定のようなものがあり、近隣の苦情を避けるための措置だ。
ところがログには、23時02分から05分までに三度、「到着ブザー作動」。無音のはずの時間に、音が鳴っている。
私は背筋がうすく冷たくなるのを感じた。
“正しいはずの無音”が破られている。機械が壊れているのか。あるいは——。
10分後、所轄から折り返しが来た。連絡に出たのは、誘うように眠たげな声の刑事、御子柴だった。旧友だ。
「夜分。港南のやつ、死体だ。四十階の風除室(ふうじょしつ)で頭部打撲。転落に見える。名前は鵜飼(うかい)悠斗、三十七。フリーの映像クリエイター。エレベーターホールに血。監視カメラは、肝心の時間帯に“ノイズ”。まるで誰かがレンズに何か塗ったみたいだ」
「エレベーターのログが変だよ。静音の時間に到着ブザー。二十三時台に三回」
「ブザー? 現場で“チン”て鳴ってたって証言は出てないな」
「だから変なんだ。実際の機械は無音のはず。鳴ってない。でも“鳴ったことにされた”痕跡が残ってる」
御子柴は「はは」と喉で笑い、いつもの調子で言った。
「またおまえの“無音の耳”か。協力しろ。明日、図面とログもらいに行く」
電話を切ったあと、私は設備端末の隣にある別の画面に目をやった。
その画面には、もともと私の趣味が嵩じて導入された「環境音モニタ」の波形が、ビルごとに表示される。夜間、非常時の騒音訴訟を避けるための証拠取りだ。
オーベルタワー港南、四十階ホールの波形を再生する。
23時01分から06分まで、波形はほぼフラット。人の会話も靴音もほとんど拾っていない。かすかな空調の帯だけ。
——やはり、チャイムは鳴っていない。
なのに、設備ログだけが「鳴った」と記す。誰がそんな嘘をつく? 機械が嘘をつくには、人の手がいる。
翌昼。私は図面とログを抱えて、所轄に向かった。
捜査本部の端で、御子柴は紙コップのコーヒーを啜りながら、三人の名前を挙げた。
「容疑者候補は三人。鵜飼の仕事相手のプロデューサー・二階堂、元共同経営者の女性・白川、タワー隣接の楽器店店主・堀田。揉めてた記録が残ってる」
「アリバイは」
「三人とも“映像”だ。二階堂は23時にテレビ局の会議室でZoom会議。録画あり。白川は自宅から“生配信の料理チャンネル”。視聴者多い。堀田は“リハ室でバンド練習のライブ配信”。どれも23時台のタイムスタンプが動いてる」
「映像は嘘をつく。音は、つきにくいけど、つかせることもできる」
私は図面を広げ、四十階のホールと非常階段、エレベーターバンクの配置を確認した。
非常エレベーターの制御盤は三十八階の脇、小部屋。そこに“検査用の手動鳴動(めいどう)スイッチ”がある。
——誰かがそこに入り、ブザーを鳴らす信号を“誤送”させた?
鍵がいる。鍵は管理会社のカードキー。
カードキーの出入りはログに残る。昨夜のその時間、通過は——無し。
裏口の非常扉は? 磁気ロックで閉ざされ、開けば監視システムに記録が——無し。
——では、遠隔か。ネットワークから?
非常エレベーターの制御は閉域網。外からは入れない。
となると、制御盤そのものではなく、さらに上位の「設備監視サーバ」のログが書き換えられた可能性。
だがそれも、外からは難しい。社内のVPNと、時間帯で絞ったアクセス制御——
——待て。
私はログの一行を指で叩いた。
《23:02:18 非常EV到着音——手動鳴動試験》
“試験”。
夜間にやるはずがない。設備員でも、そんな試験は昼間の告知のもとで済ませる。
この“試験”というタグは、メンテナンス会社の保守端末からしか付かない。
御子柴が眉を上げた。
「メンテ会社?」
「うん。ただ、鵜飼の関係者に、エレベーターのメンテ会社に繋がる人物はいない?」
「……堀田が、楽器を搬入するたび、非常エレベーターを使う。メンテ会社の若いのと顔見知りらしい。名前は神崎。昨夜は非番」
私は頷き、環境音の波形をもう一度見た。
——無音の中に、小さな“ズレ”がある。
23:02、23:03、23:05。三度の“無音”。
本来鳴るはずのない音が鳴ったことになっているのだから、波形は何も示さない。けれど、空調の帯が、ほんのわずかに“揺れている”。それは、扉が開いたときに起きる気圧の微動。
非常階段の扉が開閉した時に近い揺れ。
——誰かが階段を使い、四十階に出入りした。
御子柴が手帳をめくる。
「四十階のカメラは、ちょうどその時間“ぼやけ”。レンズに透明のワックスのような痕跡。住民が拭いたら直った。廊下の照明は人体感知だから、誰もいなければすぐ暗くなる。通報者は四十一階の住民。『下でドンと音』と証言」
「階段の扉に付いた指紋は?」
「拭かれていた。エレベーターホールの血の中に、うっすら靴跡。サイズ26前後。銘柄は“オーベル×オニツカ”限定コラボ。堀田が履いてた。同じ階のピロティでの写真あり。だが、限定は住民にも多い。決定打ではない」
私は、鵜飼の職業を思い出した。映像クリエイター。
人の視線を騙すのがうまい人種だ。
そして、三人の“映像アリバイ”。
——映像は、いちばん簡単に編集できる証拠だ。
私は、三人それぞれの映像素材の提供を依頼し、その場で検めた。
二階堂のZoom会議は、会議室の蛍光灯が安定しすぎていた。古い安定器の蛍光灯は、カメラのシャッタースピードとの干渉で“縞”が出ることがある。縞がない。LEDなら縞は薄いが、天井のソケットは丸型蛍光灯用だ。——映像に後から乗せた可能性。
白川の料理配信は、生きたコメントが飛び、投げ銭の動きも自然だ。鍋の湯気、包丁の音。違和感は薄い。ただ、背後の壁の時計のコロンが、一度だけ“消えっぱなし”になったまま次の瞬間にまた点灯する。——編集で切った時に、コマの繋がりが露見した?
堀田のバンド配信は、音が良すぎた。リハ室の狭い空間で、これほど耳障りのいいドラムのオーバーヘッドは難しい。事前収録の音源に、当夜の映像を合わせた可能性。だが、堀田は音の人だ。音にこだわるなら、そういうこともやる。
御子柴は、容疑者三人の関係を説明した。
鵜飼は、二階堂からの仕事を受け、白川と一時は会社をやっていたが、方針の違いで袂を分かった。堀田は白川の弟分のような存在で、鵜飼の映像に音を付けていた。
金の流れは、鵜飼→堀田に制作費。二階堂→鵜飼へ外注費。白川はその“仲介”に入れず苛立っていた。
動機は、三人それぞれにある。
だが、私の頭の中は、ひとつの「無音」に囚われていた。
——“到着ブザーの無音”。
ログにだけ残された「鳴ったはずの音」。
誰が、なぜ、そんな痕跡を残した?
私は、設備監視システムの仕様書を引っ張り出した。
各棟にあるサブサーバは、昼間、保守員がタブレットから接続して点検ログを残す。夜間は原則として接続不可。だが緊急時のみ、VPNのワンタイムキーで入れる。
ワンタイムキーはSMSで送られる。——誰に?
メンテ会社の担当。昨夜の当番は“神崎”ではなく“古市”。神崎は休み。だが、ワンタイムキーは“発行”されていた。送信先は古市の番号。発行時刻は22:58。
古市は当時、別現場で対応中。通話記録に残っている。
——ワンタイムキーを“盗み見”できる人間?
古市のスマホにミラーリングアプリが入っていれば、誰かがその通知を“横取り”できる。
古市の端末はAndroid。メンテ会社の若手(神崎)は以前、古市の端末設定を手伝っている。
私の頭はそこまでで、ふっと別のことに気づいた。
——なぜ、三度も「到着ブザー」を偽装したのか。
一度ならまだしも、三度。
“合図”。
共犯者に、階段の扉の前で「今だ」と知らせる合図。
合図にしたいなら、音は現場で鳴らなければならない。だが現場では無音。
——つまり、これは合図ではない。「照合」のための“目印”だ。
後で映像を編集するとき、23:02、03、05に合わせて、三者のアリバイ映像の“切れ目”を作る。そうすれば、各人の映像が“同時に進んでいた”ように見せやすい。
特に、二階堂のZoom会議。参加者が複数いれば、画面の切替や発言の空白が生じる。そこに合わせて“縞のない天井”を挟めば、編集の継ぎ目が目立たない。
白川の料理配信の時計の“コロン消え”は、まさに23:03に近い。
堀田のバンド配信の一瞬の音の“空気の変化”も、23:05に近い。
——三人の映像は、「同じ時刻」に小さな綻びを持つ。
私は、御子柴に伝えた。
「三人は“映像アリバイの共同制作”をしてる可能性がある。誰かが編集を統括して、同じタイムコードに“切れ目”を作らせた。指示役は——」
「……映像のプロ」
「鵜飼じゃない。彼は死んだ。——二階堂か白川。どちらも映像の現場にいる。でも、段取りを仕切るタイプはどっち?」
「二階堂は“現場をまとめる”プロデューサーだ。白川は“自分で編集する”タイプ」
「ブザーの“試験タグ”を付けられるのは、メンテ会社の端末。神崎が古市の端末をミラーしていたなら、そこからワンタイムキーを盗み、夜間に入ってログに“偽の到着音”を刻める。神崎は堀田と顔見知り。堀田は白川の弟分。——線はつながる」
「けど、神崎は“非番”。アリバイもある。恋人とビデオ通話。顔も映ってる」
「顔はすり替えられる。別人が、神崎のアカウントで。——やり口が“映像畑”だ」
私は、白川の料理配信を巻き戻した。
包丁がまな板を叩く音は正直だ。台所の“響き”は部屋ごとに違う。白川の映像には、狭いキッチン特有の反射がない。代わりに、妙に“ふくらみ”のある低音。スタジオで録ったような。
それに、彼女の手元の影が、二方向から落ちる瞬間がある。キッチン照明が天井に一灯なら影は一方向。二方向から落ちるのは、スタジオライトが二基。
——白川はスタジオで“料理配信を装った”。
スタジオは、二階堂の局の地下にある“マルチスタ”。鍵は二階堂が持つ。
配信に使われたアカウントのIPは——所轄のサイバーが調べた。二階堂の局内。
御子柴が短く舌打ちした。
「二階堂と白川はグルか」
「鵜飼は“中抜き”をやめて、直接クライアントと取引しようとした。二階堂は怒る。白川は置いていかれる。堀田はおこぼれが減る。三人に共通の敵は鵜飼。——だけど、最後に“押した”のは誰か」
私は、現場の「無音」をもう一度、再生した。
空調の帯の揺れ。階段扉の開閉。
揺れには癖がある。重い扉の方が、揺れは大きく、ゆっくり戻る。
四十階の非常扉は、他の階より重い。防煙のために。——揺れは大きく、戻りが遅い。
23:02の揺れは小さい。共用ホールの軽い扉。
23:03の揺れは大きい。非常扉。
23:05の揺れは——二度、連続で起きている。片方は軽い、片方は重い。
これは、誰かが“非常扉からホールに出て”(重い)、それから“エレベーターホールの軽い扉を開けた”(軽い)動き。
つまり、23:05に犯人はエレベーターホールに入った。
次の瞬間に“ドン”という落下音。
——押したのは、その人間だ。
四十階の住民リストを確認する。
白川——二十五階。
二階堂——渋谷の別マンション。
堀田——隣接の雑居ビル三階。
四十階に住む者のカードキーの出入りは——無し。
——では、誰が四十階の非常階段から出た?
非常階段のドアは、内側からは自由に出られる。上階から降りてくればいい。
屋上の扉のセンサー反応は——22:58に一度。
屋上に出たのは誰だ。
タワーの屋上は、住民の庭園がある。夜は鍵がかかるが、非常階段からは出られる。
屋上のカメラに、影。傘。——編集でぼかされているが、ぼかしが“蛇腹”に沿って動く。手持ちの小型傘をさした人物が、風に煽られ、傘の骨が見える。
風の方向は、その夜、南南東。——傘の折れ方の向きと一致する。
“傘”。
私は、堀田のSNSに上がっていた写真を思い出した。限定スニーカーの足元と、柄の凝った折りたたみ傘。柄の先に、妙な“リング”が付いている。
あれは、私は知っている。舞台機材の“フォグマシンのリモコン”。リングを引けば、煙が出る。映像演出によく使う。
傘にリモコンを仕込む理由は? ——レンズを曇らせるために、ピンポイントでフォグを噴く。
四十階のカメラがぼやけた時間と、屋上で傘の影が揺れた時間は、ほぼ一致する。
堀田——。
私は、結論を口に出す前に、もう一つだけ、確かめたかった。
“正しい無音”。
エレベーターホールには、夜、何も鳴らない。
でも、タワーの住民なら知っている。——“深夜にだけ鳴る音”。
それは、床の“微かなキュッ”。
ゴム底の靴が、ワックスの利いた床でほんのわずかに鳴らす摩擦音。
その音は、靴底のパターンで違う。
限定スニーカーのソールは、太い斜めの溝。止めるとき、独特の短い低い音がする。
環境音の波形を、私は耳で追い、指で拡大した。
23:05—“キュッ”。
身震いのような音。
それが、鵜飼の最後の足音と重なっていた。
事情聴取室で、堀田は最初、こちらを舐めるように笑っていた。
音の人間は、沈黙にも強い。
御子柴が写真を並べ、私がログを差し出した。
「到着ブザー、鳴ってないのに、鳴ったことにされてる」
「カメラ、レンズにフォグの痕跡」
「屋上の傘。リング。リモコン」
「23:05の“キュッ”。お前の靴の音だ」
堀田の眼鏡の奥の瞳が、ふっと揺らいだ。
そこで私は、最後の一枚を置いた。
白川の料理配信のスクリーンショット。
鍋の縁に映り込む、小さな光の点。卓上時計の“赤いLED”。
そのLEDの点滅は、関東電気保安協会の“漏電ブレーカー点検器”のものと同じ周期。
点検器は、二階堂の局の機材倉庫にしかない。
つまり、白川の配信は、その倉庫横の仮設キッチンで撮った。
そこにフォグマシンも、照明も、限定スニーカーで滑りやすい床も、全部ある。
「三人でやったんだね」と私は言わなかった。
代わりに、御子柴が低い声で言った。
「鵜飼が直接取引を始めたら、おまえらの取り分が減る。二階堂が絵を描き、白川が配信を仕込み、おまえが現場で“無音”をこしらえた。
“押した”のは、おまえだ。非常扉から出て、傘でカメラを曇らせ、鵜飼をホールの手すり際まで誘った。
手すりは静電気で微かに逆立ち、指が滑る。
おまえが最後に床を“キュッ”と止め、鵜飼が一歩踏み外した瞬間、誰も“音”を聞いていない。
——だから、おまえは、音に自信があったんだろう」
堀田は、眼鏡を外した。
目は、驚くほどきれいだった。
「……押してない」
そう言った。
「引いただけだ。手すりの上の薄いフィルムを」
白川が、料理動画で生野菜の水気を飛ばすのに使う“撥水フィルム”。透明で、指で触るとすぐ滑る。
それを、手すりに貼って、端を非常扉の隙間に通し、糸で繋いでおく。
23:05。
堀田が、扉の陰で糸を引く。
フィルムがするりと抜ける。
鵜飼は、手すりに手を置いたとき、接触の“感触”を失う。
——音は、しない。
「事故だ」と堀田は言った。
「押していない。彼が自分から、前に」
「おまえの糸が、後ろから彼を押したのと同じだ」と御子柴は答え、手錠の光が短く灯った。
事件のあと、私はセンターに戻り、環境音モニタの新しい機能を提案した。「無音の監視」。
チャイムの“鳴らないはずの時間”に鳴動が記録されたら、逆に警報を出す。
静かであることを確かめる警報なんて、誰が必要とするのか、と笑う人もいた。
でも、私は知っている。
世界は、正しい無音の上に立っている。
そこに、小さな“嘘の音”が滑り込むとき、人は足を滑らせる。
御子柴から、短いメッセージが来た。
「おまえの“無音の耳”に、また助けられた」
私は返した。
「音より、鳴らないべきものの方が、覚えやすいのよ」
「今度、飯」
「静かな店で」
送信して、私は夜の設備音に耳を澄ませた。
空調が遠くで、正しく回っている。
給水ポンプが、正しく間歇運転している。
非常エレベーターの到着ブザーは、正しく鳴っていない。
——それが良い。
電光掲示板の隅で、日付の数字が一つ増えた。
その瞬間も、何も鳴らない。
無音は、暖かい。
私は、掌に乗るほどの静けさを、自分の胸の中で供給し続けるポンプに、少しだけ感謝した。
翌朝、オーベルタワー港南の管理組合から、臨時点検の依頼が入った。
議題は「深夜の無音の徹底」。
私は資料に、薄い付箋を一枚貼った。
そこには、鉛筆で小さくこう書いた。
——無音を守ることは、誰かを守ること。
紙を閉じると、外の通りから一瞬だけ、救急車のサイレンが遠くを横切った。
私は椅子から立ち、窓の隅で息を整える。
サイレンの尾が消え、静けさが戻る。
正しい無音。
それが確かにここにあることに、私は、確かな安堵を覚えた。



