――LOG/PROJ-2025-NM-28
――件名:アフター/花火終演~撤収~欠落/証言・資料・解析
――撮影:C1=直哉(iPhone/配信アーカイブ欠損)、C2=茜(ミラーレス/SD残存)、C3=良太(アクションカム/胸元)、C4=神社/橋/河川敷・防犯カメラ(提供)
――音声:ICレコーダー×1(終盤ノイズ増)
――編集メモ:ラフv2.3→最終断片を経て完全に途切れる/以降は後日談素材で補完

20:36:59 落下—逆さまの視界

C1の画角が急に地面へ。
手がすべる。
アスファルトに擦過音、スワイプで配信UIが斜めに流れて消える。
カメラは逆さ。
レンズの前に石粒、黒い粉、蛍光の砂のような何か。
風は弱く、音は人波の残響と遠い蛙。
上下が反転した画面の上側(=現実の下)に、顔。
知らない群衆が覗き込む。
笑顔の形だけが整っていて、口は深すぎ、目はノイズに溶けている。
C2にもほぼ同時刻の絵があるが、覗く群衆は輪郭が薄い。
C3の胸元は足元だけを映し、空白の影が通り抜ける。
ICレコーダーは祈りの韻律。

声たち「……帰れ……渡すな……呼ぶな……踏むな……」

C1の画面端から灰褐色の指が滑り込む。
スクロールの動き。
映像の内側をなぞる。
一瞬、UIの「×」が内側から押されたように波打ち、
次のフレームで完全に何も表示されなくなる。

20:37:11 接近—笑わない祝福

逆さのレンズへ、顔がもっと近く。
顎の関節が花火の残光で白く光る。
笑いは音としては起きない。
肩が上下するだけ。
拍手は二度、同時。
音が来ない拍手。
C2には同じ肩の上下が半拍遅れで映る。
C3には触圧だけが記録される。
C4は俯瞰で人流を薄く均すが、逆さカメラ前の塊は解像できない。

編集テロップ(白・小):〈祝福に音がない〉

ICレコーダーのノイズ床が急上昇し、

声「……帰す……」の部分だけが持ち上がる。

C1のセンサーに熱ノイズが走る。
画の中空に白い点が増殖し、文字列のように見える瞬間。
解析では読み取り不可。
ただ、点の並びは**「1974」に似た配列**を一度だけとる。

20:37:18 暗転—欠落

C1、C2、C3、C4のすべてで同時刻にフレーム欠落(0.8秒〜1.2秒)。
音も同時に抜け、ICレコーダーのみ薄い呼気。
戻ると人波はまばら。
誰かが「もう帰ろう」と言う口の形。音は来ない。

編集メモ:ここで物語としての映像は終わる。
以降は後日談、証言、資料、機器ログ。

後日談/証言

――LOG/POST-INT-01
――件名:五人(直哉・茜・海斗・結衣・真帆)聴取
――撮影:数日後/各自宅・大学構内での聞き取り

直哉(音声のみ/代理人立会)

「行ってないです、祭り。
配信の話?してないですね。
俺、その日は家で映画見てて、
その映画のエンドロール、二度流れたんですよ。
同時に。
変なこと言ってるのはわかってます。
でも、映像に俺が映ってても、俺は行ってない。
だってあの日、右肩が重くて——
誰かの手が置かれてる感じがして、朝まで消えなかったから」

茜(映像あり/モザイク)

「カメラの中を触られた気がしたのは、覚えています。
でも、それは編集の気のせいかもしれない。
私は現場に行ってない。
だって、あの日のSDカード、容量が増えてたんです。
64GBが64.3GBになってた。
ありえない。
途中から撮れてないならわかる。
でも増えた。
それなら、私は居なかったことにしてください」

海斗(映像あり/目線隠し)

「最高!って叫んでないとこで俺の声が残るの、
なんか気持ちいいと思った自分がいます。
ああ、残るんだって。
俺、あの日研究室で徹夜してた。
みんなが祭り行ったって話題は聞いてない。
——でも、俺の笑いが半拍遅れて届くのは、
今も時々起きる。
拍が合わないのに、合ってしまう感じ。
それは、映像の病気じゃなくて、俺の病気かも」

結衣(テキスト回答/一部抜粋)

「白無地の仮面を見ました。
でも、私は見てない。
だって行ってないから。
名は白紙のままが好きです。
名を書くと在る。
在ると渡される。
渡された名は重い。
私は持てない」

真帆(音声のみ/短)

「記録は礼儀を知らないって、
誰かが言ってた。
私もそう思う。
だから、行ってない。
礼儀として」

編集テロップ:〈五人全員が不在証言/しかし記録は在を主張〉

――LOG/POST-INT-02
――件名:神社総代・祭典委員長・屋台組合
――撮影:翌週

総代(男性)

「警備計画上、停電は一度もなし。
ただ、終盤に『閉めて』って無線が入った。
私は言っていない。
誰が言ったのか、記録がない。
閉めるのは目か帳面か。
どちらも、誰かが閉めたんでしょう」

屋台組合代表(女性)

「面の小野商店は昔の屋台です。
昭和四十九年までは出てたと聞いた。
今年は出してない。
来年も出ない。
未来の日付の箱が映るなら、
それは映像のお祭りでしょう」

――LOG/POST-INT-03
――件名:警察・広報対応(コメントのみ)

「行方不明者は出ていません。
防犯カメラに“空席”や“背中”が映り続ける件は、
解析の結果、映像圧縮のアーティファクト……と言いたいところですが、
同時刻別カメラでの一致があり、説明保留としています。
なお、当夜SNS配信のアーカイブが一斉に削除された件、
運営側からは『利用者操作』との返答。
誰が押したかは——誰にもわからない」

資料/痕跡

――LOG/POST-DOC-01
――件名:配信プラットフォーム回答(抜粋)
項目:「アーカイブ削除履歴」→存在。操作端末:iOS/IP:不明(空白)。
項目:「コメントログ」→一部欠損。欠損区間に古い書式(昭和年号)の時刻が混入した痕跡。
備考:誰の操作かを示すトークンは空白。

――LOG/POST-DOC-02
――件名:C2(ミラーレス)SD情報
容量:64GB → 実測64.3GB(OS表示)。
ファイル数:増加(撮影していない連番が挿入)。
挿入ファイル名:1974_0815_mask.tmp 1974_0815_oya.mov など。
開こうとすると:砂嵐。波形に囃子の拍が二度出る。
ハッシュ:計算できない(計算中に値が変化)。

――LOG/POST-DOC-03
――件名:ICレコーダー解析
スペクトラム:低域の持続隆起/「帰れ/渡すな/呼ぶな/踏むな/帰す」の成分が逆相で重なる箇所あり。
タイムコード:20:00の時報近傍で四種の時間(-2s / 0 / +1s / +4s)が同時表記。
注記:声は現場で聴取されていないが、記録にのみ残留。

――LOG/POST-DOC-04
――件名:防犯カメラ(C4)アーカイブ
映像:鳥居脇に詰襟の背中が固定で映り続ける。
移動:終盤に一歩だけ前へ。
顔:出ない。
影:六つ目が一瞬、石碑の前に落ちる。
時刻:1974/08/15のテロップが一フレーム混入(上書き痕跡なし)。

――LOG/POST-DOC-05
――件名:掲示板流出静止画
タイトル:「保存した」。
添付:smoke_faces_final.png
内容:煙の濃い部分に顔の群れ。
目は穴、口は笑。穴縁に黒い粉。
EXIF:削除。しかしMD5線形判定で連番性あり→もとは動画フレーム。
投稿者:匿名。IP:空白。時刻:未定義(タイムゾーンなし)。
コメント:

〈名無し〉:見ないで
〈名無し〉:見れば、行く
〈名無し〉:行ってないけど、行った

編集テロップ(白・小):〈静止画は今もリンク切れ/再掲され続ける〉

解析/編集者ノート

――LOG/POST-ANALYSIS-01(編集室・山名)

・逆回転セグメントの周期は祝祭の拍に合致していない。むしろ祈りの韻。
・空席塊は人ではないが、席でもない。“渡り”の器のように動く。
・白無地の仮面の日付(2026/08/15)は未来だが、石碑(1974/08/15)は過去。
 二つは橋の両岸。橋は花火で、渡し舟は記録。
・背中は向かない/打たない/名を持たない。
 名が書かれた瞬間、背中は顔になるのでは。
・配信アーカイブ全削除は「誰かが押した」。
 映像の内側から押したのかもしれない。
・私たちが見てきた映像は、誰が撮影し、誰のために残されたのか。
 答えは今も不明。ただし、観た人の名が白紙で追加されるように見える。
・“見る”ことが招待であり、再生が参列。
 礼儀として見ないことは可能だが、記録は礼儀を知らない。

――LOG/POST-ANALYSIS-02(技術追補)
ファイルシステムに未知ディレクトリ出現:
/projects/2025/NatsuMatsuri/VIDEO/C5/
内部:1974_0815_FIREWORKS_001.mov 1974_0815_GUESTS_006.mov 2026_0815_MASKS_000.tmp
更新日時:1974/08/15 21:04/2026/08/15 20:12 が混在。
所有者:unknown
アクセスログ:OS側には履歴なし。
サムネ:黒。しかしマウスホバー時、煙に顔が浮かぶ(キャッシュになし)。
備考:C4に似た命名だが、今回はC5。CはCameraではなくCase/CasketのCかもしれない。

追加証言(断片)

近隣住民G(女性)

「花火の音が二度して、同時でした。
変でしょう? 同時に二度。
でも、胸は気持ちよかった。
鎮魂だって後から聞いて、誰の、って思った。
誰のでもないのに、誰のでもある感じ」

匿名の投稿(音声合成の疑い)

「背中を振り向かせるな。
名は書くな。
渡すな。
踏むな。
帰れ。
……帰す」

大学教員H(海斗の指導)

「あの夜、海斗はいた。
研究室でデータを回していた。
でも、笑いが半拍遅れで廊下に出るのは聞いた。
彼の笑いだった。
どこかで先に笑って、こっちに戻ってきたみたいに」

写真:最後の三枚

――LOG/POST-STILLS-01
STILL_A:逆さの橋。欄干の白紙が増殖。
注記:白紙の端に黒い粉。
STILL_B:石碑。銘文「御鎮魂」の縁が笑う。
注記:反射の形が口に見える。
STILL_C(流出一致):煙の顔。
注記:穴の縁は花弁の粉に似る。

画像処理覚書

ガンマを下げると顔は沈むが、穴は沈まない。

コントラストを上げると粉だけが浮く。

輪郭抽出で**“背中”の肩と石碑の縁が同じ周波数**帯。

つまり、背中は建築に近い。人ではないものが人の席に混ざる。

ナレーション(決定稿)

花火が終わると、幸福の夜はゆっくりと歩き去った。
残ったのは、逆さに落ちたレンズの向こうでこちらを覗く、笑顔の形をした群れだった。
口だけが深く、眼はノイズに溶け、拍手は二度、同時に起きる。
祝福に音がないとき、人はそれを祈りと呼ぶ。

私たちは確かに撮ったのだと言う。
しかし、彼らは口をそろえて、行っていないと言う。
不在の証言と在の記録は、互いを否定せず、ただ積み重なる。

祭りの夜を飾る名前は、白紙に戻っていく。
白紙は、書くためにある。
それでも、ここでは書かない方がいいのだと、誰かが囁いた。
——呼ぶな。踏むな。渡すな。帰れ。

アーカイブは削除された。
だが、掲示板の片隅に「保存した」と題した一枚の静止画が流れ続けている。
煙に浮かぶ顔の群れは、今もこちらへ視線を送る。

では、私たちが見てきた映像は、いったい誰が撮影し、誰のために残されたのだろう。
答えは今も不明である。
明らかなのは、再生した瞬間に、観る者の名が白紙の欄に、音もなく追記されるということだけだ。

——祝祭は終わった。
——鎮魂は続く。
記録は礼儀を知らない。
だからこそ、記録だけが招待状を持っている。
受け取るかどうかは、あなたの指先次第だ。
その指に、黒い粉がついていなければいいのだが。

付記:クレジットと空欄

スタッフロールが流れる。
撮影、録音、編集、カラー、効果。
最後に、空欄。
一行だけ白紙が揺れ、その右端にカーソルのような点滅。
そこに名前を入力しようとして、キーボードが反応しない。
黒い粉がキーの隙間に落ちていく。
匂いはない。
拍手が二度、同時に。
画面は黒。

補遺:視聴後の報告(抜粋)

報告A:「再生中、一瞬だけインカメラが点灯した気がした」

報告B:「視聴履歴に残らない」

報告C:「日時が1974/08/15に書き換わったスクショが撮れたが、翌朝消えていた」

報告D:「肩が重い。手を置かれたみたいに。温度はないのに」

報告E:「白紙に名前を書きかけて、やめた。やめたはずなのに、書いた気がする」

編集テロップ(白・小):〈観客は参列者。再生は参列〉

最後の静止画

――LOG/END-CARD
――件名:Final Still / Smoke Faces / Stamp

静止画。
煙。
顔。
穴の縁に黒い粉。
左下に薄いスタンプ:/projects/2025/NatsuMatsuri/VIDEO/C5/
日付:不明。
撮影者:不明。
保存者:あなた。

暗転。

(終)